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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
13章

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115/209

115 宗教裁判 最高裁

 宗教裁判当日、スティーブは被告人席に立っていた。

 聖国の大聖堂にある法廷はカスケード王国の教会よりも大きかった。

 法廷にいる見知った顔は証人として出廷しているカーター殿下と、スティーブに繋がった縄を握っているイートン、それに聖女のユリアだった。

 それ以外はだれだか分らぬフライス聖教会の関係者。正面の裁判官席には教皇がいる。醜く太ったその様に、スティーブは心の中でガマガエルというあだ名をつけた。

 すぐに裁判が開廷となる。

 教皇が罪状を告げた。


「被告人は進化という考えを唱え、神の摂理を否定した。これは異端である。相違ないな?」

「神の摂理の否定はしちゃいない。そうした摂理があるかを探りたかっただけだ」

「神を疑うことが罪である」


 茶番であった。最初から有罪にしようというだけであり、スティーブの弁明などは聞いては無い。さらに、証人であるカーター殿下にも何も聞かない。

 そして、ユリアの姦通についての話となる。


「被告人は昨夜、聖女と密会をしていた。これもまた、神が禁止した姦通の罪である」

「会って話をしただけで姦通となるのかな?」

「深夜の密会で会話だけなど誰が信じるというのだ?」

「そうした下衆の勘繰りこそ、経験があるからじゃないですかね。聖女様の意見を聞いたらどうでしょうか」


 スティーブは教皇を煽るようにヘラヘラと笑った。教皇の方も余裕で笑い返す。

 教皇としては、呼び出した罪状以外をいきなりぶつけたのに、スティーブが驚かなかったのが意外だったが、言い逃れも出来ないだろうと思っていた。

 スティーブが驚かなかったのは、普段から妻たちにこうした疑惑をかけられ、その説明をするのに慣れているからである。実に内助の功であった。


「聖女の意見は必要ない。今から神の御業による罪悪の判定を行う」

「へえ、どんなものかな?」

「おい」


 教皇はわきに控えている司祭に指示を出した。

 すると、司祭が液体の入ったグラスをスティーブのところに持ってくる。


「これを飲み、罪があるなら神の裁きにより命を落とす」

「生きていたら?」

「無罪ということだ。今のうちに懺悔をするように」

「懺悔?やめとこう。全てを告白するには一か月はかかるだろうからな」


 そういうと、スティーブはグラスを煽った。

 グラスの中身は即効性の毒薬である。教皇はスティーブの潔さに驚くが、すぐにいつ死ぬかとワクワクしながらその時をまった。しかし、一分経っても二分経ってもスティーブは倒れない。

 それもそのはずで、スティーブには薬物耐性があった。その耐性はフッ化水素であろうが、テトロドトキシンだろうが無害化出来るものだった。人の作り出した薬物である以上、その耐性を突破することは出来ないのだ。


「さて、いつまで経っても死なないのだが、神の裁きとやらは終わったのかな?おたくらの神様ってやつは、優柔不断なのかい?」


 スティーブの態度に教皇は歯ぎしりした。


「貴様のようなものが神から無罪を言い渡されるなど、教会が許さない」

「その教会が今まで何をしてきた?戦火で家を焼かれ逃げまどう人々、泣きじゃくる子供たち。そんな下の世界をよそに、教会はどこにいたんだ。天上で神の足でもなめていたのか?」

「神を侮辱するつもりか?」

「神?くだらん罪を作り出したつまらんやつさ」


 スティーブはそう言うと傍聴席の方に向き直る。


「ま、僕はそのつまらんやつから教会の不正をただすようにつかわされた使徒なんだけどね」


 その発言に法廷はどよめいた。ユリアとイートンだけが納得している。カーター殿下はスティーブの芝居がかった態度に笑いをこらえるのに必死だった。


「麻薬を密造密売しているやつらに、神の名を騙ってほしくないんだとさ」


 スティーブの爆弾発言に教皇は慌てる。自分を支持していないものもこの場にはいるからだ。そして、毒薬を飲んでも死なないスティーブのいうことを信用してしまう危険性を理解していた。


