表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/24

第20話 月下の告白

御前会議前夜。


編集部屋で、私は最後の確認をしていた。


証拠書類の束。軍資金の不正な流れを示す帳簿の写し。暗殺者とハワード領を結ぶ状況証拠。そして、軍内部からの証言を記した文書。


「揃っていますね」


リディアが言った。私は頷いた。


「これで十分なはずよ。言い逃れできない量の証拠がある」

「お嬢様」


リディアが私の手を取った。


「明日は、どうかお気をつけて。御前会議は——戦場と同じです」

「分かっているわ」


窓の外を見た。日が沈みかけている。空が茜色に染まり、やがて藍色に変わっていく。


明日が来れば、全てが動き出す。


夜になって、セバスチャンから誘いがあった。


「庭園を歩かないか」


また夜の散歩だ。暗殺未遂があったばかりなのに、危機感がないのだろうか。けれど彼の目を見て、その考えを訂正した。


危機感がないのではない。だからこそ、今夜なのだ。


「護衛は」

「増やしてある。心配するな」


私たちは並んで庭園に出た。月が明るい。満月に近い丸い月が、王宮の庭を銀色に照らしている。


しばらく無言で歩いた。噴水の傍を通り、バラの茂みを抜け、東屋のある小道に入る。


「……俺の話を聞いてくれるか」


セバスチャンが唐突に言った。


「話、ですか」

「ああ。君には——話しておきたいことがある」


東屋のベンチに腰を下ろした。彼は私の隣に座り、月を見上げた。


「俺は、ずっと『予備』だった」

「予備?」

「兄上が王になる。それが決まっていた。俺は万が一のための予備。だから、完璧でなければならなかった」


彼の声は淡々としていた。感情を押し殺しているのだと分かった。


「剣術、学問、礼儀作法、政治——全てにおいて、兄上より優れていなければならない。けれど、決して目立ってはならない。予備は、必要な時まで影に徹するものだから」

「……」

「父上も母上も、俺に期待していた。予備として完璧であることを。俺はその期待に応え続けた。弱音を吐かず、弱さを見せず、常に完璧な王子を演じてきた」


私は黙って聞いていた。


「兄上が失脚した時——正直に言えば、解放感があった。ようやく表に出られる、と。けれど同時に、恐怖もあった」

「恐怖」

「俺は影でいることに慣れすぎていた。表に立つことが、怖かった」


セバスチャンは自嘲気味に笑った。


「情けない話だろう。これから御前会議で戦おうという男が、こんな弱音を吐いている」


私は首を振った。


「情けなくなんかありません」

「慰めはいい」

「慰めではありません」


私は彼の方を向いた。月明かりが、彼の横顔を照らしている。


「弱さを見せてくれて、ありがとうございます」

「……何?」

「殿下はいつも強くて、余裕があって、何でもできる人に見えました。正直、少し怖かったくらいです」


彼が目を丸くした。


「俺が、怖い?」

「完璧すぎて。私なんかが隣にいていいのかと、ずっと思っていました」


私は少し笑った。


「でも今——殿下にも弱さがあると知って、少し安心しました。対等に近づけた気がします」

「対等」


セバスチャンは呟くように繰り返した。


「俺たちは最初から対等だったはずだ」

「いいえ。殿下は完璧で、私は悪役令嬢上がりの成り上がりです。立場も、能力も、全然違う」

「そんなこと——」

「でも」


私は彼の言葉を遮った。


「弱さを見せ合える関係なら——本当の意味で対等になれる気がします」


沈黙が落ちた。けれど、重い沈黙ではなかった。


セバスチャンが、ゆっくりと手を伸ばした。私の手に触れる。握る。


「……君は、本当に」


言葉が途切れた。彼は首を振り、小さく笑った。


「いや、やはり戦いが終わってからにする」

「何をですか」

「言いたいことがある。けれど今言えば、格好がつかない」


彼は立ち上がり、私の手を引いた。


「行こう。明日に備えて休まなければ」


私も立ち上がった。繋いだ手は、離れなかった。


「殿下」

「何だ」

「明日——勝ちましょう」


セバスチャンは私を見下ろした。月明かりの中で、彼の目が柔らかく光っている。


「ああ。明日、終わらせる」


私たちは手を繋いだまま、庭園を後にした。


月は変わらず明るく輝いている。明日が来れば、戦いが始まる。けれど今は——この静けさを、噛みしめていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