48 策謀のパーティー会場
オーロラ主催のパーティー当日、スティーブはクリスティーナをエスコートして会場にやってきた。ここでも竜翼勲章のスティーブはブライアンとは別枠での招待となっている。
時刻は夜ではあったが、スティーブとクリスティーナは昼寝をして、途中で眠気におそわれないように対策をしていた。
スティーブは隣にいるクリスティーナに話しかけた。
「緊張はしていない?」
「ええ、少しだけ。でも大丈夫です」
今日この舞台では、クリスティーナも演者としての役割を与えられている。かかっている金額の大きさから、プレッシャーに押しつぶされないかとスティーブは心配していたが、クリスティーナの方は覚悟を決めてこの会場に臨んでいたので、パニックになったり、逃げだしたいと泣き出す様なことは無かった。
ただ、少しの緊張があっただけであり、その言葉には嘘は無かった。
クリスティーナはスティーブが嘘によって失敗するのを、事実を言って辞退するよりも嫌っていることをわかっており、そこは気持ちを隠すような真似をしなかったのである。
「あっ、あちらに義兄様と義姉様がいらっしゃいます」
「本当だ」
クリスティーナが指す方向には、パーカー準男爵と妻であるフレイヤが居た。彼等も西部貴族としてこの場に招かれているのである。
表向きは西部地域が拡大したことによる、新顔の貴族との懇親会ということになっている。先の領地の見直しで、皆一様に領地が大きくなっている為、元からの西部貴族が新顔に対して反発をするようなことは表立っては無い。
ただ、一気に人が増えすぎたため、こうして顔を見せる懇親会を開きたいとオーロラが考えたというのが表向きの理由だ。
なので、ここにパーカー準男爵がいるのも当然である。
「お久しぶりです、パーカー卿」
「これは竜翼閣下。わざわざ私などに挨拶をしていただき、恐悦至極にございます」
義兄であっても公式な場所での序列は、上級貴族相当のスティーブの方が上となる。なので、パーカー準男爵がへりくだってみせた。
「義兄ともなれば血の繋がった家族も同然。挨拶なしなどという無礼は出来ませんよ。それに、怖い姉上もいることですし」
「閣下、お戯れが過ぎますよ」
引き合いに出されたフレイヤが、言葉は丁寧ながらも注射針のような視線でスティーブを見た。
慌ててスティーブがクリスティーナの後ろに隠れると、クリスティーナがクスクスと笑った。
そして、クリスティーナの背中からパーカー準男爵に話しかける。
「さて義兄殿、奥方の機嫌を損ねたお詫びと言ってはなんですが、本日は面白いものをご覧にいれましょう。この数か月の留飲をどうか下げてください」
「それは期待させていただきましょうか」
「どうぞ、私とクリスティーナの共演をご覧ください」
スティーブは今日がドローネとトンプソン男爵を追い込む仕上げだと暗に伝えた。パーカー準男爵もそれはわかっており、二人を見て頷いた。
「まったく、こんな可愛い婚約者を巻き込むなんて、酷い男よね」
先程の仕返しとばかりにフレイヤがスティーブをちくりと刺す。
「そもそも、僕たちを巻き込んだのはどなたでしょうか?」
「私はクリスちゃんまで使うようには言ってないわよ」
フレイヤとスティーブはやりあっていると、クリスティーナがおずおずと口を開く。
「私はスティーブ様のお役に立ちたいので」
「健気ねえ。こんな良い子、家に欲しいわ」
フレイヤがクリスティーナを抱きしめる。
それに対してスティーブがクレームをつけた。
「シェリー姉様で我慢してください」
「いやよ。シェリーなんてなんにもしないで食べて寝るだけでしょう」
「否定はしませんね」
フレイヤとスティーブのやり取りに、クリスティーナとパーカー準男爵は思わず噴き出した。
そのタイミングでオーロラとレオが登場する。
オーロラの開催の宣言が終わると、参加者がオーロラの元へとあいさつに駆け付ける。
挨拶にも順番が決められており、爵位の序列順となっているのだが、スティーブは今回特別枠で最後になっている。
元々そういった格付けに興味のないスティーブは、オーロラとの事前打ち合わせで最後になる事を抵抗なく選んだのだった。
この挨拶では、オーロラになんとか自分を売り込みたい貴族たちが、美辞麗句を並べて贈り物を差し出すのでかなり時間が掛かる。新顔の貴族たちが必死に売り込もうとすれば、元からの西部貴族は彼らに抜かれまいとこちらも必死に今までの地位を守ろうとする。
