第198話 主役の演技
バルリエがカヴェンディッシュ建設の空売りを開始すると、そのことがカヴェンディッシュ侯爵の耳にも入った。執事が仲買人からの情報を報告する。
「旦那様、カヴェンディッシュ建設の株を空売りするものが現れました」
「それは私に報告するほどのことか?」
呼ばれている貴族の会合に向かう準備をしていた侯爵は、些事を報告してきた執事を睨む。
が、執事としては些事とは捉えていなかった。
「はい。実に、発行済み株式の10%ほどが売られていると報告を受けております」
カヴェンディッシュ建設の時価総額は約5,000億ドラ。その10%でも500億ドラという大金である。流石にそれを聞くと、侯爵の眉もピクリと動いた。
「それほどの額をか」
「はい。そして、売り崩すために仲買人たちに、わが社の株をもっと集めてほしいと言っているそうです」
「ふざけた真似を!誰がそのようなことをしているのだ!」
カヴェンディッシュ侯爵の口調が強くなった。
執事は馴れっこであり、この程度では驚かない。調べた事実を淡々と伝える。
「売っているのは仲買人のバルリエ商会。これはソーウェル辺境伯の息のかかった商会でございます」
「あの女の関係か。しかし、対立するようなことはしていないが……」
カヴェンディッシュ侯爵は自らの行いを振り返り、オーロラとの対立がないかを思い返す。しかし、どんなに記憶の糸を手繰っても、そのようなことは記憶になかった。
「あるいはバルリエ商会の単独行動かと」
「しかし、そのようなことをしては、ソーウェル卿からしっ責をうけるであろう」
ここで侯爵も執事も勘違いしていたのは、バルリエ商会はオーロラの支配下にはないということである。バルリエはオーロラに借金を返済し終わり、自由の身になっているのだが、後ろ盾としてソーウェル家がついていると勘違いされた方が、なにかとやりやすいためそのようにふるまっているだけなのだ。まあ、当然看板料的な情報の提供はしているが。
そして、もう一つ。バルリエの独断ではなく、裏にアーチボルト家のアーサーとイザベラがいるということを知らなかったのが運のつきであった。
結局、バルリエの空売りの背景はわからぬまま、時間が経つ。
――王都のレミントン辺境伯邸――
ここの建て替えをカヴェンディッシュ建設が請け負っていた。
これはアーチボルト家の調査部が調査した結果わかったことである。そして、リリアは建て替え自体は知っていたが、それがカヴェンディッシュ建設の仕事であることは初めて知ったのである。
貴族の令嬢など、家に入っている業者の名前など、一々覚えてはいないのである。
そして、その建て替えは工事が終了し、レミントン辺境伯家の確認を待つばかりとなっていた。これこそが、アーサーのシナリオを完成させた要因である。
アーサーとリリアはここでカヴェンディッシュ建設の品質管理部長であるアンダーソンを待っていた。そして時間通りに彼がやってくると、二人を見てギョッとした。
「これは、アーチボルト家の方ではありませんか。こちらでお会いするとは思っておりませんでしたな」
そう挨拶すると、リリアが笑顔でほほ笑む。
「本日はレミントン辺境伯家を代表して、建築の確認立ち合いをいたします」
その笑顔の裏では、リリアの心臓はひときわ速い鼓動をしていた。
(ここで私が失敗するわけには……)
重圧から逃れたいが、それをしてしまえば終わってしまうことがわかっていて、なんとか自分を奮い立たせているのである。
「ああ、この前は名乗っておりませんでしたわね。チャールズ・ヘス・レミントンが娘、リリア・ヘス・レミントンですわ」
「婚約者のアーサー・ティーエス・アーチボルトです。さて、この前聞いた基準で判断してよいのですよね」
リリアとアーサーの名乗りを聞いて、アンダーソンの背中には冷たいものが走った。
自分が嵌められていたことに気づいたからである。




