121 娯楽
深夜、王都の夜に火災の発生を告げる打鍾の音が響き渡る。王都のタウンハウスで寝ていたスティーブとベラはその音で目を覚ました。
ベラは直ぐにスティーブの寝室に駆けつける。ベラは入室許可を得る必要が無いので、そのままスティーブの寝室に入った。
ベラの目に入ったのは、スティーブが窓から空を見ている後姿だった。
「火事ね」
「そうだね。空が赤くなっている方向が孤児院の方向なのが気になるねえ」
「行くんでしょ。着替えてくる」
ベラは直ぐに着替えて戻ってきた。その時にはスティーブの着替えも終わっており、二人で孤児院に転移した。
するとそこは火の海であった。
「あちぃ」
スティーブは直ぐに近場に転移する。
一瞬で転移したため、衣服が燃えるようなことはなかったが、一歩間違えれば死んでいた。
「飛んで火にいる夏の虫だな」
「殺虫剤がいらないわね」
ベラに言われて返す言葉もないスティーブであった。
近場から見ると、孤児院は既に炎に包まれており、空が赤く染まるのも納得であった。急いでメアリーを探すと、それほど遠くない場所から火事を眺めていた。
「どうも、先生。逃げ遅れた子はいませんでしたか?」
「ええ。幸い発見が早かったので。逃げるのに精一杯で消火までは出来ませんでしたが」
聞けば年長の子供たちが小さい子供を抱えて逃げ出したということである。メアリーの他はもう一人住み込みの教師がいるが、それも女性であり何人も一度に抱えられるような力はないということだ。
そして、第一発見者はアンバーであった。
ひとまず消火だということで、水の魔法で消火をしてから、スティーブはアンバーに声を掛けた。
「お手柄だったね。でも、よく火事を見つけられたね」
「私、少しでも多くお花を摘んでおこうと思って、夜にひとりで庭で摘んでたの」
アンバーはスティーブに沢山花を買ってもらいたくて、夜中にこっそり庭に出て、一人で花を摘んでいたところ火を見たのであった。
「外から火が見えたんだ」
「そう。それに悪い人がいるのも見えた」
その言葉でスティーブは放火の可能性が高いと気づいた。メアリーもアンバーの発言にハッとする。
そして、メアリーに質問する。
「メアリー先生、火の不始末という可能性はありますか?」
「それは無いですね。寝る前にかまどの火は確認しておりますから。それと、閣下に売る約束をしていた花ですが、摘んだものが建物の中にあったので、燃えてしまいました。申し訳ございません」
メアリーは深々と頭を下げた。
「いや、それはいいです。犯人を見つけて償わせますから。アンバー、悪い人っていうのはどうして悪い人ってわかったのかな?」
「お兄ちゃんに剣を向けた人だったから。火で明るくなったから、顔がはっきり見えたの」
アンバーは身を屈めて隠れながらも、犯人の顔を覚えようとして、見ていたのだ。
「一人だけ?」
「うん」
メアリーが見たというのは、オーガストであろうと想像できた。スティーブはアンバーに幻惑の魔法を使ってオーガストを見せる。
「こいつで間違いないかな?」
「うん」
犯人が特定出来た。しかし、燃えてしまった孤児院は元には戻らない。夜はまだ寒くは無いが、これからずっと外で寝るわけにもいかない。そして、立て直すような資金もない。スティーブが資金を出したところで、すぐに建物が建つわけでもなかった。
スティーブはメアリーにしばらくここで待つように指示して、どこかへと転移した。
そして戻ってくる。
「教会に受け入れを認めさせた。貴族地区の教会だから外出には制限がかかるけど、緊急だし我慢してほしい」
「教会ですか」
メアリーは目を丸くした。
スティーブはイートンのところに行って、事情を説明して孤児たちの受け入れを承諾してもらってきたのだ。イートンからしてみれば、使徒様のお願いなので断る理由は無かった。
ただし、貴族地区となるので、平民が自由に外出できるものではなかった。
さらにスティーブは続ける。
「メアリー先生、うちの領地に来ませんか?そうすれば、領地の資金で孤児院を建てられますが。運営資金も出せますしね」
「よろしいのですか」
スティーブからの提案に、メアリーは再び驚いた。
実は王都の孤児院は国王の管理下にあり、スティーブが資金を提供するわけにはいかないのである。花を買うのであれば問題ないが、運営資金の提供は法的に問題があった。魔法使いが見つかった時に、その権利でもめるからである。
なので、孤児院をスティーブが引き取って、領地で運営しようというわけだ。
「まあね。うちにもメリットがあるはなしだし」
