185 さよなら前パーカー準男爵
オーロラは直ぐにスティーブと手打ちの話をすることにした。
アーチボルト家に関係者が一堂にかいする。
スティーブ、アーサー、イザベラ、ミハエル、オーロラにセシリーである。セシリーはカスケード王国で小豆の売り込みをしており、まだ国内に滞在していたのだ。
まずは、オーロラからソーウェル家としての手打ちの条件が提示された。
「小豆と違約金は全て返却、それと迷惑料として100億ドラを追加。前パーカー準男爵の裁判は、アーチボルト家に譲るわ。それと口封じした倉庫職員は、元々不正を色々とやっていて、どのみち死罪だったのは調査のとおり。不審な点があれば、調査権をお渡ししますが?」
オーロラの提示した条件はソーウェル家の全面敗北を認めるものであった。
これであれば、スティーブも言うことは無い。ただ、まだ不満そうな顔はしていた。
オーロラにそのことを訊かれる。
「あら、まだ不満?」
「いや、この条件に不満はありません」
「その割には、顔に不満って書いてあるわ」
「これは個人の問題ですね」
スティーブがそういうと、アーサーとイザベラ、ミハエルは飼い主に怒られた子犬のようにシュンとなった。スティーブが自分たちのやったことに対しての不満があると感じたからだ。
一方、にこにこ笑顔のセシリー。
「私は小豆も売れたし、人の手による包あん機も手に入ったから大満足ね。完全に人の手だけでつくったものなら、こちらでも再現できるでしょ」
その言葉にイザベラは苦笑いした。
「叔母様、本当にそれが無いと国内でとやかく言う勢力があったのですか?」
「ま、どこかで何かは言われるわよ。これで六次産業が推進できそうでよかったわ」
セシリーの本当の狙いは帝国にも六次産業を根付かせること。
六次産業とは農林漁業と加工・製造、販売・流通を一体で行うことである。一次産業、二次産業、三次産業の合計で六次産業というわけだ。
労働集約的な環境からの脱出を目指し、食品加工機械の発展をさせようとしているのである。
「どうにも最初から違和感はあったのよね」
「私もあなたの叔母であるけど、帝国の臣民でもあるの。これで帝国で包あん機が売れなくなったらごめんなさい」
「その心配は無用です。次に出すものは今回のものよりも、効率を20%向上させたものにしますから」
イザベラはそう切り返した。
これはスティーブの教えである。世の中に出したものは真似される。だから、次はもっと良いものを出して、常に先頭を走り続けろというものであった。
日本の製造業も外国に追いかけられ、国内での生産が減少した。しかし、日本でしか出来ないものは残る。現状に胡坐をかくなという教えは経験からのものであった。
「それは楽しみね。そうしたら、それも購入するわ」
「是非とも」
そのやり取りを見ていたオーロラがイザベラに声を掛けた。
「ところで、うちの領主の座があいているのだけれど、座るつもりはあるかしら?」
その誘いにイザベラは首を横に振る。
「私は、会社を大きくして、世界中に支社、支店を置くのが夢です。それには、領主という仕事は余計なので」
「ソーウェル家の当主の座がいらないなんて言うなんて、ますます欲しくなるわね。うちの子たちにもこんな子がいたらよかったのに。中々次に椅子に座らせられる子がいなくてねえ」
オーロラの目はまだ諦めたわけではないと物語っていた。
イザベラは引きつった笑顔でこたえる。
「リズ、エリザベスならあいているんじゃないですか?」
「ああ、あの子も中々優秀よね。メルダ王国の利権と交換に、王妃にお願いしてみようかしら。私もあと何年生きられるかわからないし、早く優秀な跡取りが欲しいわ」
エリザベスを生贄に差し出すイザベラ。のちにこのことがエリザベスに伝わり、もう抗議を受けることになる。
結局、オーロラは成人したばかりのロキの息子を当主とし、直接その教育をすることになった。なお、まだまだ元気で長生きするので、、ソーウェル家がアーチボルト家に抜かれるのはまだ先のことである。
それと、ソーウェル家が抱えていた小豆を放出したことと、帝国から小豆を輸入したことで、小豆は平年より値下がりし、小豆を使ったお菓子が安く大量に出回ることになった。
