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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
13章

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108/209

108 緑の革命を目指して

 カスケード王国国王ウィリアムは宰相と頭を突き合わせて悩んでいた。

 スティーブからもたらされた麻薬の製造供給がフライス聖教会であるという情報を、どう扱うべきかで結論が出なかったのである。

 スティーブから情報とともに現物を預かり、それを検査してみたところ間違いなく麻薬であったのだ。国内の諜報機関もどうも教会が怪しいとは思っていたが、末端の販売員を捕まえるのが精々で、その仕入先までは踏み込めていなかったのである。

 国王が宰相に話しかけた。


「宰相、諦めたアーチボルトと教会の戦いが実現しそうだな」

「我々が手を下していないということを喜ぶべきでしょうか」

「教会がアーチボルトだけを敵と認識してくれたらだな。そうならなかった時、我が国も神の敵となるが」

「全く、出掛けるたびに問題を持って帰ってきますな、閣下は。そして、それがどんどん巨大化しているのがさらに問題です」

「今度は聖女の依頼でフライス聖教会だからなあ」


 国王と宰相はため息をついた。


「当面は静観だな。アーチボルトもすぐに動くつもりはないようだし」

「承知いたしました」


 そんな会話が行われているころ、スティーブはアーチボルト領でシリルと一緒に植物の品種改良にいそしんでいた。セシリーの魔法を教えてもらったスティーブが、品種改良をすることを思い付いたのである。セシリーは庭園の花の開花時期を調整するくらいにしか使い道を考えていなかったが、それは遺伝というものを理解していないからであった。

 シリルに取り寄せてもらった、様々な小麦、リンゴ、ミカン、芋をそれぞれの種類で交配させては成長させてその味を確認する。やせた土地でも育って、なおかつ美味しいという品種を目指していた。


「遺伝子というものが、味や病気への強さに影響するという仮説は興味深いですが、フライス聖教会に見つかるとうるさそうですね。全ての動植物は神によって作られたとしていて、進化を否定しておりますから」

「まったく、宗教ってやつは学問との相性は悪いねえ。神学を頂点にして、他の学問を婢に見るから、何百年と文明が進歩してこなかったんだよ」


 フライス聖教会は三千年の歴史がある。そして、その影響力が増してからは、宗教的に認められない学問は否定されてきた。スティーブはそのことを言っているのである。


「教会関係者に聞かれたら異端とされますよ」

「もともと神は信じてないから構わないけど、宗教裁判は面倒だなあ」


 フライス聖教会は異端者を見つけると宗教裁判にかけていた。そこで異端が認定されると処刑となるのである。そして、これは国王でもその対象となるため、皆、フライス聖教会の考えと違う主張は出来なかったのである。それでも地球は動いていると言えるかといえば、言う前に刑が執行されるので無理な環境なのだ。

 そんな会話をしている間にも、リンゴが種から木になって実をつけた。それをスティーブは取って食べてみる。


「酸味が強くなったけど、ひょっとしたら病気に強いかもしれないね。食べられなくはないし、これはこれでとっておこうか」

「病気に強ければ来年は甘い種類ともう一度交配ですね」


 植物の成長魔法は土の栄養の代わりに魔力を使う。だから土地の栄養が一気に吸い取られることはなく、実験は何度でも繰り返せた。スティーブほどの魔力であればすぐに成木にまで成長させられるのだが、病気を意図的に発生させることが出来ないので、一世代を強制的に作って、それを別の土地に持って行って病気や天候の変化への強さを確認することになるのだ。

 別の土地に持っていく理由は、近くだと他の実験体と自然交配して、予期せぬ結果になってしまうのを防ぐためだ。日本でも人間用の甘いトウモロコシを栽培している畑の隣で、家畜用の甘くないトウモロコシを栽培しており、甘くない方が優性遺伝なので、出荷できないものが実ってしまって、隣の畑の持ち主と揉めた話などは枚挙にいとまがない。

 そんな話を聞いたことがあったので、受粉出来ないくらい遠くに離そうと考えたのだった。

 リンゴの他にも小麦、ミカン、芋を魔法で成長させる。小麦は低くて倒れにくい品種が好まれるが、それは収穫する人間にかなりの負担を強いることになっていた。倒れにくくて背の高い小麦が出来れば言うことは無い。なので、スティーブは背の低い小麦を掛け合わせたものと、背の高いものを掛け合わせたものの二種類を作っていた。