オーロラはそんな尻尾を振ってくる飼い犬のような彼らにご満悦であった。ここではカーシュ子爵のように独自の派閥を作ろうとする貴族はいない。
貴族たちにしても、カーシュ子爵の末路を見ているので、オーロラに反目して西部に別の派閥を作る動きはしようとしなかった。
そんな売り込みをする貴族たちの中にあって、トンプソン男爵だけは話題が違っていた。
「閣下、近頃は閣下の名前をにおわせて、とある商会の株を吊り上げている者がおるのですが、ご存知でしょうか?」
「知らなかったわ。どこの愚か者がそんなことをするのかしら?」
「私も噂で聞き及んだ程度ですが、なんでも閣下が新規にオクレール商会という商会を御用商人として扱うという話。興味があれば私が噂の出処を調べてみますが」
トンプソン男爵がそう言うと、オーロラの目つきが険しくなった。
逆に、トンプソン男爵はオーロラからの言質を公衆の面前で得られたことに満足していた。
「トンプソン卿、その報告を楽しみに待っているわ。内容次第では色々と考えるわよ。そして、噂を流している者には厳しい罰を与えるわ」
「承知いたしました」
トンプソン男爵は飛び上がらんばかりの喜びとなる。なにせ、バルリエのことを報告してオーロラから褒美がもらえ、オクレール商会の株価は暴落するのである。
そんなトンプソン男爵を、オーロラは憐憫の眼差しで見ていた。
「愚かね」
と小さく漏らしたオーロラに、隣に立っていた護衛役のハリーが
「全くですな」
と相づちをうった。
そこから更に挨拶が進んでいき、いよいよ最後のスティーブの番となった。
スティーブはクリスティーナを伴ってオーロラの前に出る。
「ご機嫌麗しゅうございます、閣下」
「ようこそ。竜翼勲章を受勲したアーチボルト卿に閣下と呼ばれるのは恥ずかしいわね」
「僕などただの一度だけの功績で竜翼勲章などと言われても戸惑うばかりです。閣下のこれまでの功績と比べたらまだまだです」
とここまでが挨拶。そしてここからが本題である。
「実は閣下に、フォレスト王国撃退を祝して贈り物を持ってきました」
「あら嬉しいわ。どんなものかしら?」
「閣下の美貌の前では、この輝きもくすんでしまいそうですが、新しい合金で作りましたドラゴンの像を持ってまいりました」
「隣の可愛い婚約者さんに比べたら、私なんて大したこと無いわよ」
そうはいうオーロラであるが、クリスティーナに負けているなど、これっぽちも思っていなかった。
クリスティーナもオーロラを持ち上げて、オーロラが気持ち良くなったところで、スティーブは後ろを向いた。
スティーブが合図を出すと、オーロラの前に箱が運ばれてくる。
それを開梱すると、中からはステンレス製のドラゴンの像が出現した。
「あら、これはエアハート侯爵のところの結婚式で見たものと一緒ね」
「はい。今のところは、国内に三体しかございません。マッキントッシュ伯爵家、エアハート侯爵家、ソーウェル辺境伯家だけでございます」
「あら嬉しいわね。私が三番目の栄誉となるのね」
既に貴族の間でも、マッキントッシュ伯爵とエアハート侯爵家の三男であるシリルが所有する、ステンレス製のドラゴンの像は有名になっていた。ここにいる貴族たちも、シリルとアイラの結婚式に出席した者も多くおり、実物を目にした経験があった。
その話題のステンレス製のドラゴンの像が今ここで登場とあっては、話題はどうしてもそちらに移る。
ここでクリスティーナも会話に加わる。
「父もこの像を大切にしており、来客のあるごとに自慢しております」
「そうでしょうねえ。望んで手に入るものでもないから」
オーロラはそういうと、スティーブにアイコンタクトを送る。
北部のマッキントッシュ伯爵家が所有する像は、西部貴族たちがお目にかかれる機会はない。が、それを自慢するマッキントッシュ伯爵のことは容易に想像出来た。
貴族たちが是非自分もあの像を手に入れてみたいと思うのは当然。
「それが、望めば手に入るようにしようと思うんですよね」
「あら、どういうこと?」
オーロラがスティーブに訊ねると、貴族たちは一斉に聞き耳だてた。
どうすれば、自分もあの像を入手出来るのか、興味津々であった。
