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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
12章

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101/209

101 出征

 出撃前に関係者がスティーブの屋敷の庭に集められた。セシリーとダフニーが率いる近衛騎士団百名。それとルイスだ。

 ルイスは出征を見送るために、ここに来ている。国王が雇用している転移の魔法使いにより、ここにやってきた。近衛騎士団はスティーブが連れてきた。深紅の金属鎧をまとうダフニーは非常に凛々しい。

 ナンシーとクリスティーナも子供を抱えて、見送りにきている。ダフニーは二人と会話をして、それを少し離れてセシリーが見ている。

 幸せそうなナンシーを見て、セシリーは苛ついていた。そしてつい、ダフニーにつっかかった。


「アーチボルト閣下、近衛騎士団が同行するとの話だが、そちらの実力がわからない。騎士団長が弱ければ足手まといにしかならぬと思うが」


 その言葉に、ナンシーはセシリーを睨んだ。ダフニーも目つきが険しくなる。


「セシリー、ダフニーは私が直々に指導しているから、実力は保証するわ。それに、今は私以上になっているし」

「私だってナンシーよりも強い。それに、言葉だけではわからないでしょう」


 その言葉にダフニーはカチンときた。


「ならば、ここで実力を見せても良いが、何かを試し斬りするか?」

「止まっている物を斬ったからって強さの証明にはならないでしょう」


 セシリーも負けずとダフニーを煽る。ルイスがハラハラしながら成り行きを見守っているが、スティーブはある程度予想しており、ため息をついた。そして収納魔法で亜空間から木剣をふたつ取り出した。