「そのような世迷言を!」

「証人を連れてこようか」


 そういうと、スティーブは転移してカミラを連れてきた。カミラにとってはつらいことを思い出すかもしれないので、スティーブはやるつもりは無かったのだが、昨夜、カミラからどうしても協力したいとお願いをされて、法廷の場で教皇派に麻薬を使われたことを告白した。


「私は聖騎士のカミラ・フランク。聖国での麻薬の密造の情報を元に、それを捜査していたところ、教皇に薬を盛られた。その後麻薬で意識を奪われたのだ。それを今ここで証言する」

「生きていたのか…………」


 教皇はついぽろっとその言葉が出てしまい、慌てて口を押さえた。しかし、既にそれは傍聴人たちに聞かれてしまっている。

 その直後、傍聴席のユリアが起立した。


「情報は私の天啓です。神がこの件を調査するようにお命じになったのです」


 これにより、聖女派は息を吹き返す。姦通と言われてもう終わりだと思っていたところで、一発逆転の情報が出てきたのだ。


「売女が、でまかせを!」


 教皇がそう言うが、法廷内では誰もそれに耳を貸さない。教皇派であっても幹部ではない者は、スティーブが見せた魔法を、神の奇跡だと信じている者ばかりであった。教皇と神では神が優先されるのは当然。流れは一気にスティーブへと傾いた。


「こんなことをしてただではすまんぞ。貴様の家族にも神罰が下るからな」


 教皇はスティーブを脅迫する。

 その言葉にスティーブの目からハイライトが消えた。


「お祈りでもしてろ。貴様たちは生きては返さない。僕は生まれて初めて喜んで人を殺そうと思ったよ」


 スティーブにそういわれると、教皇は逃げ出した。裁判官席から降りて、後ろのドアから出ていく。


「猊下」


 腰巾着である毒薬を持ってきた司祭もその後に続く。

 教皇派の騎士がその逃げたドアの前に立ってスティーブが追いかけるのを阻止しようとした。

 スティーブは追いかけるのを止めた。そして、ざわつく法廷内に宣言をする。


「教皇は今日限りで破門とする。これは使徒の僕の決定だ。異論があるものは前に出よ」


 使徒と言われては異論を唱えることは出来ない。何故なら異端になってしまうから。教皇派の者たちも、教皇が逃げ出した今、スティーブに歯向かうことはしなかった。

 こうして開廷から10分足らずで、宗教裁判初の無罪が出た。そして、裁判官が逆に有罪となることになったのである。

 傍聴席からユリアがやってきて、スティーブの手を握った。


「神が貴方を選んだのは間違いではありませんでした」

「どうかな。他の人ならもっと上手くやれたかもしれないよ」

「いいえ、これが神の決めた――――」


 そこまで言って、ユリアはカミラの事を思い出して口をつぐむ。

 カミラはユリアを責めはしない。


「お気になさらずに。これは神が私に与えた試練なのですから」

「カミラ…………」


 この時、ユリアの信仰心も揺らいでいた。どうして、神は違う解決方法を提示してくれなかったのだろうかと。

 小刻みに震えるユリアはカミラよりも辛そうだった。

 そんなとき、イートンが旅の途中でスティーブと議論していた事を話す。


「神は人間より更に高い次元におられます。そのお考えを只の人である我らが理解するのは困難であると使徒様は私に教えてくださいました。今回の事も全ては意味のあること。しかし、それを理解するだけの次元に我らの魂は至っていないのです。その高みを目指すことも修行。聖女様へ出過ぎたことを申しますが」

