99 謁見
ルイスのカスケード王国国王との謁見が決まる前、カスケード王国の王都では国王と宰相が頭を突き合わせて悩んでいた。
「宰相、帝国の皇子をどう扱うべきかな」
「すでにソーウェル卿から報告のあったように、皇子の護衛がクィーン・オブ・ソードの妹でありますから、捕らえて帝国に送り返すという選択肢は無くなりましたな」
「やったら怒ると思うか?」
「当然でございましょう」
二人はナンシーが生きていることを把握しており、スティーブとの間に子供が出来ているのも知っていた。それどころか出産祝いを贈っている。公式にはナンシーはソーウェル辺境伯領で生まれてアーチボルト領に移住した住民ということになっており、平民ながらスティーブに見初められて第二夫人となったということになっている。
平民出身ではあるが、スティーブの正式な夫人であるため、その子供の出産祝いは国王に限らず贈っていた。
非常に夫婦仲が良く、スティーブが大切にしているのも把握しており、その妻の妹が関係しているとなれば、扱いには気を遣うことになる。
国王も帝国の政変については把握しており、どう対応するべきかという結論の出ない会議を繰り返していたところに、殺された皇太子の長男が入国して、オーロラが保護しているという情報が飛び込んできたのである。
それも、スティーブの妻の関係者が護衛でという情報もついて。
これでルイスを帝国に送り返すのはまず選択肢から消えた。取れるのは、大きくはふたつ。金を渡して他国に出国してもらうか、ルイスを担いで帝国への足掛かりを作るかというものになった。ルイスがカスケード王国で平民として暮らしたいと望めば、それも可能であるが、常に帝国に気を遣うくらいなら、出て行ってもらいたいというのが本音であった。
こちらも結論が出ずに、謁見の日程を先延ばしにしてきたが、ここにきて帝国内に大きな動きが出たので、先延ばしも限界となった。
帝国内ではレナードの勢力が大勢を占めて、ほぼ反対派を駆逐。さらには、皇太子が東部軍区の敗北の責任を取らないどころか、ビーチ王国の残党の跳梁を許したとして、自分の帝位継承の正統性の証明のために、ビーチ王国の勢力下にある都市に軍を派遣し、反乱を鎮圧しようとしたのである。
五万人が住む都市を包囲して、そこに火を放ったのだ。火災から逃げる住民は包囲した軍の餌食となる。逃げ場もなく焼け死ぬか、帝国軍に殺されるかとなり、都市は消滅した。
この虐殺を見て、他の都市や村にいた旧ビーチ王国の国民は、多くが帝国を脱出することを決意し、難民となって隣国のフォレスト王国に流入した。
レナードは先帝と皇太子の弱気な姿勢を批判して帝位についており、難民に対しても徹底的に追いかけるという姿勢を見せた。
フォレスト王国との国境に軍を並べて、難民の引き渡しを求めた。その要求は全ての難民を返還しなければ、フォレスト王国を滅ぼすというものであった。
この要求に対してフォレスト王国の国王はカスケード王国の庇護下になることを選択した。帝国の支配下となれば王族だけではなく、貴族もその地位をはく奪されるのは歴史が証明しており、フォレスト王国に反対する者はいなかった。
では、自国のみで戦えるかと言えば、元々帝国の方が国力が強く、そこにきてカスケード王国に領土を取られて弱っているフォレスト王国では、帝国と戦うという選択肢はなかったのである。
それを伝える使者がカスケード王国を訪れて、いよいよ国王も決断をしなくてはならなくなったのだった。
再び国王は宰相と頭を突き合わせる。
「フォレスト王国を見捨てたらどうなると思う?」
「次は我が国でしょうな。同じ言い掛かりで戦争の口実とするかと」
「そうなると、帝国と戦うことになるが、フォレスト王国の要求に従い、帝国と対峙することになったらどうか?我が軍が勝てると思うか?」
