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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
8章

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69 緊急連絡

 カスケード王国の王城はスティーブがイエロー帝国のクィーン・オブ・ソードを捕まえたことで騒然としていた。スティーブはナンシーから聞いた帝国の情報をすべて国王に報告したのである。その情報をもとに、国内にある帝国の築いた諜報網を徹底的につぶした。情報の中には帝国に情報を流していた貴族や役人の名前もあり、逮捕投獄されて厳しい取り調べにあい、拷問の最中に死亡したり、自殺したりするものも相次いだ。

 その結果、空いたポストを狙って権力闘争が始まったので、騒ぎは全然収まる気配がなかったのである。

 そんな王城で、国王と宰相が顔を突き合わせていた。

 国王は大きなため息をつく。


「これでおおかたの獅子身中の虫は駆除できたか」

「イエロー帝国に関してのというべきですがな」

「まあ、今はそれで十分であろう。それにしても竜頭勲章以上の勲章が無いので、あやつへの褒美をどうしたものか」


 国王があやつというのはスティーブのことであった。敵軍の幹部を生け捕りにして、そこから得た情報はまさしく値千金で、敵の間諜網を破壊する役に立った。また、生け捕りにした幹部を仲間にしているというのも大きな功績である。

 これには国王も宰相も悩んでいた。その悩みを宰相が口にする。


「アーチボルト卿に加えてクィーン・オブ・ソードも所属したとなると、アーチボルト家の戦力は間違いなく国内最強。ただ、絶対的な兵力が足りないから支配地域を拡大するのは難しいでしょうなあ。しかし、そこにソーウェル卿とマッキントッシュ卿が加わってしまうとというのが今までの懸念でしたが、領地をさらに加増すればそれが単独で可能にもなりますからな」

「幸いにして、敵のクィーン・オブ・ソードを捕虜にしたというのは公にはなっておらん。領地を与えた場合の言い訳が出来ぬというのを理由に、領地以外のものを与えればよいが、名誉は既に最上級の勲章を与えてしまったな」


 国王と宰相が悩んでいたのはスティーブへの褒美の内容であった。すでに戦力としては国内最強であり、そこに常備軍を持てるような経済力を持たせてしまうと、反乱の危険性が高まってしまう。

 かといって、何も与えないのでは他の者への示しがつかない。このバランスをどうしたものかと悩んでいたのだった。


「陛下、アーチボルト卿がクィーン・オブ・ソードを連れて、オリヴァー、ダフニー親子の訓練をしておるのが幸いでしたな。発明内容に加えて国軍の強化にも協力的でありますから、今のうちに国軍を強化しておけば将来的には戦力もこちらが上回るでしょう」


 スティーブはナンシーを連れて王都に来て、オリヴァーとダフニーに戦い方を教えていた。ダフニーがいるのは女性でもこれだけ強くなれるというのを見せるためである。もちろん、ナンシーのことは最重要機密であり、人をシャットアウトした王城の訓練所で、密かに訓練をつけているのだった。

 そのことを宰相が言うと、国王が名案を思い付く。


「そうだ、あのクィーン・オブ・ソードの助命を認めるというのはどうか」

「流石は陛下」


 宰相は国王の案に膝を打つ。

 今は魅了の魔法でスティーブの命令に従っているナンシーだったが、その魔法が解けてしまえば檻から出たトラのようなもので、国内に大きな禍をもたらすことは容易に想像ができた。

 さらに、ナンシーのことを公にしてしまえば、帝国との直接交渉もしなければならず、そのことを考えたらナンシーを秘密裏に処分するのが最適だという結論になったのだ。

 国王は一度は、機密情報を戦い方を吸い上げたあとは、ナンシーを始末するようにスティーブに命じたが、その命令にスティーブが難色を示したのである。スティーブとしては、いくら魔法の効果とはいえ自分に好意を持っている無抵抗の女性を殺すことに躊躇いがあった。そのため、その王命について保留させてほしいと願い出たのだった。期限はシールズ親子の訓練が終わるまで。

 本来ならば、ナンシーの戦い方を作業標準書にしてしまえば、そこで用済みとなってしまうのだが、作業標準書を作成したことは国王には伝えず、ナンシーが二人を訓練するという理由をつくったのだ。

 スティーブもその期限までにナンシーを助ける方法を考えなければと思っていた。

 そうした事情から国王は今回の一件の褒美はナンシーの助命としたのである。これならば、カスケード王国の腹はいたまないし、スティーブに恨まれるようなこともない。ナンシーという爆弾は残り続けるが。