「そうですね。私も聖女などと言われてはおりますが、まだまだ修行が足りません。その次元を目指さねば」


 その会話を聞きながら、スティーブは教皇につけた虫の視界で、逃げる先を見ていた。地下の麻薬工場を抜けて、更に地下へと続く階段を下りていく。

 そこはかなり広い洞窟であり、湖のようなものもあった。階段の先には祭壇があり、ベールで顔を隠した法衣の者が階段に背を向けている。

 祭壇は崖の上にあって、湖を一望できるようになっていた。そして、何らかの魔法で明るく照らされており、それらがはっきりと見えた。

 教皇はその者の前で土下座をした。


「教主様、我が教会に弓を引くものが現れました」


 教主と言われた者は振り返りもしないで、教皇に問う。


「自分達で解決出来ぬのか?」

「あれは悪魔でございます。我らの与えた毒薬を飲んでも死なぬのです」

「毒薬で死なぬとは興味深い。会いに来てみろ。どうせ見ているのだろう?」


 教主はまるでスティーブが見ているのを知っているかのような物言いだった。


「ユリア、この大聖堂に教主という役職はあるかな?」


 突然の質問にユリアは首を捻る。


「フライス聖教会には教主という役職はありません」

「そうかあ。教皇が頭を下げているんだけどなあ」

「まさか、逃げた教皇の姿が見えるのですか?」

「そうだよ」


 スティーブからしたら偵察の魔法なのだが、教会の者たちは神が全てを見ている行為だと勘違いして、益々スティーブを崇拝する。

 スティーブはその雰囲気を感じとり、居心地が悪くなった。拝まれるのが恥ずかしいのだ。


「麻薬工場の更に地下に広い洞窟があって、そこに教主と教皇がいる。教皇が黒幕だと思っていたけど、実は更に黒幕がいたみたいだね」

「まさかそのような場所があるとは思いませんでした。それに、教主の存在。この教会の隠されたところこそ、神が私に天啓を授けた理由に違いありません」


 ユリアは自らの手を強く握りしめ、スティーブの目をじっと見つめた。神の意図が見えたと確信したのだ。


「その意図に家族を巻き込んだ責任は取ってもらわないとね。教会がどうなるかはわからないけど、教主も含めて全てを終わらせるつもりだ。神様はおしりペンペンくらいで済ましてやれっていうつもりだったかも知れないけどね」

「子供の躾程度ですむような犯罪ではありませんから、それはないでしょう」

「だろうね。それくらいで勘弁してやれっていうなら、神のところにクレームを言いにいくつもりだった」

「それなら私も連れていってください。神のご尊顔を拝観したいと思っておりました」


 ユリアからの思っても見なかった返しにスティーブは驚かされる。


「怖くはないの?」

「畏れ多いことかも知れませんが、使徒様と御一緒なら怖くはありませんよ」

「いい心掛けだね。それじゃあまずは教主の顔を見に行こうか」


 予想外の黒幕の登場とユリアの逃げない姿勢にスティーブの怒りは収まり、完全に冷静になった。

 神がいるというのなら、目の前の聖女と呼ばれている女性も天啓による被害者であり、神に対して集団訴訟をする時の仲間であるのだ。 

 そこにもう一人、集団訴訟の原告団に加わる資格を持つ、カミラも護衛としてユリアとともに教主の所に行くというので、スティーブはそれも承知した。

 そうと決まれば、イートンに麻薬工場の制圧をお願いして、地下に向かおうということになった。


「イートン、僕たちは麻薬工場の更に地下に行く。麻薬工場の制圧は任せたからね。1時間経っても僕らが返ってこなければ、地下は封印するように」

「封印ですか」

「そう。悪い奴らはそこに閉じ込めてしまおうじゃないか」

「閣下は?」

「どうとでも脱出できるし、脱出出来なかったときは凄くやばいのがいるっていう事だから」

「承知いたしました。どうかご武運を」

「ありがとう。神に祈っておいて欲しい」

「よろしいのですか?」

「僕はイートンの信仰までは否定しないよ。好きなものに祈ったらいい」

「はい」


 イートンの返事を聞いて、スティーブはドアをふさいでいる兵士に話しかける。


「さて、諸君らが信仰するのは神か?それとも教皇か?」

「…………」


 兵士は黙って答えない。


「人は弱いものだな。教皇から提示された現世利益に惑わされて、信仰を歪めてしまったようだ。今ならまだ改心すれば間に合うと思うがね。どのみち、僕はそこを通らずとも教皇に追いつけるんだから、無駄な事はしないほうがいいよ」