こうして手打ちが終わったことで、オーズ・パーカーの刑が確定し、無期懲役となった。それがヘイムダルに伝えられると、彼はアーチボルト家にやってきた。
アポなしなので、ブライアンとスティーブへの面会は叶わない。というか、屋敷にすら入れてもらえなかった。
だが、彼は諦めずに門の前でずっと土下座をしていた。夜中も土下座し、ついには日が昇る。
流石にこれはということで、スティーブが対応することになった。
スティーブの顔を見ると、ヘイムダルは謝罪する。
「この度は……まことに……もうし……わけ……ありま……ぜんでじだ」
泣きながら、ところどころつっかえる。スティーブはそれを睥睨した。
「それで?」
「父を……釈放……じで」
「それはダメだ。彼がうちに与えた損害は大きい」
スティーブが拒否すると、ヘイムダルはスティーブにすがる。
「お金は必ず……必ずおがえじ」
「なら、先に持ってくるべきだ。それが出来てようやく検討できる」
ソーウェル家への違約金とは別で、アーチボルト家におさめるはずだった小豆の違約金が発生していた。これについては、ソーウェル家から小豆が返却されるも、アーチボルト家は既に帝国から予定数量を調達していたので、受け取ることはしなかった。
そして、違約金として250億ドラをパーカー準男爵家に請求している。支払いが出来ないので、100年で分割返済となっていた。無利子なのは温情である。
ヘイムダルは諦めて帰った。
そのことは直ぐにブライアンに伝わり、ブライアンはオーズのもとを訪ね、このことを伝えた。
オーズは照れ笑いする。
「息子が私のために頭をさげましたか」
「恩赦ということも出来るが」
ブライアンがそういうと、オーズは拒否する。
「いや、これで私が恩赦により釈放されてしまえば、今の反省の気持ちが薄れます。なにせ、私がそうだったのでよくわかります。助かってしまえば、失敗した時の反省など消えてしまうので」
「そうか。まあ、フレイヤにも強く言われてなあ。自分も一緒に牢に入ると。駄目だといったら共犯だと言ってきて」
「そうですか。結婚するとき義父さんに必ず幸せにしますと言ったのに、この結果になってしまい申し訳ございません」
オーズは深々と頭を下げた。
それを聞いてブライアンはフッと笑う。
「婿殿、子育ては難しいなあ」
「はい」
オーズは頷いた。
結局、オーズ・パーカーは死ぬまで牢の中にいることになるのだが、違約金の返済とは別に、毎年パーカー準男爵家から牢の中での生活改善という名目で金が送られてきて、食べるものや着るものは他の囚人とは一線を画すことになった。
それと、フレイヤだけは面会フリーということで、牢の中に自由に入れたし、息子に内緒で一緒にこっそり外出したりもしていた。
ただ、それを知らないヘイムダルは、返還された父の遺体を前に謝罪の言葉を述べながら号泣することになる。
そのヘイムダルであるが、違約金を前倒し返済するために、色々なことに手を出したが、それが実を結ぶのは彼の死後であった。上杉鷹山の改革もそうであるが、領地の改革など一朝一夕にできるものではないのだが、それでも違約金を前倒しで返済出来たのは、彼が種をまいたからであった。
ヘイムダルが訪れた翌日、スティーブは重工の試作室にいた。そこでフライス盤を使って切削加工をしている。
時刻は午後10時を過ぎたが、室内は電気に照らされて昼のように明るい。
もう既に電灯が実用化され、主要な施設には発電所から電気が送られてきていた。
電線の敷設は巨大なインフラ事業であり、各家庭に届けられるにはまだまだであるが、それでも10年もすれば都市の家には行き渡る計画がある。
そんな電気に照らされるスティーブの顔は相変わらず不機嫌であった。
一緒にいるニックが呆れた口調で話しかける。
「若様、そんなに怒って削ってちゃあいいものはできませんぜ」
「僕は感情に左右される仕事はしないから」
「へいへい、そうでした。ただねえ、嬢ちゃんも坊ちゃんも心配してたんで、そろそろ怒るのを止めちゃあどうですか?」
「二人が心配を?」
そこでスティーブは手を止め、ニックの方を見た。
「二人とも、今回の事で若様に失望されたと思ってるんですよ」
「何で?」
