第206話 市場外にて
ある日突然、株式市場に激震が走る。カヴェンディッシュ建設の株を買っていた投資家たちが、こぞって持ち株を市場外でアーサーに売ったということがわかったのである。
仲買人が執事に報告したときから、さらに買い進んだ投資家もいて、アーサーの持ち株比率は48%となっていた。その大量保有報告書が提出されたのである。
突然筆頭株主に躍り出て、しかも、過半数まであとわずかという持ち株比率である。なお、この段階では、まだ新株の売り出しが終わっておらず、実質的には過半数を獲得したことになっていた。
執事は仲買人からの連絡を受け、すぐに侯爵に報告した。
「閣下、我が社の株の過半数をアーチボルト家に買い占められました!」
「なんだと!何故それに気づかなかった!!」
激怒する侯爵。しかし、これを事前に予見するのは難しい。株式市場でとられる手法で、ウルフパック戦術と言われるものである。
これは複数の株主が株を買い集め、ある日突然群れとなって企業に襲い掛かるやり方であった。日本の株式市場でも、海外の投資家がこの手法を好んで使い、企業が乗っ取られたり、乗っ取られそうになった事例がある。
アーサーはそのことを全く知らず、これを思いついたのだった。
その手法は非常に簡単。アーチボルト家と関係はある投資家に、経済革命クラブの資金を提供して、売り出された株を市場で購入させるというものであった。
関係はあるが親戚でも無ければ、支配下にある人物でもない。仲買人も様々なところをつかって、売買に関係性があるとは思わせないようにした。
カヴェンディッシュ侯爵のところに報告に行った仲買人の心配が現実のものとなったが、その彼ですら5%を超える大口株主が数名出ましたくらいの認識だったのである。
「こちらもすぐに株を買い増ししろ!」
「しかし、ここから過半数を取得するとなると、手持ちの資金だけでは……」
いくら大貴族だとはいえ、資産を現金化するには時間がかかる。それがすぐに出来るなら、そもそも増資などしなくとも済んでいた。買い増し資金がないことは侯爵もわかっていたが、つい口から出てしまったのである。
「かくなるうえは、アーチボルト閣下に今回の真意を問うしかないか――――」
侯爵はあごを触りながらそう呟いた。
今回の株の買い占めの真意を確かめるため、相手の懐に飛び込もうと侯爵が決意したが、その時書状が届いたことが知らされる。
「旦那様、臨時株主総会の通知が届きました」
「何!?」
臨時株主総会は、1/3以上の株主の賛同で開催される株主総会である。定期のものとは違い、急激に経営に変化があった時や、経営陣の刷新が急務となった時に開催される。
今や過半数の株を押さえたアーサーならば、その臨時株主総会が開催できるというわけだ。
しかも、これは全ての株主に通知する必要はない。なにせ通信と移動に時間のかかる世界である。急を要する決定が必要なのに、遠くの株主の到着を待ってなどいられないのだ。
過半数の株主が参加し、また、総株主の過半数が賛成すれば議決できるとなっている。
通知の内容を執事が確認する。
「内容は閣下の解任についてとあります。そして、開催日は明後日、会社にてと」
「ふざけるな!この俺を解任だと!そんなことがまかり通るか!!」
直ぐにサリエリ商会が呼ばれ、残りの新株については侯爵が買い取る契約を結ぶ。
これでアーサーたちが新株を確保することは出来なくなった。
そして、新株が発行されたことにより、アーサーたちの持ち株比率は50%未満となったのである。本来、臨時株主総会は開催を決定した時点での株主名簿によるものであるが、カスケード王国での法律はその辺が明記されておらず、決定日なのか開催日なのかが曖昧であった。
だから、侯爵は通知を受けた後に新株を自分で引き受けたのである。侯爵の持ち株比率は25%となり、確実に否決には足りないが、それでも他の株主の賛同を得られれば、解任案を否決できるという読みであった。
「俺無しで仕事がまわるものか。解任しようものなら、あいつらが買い集めた株券が、紙くずになるというのにな」
くちではそう強がってみせる侯爵であったが、内心は焦っていた。
(やはり、先にアーチボルト家に事情を説明しておくべきだったか……)
と後悔していたのである。
その説明とは、ナタリアを襲ったときに、アーサーとイザベラが一緒にいて、巻き込んで仕舞ったことの説明である。
が、今となっては時すでに遅し。
どうにかして臨時株主総会を乗り切らねばと、すぐに考えを切り替える。
そうしてついに、臨時株主総会の日がやってきた。