 そう言うと、スティーブはユリアとカミラを連れて、地下の祭壇に転移した。

 そこには教主、教皇、司祭の三人がいた。

 教主は低い声で一言


「待っていたぞ」


 と言った。

 スティーブはそんな教主を煽るように馬鹿にした。


「たったの三人で何ができるというのかな?容赦はしないけど、神に祈る時間くらいはくれてやってもいいよ」

「フッ、神などおらんよ」


 そう教主が言うと、教皇は目を丸くした。


「教主様、それはどういうことでしょうか?」

「フライス聖教会は私が作ったのだ。研究のためにな」


 ユリアはそれを聞いてありえないと思った。それなので、直ぐに教主の言葉を否定する。


「フライス聖教会には三千年の歴史があります。それを作ったなどありえません。あなたは三千年ものあいだ生きていたというのですか」

「その通りだよ。生きているというのはあっているかわからんがな」


 そう言うと、教主は顔を隠しているベールを取り去った。そこにあるのは頭蓋骨であった。そして、眼球があるべき場所が禍々しい赤い光を発していた。

 ユリアはそれを見て、自分の反論が間違っていたことを悟る。

 スティーブは前世のファンタジー漫画に出てきたモンスターを思い出す。


「まるで、リッチだな。不死の王のイメージにぴったりだ」

「そうだ。私は不死なのだよ。私には死霊魔法の才能があってね、研究を重ねていたら、自分の魂魄をこの世に縛り付けることを発見したのだ。しかし、他人はそううまくはいかなかった」


 教主はそう言って魔法を使う。

 すると、司祭の足元の土が盛り上がり、そこから死体がはい出てきた。そして、驚いて動けない司祭ののどに噛みついた。

 今度は、死んだ司祭を教主は魔法で操る。


「ほら、こうして死んだものを動かすのは出来る。しかし、この世にずっととどめておくことが出来ないんだ。今死んだ男をもう一度動かなくするからみていてくれ」


 そういうと、更に土から死体が出てきて、司祭の体に噛みついた。みるみるうちに司祭の体は食いちぎられて無くなった。

 教皇はそれを見て、胃の中のものを口から出した。


「うげぇ」


 それを見て、スティーブはユリアとカミラは大丈夫かと振り返ると、二人とも青い顔をして口を手で押さえていた。

 これ以上は見せられないなと思って、ファイヤーボールの魔法で動く死体を焼く。


「火葬は教義に反しますかね?」

「構わんよ。先ほど言ったように、フライス聖教会は私が作ったものだった。研究のための資金と素材集めるのためにな。神の教えなどでっち上げだ。神罰が下ろうはずもない」

「なんということを」


 ユリアには衝撃的な内容であった。驚きと怒りで小刻みに震えるユリアに対して、教主は教会の歴史を語る。


「宗教というのは金と死体を集めるのには便利だからな。時の権力者からの弾圧もあったが、それにより信者の結束が固まり、神に忠誠を誓う姿は滑稽であったな。みな、権力者ではなく、私が実験のため殺したのだがな。そして、社会的に教会が認められるようになると、信者たちは自らの利益のために神の言葉とやらを作り始めた。そこからは私は関与しておらぬよ。研究の邪魔にならなければとほっといたのだ。教典の大部分は私の作ったものではない。私は研究資金だけでよかったのだよ」

「拝金主義が神の正体か」


 スティーブは後ろの二人をチラリとみると、教会の真実を知って戸惑っていた。自分達が信じていたものが嘘だと知らされたのだ。

 ユリアはその時、教会の持っている奇跡を思い出して、それに一縷の望みをかける。


「教会が魔法の才能を見つけ出す儀式は神からの贈り物ではないのですか?」


 そう問われると、教主は再び死体を操り、教皇を掴んで湖に放り込ませようとする。


「教主様、何をなさいますか。お助けを」


 教皇の訴えを聞くことなく、死体は崖の上から教皇を投げ捨てた。ドボンっという音がして、教皇が水に落ちたことがわかる。

 が、直ぐに教皇の体が崖の上まで戻ってきた。巨大なハエトリグサのような植物に捕まれて。


「こいつはヒトクイグサといって、人の絶望や苦痛をエサにしている。こいつの実を粉にして水に混ぜたのが、才能を見つけ出す薬だ。昔はあちこちに生えていたが、私が駆除してまわった結果、今ではここにしかない。実が湖の岸に打ち上げられたものを――――」

