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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
13章

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113 軟禁

 スティーブがオーロラのところに転移したのはごくごく簡単な仕掛けであった。

 カスケード王国の東の果てまで蒸気機関車で移動し、鉄道が無くなってからは、一緒に積載してきた教会の馬車での移動となった。室内にはスティーブとカーター殿下とイートンの三人だけ。なので、スティーブがイートンに対して自分の幻覚を見せ、ずっといるものと思わせてから転移したのである。

 カーター殿下は精神系の魔法を防ぐマジックアイテムを身に着けているので、魔法の効果が発動することは無い。それに、スティーブはカーター殿下が味方かどうかを把握するために、あえて幻覚を見せるようなことはしていなかった。これでカーター殿下がイートンに告げ口をすれば敵であるということになる。

 今のところはそのような気配はない。

 それでもスティーブがオーロラのところの滞在時間が短かったのは、馬車にアクシデントがあって御者が室内を見た時にいないのがばれるので、あまり長時間不在にするのはリスクがあるためであった。

 なので、ごくごく短時間で用事を済ませては帰って来ていたのだった。妻と子供たちは安全な場所に避難させたが、両親とフレイヤとシェリーの姉夫婦については領地を離れるつもりは無いと、安全な場所への移送を断られた。教会が自分を狙っているとはいえ、領民国民を残して政務を放置するわけにはいかないというのである。

 ただ、人質に取られた場合は遠慮しないでほしいとだけ言われる。

 遠慮しないことも出来ないが、首に縄をつけて安全な場所に引っぱっていくわけにもいかないので、スティーブは両親と姉夫婦については諦めた。

 馬車の中では暇なので、スティーブはイートンとフライス聖教会の教義について討論をしていた。


「神が自分に模して人間を作ったというのであれば、どうして人間は不完全なものなのか?」

「それは神が人間に修行を課したからです。我々の人生は修行のためにあるのです」

「では、生まれてすぐに病や戦争で死んでしまう赤子はどんな修行だというのか?」

「神の与えた試練は人間が完全に理解するのは難しいことです」

「それは思考の放棄と言いたいところだけど、実際に人間は縦横高さと時間という四次元までしか理解できず、それより高位の次元についてはあることは理解できても、それがなんなのかは理解できないという。神がそうした高位の次元の存在であるというのならば、我々が神の思考を理解できないのも納得できる。ただし、フライス聖教会の教義にはそうした高位の次元という概念は無かったと思うが」


 スティーブの話にイートンは感心した。神を認めないと言うスティーブであったが、フライス聖教会の教義についても知識と理解があり、こうした議論が成り立つのである。


「閣下は神学の道に進むべきだったのではないでしょうか。そうすれば、今回のような罪状をかけられるようなこともなかったかと」

「教会の信じる神は現世利益が無いからね。僕の領地は餓死者が毎年出るような貧しい土地だった。農作物もろくに育たないようなところだから、金になるものを作って売ることにしたんだけど、世の中にないものをって考えていると、それが科学的なところにたどり着いたんだよ。教育学だってフライス聖教会の教義とは相性がわるい。子供は体の小さい大人っていう教えなんだろうけど、実際には子供の心の発達っていうのがあって、最初から精神的に大人じゃないんだ。だから、小さいうちから大人みたいに仕事させるのを禁止したんだよ。労働力が減るから大変だったけどね」

「それは私には答えられない問題ですね」


 イートンはスティーブと会話をするうちに、教義の間違いについて考えるようになっていた。しかし、それは教会の批判につながるので、口に出せはしなかった。

 心の中に残った疑問がじわりじわりとイートンの信仰心を蝕んでいくのをスティーブは感じていた。ただ、それを口に出すことはしない。

 カーター殿下は二人の会話を興味深く聞いていた。ただし、言質を取られないために発言をすることはなかった。

 こうしてトラブルもなく、時々スティーブが外出しながらも、馬車は順調に聖国に向かっていた。


 さて、どうしてスティーブが聖国に呼び出されることになったかというと、その原因は聖女付きの聖騎士であるカミラにあった。

 時間はかなりさかのぼり、マシューズ子爵が動く前の話である。

 ユリアからの命令でカミラは聖国にある大聖堂を調査していた。麻薬を密造しているのは大聖堂であると見当はついていた。なぜならば、麻薬を密輸しようとしている荷物については、そのすべてが大聖堂からのものであったからである。

 大聖堂といっても敷地は広く、様々な建屋があった。教皇や聖女の住まう建屋や、遠方から礼拝にくる信者が

宿泊する施設も備えているのである。自分の権限が及ぶ範囲は調べつくし、その結果密造している現場は見つからなかった。

 ならば、残るは教皇派の管理する施設であると思い、そこへの侵入を試みたのである。

 侵入といっても特に許可が必要なわけではない。聖騎士であるカミラが施設内を歩いていたとしても罰せられるよなことはないのである。ただ、反対派閥の人間が歩いていれば目立つ。カミラ本人は目立たぬようにしているつもりであったが、今まで来なかった者が突然やってきたとなれば、教皇派は警戒する。

 すぐにそのことは教皇に報告が上がった


「猊下、聖女のところの聖騎士がうろついております」

「フランクか?」

「はい」

「ふむ、場所は?」

「工場の近くでございます」

「まずいな」


 工場とは麻薬の密造工場であった。報告を持ってきた司祭もその存在を知っている。聖女に知られたくない教皇の気持ちはわかるし、自分も麻薬の恩恵が得られなくなるのは困るのだ。隠したい気持ちは一緒である。