スティーブが考えていたのは人材の確保である。蚊取り線香の事業が軌道に乗れば人手不足が起きる。なにせ、花の栽培と収穫に既存の農民を割いた場合、領内の食糧生産が減ってしまう。孤児が成長すればそれが労働力になるので、先を見越した投資であった。
その話を聞いてメアリーは納得する。しかし、その顔には困惑があった。
スティーブもそれに気づく。
「何か問題でも?」
「ええ。私が王都を離れてしまえば、孤児院を頼ろうとしていた人たちが困るでしょう。他の孤児院の負担が増えますから」
「それならば、子育てに困った時の受け入れ先を教会にやってもらいましょう」
「よろしいのですか?」
「元々、受け入れ先の負担が均等ではなかったですからね。本来は国がやるべきでしょうけど、その仕組みを作るには時間がかかる。今は教会が協力的ですから、教会で一旦受け入れてから、孤児院に平等に振り分けてもらうようにします」
スティーブとしても継続的に人を増やしたかったので、王都の孤児を引き取るつもりであった。そのための仕組みとして、今回のようなことを考えたのだ。
「それならば問題はありません」
メアリーはスティーブの案を聞いて移住を決意した。
話が終わると、スティーブはメアリーと子供たちを教会に転移させる。深夜にも拘わらず、イートンが指示を出して受け入れ態勢は整っていた。人数分の布団が用意され、屋根のあるところで寝ることが出来た。
スティーブはそれを確認してから帰宅する。
タウンハウスに帰ったスティーブに、ベラが微笑みかける。
「花を買うどころじゃなく施したわね。最初から狙っていた?」
「まさか。孤児院が燃えるところまではわからないよ。それに、王都で栽培してもらうくらいまでしか考えていなかったからね。これから父上の許可をとらないと」
「許可じゃなくて報告でしょ。スティーブの決めたことに反対するわけないわ」
ベラは受け入れ先の村の住民との調整に悩むブライアンの姿が想像できた。移住者しかいない第三の村ですら、移住の順番でマウントをとるような有様である。
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スティーブがどこに孤児院を建設するつもりか知らないが、人里離れたところというわけにはいかないだろうから、元々の住民との軋轢があると思っていた。
それはスティーブも同じであった。移住予定は旧カーティス男爵領であり、そこならば花を栽培できる程度に土地があるだろうと考えていた。元々のアーチボルト領では土地が痩せているので、まともに育つ保証がないためだ。
その調整については父に任せようとスティーブも考えていたのだ。
「それで、放火犯はどうするの?」
「罪を償ってもらう」
「今から乗り込んで手を下す?」
「いや、僕がそこまではしないよ。彼には見せしめになってもらうことになるだろうけど」
「明日、いやもう今日か。入隊式に僕らも顔をだそうじゃないか」
スティーブの頭の中では、オーガストを追い込む方法が既に出来上がっていた。
そして朝になると、スティーブとベラは蛇頭騎士団の元メンバーの入団式に出席するべく会場に向かった。約30名が入隊式に来た。その中にはオーガストもいる。
スティーブの顔を見ると、忌々しそうな表情をしてから目をそらした。
事情は隊長に話してあるので、スティーブたちも入隊式に参加して、挨拶を聞いていた。
そして、挨拶が終わるとスティーブが前に出る。
「昨日王都の孤児院で火災があった」
スティーブがそういうと、オーガストはヘラヘラと笑う。
スティーブはそれを見るが、冷静に続けた。
「諸君らとは因縁の深い孤児院であるので、この中に犯人がいるかもしれない。今正直に申し出れば罪を軽くしようと思うが」
放火は死罪である。それは貴族であっても変わらない。そして、今いる者たちは貴族ではない。
スティーブに言われてメンバーはお互いの顔を見る。が、オーガストだけはそうではなかった。もちろん、自分から犯人であると名乗り出ることもしなかったが。
しばらく経っても誰も名乗り出ないので、スティーブは諦めて次の段階にうつる。
「さて、今から自白する魔法を使う」
そう、スティーブは命令強制の魔法で自白するように命令したのだった。
全員がやってないと口を揃える。
が、一人だけ絶叫しながらだった。
当然オーガストである。
スティーブはオーガストに憐憫の眼差しを向けた。
「命令に背けば死ぬほどの激痛に襲われる。しかし、自白をすれば死罪。どちらを選んでも良いが」
オーガストに待つのは死であった。命令無視による魔法の苦痛で死ぬか、放火の罪を認めて死罪となるかである。今回はスティーブも許すつもりはなかった。一歩間違えれば多くの人が死んでいた可能性があるからだ。
それは孤児たちだけではなく、延焼して巻き込まれたであろう人たちも含まれている。