 なお、農作業においての腰をかがめる作業が大きな負担となっているのは紛れもない事実である。イチゴのハウス栽培でも、最近では人の高さにイチゴがなっているが、昔はハウス内の地面に植えたイチゴを収穫していたので、かがんでの収穫が体に大きな負担となっていたのだ。

 イチゴについてはモグラの被害というのもあったが、高いところで栽培するというようになったのは農作業に従事する者にとってはありがたいことであった。

 そして、小麦に話を戻せば過去エジプトでは何千年も背の高い品種が栽培されていた。収穫がしやすいからである。ただ、小麦が倒れてしまうということから、1960年代には日本の農林10号という小麦を親に持つ背の低い小麦が緑の革命の原動力となったりもしているので、両方を育ててみることにしたのである。


「スティーブ殿、やはり背の高い小麦からは背の高い小麦が生まれ、背の低い小麦からは背の低い小麦が生まれるのですね」

「これが遺伝だよ。ただ、なかには突然変異もあるから、必ずしもそうなるわけじゃないんだよ。人の髪の毛や目の色も、親からの遺伝によるところが大きいんだ。決して神の差配ではないんだよ」

「やはり教会からは目をつけられますね」

「うーん、遺伝子は神が描いた設計図ということにしようか」

「その説が教会に受け入れられると我々の研究もしやすくなりますね」

「神の権威とのすり合わせがなあ」


 宗教が強い国では、地球でも科学よりも宗教的な概念が優先される。人型のロボットの研究や、遺伝子の研究なども宗教が弱い国の方が進むのは、その倫理観による制限が無いことが大きい。

 それはこちらの世界でも同じであった。

 こうして今、スティーブがシリルに見せている進化の過程も、宗教が否定してしまえばその研究は終わってしまう。

 王立研究所でもこれは頭の痛い問題であった。学問と宗教の両立という水と油を混ぜるような仕事は、研究者にとっては余計な手間なのである。


「宗教の話は別として、スティーブ殿はよく遺伝に気づきましたね」

「それは子はどうして親に似るのだろうというところから始まって、うちの領地に持ってきた色々な野菜の観察をしていたら気が付いたんだよ」


 スティーブは適当な作り話をした。遺伝の話は日本で義務教育をうければ当然しっていることである。しかし、日本で得た知識だとはいえずに、そういうことにしておいた。染色体についてもつい最近、その観察方法をシリルを通じて王立研究所に提出している。

 中学校の理科の授業でやるあれである。

 スティーブの作った光学顕微鏡でも倍率は十分であり、その観察が可能であった。ただし、染色体というものがどう影響しているのかは、これから時間をかけて研究してもらうことになる。当然ゲノム解析などは出来ない。


「新しい魔法も覚えたことだしね」


 スティーブは帝国との戦いで経験値をつんで、魔法のレベルが上がっていた。


【産業魔法Lv5】

・鋼作成

・銅作成

・ガラス作成

・油作成

・薬品精製 new!

・中和 new!

・薬品除去 new!

・薬物耐性 new!

・産業機械Lv1 卓上旋盤、固定式グラインダー、パスタマシン

・産業機械Lv2 パイプベンダー、糸巻機

・産業機械Lv3 唐箕、コンターマシン、ハンドリフト

・産業機械Lv4 溶接機、プレス機、汎用旋盤、ボール盤

・産業機械Lv5 フライス盤、ラップ盤、包餡機、鍍金ライン

・測定

・作業標準書


 鍍金ラインを作れるようになったことに関係あるのか、薬品が精製出来るようになったのだ。薬品をためしに精製してみたところ、医薬品も化学薬品も精製出来た。溶接機はあったものの、溶け込みを確認するための薬品が無く、その評価については表面から見えるものでしかできなかったのだが、魔法でエッチング液を作り出すことで溶け込みを評価することが出来るようになったのだ。

 電子顕微鏡が無いので、それでも溶け込みの評価は難しいが。

 エッチング用のピクリン酸が精製できたことで、火薬の精製も試みたところ黒色火薬、無煙火薬、ニトログリセリン、TNTなども精製できた。ただし、それが戦争に使われることを懸念して、スティーブは誰にも伝えていなかった。

