第207話 ウルフパック
臨時株主総会の会場となったカヴェンディッシュ建設の会議室は、ごくわずかな人数しかいなかった。
アーサーとイザベラ、ミハエルとエリザベス、リリアとナタリア。それにカヴェンディッシュ侯爵と執事。サリエリ商会の支店長とオーロラである。そのほかは会社側の役員と議事録作成係であった。
オーロラがいることを訝しむ侯爵だったが、サリエリ商会の経営もオーロラが握っているという説明を受け、その参加を承諾したのであった。
最新の株主名簿により、参加者で過半数の株式を保有していることが確認される。そして、アーサーたちの保有株式は49%であった。そのことが告げられると侯爵はほくそ笑む。
(他の株主を連れてくるかと思ったが、それは無かったか。所詮は西部の貴族。王都で俺に睨まれたくない株主たちは、不参加を選んだというわけだ)
そう考える侯爵であったが、実際には開催までの期間が短く、通知を受け取ったのが早くて今日だったというわけである。
そんな勘違いがあるにしても、状況が侯爵に有利なのは変らない。
しかし、アーサーたちの顔に焦りはない。
侯爵についての不正が次々と並べられる。
「会社の資産を個人に付け替えたり、下請けへの支払いを意図的に遅延させたりしている証拠がここに。これらを鑑みれば、カヴェンディッシュ閣下は社長として相応しくないのは明らか」
アーサーの意見に対し、侯爵は反論する。
「資産の付け替えについては、監査法人からも問題なしという評価となっている。それに、支払いの遅延については、個々の事案を見なければならないが、瑕疵のあるような仕事があったのであろう」
「意見の相違があるようですが、それは後々しっかりと調べさせていただきます。閣下の社長解任について、議案について賛成反対の議決をいたしましょう」
アーサーの言葉を受けて、議事進行役の役員が
「賛成の方、挙手を」
と告げる。
挙手をしたのはアーサーとオーロラ。これには侯爵も驚く。
「なっ?ソーウェル卿、どういうことか」
訊かれたオーロラの真っ赤な唇が動く。
「担保として預かっている株は、担保の間はこちらが権利を有する契約。それを行使するのに、何か問題でも?」
「そんなことは――――」
侯爵はオーロラに掴みかからんばかりの勢いで迫るが、それを執事が止める。
「閣下、確かにそうした契約でございます」
「くっ、しかし……」
踏みとどまる侯爵。あともう少し前に出ていれば、イザベラに蹴られていたところであるが、執事が止めたことでそうした未来は消えた。
しかし、それでも未来は暗い。
オーロラが勝ち誇ったように笑うと、侯爵は顔を真っ赤にした。
「俺無しでこの会社が立ち行くものか!」
「あら、ご心配なく。カヴェンディッシュ卿はどのみち、もうすぐ逮捕される身。会社の心配よりも、御身を心配された方がよろしくてよ」
「た、逮捕だと!?」
オーロラからの予期せぬ言葉に、侯爵は驚いて言葉に詰まる。
そうした噂で株価が下落していたが、国の調査の兆候があれば建設大臣から報告があるはず。それがないならば、単なる嫌がらせの噂だと高を括っていた。
だからこそ、意外だったのである。
「調査の兆候があれば建設大臣から連絡を受けるとでも思っていたような驚きぶりね。でも、大臣だって我が身が可愛いはず」
それを聞いて、侯爵は自分が切り捨てられたと理解した。おそらくは、癒着を見逃す代わりに、全てを白状したのだろうと。そして、それが正解であった。
既に侯爵が公共事業を食い物にしていた内容は、つまびらかに国王に報告されていた。後は国王の判断待ちである。
オーロラに事実を突きつけられ、侯爵はひざを折って床で泣いた。
アーサーの話を考え始めた時、ウルフパック戦術をやらせようと思っていたのですが、タイミングの悪いことに、あっちで証券の買い集めの話が出てしまい、悩んだけれどウルフパックとは別物だからい良いかと判断しました。パクったわけじゃないですからね。元々外国人投資家が日本の小型株をウルフパックで買い占めたのを、いつか使おうと思っていただけです。いや、いいわけがましく書いてると、余計に疑われるか。