「呼ぶか」


 と教皇は一言発した。


「御意」


 こうして、カミラは教皇から呼び出された。

 呼び出しの連絡をもらったカミラはユリアに報告をする。


「聖女様、教皇猊下からの呼び出しに応じるべきでしょうか」

「天啓はありませんが、応じるべきでしょうね。断ればこちらのうしろめたさを勘繰られることでしょう」

「さすれば、近頃あちらの施設周辺を探っていた言い訳を考えねばならないですが」


 カミラは教皇派の施設を探っていた言い訳が思いつかず、ユリアに相談をした。ユリアは少し考えて、自分のせいにするようにカミラに指示する。


「私の天啓に従ったと言っておきなさい。そうすれば責任は私にあることになりますから」

「承知いたしました」


 こうしてカミラは教皇からの呼び出しに応じた。

 教皇専用に作られた部屋で教皇と二人きりになる。カミラは教皇が苦手だった。醜く太ったその外見に生理的嫌悪感があったことに加え、麻薬の密造密売にかかわっているかと思うと、すぐにでも斬ってしまいたい衝動に駆られるのだ。

 それを我慢しての対談である。

 教皇は相手が聖騎士であるということで護衛はいない。これに警戒しなければならないほどの対立ではないのだ。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 カミラは教皇に質問した。教皇は気持ちの悪い笑顔でにこにこしながら対応する。


「その前に茶を用意してある。冷める前に飲むとよい」


 そう言って自分が先に飲んだ。これは身分のこともあるので当然である。それを見てカミラは毒は入ってなさそうだなと思い、自分も出された茶を口にした。すぐに視界が揺れて体の自由が利かなくなる。その時毒を盛られたことに気づいた。

 盛大に後悔したが、もうすでに遅かった。気を失う直前に複数の男が室内に入ってくるのがわかったが、抵抗することもせず、そのまま意識を手放した。

 室内に入ってきた男が教皇に話しかける。


「うまくいきましたね」

「うむ。こうして警戒心もなく茶を口にしてくれるとはな。地下に連れて行き、薬を使ってこの近辺をうろついていた理由を自白させろ」

「聖女から問い合わせがあったら如何いたしますか?」

「帰ったと言っておけばよい。聖女の権限ではこちらを捜査することも出来ぬ」

「御意」


 こうしてカミラは地下室に連れていかれ、そこで麻薬を大量に投与されて目的を自白してしまった。そして、麻薬の情報を聖女からカスケード王国のアーチボルト卿に伝えてあるということが発覚する。

 教皇は直ぐに動いた。

 聖女を軟禁状態とし、カスケード王国教区の司教にアーチボルトの呼び出しの口実を作るようにとの指示を出す。また、アーチボルトが情報を伝えた可能性のある家族は始末するようにと指示を出した。その時すでに国王やオーロラにも情報は伝わっていたのだが、そこまでは把握できておらず、スティーブからのこれ以上の情報拡散を防ごうとおもったのである。

 スティーブについては聖国に呼び出して、脅迫か麻薬によりその情報の拡散先を白状させるつもりであった。

 こうしてスティーブは聖国に呼び出されることとなったのだ。

 ここまでの動きを司祭が報告をすると、初動の対応が出来たと安心した教皇は、司祭に悪い笑顔を向けた。


「神は乗り越えられぬ試練をお与えになることはない。これは我らに与えられた試練だったのだよ」

「フランクの自白を聞いたときは肝を冷やしました」

「聖女を軟禁して公務を全てキャンセルした時の聖女派の反発は大きかったが、それだけの価値はあった。偶像である聖女がいなくなれば奴らの結束は脆い。最初からこうしておけばよかったのだ。来年あたりに、こちらで用意した聖女に代替わりしてもらおう」

「今の聖女には神の御許に旅立ってもらうわけですな」

「すぐにでは強引だから、もう少し期間をおいてだがな。そうすれば教会の権力は一本化されて、ますます繁栄というわけだ」

「すべて世は事もなしでございますな」


 司祭も悪い笑顔で頷いた。

 帝国の皇帝ですら戴冠式では教会の権威が必要であり、その教会を独占できることになった教皇は、我が世の春を予感していたのである。


 一方、軟禁状態となったユリアは自らの行いを反省していた。連絡の取れなくなったカミラの身を案じては神に祈る。

 そして、どこで自分は間違えたのだろうかと考えた。

 天啓は過去一度も間違えたことはなかった。その啓示に従っていれば良い結果をうんでいたのである。しかし、今回カミラと連絡が取れなくなり、自分が監禁されたことは果たして良い結果なのだろうかと。

 これは神を疑っているわけではない。天啓はスティーブに麻薬の事実を伝えること。そのあとの動きは全て自分で考えてとった行動だ。


「どこで間違ったのでしょうか」


 ひとり部屋で自問自答するが、答えは出なかった。

 こうして、フライス聖教会の勢力図は大きく変わることになった。これがスティーブが呼び出されるきっかけとなった騒動である。


 そしてやっとスティーブたちが聖国に到着した。小さな国なので、すぐに目的の首都に到着する。

 スティーブは聖女のことが気になっていた。今どうしているだろうかと考えたのである。その時大きく馬車が揺れて急停車した。


「何事か?」


 とイートンが窓から御者に訊ねる。


「人が飛び出してきたもので」

「撥ねたか?」

「いえ、何とか止まりましたがね」


 そのやり取りをしている隙に、スティーブは馬車の中にいた蜘蛛を魔法で従え、外に送り出して様子をうかがった。その蜘蛛の視界に入ったのは布一枚をまとってうつろな目をしているカミラであった。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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