「国内は帝国に備えて鉄道網を配備してきました。しかし、フォレスト王国から先についてはそれがありませんから、フォレスト王国の防衛や帝国への侵攻となると厳しいですな。アーチボルト閣下を中心に作戦を立てることになりましょうが、閣下が戦線を離脱した場合を考えておかないと、一人に頼った戦争は危険です」
「国軍と西部地域の貴族連合、それにフォレスト王国の軍だけで戦うことも考えなければか」
「アーチボルト閣下を除けば、国内の突出した戦力は妻のクィーン・オブ・ソードくらいでしょうが、出産直後ですから、こちらのほうが戦力にはならんでしょうな。あとはオリヴァー殿を前線に送るかですが」
宰相はオリヴァーを前線に送ることを提案した。しかし、国王はダフニーの方が実力があることをわかっており、オリヴァーよりもダフニーを前線に送りたかった。
「娘の方が強いだろう」
「近衛騎士団長ですから、陛下のそばを離れるわけにもいきますまい。それに、スチュアート公爵家を説得するのも骨が折れます」
「それもそうだが、国家の一大事。近衛騎士団長が前線に行くとなれば、アーチボルトも動かしやすい。聞けば最近は育児優先といって、他の仕事を断っているそうではないか。出撃命令をうけても、最後までやり遂げることなく離脱されるかもしれんが、あれはなんだかんだで近衛騎士団長のことを気にかけている。悪く言えば近衛騎士団長を前線で人質にとって、戦争に無理やり参加させるやり方になるがな」
スティーブがダフニーに特別に訓練をつけていることを国王は把握していた。夫人同伴なので不倫ということは無いだろうが、その扱いに並々ならぬものを感じ取っていた。だから、今回の戦争にダフニーを使って、スティーブを無理やり戦場に張り付けておこうと考えたのだ。
「そうなりますと、帝国の皇子を使って逆侵攻の大義を得ておきますか」
「そうだな。今の国力では帝国を併呑することは出来ない。すでに急拡大しており、どこも人材不足だ。メルダ王国と同じやり方で、婚姻による間接的な影響を保持くらいか。勝てればだが」
「勝てればという前提ですが、そのときアーチボルト閣下をどうされますか。帝国の脅威もなくなりますが」
宰相は国王に戦後のスティーブの扱いを訊ねた。帝国に勝利した場合にスティーブに何も与えないわけにはいかない。しかし、スティーブが英雄に祭り上げられ実力もあるとなれば、王家の立場は危うくなる。
理想はスティーブを使わずに勝利することであるが、その場合は多大な損失を覚悟しなければならない。結局スティーブの力を使うしかないのだが、その後の影響についてどうするべきかを宰相は判断できなかった。
「実力もあって国民の人気も更に高まるであろうな。その時、比較される朕の気持ちがわかるか?」
「お察しいたします」
「まあ、王座を譲れば解決なのだがな」
「本気でございますか?」
「半分は。しかし、あれは政治的な駆け引きが下手だから、国は乱れるかもしれんな。力だけでは国は治められん。先王が討たれてから今までやってきたことは、朕だから出来たと自負しておる。いかにソーウェルの娘が狡猾であろうと、同じことは出来なかったであろうな。それはアーチボルトにも言える」
「では、排除をいたしますか?」
「帝国に勝利するようなやつを排除する方法があったら教えてほしい」
国王は頬杖をついて宰相を見た。
宰相はため息をひとつつく。
「成功するかどうかわかりませんが、一つだけあります」
「それが失敗したら朕の首が城門に掲げられるのなら却下だぞ」
「その心配はございません」
宰相はその案を国王に話す。すると、国王も納得した。
「帝国に勝利したのちにそれをするか考えてみるか」
「まずは勝利してからですな。帝国の皇子との謁見の段取りをいたします」
こうしてルイスと国王の謁見がセッティングされた。国王と宰相、それにダフニーたち近衛騎士団が待ち受ける。この時すでにカスケード王国の方針は決定していたが、国王と宰相はそれを謁見の場ではおくびにも出さない。
オーロラとともに謁見の場に来たルイスは国王に頭を下げた。
「謁見の許可をいただきありがとうございます」