 カスケード王国が国内の間諜網を破壊したことは、すぐにイエロー帝国の東部軍区司令部に伝わる。

 東部軍区司令長官であるギャレット将軍は、ソード騎士団のエースとキングを含めた幹部たちと一緒に会議をしていた。

 参加者はギャレット将軍を中心にして、円卓に座っている。


「カスケード王国内の間諜網が全て露見し、潰された。時を同じくしてクロムウェルとの連絡が取れなくなったことを偶然と考えるわけにはゆかんよな」


 ギャレット将軍が会議に参加しているメンバーの顔を見回す。

 キング・オブ・ソードであるイーサン・レイトンは隣の席のエース・オブ・ソードであるジョー・カークランドに耳打ちした。


「ナンシーから緊急連絡は無いのか?」

「無い。それに緊急時には脱出出来るように、転移の魔法を付与した指輪を持たせているんだ。ナンシーがそれを使えずに負けるとは考えられん」

「しかしよお、実際にナンシーが戻る期限を過ぎても戻ってこないで、連絡も取れないとなるとな」

「それを調べさせる間者も一掃されてはな」

「口を割らされたとかあるのか?」

「逆ならあるだろう。ナンシーの魔法ならどんな秘密も喜んでしゃべらせることが出来るからな。それに、彼女は訓練を受けた騎士だ。簡単に口を割ることはない」


 イーサンとジョーは仲間であるナンシーのことを心配していた。ローワンが殺されたあとだが、ローワン以上の実力と魔法をもったナンシーならば、カスケード王国への潜入は大丈夫だろうと思って送り出したのだ。

 しかし、そんな彼女が帰還せずに連絡も取れない。時を同じくして間諜網の破壊。ギャレット将軍でなくてもナンシーが情報を敵に提供したと思える。

 なんとかしてナンシーのことを確認したかったが、この状況でイーサンやジョーまでがカスケード王国に行くわけにはいかない事情があった。

 征服地での反乱の警戒と、カスケード王国以外への備えのため、これ以上ソード騎士団の主力をカスケード王国だけに割くわけにはゆかないのだ。


「新たな間諜網の構築をすべきかと。そこでクィーン・オブ・ソードの情報と、今の間諜網の情報がどこから漏れたのかを確認しましょう」


 ジョーがそう提案した。

 ギャレット将軍は少し考えてから口を開く。


「新たに構築といっても時間はかかるぞ。すくなくとも一年はまともに運用できない」

「短期で成果を求めるのであれば、カスケード王国に攻め込みますか?」

「弱ったフォレスト王国を踏み越え、カスケード王国に攻め入るのはよいが、その間他の国がおとなしくしてくれる保証はないな。ソード騎士団のうちナイトとクィーンが居なくなった今は、態勢を立て直すのが先決であろう」


 中央政府、特に産業大臣は東部軍区を弱腰と批判するが、ギャレット将軍は現状を正確に把握し、無理な作戦で部下の命を粗末にするようなことはなかった。正面切って戦いを仕掛けず、パスチャー王国をけしかけたり、ナンシーに情報を探らせようというのは、態勢の整っていない中での被害を出さない作戦であった。

 しかし、スティーブによって計画は大きく狂ってしまったのだが。


「誰か、他に意見はあるか?」


 ギャレット将軍が訊ねるも、意見を言うものはいなかった。力こそ正義の帝国軍としては正面突破以外の考えを持つものは少ない。今いるメンバーにしても無謀な突撃こそしないものの、カスケード王国など攻め滅ぼせばよいという考えだった。

 ギャレット将軍としてはこういう時に知恵の回る参謀が欲しかったが、そうした人材は東部軍区にはいなかった。みなそれなりに優秀ではあるのだが、戦場以外での知恵が回らない。そうした物足りなさに苛立ちがある。

 誰も意見はないかとギャレット将軍が諦めかけた時、ジョーが挙手する。


「ナンシー救助のために、私とキングの二名がカスケード王国に潜入するというのはどうでしょうか」

「悪くないといいたいが、ここでさらにエースとキングをカスケード王国に送り込むとなると、許可を出しづらいな」

「私が愚考するに、今までナイトとクィーンを単独で送り込んだことに原因があるのだと思います。仮に、竜頭勲章が我らよりも強かったとして、二人同時に相手をしたならばどうなるでしょうか」