「ずっと不機嫌だからでしょ。この結末が気に入ら無かったのは誰でもわかる」
「はぁ、子供にそんな思いをさせるなんて父親失格だな。あの子達に失望したんじゃなくて、もっと早い段階でてを加えていれば、義兄殿が牢に繋がれる事もなかったと、自分の判断の甘さに腹が立っていたんだけど」
それをきいてニックはクックックと笑う。
「そりゃあ過保護ってもんですぜ。それじゃあいつまで経っても独り歩き出来ない。うちの若いやつらも独立だなんだと言ってますがね、俺からしたらまだまだひよっこで、ここで指導していたい。だけど、それじゃ奴らも一生そのままだ。壁にぶつかったり、失敗したりしても、自分で考えて乗り越えていくのを見守るのも師匠の役目だって自分に言い聞かせてるんですぜ。ま、子供はほったらかしにして、ずっと仕事をしていた俺には子育てはわかりませんがね」
「そりゃ、ニックの子供には悪いことをしたな」
ニックが子育ての時間がなかったのはスティーブのせいであるとの思いから、ニックに謝罪した。
「何謝ってるんですか。若様のせいじゃなく、俺の判断ですからね」
「そうは言ってもね。ここだって誰かいたら仕事させ過ぎかなって、申し訳なく思うよ」
「ま、あいつらは俺みたいにバカになれねえんでしょう。だから、すぐに諦める。考えて作って、それでもダメならまた考えてってやってりゃあ、日が変わるまでは帰れませんよ」
「いやいや、それはやりすぎだって。早死にするよ」
前世を思い出すスティーブ。自分が過労死しているので、今の社員たちにそこまでは求めない。
「死にゃしませんよ。俺が証拠です」
ニックはどんと自分の胸を叩いた。
「ニックはもういい歳なんだし、夜は無理しなくていいのに」
「なに言ってるんですか。あんパン騎士は百年先を見据えた仕事だって言ってましたよね。なら、最初でこけるわけにはいかねえ。老体に鞭打ってでも俺がやりますよ。それに、倒れても若様のいるところなら死なねえでしょ。グラインダーで指を落としても、プレスに挟まれてもすぐに治して貰える」
「それもそうか。見てないところでニックに倒れられるより、近くにいてもらったほうがいいか。型図面が沢山あるから、今夜は寝れないよ」
にかっと笑うスティーブ。それに対してニックも笑い返す。
あんパン騎士のキャラクター展開は、アーチボルト関連企業の目玉事業であり、また、世間の子供たちへの平和教育も兼ねている。
だからこそ失敗できないというので、スティーブがニックと一緒に金型作成をしているのだ。他の社員もやってはいるが、夜は二人だけの時間であった。
試作室に誰もいないのは、夜は工作機械を二人が使えるようにという配慮であった。
なお、忙しいラインは夜勤での生産もやっており、会社は稼働している。
「望むところで。なにせ、これがお菓子やおもちゃに使われるわけでしょ。で、あんパン騎士で育った子供たちは愛と勇気を胸に、平和を愛するようになると。そんな世界を作る仕事だったら死んでも本望」
「いや、死なないで。まあ、そういう世界が来るのなら、命と引き換えでもいいけど。隣の人と仲良くする。それだけでいいんだけどね、世界平和なんて」
「それができてりゃあ世の中戦争なんてありゃしませんぜ。ま、武器を作るより、こうしておもちゃの金型を作っていられるってのはありがてえですがね」
民間企業であるアーチボルト重工は、武器の製造はしていない。
作ろうと思えば作れるのだが、スティーブがそれを認めなかった。そうしたものは工廠が担っており、民間企業には注文が来ていない。
ニックも旋盤の前に立つ。スティーブは振り向かずに話しかけた。
「明日、子供たちと話をしてみるよ」
「なら、ちゃんと寝てから行ってくださいよね」
「そうするよ。だからニックも一緒に帰るんだ。見てないところで倒れられても困るから」
「まだそんな歳じゃねえんですが」
「そう思っているのは本人だけだよ。っていうか、過労死は若くてもするから」
「それなら、若様の分は魔法で作ったらどうですか?早いでしょ」
「それじゃあつまらないんだよ」
スティーブがそう答えると二人は笑いだす。
そして、帰りは日が昇ってからとなったのだった。
折角パーカー父の見せ場作ったけどいまいちだったか




