164 狙撃銃の威力
ベラはおよそ3キロメートル先の壺を見事に撃ち抜いた。
撃ち抜かれた壺は爆発四散し、周囲の兵士を巻き込んだ。
「似たような壺は全部爆薬が詰まっているはずだから、撃っちゃって」
「わかった」
ベラはボルトハンドルを引き、薬きょうを排出した。そして今度はハンドルを押し込む。再びスコープで獲物を捉えると、躊躇なく引き金を引いた。
次も着弾すると壺は爆発炎上する。そこでやっとドレッセルは思考が追い付いた。
「閣下、これは何ですか!?」
失礼に当たる勢いで質問が飛んできた。
「爆弾に対抗するために、相手の効果範囲外から攻撃できるように開発したもの。筒の中から鋼の弾丸を射出しています。まあ、目では見えないでしょうけどね」
「魔法を使った魔道具ですか?」
「そこは国家機密だから答えられない」
国家機密と言っているが、これはカスケード王国でも知らぬことであり、国家機密ではなくて、アーチボルト家の機密である。
ただ、ドレッセルはそんなことはわからないので、カスケード王国がサチュレート王国に劣らぬような、恐ろしい新兵器を所持していると勘違いした。
そうした会話の間にも、ベラは次々とサチュレート王国の軍が用意した物資を撃つ。
ベラに攻撃を任せて、スティーブは近くを飛んでいる鳥を魔法で使役し、空から敵の視察を行う。そこで、ガスターと呼ばれる男を発見した。
ベラの最初の攻撃があった時のことである。ガスターたちは軍隊の後方にいた。目の前で上がる爆炎に、ガスターは怒った。
「雑な運搬で壺を落としたか?」
壺は中に火薬が入っており、投石器を使って射出する予定だった。壺が割れると中の起爆剤が作用し、爆発を起こす仕組みとなっていた。銃の存在を知らないガスターは、最初は壺が落ちたのだと思ったのだ。
「運搬に難ありですね」
とニルスが言う。
信管の開発などはまだまだであり、サチュレート王国の用意した爆弾は、落とせば爆発するような危険な代物であった。
貴重な一発が無駄になったことで、ガスターは怒っていたのだ。
そこに次の爆発が起きる。
「またか。何をやっておるのだ!」
またしても壺を落したかと思い、ガスターは怒鳴った。しかし、次々と爆発が起こっていく。そして、攻城兵器の部材を運搬する荷車の車軸も壊れたのを見て、これが敵の攻撃であるとわかったのだ。
ガスターが気づくと同時に、他の者たちもこれが敵の攻撃であることに気づいた。軍を指揮する将軍は、兵士たちに迎撃の準備をさせる。しかし、肝心の敵がどこから攻撃をしてきているのかがわからなかった。
「魔法使いが近くにいるはずだ!探せ!」
そう指示が飛ぶ。
しかし、魔法使いが見つかることは無かった。攻撃しているのは遥か遠方のベラであるし、それは魔法でもなかった。なので、見つからないのは当然だ。
将軍の指示と同時に、転移の魔法使いはガスターに帰還を提案する。
「ガスター閣下、ここは一度帰還したしましょう」
しかし、ガスターはその提案に対して、首を縦に振らない。目の前の初めて見る出来事に、研究者としてこの状況をもっと観察したいと思っていたのだ。
「帰還などありえん。敵はこちらの想像もしなかった攻撃をしてきているんだぞ。これがどうやって行われているのかを確認しなくては、対抗する手段も得られんではないか」
「しかし、ここは危険です」
「研究者が危険を恐れていたらなにも出来ん」
そう言うガスターに対し、困り顔となった魔法使い。そんな彼にニルスが話しかける。
「こうなると梃子でも動かないからね。無理やり連れて帰ります?」
「ここで閣下に万が一のことがあるのを防ぐのが、私の仕事ですから」
魔法使いはそう答えた。ただし、その裏には万が一のことがあれば、自分もどうなるかはわからないという意味が含まれていた。貴重な転移の魔法使いを処刑するようなことはないであろうが、何らかのペナルティはくらうはずであった。そして、他に転移の魔法使いが見つかれば、自分は用済みとなってしまい、その時こそ命がどうなるかはわからないという意味があるのだ。
「ま、ここで無理やり転移させて、そのせいで『相手の兵器に対抗する策が思い浮かばない』なんて言われても困るしねえ」
「ええ」
