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勘違いで断罪されたので、今度は私が王国を勘違いさせます  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第13話 王宮の朝

名誉回復から一ヶ月。私は王宮の東棟に用意された部屋で、荷解きの最中だった。


「お嬢様、こちらの本はどこに」


リディアが腕いっぱいの書籍を抱えて訊ねてくる。資料用の書物が大半だ。情報紙の編集に必要なものばかりで、一般的な令嬢の荷物とは言い難い。


「窓際の棚にお願い。日が当たらない場所がいいわ」

「かしこまりました」


部屋は広い。安宿の何倍もある。天蓋付きの寝台、大理石の暖炉、絹のカーテン。第二王子の婚約者にふさわしい部屋だと、案内役の侍女は言っていた。その侍女は、私の顔をほとんど見なかったけれど。


扉が控えめに叩かれた。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


入ってきたのは王宮付きの侍女だった。銀の盆を持ち、完璧な所作で茶器を並べていく。けれど視線は私を避け、リディアのことは存在しないかのように扱う。


「ありがとう」


私が声をかけると、彼女は一瞬だけ眉を動かした。驚いたのか、不快だったのか。判断がつかないまま、侍女は無言で下がっていった。


「……あまり歓迎されていないようですね」


リディアが小声で言う。私は肩をすくめた。


「悪役令嬢上がりの成り上がりですもの。仕方ないわ」

「お嬢様」

「事実よ。社交界では名誉回復されても、感情はそう簡単に変わらない」


分かっていた。王宮で暮らすということは、新たな戦場に足を踏み入れるということだ。安宿で一人、ペンを握っていた頃とは違う。今度は衆人環視の中で生きていかなければならない。


「でも」と私は続けた。「ここが私の居場所になるなら、慣れるしかないわね」


昼過ぎ、セバスチャンから呼び出しがあった。


執務室は王宮の中央棟にある。廊下を歩くたびにすれ違う文官や侍女たちが、ちらちらとこちらを見ては目を逸らす。噂をしているのだろう。声は聞こえないが、視線が雄弁に語っている。


扉を叩くと、聞き慣れた声が応じた。


「入れ」


執務室は書類の山だった。セバスチャンは机に向かい、羽根ペンを走らせている。私が入ると顔を上げ、ペンを置いた。


「待たせた。少し付き合え」

「何かありましたか」

「見せたいものがある」


彼は立ち上がり、執務室の奥の扉を開けた。続き部屋があるらしい。私は首を傾げながらついていった。


扉の向こうは、小さな書斎だった。窓際に机。壁一面の書棚。そして、見覚えのあるものがいくつか。


「これは……」

「君の仕事道具だ。安宿から運ばせた」


羽根ペン。インク壺。あの消失インクも。原稿用紙の束。そして、創刊号から最新号までの「社交界の窓」が、丁寧に製本されて並んでいた。


「王宮では何かと目がある。自室で堂々と編集作業をするわけにもいかんだろう。ここなら俺の執務室の続きだ。誰も不審には思わない」


私は言葉を失った。


彼は私が情報紙を続けると言った時、当然だと笑った。けれど、それを実現するための場所まで用意してくれるとは思わなかった。


「……いいのですか」

「何がだ」

「第二王子の執務室に、私の編集部を置くなんて」


セバスチャンは肩をすくめた。


「共犯者の仕事場は近い方がいい。それに——」


彼は一度言葉を切り、視線を逸らした。


「王宮で君の居場所がないなら、俺が作る。それだけだ」


淡々とした声。けれど耳の先が少し赤い。私は笑いをこらえた。


「ありがとうございます」

「礼はいい。成果で返せ」


午後、王妃主催の茶会があった。


婚約者として挨拶をするのが目的だ。セバスチャンは公務で同席できないと言っていた。一人で乗り込むしかない。


控室で待っていると、一人の女性が近づいてきた。銀髪を優雅に結い上げ、淡い紫のドレスを纏っている。整った顔立ち。完璧な微笑み。


「初めまして。イザベラ・ウィンターと申しますわ。王妃様付きの侍女長を務めております」


侍女長。王妃に最も近い侍女ということだ。私は姿勢を正した。


「ヴィオレッタ・フローレンスです。本日はよろしくお願いいたします」

「まあ、ご丁寧に」


イザベラは扇で口元を隠しながら笑った。


「噂はかねがね伺っておりますわ。あの名誉回復裁判、素晴らしい戦いでしたこと」

「恐れ入ります」

「王宮は何かと不慣れでしょう。困ったことがあれば、いつでもお声がけくださいませ。私でよければお力になりますわ」


親切な申し出。私は素直に頭を下げた。


「ありがとうございます。心強いです」


イザベラはにっこりと笑った。その笑顔は完璧で、文句のつけようがない。


ただ——一瞬だけ、目が笑っていなかった気がした。


茶会は無難に終わった。王妃陛下は穏やかな方で、私を温かく迎えてくださった。けれど周囲の令嬢たちの視線は冷たいものが多かった。社交界の記憶はまだ新しいのだろう。


部屋に戻る廊下。曲がり角で、声が聞こえた。


「——あの方が第二王子殿下の婚約者ですって?」

「信じられませんわ。悪役令嬢だったのでしょう?」

「名誉回復されたとはいえ、ねえ」


侍女たちの声だ。私は足を止めた。


「殿下も何を考えていらっしゃるのかしら。もっとふさわしい方がいらっしゃるでしょうに」

「きっとすぐに飽きられますわ」

「そうよ。あんな成り上がり——」


私は静かに息を吐いた。聞こえていないふりをして、足音を立てずに引き返す。別の道を通って自室に戻った。


リディアが心配そうに私を見た。


「お嬢様、お顔の色が」

「大丈夫よ」


嘘ではない。傷ついてはいない。こんな言葉、断罪された日に比べれば何でもない。


ただ、王宮が新たな戦場だということを、改めて実感しただけだ。


窓の外を見た。月が昇り始めている。


あの日、安宿の窓から見た月と同じはずなのに、どこか違って見える。


ふと、イザベラの笑顔を思い出した。あの一瞬の、目に届かない笑み。私の勘違いだろうか。


考えすぎかもしれない。けれど、あの頃から学んだことがある。


違和感を無視してはいけない。

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