オーガストは一分もたずに放火を自白した。
「俺がやった。助けてくれ」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、スティーブにすがりついた。
だが、自白とともに激痛が消えると、直ぐに元のふてぶてしい態度に戻る。
「魔法で嘘の自白をさせただけだ!俺はやってねーぞ!」
この時既に魔法の効果は切れているので、激痛が走ることはなかった。
スティーブは呆れて、ため息をつく。
「僕の魔法は国王も認めるところだ。陛下の前でもう一度やるか」
もう一度と言われてオーガストはビクッとなる。
「嘘だろう。陛下がわざわざ平民の、それも孤児院の火事くらいでそんなことをするわけがない」
「そうでもないさ。僕はまだ陛下に貰ってない褒美が色々あるからね。それらをお前の裁判のために出席してもらうというのも出来るんだよ」
「そんなことをして何の得があるってんだ」
オーガストもスティーブの活躍は知っており、国王から貰ってない褒美があるのは本当だろうと考えた。なので、スティーブには利益がないだろうということで、国王の臨席をさせないようにしようと思ったのだ。
スティーブはオーガストの問いには答えず、もう一度命令を強制した。
「僕も問おう。孤児院に放火することで、お前に何の得があったのだ?答えよ」
「それは、てめぇには歯が立たないから、腹いせにガキどもを焼き殺してやろうと思ったんだ。花を売っていたのが孤児院のガキだってわかったからよぉ」
オーガストの答えに、ベラも汚いものを見たという表情になる。
「クズね」
「まあ、そんなところだと思ったけどね」
と、スティーブはベラの方に振り向いた。そしてまたオーガストの方に向き直る。
オーガストは必死に自分の行為を正当化しようとうったえる。
「平民をどうしようが貴族にはその権利があるだろ」
「そんな権利はないし、お前はそもそも貴族ではないだろ」
スティーブは誰がみてもわかるほど怒りの感情があふれでていた。
「娯楽として平民を殺している貴族がいるのには目をつぶるのか?俺だけが悪いのか?」
「じゃあ、その貴族の名前を言ってみろ。お前と同じように罰してやる。それに、娯楽として貴族が平民を殺してよいのならば、僕がお前を楽しんで殺す」
スティーブに言われるとオーガストは黙った。
これ以上オーガストと話すことはないと考え、スティーブは隊長に命令する。
「こいつを石打刑に処す。正式な手続きが終わるまで、軍の牢屋にぶちこんでおいて欲しい」
「承知いたしました」
隊長は敬礼した。
石打刑と聞いてオーガストの顔が青ざめる。
「なんで石打なんだよ。悪魔か!」
悪魔と言われてスティーブはいやみったらしく、オーガストを鼻で笑った。
「娯楽だよ。古来より処刑という見世物は庶民の娯楽だった。特に、平民を虐げてきたやつに石をぶつけられるとあっては、みんな喜んで参加するだろうな」
公開処刑には娯楽的側面もあった。スティーブの言うように、今回は特に平民の敵に対して合法的に石をぶつけられるので、大にぎわいになることは間違い無しである。
きっと楽しい処刑になることは簡単にわかった。
「俺にそんなことをしたら親父が黙ってねえぞ!」
「ここにきて、まだ親の権力しか交渉に使えるものがなく、それが有効ではないとわからないとはねえ。子爵程度の権力で、竜頭勲章の僕の決定を覆せると思うかい?」
スティーブに言われてオーガストの顔からは凄みが消えた。目の前の相手には、今まで自分がやってきた、親の地位で脅すというやり方が通用しないことを理解したのだ。
そして、そうなるともう泣くくらいしか残されていなかった。
「許してください。これからは心を入れ換えます。真面目に生きていきます」
泣きながら土下座して訴えるオーガストを見て、スティーブは何度目かのため息をついた。
「放火をせずにそうしてくれていたら、除隊までの期間を短くしたのにねえ。気づくのが遅いよ。もういい、連れていけ」
スティーブの命令により、兵士二人がオーガストの両脇を抱えて引きずっていく。
しばらくはオーガストの助けてくださいという叫び声が聞こえたが、次第にそれは小さくなり、そして聞こえなくなった。
後日、オーガストの刑が執行される。
ブレナン子爵からは助命の嘆願が国王に対して出されたが、国王もスティーブと平民との反感を買ってまで、放火犯を助けるつもりはなく、助命の願いを聞き入れなかったのだった。
スティーブは処刑には立ち会わなかったが、後で民衆がオーガストに罵声を浴びせながら、嬉々として石をぶつけていたという報告を受け取った。
いつも誤字報告ありがとうございます。