ニルスの言うようなことも想定でき、魔法使いは困ってしまった。しかし、それでもガスターに万が一のことがあった方がまずいだろうと判断し、ガスターを説得することにしたのである。
「ガスター閣下、帰りますよ!」
そう大声を出す。が、ガスターは帰らないと言い張る。
「ここで帰ってしまえば、研究の機会を失うことになる!研究者は時に命を賭けることだってあるのだ!」
「なりません。ガスター閣下が生きていてこそ、研究成果も出せるというもの」
「これを見ることこそが天命!」
「天が啓示したわけではないでしょう!」
二人は帰る帰らないで言い合いになり、次第に声が大きくなっていった。
そんな会話をたまたまスティーブが使役している鳥が拾ったのである。
すぐに鳥を声の方へと向かわせる。不自然にならない程度に近くを飛ばして、ガスターの顔を確認した。一緒にいる若い男がニルスであろうとも予想がついた。しかし、言い合いをしている男がなんであるか、その時の会話からはわからなかった。スティーブはガスターを見つけたことをベラに伝える。
「ベラ、ガスターを見つけた。敵の後方にいるから今から行ってくる。そこには撃ち込まないでね」
「わかった。でも、捕まえてどうするの?」
ベラはスコープから目を外さずに質問する。
「取り敢えず連れて帰るよ。脅されて協力しているのと、自ら進んで協力しているのでは対応も変わってくるしね」
「難しいことは任せる」
ベラのぶっきらぼうな物言いについて、ドレッセルは不思議でならなかった。スティーブがカスケード王国の竜頭勲章であることは聞いていた。そして、ベラがその従者であることも聞いていた。しかし、二人の会話を聞いていると、どうしても主従関係にあるようには思えなかったのである。
スティーブは鳥の目で捉えたガスターの目の前に転移し、ガスターと呼ばれていた男を捕まえると、今度はカスケード王国へと転移した。場所は王城。緊急事態であるがゆえに、許可を取らずに転移をしたのだった。そして、城の兵士にガスターらしき人物を捕らえたことを報告する。
すぐに話が上まで伝わり、ガスターの身柄を王城で預かってもらえることになった。そして、スティーブはまたメイザック王国へと戻る。
一方、目の前でガスターを攫われた魔法使いは焦った。自分がカスケード王国からガスターを連れ去ったやり方を、目の前で再現されてしまったのである。しかも、どこの誰だかわからない相手にだ。これではガスターを探す手がかりは無い。
そう思っていたが、ニルスから思わぬ発言がある。
「今の魔法使いは竜頭勲章閣下みたいでしたね」
「竜頭勲章閣下って、あのカスケード王国の?」
「はい。僕は本人を見たことはありませんが、町中に閣下を描いた絵がありましたから」
ガスターとニルスが研究をしていた町でも、スティーブの人気は絶大であった。なので、本屋ではその功績をたたえる書籍が多数並べてあり、アーチボルト領で作られた製品の箱にはスティーブの顔を描いたものもあった。だから、ニルスはスティーブの顔を知っていたのである。
「なるほど。今のがそうであれば、何も目印が無いところに転移してきたのも納得だな。一度国に戻ります。ニルス閣下の身柄も持っていかれては、秘薬の製造に関わりますから」
その言葉にニルスも頷いた。ここでカスケード王国に連れ戻されては、折角の貴族の地位も無くなってしまう。ガスターがいなくとも、爆薬の材料を作ることの出来るニルスには、まだまだ価値はあるのだから、サチュレート王国は自分のことを大切にするだろうと考えた。
こうして二人は一旦サチュレート王国へと戻る。
戻ったところで、転移の魔法使いは再び戦場に戻ることを命じられた。ガスターを失い、メイザック王国の攻略を失敗することは、今回の作戦が失敗だったことになるので、作戦を立案した第一王子が何としても勝利するように、転移の魔法で爆弾を持った兵士を城内に突入させろというのである。
魔法使いはまだ魔力が残っているので、それも可能ではあったが、それでも多数の兵士を城内に突入させるのは難しい。そう意見を申し上げるも、第一王子は自分のメンツがかかっているので引かない。
「城門付近に転移して、爆弾を爆発させればよいではないか。城門さえ開けてしまえば、なんとかなるであろう」
