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勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第15話 捏造の種

王宮生活も一週間が過ぎた頃、空気が変わった。


廊下を歩くと、すれ違う侍女たちが露骨に顔を背ける。文官たちは私を見るなり囁き合い、貴婦人たちは扇の陰で笑う。一昨日までとは明らかに違う。


「お嬢様」


リディアが小走りで追いついてきた。その顔が強張っている。


「噂が広まっています」

「噂?」

「元悪役令嬢が第二王子殿下を誘惑した、と。婚約は殿下が騙されているだけで、本当は——」


続きを聞く必要はなかった。どうせ根も葉もない中傷だろう。


「誰が言い始めたの」

「分かりません。ただ、昨日の夜から急に広まったようで」


たった一晩で王宮中に。自然発生にしては早すぎる。誰かが意図的に撒いている。


昼前、セバスチャンの執務室に呼ばれた。


彼は机に肘をつき、難しい顔で書類を睨んでいた。私が入ると顔を上げ、書類を脇に押しやった。


「聞いたか」

「噂のことですか」

「ああ」


彼の声は硬い。怒っているのだと分かった。ただし、その怒りは私に向いていない。


「俺を誘惑した、だと。馬鹿げている」

「殿下」

「君がそんな器用な真似をできるわけがない」


褒められているのか貶されているのか分からない。私は眉を上げた。


「器用ではない、と」

「言葉が足りなかった。君は真正面からしか戦えない女だ。策を弄して男を落とすような真似は性に合わんだろう」


否定できなかった。確かに私は、搦め手より正攻法を好む。


セバスチャンは立ち上がり、窓辺に歩いた。背を向けたまま言う。


「弁明しろとは言わん。君を疑う理由がない」

「……証拠もないのに」

「証拠」


彼は振り返った。


「君が俺を誘惑した証拠がないのと同じだ。ないものを証明する必要はない」


それから彼は私の傍まで来て、不意に手を伸ばした。髪に触れる。乱れた一房を、そっと直すように。


「気に病むな。噂は潰す」

「……どうやって」

「俺のやり方でだ。君は君の戦いをしろ」


手が離れた。触れられた場所がまだ温かい。私は小さく頷いた。


午後、編集部屋でリディアと向かい合った。


「噂の出所を調べましょう」


私は羽根ペンを手に取った。情報戦は得意分野だ。社交界の窓を発行してきた経験がある。


「まず、噂の内容を整理するわ。いくつかの流言が混ざっているはずよ」


リディアが頷き、聞き込んできた情報を並べていく。


「元悪役令嬢が殿下を誘惑した」「婚約は本物ではない」「名誉回復も金で買った」「フローレンス家は没落寸前だった」——


どれも事実と虚偽が巧みに混ぜられている。完全な嘘ではないから、否定しにくい。


「この手口、覚えがあるわ」

「お嬢様?」

「断罪された時と同じよ。聖女の噂も、こうやって少しずつ真実を歪めて広められた」


つまり、同じ人間——あるいは同じ組織が動いている可能性がある。


「侯爵夫人は投獄されたはず。でも、その繋がりが完全に消えたわけではないかもしれない」


夕方、宰相府に書類を届ける用事があった。


本来なら侍女に任せる仕事だが、私はあえて自分で行くことにした。王宮の地理を覚えるため——という建前で。本当は、少しでも情報を集めたかった。


宰相府の廊下は、王宮の他の場所より慌ただしい。文官たちが書類を抱えて行き交い、誰もが忙しそうだ。


書類を届け、帰ろうとした時だった。


「おや、これは」


声をかけられた。振り返ると、一人の男が立っていた。


三十代半ばだろうか。金髪を後ろに撫でつけ、仕立ての良い服を着ている。笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。どこかで見た気がする——イザベラと同じ種類の笑顔だ。


「フローレンス嬢ですな。噂はかねがね」

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

「これは申し遅れました。私はオズワルド・マリアンヌ。宰相補佐官を務めております」


マリアンヌ。


その姓に、心臓が跳ねた。


「手続きに則ってご挨拶をと思っておりましたが、こうしてお会いできるとは。運命というものでしょうか」


彼は丁寧に頭を下げた。完璧な礼。けれどその目は、値踏みするように私を見ている。


「第二王子殿下のご婚約者として、王宮にお住まいになるとか。何かお困りのことがあれば、私でよろしければお力になりますよ」


イザベラと同じ言葉。同じ笑顔。同じ——目の奥の冷たさ。


「ご親切にありがとうございます」


私は当たり障りのない返事をして、その場を辞した。


部屋に戻り、すぐにリディアに調べさせた。


オズワルド・マリアンヌ。宰相補佐官。有能な実務官僚として知られる。そして——


「マリアンヌ侯爵夫人の、弟君です」


リディアの声が低い。


侯爵夫人。聖女を操り、私を断罪に追い込んだ黒幕。爵位を剥奪され、領地を追放された女。


その弟が、宰相府にいる。


「表向きは姉との関係を絶っていることになっています。侯爵夫人の断罪の際も、一切関与していないと」


だから処分を免れた。だから今も王宮にいる。


窓の外を見た。日が沈みかけている。


噂の出所。イザベラの不審な動き。そして、マリアンヌの名を持つ男。


点と点が、まだ線にはならない。けれど、何かが繋がり始めている予感がある。


私は羽根ペンを握り直した。


調べることが、また増えた。

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