第204話 証拠隠滅
その日の夜、王都で一つの犯罪組織が消滅した。
昼間、ナタリアを襲撃した男たちの所属するマフィア組織であったが、夜になるとアーサーとイザベラ、ベラにスティーブがボスの家に乗り込み、大立ち回りの末にボスから襲撃の依頼者と、組織の解散というのを言わせたのであった。
ボスの家を出たイザベラは、スティーブをちらりと見る。
「パパまで来るなんて過保護よ」
「マフィアのボスの自宅に子供だけで殴り込みさせる親なんていないよ」
スティーブはイザベラの脳筋っぷりに肩を落とした。どこで育て方を間違ったのだろうかと思い返すも、ナンシーが強く育てると言った時に、すでにこの運命は決まっていたのかもしれないとなった。
「アーサーまで自分から乗り込むとは思っていなかったよ」
スティーブは優等生のアーサーまで、こうした危険なことを自らやったことに意外さを感じていた。また、子供は親の思うとおりに育たないと痛感したのであった。
「自分が始めたことで、同級生を巻き込んでしまいましたから、始末は自分でつけるべきだと判断しました。それでも、父上に相談することで節度は守ったつもりです」
「節度……ねえ……」
こちらも、世間の常識からは外れてしまったなあと、スティーブは再び肩を落とした。
が、そこからは貴族としての顔になって、子供たちに質問をする。
「それで、これからどうするつもりかな?」
「黒幕がカヴェンディッシュ侯爵ということはわかりました。調査部の報告から、ナタリアの母親であるヘレナを諦めていない可能性ありとのことでしたが、今回の襲撃でそれがはっきりとしました。侯爵はもう何もできないように、地位もはく奪しようかと思います」
「それはカヴェンディッシュ建設の経営権を握るだけではないということだよね。出来るのかな?」
「はい。条件さえクリアー出来れば。今はその条件をクリアーする方法を考え中です」
そうこたえたアーサーだったが、スティーブはこの子がそういうなら、ほぼ確実にそうなるだろうという予感があった。親ばかというわけではなく、アーサーは性格的にほぼ確実になったことを口にする癖があった。勝率五割ならば出来るとは言わず、勝率が九割九分くらいになって、やっと出来るかもしれないというのである。失敗の可能性が百分の一まで下がらなければ、出来るとは言わない性格を親としてよく理解していた。
ただ、アーサーが領主となったら、家臣たちは苦労するだろうなという先の心配もある。完璧主義者の部下というのは、領主と同じ能力があれば問題ないが、領主以下だった場合には何かと疎まれるのだ。でも、世の中には有能な人間はそんなに多くない。今のうちからそれを学ばせなければと思うのであった。
片や、イザベラの方は安直な考えである。
「最後は殴りつければいいのよ」
こちらはこちらで心配だった。本当にやるかどうかわからないが、侯爵を殴ったとなればそれなりの事前事後の処理を上手くやらねばならない。
子育ての難しさを改めて感じるスティーブであった。
一方、マフィアのボスはカヴェンディッシュ侯爵の屋敷へ報告に行っていた。
当然、侯爵が取り合うはずもなく、執事が対応することになる。
「あんたらの仕事で小娘一人を襲うだけのはずが、アーチボルト家がついているなんてな。おかげで俺は一家を解散だ。アーチボルト閣下が乗り込んできてなんて言ったと思う?『これ以上やるなら、死ねない永遠の苦痛を味わうことになる』だってよ。それが噓じゃねえことなんて、スラムのガキでもわかってる」
「それで当家にやってきたと。閣下に貴様と我が家の関係を勘違いされるようでは困る」
執事は汚いものを見るように、マフィアの元ボスを見た。元ボスもその侮蔑のまなざしを理解しているが、怒るようなことはしない。全てを諦めているからだ。
「へっ、勘違いなもんか。俺は命が惜しいから全部喋ったぜ。報酬がここから出ていることもな」
「そんなもの、我が家が否定すればそれまで。命惜しさに嘘を申し出ただけと言えば、証拠は残らない」
「ま、そう思っているならいいさ。俺は言ったからな!」
元ボスはそう言うと帰ろうとした。
執事は卓上にあったベルを二回鳴らす。すると、屈強な男が二名、室内に入ってくる。そして、躊躇なく持っていたナイフで元ボスを刺した。
抵抗する間もなく刺された元ボスは、恨みがましい目で執事を睨んだが、すぐに床に倒れて動かなくなった。
そして、男たちは倒れた元ボスの体を担ぐと、部屋から出ていく。それを見ていたクモがいるなど、気付きもせずに――――
クモを通してやり取りを見ていたスティーブは、元ボスが殺されたことを子供たちに伝えた。
「今まで散々悪いことをしてきた者に相応しい最後ね」
イザベラに同情の様子はなかった。これが今まで犯罪を犯してない者であれば、直前でスティーブが助けに入ったであろうが、マフィアのボスがそんな綺麗なわけもなく、余罪で十分に死罪となるような人物であったため、メッセンジャーとして使い捨てになったのである。
「こちらが気付いていると伝えない方が良かったんじゃないか?このあとやりづらくなるだろう?」
スティーブの問に、アーサーは首を横に振る。
「いいえ。あの組織が失敗したとなれば、また別のところに依頼をすることでしょう。だから、グランヴィル家に手を出さないように、こちらが気付いているぞと伝えておきたかったのです。それに、警戒されたところで、経営権の乗っ取りはふせげないでしょうしね」
「そこまでの自信があるなら、お手並み拝見といこうかね」
スティーブはそう言うと、ベラに目で帰ろうと合図をした。