「しかし、起爆させた兵士は爆発に巻き込まれてしまいます。必ず死ぬことになるでしょう」
そんな作戦に誰が名乗りを上げるというのだろうか。魔法使いはそう考えた。
しかし、第一王子は聞き入れない。
「戦争に犠牲はつきものだ。国のために死ねるのだから喜ぶべきであろう」
魔法使いは心の中で、「じゃあ、お前が死ねよ」と思ったが、それを口にしたら自分が死ぬことになるので、必死にその言葉を呑み込んだ。
そして、第一王子の説得は諦めて戦場に戻る。
そして、部隊を指揮する将軍に第一王子の命令を伝えた。
「自分が魔法で兵士を城門前に転移させますので、そこで爆弾を爆発させて城門を破壊せよとのことです」
「確実に死ぬ作戦を命じろというのか」
「ええ」
将軍は渋い顔をした。
やれば絶対に死ぬとわかっている作戦を命じるのは、今まで従ってくれた部下には出来ない。しかし、やらねば帰国後に良くて解任、悪くて命令違反による処刑が待っている。
さて、どうしたものかと思案する最中にも、敵の攻撃によって持ってきた爆薬は次々と爆発していた。もう、残りもわずかであり、城門を破壊したとしても、圧倒的有利な状況ではなくなっているのである。
「俺が自らその作戦を決行するか。魔法使い殿は俺を転移させたらすぐに逃げてほしい。爆発を確認したのちに部隊は退却だ。ただし、一度は敵の王都を攻めたという実績は作るように」
将軍は隣にいる副司令官にそう命じた。
「それならば私もお供します」
副司令官はそう言ったが、将軍はそれを手で制する。
「二人して死んでしまえば、誰が退却の命令を出すというのだ?俺はどのみち負け戦の責任を取らされる。死ぬのが遅いか早いかだけの違い。それならば、何らかの作戦で死んだ方が軍人らしいだろ」
将軍は諦めた笑いを浮かべる。
「新兵器の威力に慢心して、敵がそれ以上の兵器を有していることを考えつかなかったのが敗因だな」
「あれはどんな兵器なのでしょうか?」
「まったくわからん。ただ、城壁の上に光が見えたという報告が複数ある。おそらくはそれが敵の新兵器であろうな。メイザック王国がそんなものを持っていたとすれば、前回の戦いで使っているだろうし、竜頭勲章が来ているのが本当なら、カスケード王国が持っているのであろうな。この距離でも威力を発揮するとなると、爆弾の優位性など消え去るな。爆弾と同じく魔法ではないとすればの話だが」
爆弾という魔法を使わない兵器を運用する将軍だからこそ出てくる考えであった。そして、そうでなければと願うも、実際に魔法使いではないベラが運用している兵器である。
「さて、準備をせねばな」
将軍はそういうと、残された爆弾を準備するように指示を出す。敵が王都からこちらを攻撃してくるのであればという前提で、布を大量に準備してその両脇を槍で突きさし、目隠しを急遽作らせてからの作業となった。
その時、転移の魔法使いの背中についた小さな虫の存在を気に掛ける者は誰もいなかった。
メイザック王国に戻ってきたスティーブは虫を通して全てを把握していた。
「敵の最後の攻撃が来るね」
「布で目隠しされて向こうが見えない。槍を狙撃する」
目隠しのせいで攻撃目標を確認出来なくなったベラは不機嫌になった。
スティーブはそんなベラの申し出を許可する。
「感覚強化の魔法を使うよ。標的が槍なら壺よりも当てにくいだろうからね」
「よろしく」
視力が強化されたことにより、ベラの射撃の正確性が増した。布から突き出た穂先から、布の向こうにある槍の位置を推測し、射撃によってそれをへし折る。
スティーブから遠眼鏡を借りてその様子を見ていたドレッセルは、背筋に冷たいものが走った。壺ですらこの距離を当てることに驚いたが、さらに細い槍ですら狙撃出来るとなると、この狙撃銃が大量に配備されたら、カスケード王国の軍と接敵する前に、ほぼすべての兵士は倒されてしまうことが分かったのだ。
ただ、それはベラの腕があっての事なのだが、比較対象を持たないドレッセルには、全ての兵士がそれが出来ると思えたのだ。
それと同時に、絶望とも思えた王都の攻防が、一方的勝利に終わりそうな予感がしていた。
いつも誤字報告ありがとうございます。