 ともかく、薬品を魔法で作れるようになったことで、染色体の着色用の試薬も作って王立研究所に提供したのだった。

 宗教との折り合いをつけながら、遺伝についての研究が進むことにスティーブは期待していた。

 エンドウマメの遺伝実験で有名なメンデルもキリスト教の司祭であり、エンドウマメの観察は修道院で行われていた。地球の歴史ではあるが、宗教と遺伝が必ずしも相いれないものではないのだ。

 まあ、恐竜と人間が一緒に生活していたなどという説もあったりするが。

 なお、日本においても第二次世界大戦以前は縄文時代の遺跡はコロボックルのものであるという学説が有力であった。古事記や日本書紀が国史とされており、それから逸脱する学説については認めづらい雰囲気があったのである。

 そうこうしているうちにも小麦は十数世代交配を続ける。

 背が低くて多くの実をつける品種と、背が高くて1メートルを超える刈り取りやすい品種が生まれた。どちらも茎が太くて倒れにくくはなっているが、背の低い方が実りは多い。


「あとはこの種を王国各地で栽培してみて、どこで栽培するのが適切かを見ていきますか」


 スティーブはそれぞれを袋に小分けにしていく。シリルもその作業をしながらスティーブに質問した。


「全ての品種がこの二つに置き換わったりしますかね?」

「それだと病気が流行った時に全滅するリスクがあるから、他の品種も作っていかないとだよね。芋やリンゴもそうなんだけど。病気への強さも遺伝だからね」


 これは生物はみな同じであった。人間にもそうした能力が備わっている。汗のにおいが好きか嫌いかというものがあるのだが、これは汗に白血球が混じっており、そのにおいによって血液型が似ている似ていないを自然と判別しているのだ。

 好きなにおいというのは型の違いが大きく、嫌いなにおいは型が似ているというのだ。それにより交配相手を決めて病気に強い子孫を残す仕組みとなっている。

 数万パターンあると言われている白血球の型を見分けるための仕組みが、フェロモンの正体であり、そのにおいというわけだ。

 この違う型どうしで子孫を作ることこそが、病気に強くなるのである。過去人類は何度も疫病に遭ってきたが、それでも絶滅しなかったのはこの仕組みがあったからである。そして、それは植物でも同じであった。美味しいから、収穫量が多いからというだけで、同じものを作っているといつかは病気の蔓延による食糧難がやってくる。アイルランドのジャガイモ飢饉のような食糧難だ。

 そうした歴史を知っているからこそ、スティーブは単一の作物にこだわらないようにしていた。そばを発見したときも、そばだけに特化せずにやせた土地で育つ作物を探したのはそうした理由である。

 幸いにしてカスケード王国ではそうした飢饉の歴史は無く、単に干ばつや寒さなどの気候条件のみの不作凶作の経験のみだったので、シリルはそうしたところまで考えが及ばなかったのだ。


「結果が出るまで何年もかかるということですか」

「それが農業の大変なところだね。だったら、木や鉄を加工するほうが安定して手っ取り早くお金を稼げるってなるでしょ」

「それがこのアーチボルト領ですね」


 農業の品種改良には時間がかかる。一年草であっても次の世代は翌年であり、それが木ともなればさらに長い時間を要する。仮に屋久杉のようなものの進化を見ようとすれば、それは数千年を必要とするのだ。

 逆に、ショウジョウバエのような短い期間で育って交配を繰り返す生物であれば、その進化や遺伝は観察しやすい。

 今回の品種改良も、スティーブの魔法がなければ何年もかかるような事業である。

 だからこそ、スティーブは直ぐにでも借金を返済していくために、製造業を領内で始めることにしたのだった。


「将来的には水、資源、食糧を求めて戦争が起きると思うんだ。今食糧難を起こさないための研究を始めておけば、少なくとも戦争の原因のひとつは潰しておけるしね」

「いつも思うのですが、スティーブ殿はまるで未来を知っておられるようなことをおっしゃりますね。そして、それが的中するように思えるのです」

「天啓かな?」


 スティーブはそう誤魔化すと、残っていた小麦を仕分けした。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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