「ぎゃあああ」


 教主の説明が教皇の叫び声でかきけされる。やがて、その叫び声は聞こえなくなった。


「食事の時間は終わったようだね」


 スティーブはヒトクイグサが水中に戻っていくのをみて、教皇が絶命したのを理解する。


「次の教皇を選ばんとな」


 教主は聖女を見た。


「彼女は駄目だ。敬虔な神のしもべだからね」


 スティーブはそう言うと、教主にファイヤーボールを撃ち込んだ。魔法の炎で焼かれるが、直ぐにその体は再生する。


「無駄だ。私の魂魄はこの世に強く縛り付けられている。魂も魄も直ぐに再生されるのだよ。これが他の者ではそうは行かぬのが残念だがな」

「コギトエルゴスムか」

「なんだそれは?」


 スティーブは自分にしか見えない作業標準書で、死霊魔法の急所を読んでいた。

 そして、教主が自分だけ魂魄をこの世に縛り付けられた理由を知る。


「自分というものに対しての思惟があるかどうかが重要なんだ。他人から死霊魔法で蘇らせられても、思惟が無いから直ぐにまたこの世から離れてしまうんだね。だからあんたは自分だけは魂魄をこの世に縛り付けられた」

「貴様も死霊魔法が使えるのか?」

「まあね。今覚えたところだけど」


 教主の瞳の赤い光がいっそう強くなる。


「三千年の研究がついに終わりを迎えたか。礼を言うぞ」

「そりゃどうも」

「では、盛大なフィナーレといこうか」


 教主の魔法で無数の死体が地中から這い出してくる。

 教主はスティーブたちに再び語り出す。


「三千年前、パレスフィールド王国という国があった。そこは世界制覇を目論み、周辺国に戦争を仕掛けたが、周辺国が連合を組み敗れて滅んだのだよ。私はそこの王族だった。不死の軍団を作り、いつの日か世界を征服する夢を叶えようと思って研究していたが、その研究も終わりだ。完全な不死者が私だけであっても、死なぬならいつかは世界を征服できる。再び帝国の夢を!」


