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勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第16話 蛇の巣

王宮生活二週間目の朝、私は編集部屋で資料と向き合っていた。


オズワルド・マリアンヌ。宰相補佐官。三十五歳。十年前に宰相府に入り、異例の速さで出世を重ねた。姉であるマリアンヌ侯爵夫人とは疎遠を装い、断罪の際も関与を否定。


表向きの経歴に、隙はない。


「お嬢様、こちらも」


リディアが新たな資料を持ってきた。アメリアが王都の情報網を使って集めてくれたものだ。


「オズワルド様は、侯爵夫人の断罪後も宰相府での地位を維持しています。むしろ、姉君との関係を絶ったことで信頼を得たとか」


賢いやり方だ。姉を切り捨てることで、自分だけは生き残った。


「でも、本当に関係を絶っているのかしら」


血の繋がりはそう簡単に消えない。ましてや、姉が築いた人脈や情報網を、弟が引き継いでいない保証はない。


昼前、気分転換に中庭を歩いた。


王宮の中庭は広い。噴水があり、季節の花が植えられ、貴族たちの散策路になっている。私は東側の木陰に腰を下ろし、持ってきた書物を開いた。


ふと、声が聞こえた。


低い男の声と、高い女の声。聞き覚えがある。私は本から顔を上げず、耳を澄ませた。


「——計画通りに進んでおりますの」

「結構。しかし、少々手ぬるいのではありませんか」


イザベラと、オズワルドだ。


木陰の向こう、バラの茂みの陰で二人が話している。私からは見えにくいが、声は聞こえる。


「あの女、予想より厄介ですわ。噂を流しても殿下は信じていらっしゃらないし」

「だから申し上げたでしょう。正攻法では無理だと」

「では、どうすれば」

「焦る必要はありません。手続きに則って、一歩ずつ。彼女を王宮から追い出す方法は、いくらでもある」


私は息を殺した。心臓がうるさい。


「イザベラ嬢。貴女の役目は情報収集と、小さな失態の積み重ねです。大きなことは私が引き受けます」

「……分かりましたわ」

「それから、王妃様への態度には気をつけなさい。貴女の立場が危うくなれば、私も動きにくくなる」


足音が遠ざかっていく。私はしばらくその場を動かなかった。


繋がった。


イザベラとオズワルドは、最初から共謀していた。間違った作法を教えたのも、噂を流したのも、全て計画の一部だ。


私を王宮から追い出す。その目的は何だろう。セバスチャンへの嫌がらせか。それとも——もっと大きな何かか。


午後、私は社交界の窓の新しい記事を書いた。


直接的な告発はしない。それは証拠がなければ危険だ。代わりに、間接的な牽制を選んだ。


『王宮に蔓延る影——信頼を装う者たちの素顔』


記事の内容は、過去の事例を引きながら、王宮内で行われた情報操作の手口を解説するものだ。特定の名前は出さない。けれど、読む者が読めば分かる。


「お嬢様、これを王宮内に配布するのですか」

「ええ。ただし、限定的に。王妃様のお目に触れる場所にだけ」


王妃は聡明な方だ。この記事を読めば、自分の周囲で何が起きているか、考え始めるはずだ。


夕方、王妃の私室前で騒ぎがあった。


私が通りかかった時、イザベラが王妃の部屋から出てくるところだった。その顔は青ざめ、唇を噛んでいる。


「イザベラ様」


声をかけると、彼女は私を睨んだ。あの完璧な微笑みは消えていた。


「……貴女ね」

「何のことでしょう」

「とぼけないで。あの記事、貴女が書いたのでしょう」


私は黙っていた。肯定も否定もしない。


「王妃様が、私の行動を調べるようにおっしゃったわ。茶会での作法指導のことも、噂のことも、全部」


イザベラの声が震えている。怒りか、恐怖か。


「侍女長の地位を剥奪されたの。王妃様のお傍にいることも、もう許されない」


私は静かに彼女を見つめた。同情はない。彼女は自分で選んだのだ。


「自業自得ではありませんか」

「……っ」


イザベラの目が燃えた。けれど、ここは王妃の私室の前だ。騒ぎを起こせば、彼女の立場はさらに悪くなる。


「これで終わりだと思わないで」


低い声で言い捨てて、イザベラは去っていった。その背中を見送りながら、私は考えていた。


彼女は駒だ。操っているのは別にいる。


夜、セバスチャンの執務室に呼ばれた。


彼は机に向かわず、窓辺に立っていた。振り返った目が、いつもより鋭い。


「イザベラの件、聞いた」

「……ええ」

「君がやったのか」

「私は記事を書いただけです。判断したのは王妃様です」


セバスチャンは黙った。それから、ゆっくりと近づいてきた。


「なぜ俺に相談しなかった」

「これは私の戦いです」

「だから一人で抱え込んでいいという理由にはならん」


声が低い。怒っているのだと分かった。けれど、その怒りの種類が分からない。


「俺は君の共犯者だと言ったはずだ。一人で戦うなら、その約束は何だったんだ」


私は言葉に詰まった。


確かに、彼はそう言った。対等な共犯者として隣を歩くと。けれど私は、つい一人で動いてしまった。頼ることが、まだ怖いのかもしれない。


「……すみません」

「謝罪がほしいんじゃない」


セバスチャンは私の前で立ち止まった。


「次からは、話せ。俺にできることがあるなら、させろ。君が傷つくのを、黙って見ているのは——」


言葉が途切れた。彼は視線を逸らし、髪をかき上げた。


「……とにかく、一人で抱え込むな。頼むから」


その声は、命令ではなかった。願いに近い響きがあった。


「分かりました」


私は頷いた。今度こそ、本当に。


部屋に戻る廊下で、私は考えていた。


イザベラは失脚した。けれど、オズワルドはまだ無傷だ。彼が本当の敵なら、これは始まりに過ぎない。


それに、イザベラの最後の言葉が引っかかる。


「これで終わりだと思わないで」


あれは単なる負け惜しみだろうか。それとも——まだ何か、隠された手札があるのだろうか。


窓の外で、風が木々を揺らしていた。嵐の前触れのような、不穏な風だった。

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