「我が家の領土が広がった事で、経営にかかるお金が増えてしまいました。そこで、領地経営の資金を得るために、この像を販売しようと思うのです」
「それじゃあ価値が下がっちゃうわねえ」
「将来的にはそうかもしれませんが、今のところロストワックスという技法で作成しており、作るのにかなりの時間が掛かりますので、一年間で3体程度までとしようと思っております」
スティーブが三本指を突き出す。
それを受けてオーロラは頷く。
「でも、そうなると注文の整理が大変でしょう」
「ええ。なのでこちらはオクレール商会という商会を通じての受注としようかと。注文に関してはオクレール商会に順番を決めさせます。注文をさばくのに頭を悩ませては、肝心の領地経営が疎かになりますから」
「叢蘭茂らんと欲し秋風之を敗る。まとわりつく相手に足を引っ張られたくないものね」
「多くの貴族を秋風といえるほどではございませんが、言わんとするところはその通りでございます」
そこでわざとらしく、オーロラは気づいたふりをした。
「ああ、そういえば先ほど誰かからオクレール商会の話を聞いたわ。この像の販売手数料ともなると、かなりの利益を生むのでしょうね。私もオクレール商会の株を買おうかしら」
「それがよろしいでしょうね。次の決算ではかなりの配当金となることでしょう」
「それならば、私もお父様にそのお話をしましょうかしら」
オーロラがオクレール商会の株を買うだけでも相当な宣伝効果であるが、そこに北部の大貴族であるマッキントッシュ伯爵が加わるとなれば、株価は青天井となることは容易に想像できた。
クリスティーナのナイスアシストである。
その会話を聞いていた貴族たちは、パーティーが終わったらば夜中であろうとも、仲買人にオクレール商会の株を買う注文を出そうと考えていた。
ただ一人、トンプソン男爵を除いては。
トンプソン男爵は慌ててオーロラのところに駆け寄る。
「閣下、今の話は真でございましょうか?先ほどオクレール商会を新規に御用商人にするつもりはないと仰ったではございませんか」
「ええ。でも株を買わないとは言ってはいないわ。何か不都合でも?それよりも、竜翼閣下との会話に男爵の貴方が割り込んでくる事の方が問題だと思うんだけど」
辺境伯と辺境伯相当の勲章保有者の会話に、親戚ですらない男爵がしゃしゃり出るのはマナー違反であった。そう言われてしまうとトンプソン男爵は引き下がるしかなかった。
下唇を食いちぎる勢いで噛み、下を向くトンプソン男爵。
その男爵を睥睨するオーロラの目の奥には歓喜の感情があったが、まともにオーロラの顔を見る事が出来ない男爵はそれに気づかなかった。
つい先ほどまで、オーロラの言質を取れたことで喜んでいたが、急転直下に株価の上昇ネタが出てきてしまい、今後の対応について頭をフル回転させていたのである。
パーティー会場はオクレール商会の話題で持ちきりとなった。
周囲のオクレール商会の株を買えば儲かるという話が、トンプソン男爵にとっては憎くて仕方が無かった。お前等が買い注文を出せば出すほど俺が損をするんだと叫びたかったのを必死で我慢した。
その後、オーロラがスティーブから贈られた像をみんなに披露することになったが、トンプソン男爵はそれに参加することなく、急いでパーティー会場を抜け出した。
向かった先は当然ドローネのところだ。
しかし、夜間のためドローネは商会にはいなかった。それどころか従業員もおらず、扉が閉まっている。
トンプソン男爵はドローネの自宅を知らず、明日の業務開始を待つしかなかった。
その怒りを一緒にいた者達にぶつける。
「お前ら、ドローネの家を探してこい!」
「しかし閣下、どのようにすればよいかわかりません。ここは明日を待つのがよろしいかと」
「それまで待てるか!どうすればよいか自分で考えろ!考えられない奴は解雇だ!!!」
困った家人たちは、これ以上ここにいてもトンプソン男爵の怒りを買うだけだと悟り、皆ドローネの家を探すためといって、夜のソーウェルラントに散って行った。
その一部始終を、トンプソン男爵に付けていた蜘蛛を介して、スティーブは把握していた。
それをこっそりとオーロラに耳打ちする。
「そう、楽しくなってきたわね。じゃあ私の言った通り噂を流した者には厳しい罰を与えなくちゃねぇ」
オーロラは笑顔でそう言った。