「それで、帝国の皇子が如何な用件か?」
「父の仇を討つために、陛下の兵をお借りしたく」
ルイスは目的を隠さずに直接伝えた。
「朕も敵国に父である先王を討たれた経験がある。皇子の気持ちは痛いほどわかるし、兵も貸してはやりたいが、国を治める立場としては国益のないところに兵を出せば納得せぬ者も出てくるだろう」
と国王は返した。
ようは、見返りはなんなのかと訊ねたのである。
「仇を討ち、帝位を奪い返したのちには、出来る限りのことを致しますが、今は差し出せるものはございません」
「そうであろうな。こちらも過度な要求をするつもりはない。両国の友好の証として、正室に我が国の王族を迎え入れてはもらえないだろうか。それと、通商での関税の撤廃などで関係を深めたいとは思うが、細かいことは勝利したのちでもよいか。皇子もまさかそうした要求を蹴ることはせぬと思うが」
「もちろんでございます。受けたご恩は決して忘れません」
ルイスにしてみたら白紙委任状を渡すようなものであったが、今の自分にはそれくらいしか出来ないので納得した。ここで細かい条件交渉をして、カスケード王国に断られても困ると思ったのである。
皇族としての地位を諦めて、市井のひとりとして生きていくなら問題はないが、父の仇を討たずにそうすることは、今まで受けてきた教育により選択できなかった。
「ところで、この者たちを知っているかな?」
国王は宰相に合図をすると、宰相が似顔絵を持ってきた。そこには国王夫妻を襲撃した犯人の顔が描いてあった。
「一人は我が国のキング・オブ・ワンドに似ておりますが。この者たちが何か?」
「やはりか。実は少し前に朕の命を狙った者共でな。帝国の差し金であったか」
その事実にルイスは焦る。
「先帝はそのようなことはしないはず」
「わかっておる。恐らくは、帝国内の混乱が起きているときに、我が国の動きを封じておきたかったのであろう。これで朕にも兵を動かす口実が出来たな」
そのやり取りを聞いていたダフニーは、父の読みが当たったなと感心した。そして、そこまで思い至らなかった自分を反省する。
「陛下、そうなりますと真犯人捜索のために、近衛騎士団も動きたく」
「そうなるな。頼むぞ」
「はい」
こうして近衛騎士団の派遣も決まる。
オーロラは戦争になる事を予見しており、驚きはしなかった。
「では陛下、私も軍を動かす準備をいたします。しかし、フォレスト王国やパインベイ王国をどうやって越えるおつもりでしょうか?」
「実は先日、フォレスト王国から庇護を求める連絡があった。朕はこれに応えようと思う」
「あら、それは初耳ですわ。フォレスト王国が庇護下になるのであれば、西部地域が平和になることでしょうから、喜ばしい限りですわ」
オーロラの初耳というのは嘘である。事前にフォレスト王国の動きは掴んでいた。そして、戦争の予感から物資や人の手配を進めていたのである。
国王もそんなオーロラの動きは掴んでいるが、初耳というのは否定せずに会話を続けた。
「そういうことだ。フォレスト王国の願いを聞いて、国境付近の帝国軍を追い返す程度と考えていたが、ルイス皇子の願いを聞けば、その先もと思った次第。地域の平和と安定は朕の願いでもある」
このやり取りを聞いて、ルイスは自分がカスケード王国に帝国への侵攻の口実として使われることを理解した。全ては用意されていたシナリオであり、強制されたわけでもなく自分がそのシナリオ通りに動いてしまったのだ。スティーブとは違った恐ろしさを国王とオーロラに感じた。
しかし、もはや後戻りはできない。
賽は投げられた状態なのだ。
「そういうことで、ソーウェル卿。西部地域で先に動いてほしい。国内の他の地域については準備が整い次第後を追いかける。物資についてもこちらから準備が出来たものから送っていく」
「ご命令とあらば」
オーロラは国王に丁寧に頭を下げた。
そして、ソーウェルラントに戻ると、西部地域の貴族に動員の命令を出した。
いつも誤字報告ありがとうございます。