 教主はかつて存在し、滅びた王国の王族であり、不死者による世界統一を目指していると言う。


「神をも畏れぬ行為」


 ユリアは教主を睨む。


「だから、神などおらぬのだよ」


 勝ち誇る教主は表情は無いものの、ユリアを嘲笑したことがわかる。悔しがるユリア。

 そんなやり取りの横でスティーブは死霊たちの魂魄を引き剥がす。


「おっと、哀れな魂は還してやらないと」


 スティーブは死霊魔法を使い、死体から魂を引き離す。即座に死体は動かなくなった。教主からは不機嫌そうなオーラが出る。


「残るは貴様だけだ」

「魂魄を引き離す事が出来るとはな。しかし、私の魂魄まで同じように出来るかな?」


 教主の言葉に絶望したのはユリアだった。スティーブの肩を掴んで揺らす。


「あの教主をどうやって倒せるのですか?」

「冗談が通じるなら笑い死にさせるんだけどね」


 スティーブは振り向いてウィンクした。カミラはユリアの肩に手を置く。


「ユリア様、スティーブ様を信じましょう。天啓があったではないですか」

「そうよね、カミラ」


 スティーブは二人の期待に応えたいと思い、今の状況を整理する。


「死なない敵、湖、食人植物、負の感情」


 それらを結び付けた答えが出た。

 スティーブが土魔法で作った円柱の柱が、教主目掛けて飛んでいく。


「吹き飛べ!」


 土柱が教主の体を捉える。

 教主はスティーブの攻撃を嘲笑う。


「こんな攻撃がなんになるというのだ。直ぐに体は再生するぞ」

「そうだ。だからいいんじゃないか」


 スティーブの魔力により、土柱はさらに伸びる。教主の体は崖から突き落とされ、湖に落下した。

 サバーッという水の音が洞窟に響く。ヒトクイグサが教主の体を捕食して、水上に出現した。

 狙いどおりになったスティーブは食われる教主に笑顔を見せる。


「そこで未来永劫食われてるといい」

「なんだと!?」


 教主の体は食われたそばから再生する。再生しては視線をスティーブに向けての繰り返し。五回目に教主の怨嗟の声が響く。


「この草が枯れたらここから出て、必ず貴様を殺す。貴様が死んでいればその子孫を殺してやる」

「そうそう、そういう負の感情が欲しかったんだ。これで誰も殺さずに実を収穫出来るからね」


 スティーブの狙いは誰も殺さずに実を得ること。教主をずっとヒトクイグサに食わせておけば、養分の負の感情は絶えず供給され続ける。

 教主の怨嗟の声にユリアは不安になり、スティーブの袖を引く。


「アーチボルト様、ヒトクイグサが枯れたらどうされますか」

「三千年枯れないなら、直ぐには枯れないと思うけど、未来永劫とはいかないかねえ。僕が死ぬ前に、教主の魂魄のこの世への縛り付けを断ち切るよ」

「スティーブ様なら、未来永劫監視出来るのではないですか?」


 カミラがスティーブを名前で呼んだことに、ユリアは目を丸くする。


「カミラ、いつの間にアーチボルト様を名前で呼ぶようになったの?」

「隠れ家に連れていっていただいたときに、名前で呼ぶことを認めてもらいました。私がアーチボルト卿と言うのが固いと申されまして」

「少し親密過ぎないかしら?」

「スティーブ様の奥様たちも了承してくださってますし」


 スティーブはカミラを妻たちの元に隠していた。クリスティーナとナンシーは最初はスティーブがまた新しい女を連れてきたかと思ったが、カミラの身の上を知ると敵意は無くなり、優しく接することになったのだった。


「まあ、そういうわけでカミラは僕の事を名前で呼ぶし、僕もカミラと呼んでるんだよね。で、流石に僕も不死ではないから、適当なところで教主はあの世に送るよ。その後は実をどうするかは考えないとね」

「しかし、教会はもう終わりです。魔法の才能を見つける実があっても、それを使うための組織が無くなるでしょう」


 ユリアは疲れ切った笑みを浮かべる。自棄糞というのが適切な表現かもしれない。教会の教えが全て嘘だったのだ。これからどうやって人に神の教えを説けるというのかわからなかった。

 そんなユリアの肩にスティーブは手を置く。


「人には宗教が必要だ。死への恐怖から逃れるために、人は宗教を作った。それが無くなってしまえば、死への恐怖が再燃し、社会は無秩序に荒れるかもしれない。ユリアならそれを止められるんじゃないかな」

「今まで散々神を否定されていた方に言われるとは思いませんでした」

「人の弱みにつけこむのとしつこい宗教家は嫌いだけど、宗教そのものを全て否定するわけじゃないからね」


 スティーブが笑顔を見せた。ユリアはどうしてよいかわからず困惑し、しばらくなにも言えずに黙ってスティーブをみていた。

 沈黙の時間に堪えられず、スティーブが口を開こうとしたとき、ユリアの体に魔力が流れるのを感じた。


「天啓です。フライス聖教会を存続させ、神の言葉を伝えよ、と」

「三千年も名前を使われるのを放置しておいて今更だね。神は本当に全知全能なのかねえ」

「神は全知全能であっても、我々がその言葉や真意を理解できるとは限りませんよ」

「神、空にしろしめす。全て世はこともなし」


 スティーブがそう言って洞窟の天井を見ると、ユリアとカミラも同じように天井を見た。

いつも誤字報告ありがとうございます。

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