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勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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18/24

第18話 刃

王宮生活一ヶ月たった夜だった。


「少し歩かないか」


夕食後、セバスチャンがそう言った。珍しい誘いだった。普段は公務に追われ、夜は書類の山と格闘している彼が、散歩に誘うなど。


「何かありましたか」

「……息が詰まる」


短い言葉に、疲労が滲んでいた。私は頷いて、彼の隣に並んだ。


夜の庭園は静かだった。月明かりが石畳を照らし、噴水の水音だけが響いている。護衛は少し離れた場所を歩いている。二人きりの時間だ。


「軍の異動について、父上に報告した」


セバスチャンが低い声で言った。


「陛下は何と」

「調査を命じると。ただ、証拠がなければ動けないとも」


彼の横顔が硬い。焦りと苛立ちが見える。


「ハワードは狡猾だ。尻尾を掴ませない。オズワルドも同じだ。あいつらは表向き、何も違法なことはしていない」

「だから、待つしかないと」

「……ああ」


その言葉が、彼をどれほど苛立たせているか。私には分かった。


木立の間を歩いていた時だった。


風が変わった。


それは本当に一瞬のことだった。木の葉が不自然に揺れ、影が動いた。私の体が、考えるより先に動いていた。


「殿下っ」


セバスチャンの前に飛び出した。


背中に衝撃。熱いものが走る。けれど、致命傷ではない。それだけは分かった。


「ヴィオレッタ!」


セバスチャンの叫び声。同時に、護衛たちが駆け寄ってくる怒号。私は振り返った。


黒い服を着た男が、短剣を構えて立っていた。覆面で顔は見えない。男の目が、私とセバスチャンを交互に見た。


「くそ——」


護衛が迫る。男は追い詰められた獣のような目で周囲を見回し——そして、自分の喉に短剣を突き立てた。


「止めろ!」


セバスチャンの声が響いたが、遅かった。男は崩れ落ち、動かなくなった。


私は背中の痛みに顔をしかめた。服が濡れている。血だ。けれど、動ける。深くはない。


「ヴィオレッタ」


セバスチャンが私の肩を掴んだ。その手が震えている。


「なぜ——なぜ俺の前に出た」

「……考えるより先に、体が」

「馬鹿か君は」


声が震えている。怒りなのか、別の何かなのか。月明かりの下で、彼の顔が青ざめていた。


執務室に運ばれた。


医師が呼ばれ、傷の手当てが始まった。背中を浅く斬られただけで、縫うほどではないと言われた。けれどセバスチャンは、医師が去った後も私の傍を離れなかった。


「……痛むか」

「少しだけ」

「嘘をつくな」


彼は私の前に膝をつき、包帯の巻き具合を確かめた。その手つきは丁寧で、けれどどこかぎこちない。


「俺が不甲斐ないばかりに」

「殿下のせいではありません」

「俺の警戒が足りなかった。君を危険に晒した」


私は首を振った。


「私が勝手に飛び出したんです。殿下は——」

「だからだ」


セバスチャンが私の手を取った。強く握る。


「君が俺を庇って傷ついた。それが——」


言葉が途切れた。彼は目を逸らし、私の手を握ったまま黙った。


「……怖かった」


小さな声だった。


「君が倒れた時、心臓が止まるかと思った。俺は——」


続きは聞けなかった。扉が叩かれ、護衛の隊長が入ってきたからだ。


「殿下、報告がございます」


セバスチャンは立ち上がり、表情を引き締めた。けれど、私の手はまだ離さなかった。


「言え」

「暗殺者の身元を調査しておりますが、手がかりがございません。所持品は全て無銘のもの。顔も、記録に該当する者がおりません」

「自害した理由は」

「おそらく、口封じかと。捕らえられれば拷問される前に死ぬよう、命じられていたのではないかと推測します」


組織的だ。個人の犯行ではない。


「ハワード侯爵との関連は」

「……現時点では、証拠がございません」


セバスチャンの手に力がこもった。私の手が少し痛い。けれど、離してほしいとは思わなかった。


「引き続き調査しろ。何か分かったら、すぐに報告を」

「はっ」


護衛が去った後、沈黙が落ちた。


セバスチャンは窓辺に歩み、外を見た。月は雲に隠れている。


「証拠がなければ動けない。父上もそう言った。俺もそれは分かっている」


彼の声は静かだった。けれど、その奥に怒りが燃えているのが分かった。


「だが、君を傷つけた者を、このまま放置することは——」

「殿下」


私は立ち上がり、彼の傍に行った。背中が痛むが、構わなかった。


「私は生きています。傷も浅い。今は、証拠を集めることに集中しましょう」


彼は振り返った。その目が、複雑な色を帯びている。


「……君は、強いな」

「強くありません。ただ——」


私は少し笑った。


「諦めが悪いだけです」


セバスチャンの口元が、わずかに緩んだ。


窓の外で、雲が流れていく。月が顔を出し、庭園を照らした。


証拠がなければ動けない。けれど、証拠は必ずある。どこかに。


私たちは、それを見つけなければならない。


次に狙われるのが、誰であっても守れるように。

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