「確かに、この大陸全てを探しても、スートナイツの二人を相手に勝てる者はおらんだろうな。だが、今ここでそのカードを使うわけにもゆかぬ。戦争が駄目なのと同じ理由だ。いまだ不安定な東部でエースとキングをひとつの国に派遣するわけにはゆかぬ」


 ギャレット将軍のこの言葉で二人はカスケード王国に潜入するのを諦めた。そして、ナンシーがどうか無事であってくれと願うことしか出来なかった。


 そのナンシーであるが、もちろん無事であった。今はアーチボルト家で食卓を囲んでいる。


「旦那様の作った蕎麦もおでんも美味しい。お慕いする旦那様と一緒にずっとこうした生活をしたい」


 蕎麦もおでんもスティーブが作ったものであり、ナンシーに誉められてスティーブは嬉しくなった。


「まだまだあるからね」


 スティーブはそういいながら、自分もテーブルの上にあるおでん鍋から、大根を皿に取った。熱々の大根が湯気をあげている。

 テーブルの上の鍋が熱々なのは、スティーブの魔法によるものであった。火の魔法を使い、弱火でテーブルの上でも煮込んでいるのである。

 薪を使わないため、煙が室内に充満することはない。火の魔法をカセットコンロみたいに使えないかと思って、威力を調整した結果、このような事が可能になった。

 シェリーも大根を取ろうとした時、鍋の汁が減っているので、


「スティーブ、だし汁追加して」


 とお願いした。スティーブは快く引き受ける。


「はい」


 返事をすると、水の魔法を使いだし汁を作り出す。

 これは、魔法で作り出した水が純水ではなく、ミネラルを含んでいることに気づいたスティーブが編み出したオリジナルの魔法であった。

 魔法で作り出した水にH2O以外が含まれるのは何故かと原因を探ったところ、魔法使いがイメージする水が川や井戸の水であるというのが真因であるとわかり、そこからまずは海水をイメージして魔法を使ったところ、塩水を作ることに成功した。

 それならばと、次にだし汁をイメージしたところ、それにも成功する。

 ならばと、次はスープをイメージしたところ、具の無いスープなら作ることができた。ただし、膨大な魔力を消費するので、一日に作れる量はごく僅かであるが。

 そんな他の魔法使いが見たら、魔法の使い方を間違えていると激怒しそうな食卓ではあったが、アーチボルト家の人々とナンシーは和気あいあいと食卓を囲んでいた。

 一名を除いて。

 それはクリスティーナであった。

 魔法の効果とは言え、ナンシーがスティーブにグイグイよってくるのが面白くなかったのである。一度、アビゲイルにナンシーのことを相談したこともあった。アビゲイルもブライアンにそうした相手が出来たら面白くはないが、今回は国家機密になるような重大な案件であり、スティーブもナンシーにデレデレしているわけではなく、クリスティーナのことが一番だからと言われて、それ以上は何も言えなくなった。

 クリスティーナからしてみれば、ベラはもともとスティーブの幼馴染であり、従士という立場以上になろうとはしていないから安心できていたが、ナンシーはそうではなかった。

 魅了の魔法は性的な衝動は呼び起さないとは聞いているが―― ナンシー曰く「魔法をかけた相手からずっと性的な目で見られるなんて耐えられないでしょ」とのこと ――、それでもスティーブと恋人のようにふるまうナンシーに良い気分はしなかった。

 さて、そんな風にクリスティーナがカリカリ来ているところで、スティーブがとっておきの料理を出してくる。


「締めのラーメンです」


 スティーブが持ってきたのはラーメンだった。スープは水魔法で作り出しているので、地球のラーメンを正確に再現できている。

 スープが出来るならということで、ラーメンのスープを作ってみたところ、これが見事に再現出来たのだ。しかし、膨大な魔力を必要とするため、スティーブであっても一日10杯が限度。他の魔法使いであれば、1杯も作ることはできない。


「醤油、みそ、塩、それとそれぞれの豚骨スープ。好きなのを選んでください」


 ブライアン、アビゲイル、シェリー、クリスティーナ、ナンシーにスティーブの6人なので、6種類のラーメンを用意した。先ほどのおでんにも魔力をつかったので、これで今日のスティーブの魔力はほぼ終わりである。


「旦那様の魔法は人を幸せにしますね」


 ナンシーがみそとんこつを食べながらそういうと、その笑顔にクリスティーナもスティーブなら仕方がないかと、ナンシーが好意を寄せるのをやめさせるのを諦めたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しく拝読させて頂いております。 チェイスH.Q. 最高ですねw
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