「死ななければ治すから、納得いくまでやってね」

「承知しました」


 ダフニーはスティーブから木剣を受け取る。それをみてセシリーも受け取った。


「じゃあどうぞ」


 スティーブの合図でふたりの模擬戦が始まる。ダフニーのことをなめていたセシリーは、その技術に驚いた。

 記憶にあるナンシーの動きと瓜二つだったのである。それが余計にいらだたせた。


「まるでナンシーじゃない」

「私の弟子はどうかしら」


 ナンシーがセシリーを馬鹿にしたように笑う。


「正直驚いたけど、ナンシーは私より弱いんだから、負けるようなことはないわよ」


 セシリーはそう返した。

 クィーン・オブ・ソードであるナンシーよりも、エース・オブ・チャリスであるセシリーのほうが強いのは事実である。そして、ダフニーの攻撃も全て防がれていた。

 相手の実力を掴んだとおもったセシリーが反撃に出ようとしたとき、ダフニーの動きが変わる。

 セシリーとの距離を一気に詰めて、懐に飛び込んだのだ。


「っ!!」


 セシリーは慌てて後ろに飛んだ。


「今のを逃げられるなんてまだまだね」


 ダフニーはため息をついた。

 スティーブは苦笑いして、ダフニーに話しかける。


「そう簡単にエース・オブ・ソードの動きは習得できないよ。でも近いところまでは来ているんじゃないかな」

「エース・オブ・ソードだと!?」


 セシリーは驚いてスティーブの方を見た。


「そうだよ。ナンシーの教えを受けながら、僕がエース・オブ・ソードの動きも教えているんだ。まだ完ぺきではないけどね」

「ならば私も認識を改めなければならないようだな」


 セシリーはダフニーを馬鹿にした態度を改めた。そして、身体強化の魔法を使う。


「殿下の前で無様な姿は見せられない。こちらも全力でいく」

「実力を認めてくれたということかしら?」


 ダフニーは軽口をたたくが、その態度とは裏腹にセシリーから視線を外さずに攻撃に備える。

 セシリーが強化された身体能力を頼りに、地面を蹴ってダフニーに攻撃をする。

 ダフニーはそれを神速の剣で迎撃した。

 ふたりの木剣が衝突して、その衝撃に耐えられず粉々に砕け散る。


「そこまで」


 スティーブが模擬戦を止めた。剣が無くなったら素手という思考で、二人が殴り合いを始めそうだったので、急いで止めたのである。


「納得できたかな?」

「はい」


 セシリーはダフニーの実力を認めた。そして、なぜエース・オブ・ソードの技を使えるのか訊ねる。


「姉が指導しているのはわかりますが、どうしてエース・オブ・ソードの技も使えるのでしょうか?彼も生きているとか?」

「いや、それはないよ。確実に殺している。僕が彼の技を盗んだだけだから」


 セシリーはスティーブからその話を聞くと、ナンシーを睨んだ。


「姉のように帝国を裏切ったわけではなく安心しました」

「強すぎて仲間にしているような余裕がなかったんだよ。僕が今ここにいるのはナンシーのおかげだから。そう言うとまた怒るんだろうけどね」

「旦那様、妹のことは気になさらずに」


 ナンシーに言われてセシリーはプイッと顔をスティーブのほうに向けてしまった。


「まさか、技を盗むというようなことが、そんな余裕がない状態で出来るとは思いませんでした」

「まあね。それはいいとして、時間もないからわだかまりも無くなれば出発したいんだけど」


 スティーブは作業標準書の秘密に触れられたくないので、話題をそらした。


「承知」


 セシリーはそう言うとルイスの方を向く。


「それでは殿下、エース・オブ・チャリスただいまより逆賊を討つため出撃いたします」

「頼むぞ」


 ルイスはそう言葉をかけた。


「では行こうか、閣下」

「よろしくね」


 スティーブは事前に入手した情報をもとに、イエロー帝国軍が駐留するフォレスト王国の国境へとセシリーの魔法で転移する。セシリーは既に一度訪れており、スティーブをそこに案内する。最初は二人での偵察だ。

 転移した先でスティーブは鷹を見つけて魔法で使役する。

 セシリーはスティーブの偵察の魔法を知らないので、その行動の意味が解らず質問した。


「閣下、それは何を?」

「偵察するのに猛禽類は目が良いから最適なんだよね。ただ、音が拾えないから、背中に虫をのっけてもらって、敵の近くで落としてもらうけど」


 そう言って、手近な虫たちも使役して鷹の背中に乗せる。セシリーは聞いてもその行為に思考が追い付かなかった。


「魔法で動物を使役して偵察を行うというのですか。しかも複数を同時に」

「そうだよ。帝国軍はそうした偵察をしていないの?」

「複数を同時はあり得ません。魔力が足りませんから」

「そうかあ」


 と言いながら、スティーブは鷹と虫に感覚向上の魔法を使う。視覚聴覚の感度を倍にした。


「今のは?」

「使役している虫たちの感覚を向上させた」

「いちいち驚くのに疲れました」


 セシリーは目の前の若者がどれほど強いのかわからなかったが、使っている魔法の種類の多さから、そうとうな強さなのだろうと思っていた。

 今はそんなスティーブが味方にいることが心強い。

 スティーブは準備が終わると鷹を放つ。

 鷹の視界を共有しながら索敵しつつ、セシリーと会話をする。


「君たち姉妹には申し訳ないことをしたと思っている」

「どういうことでしょうか?」

「僕がもう少しうまくやっていれば、ナンシーと仲違いしなくて済んだと思ってね。姉妹がいがみ合うのは見ていてつらいし、なにより、子供に母親が妹と喧嘩している姿を見せたくないんだ」


 そういわれてセシリーは黙って考え込む。が、しばらくして口を開いた。


「一つ閣下に感謝するべきことがあります」

「何かな?」

「姉が幸せそうでよかったということです。敵の手に落ち凌辱されるようなことも覚悟して軍に入ってはおりますが、身内のそのような話は聞きたくありませんので」


 女だからということもあるが、性欲が暴走した兵士は男であっても凌辱することがある。捕虜となれば国際条約もないこの世界では人として扱われる方がまれである。帝国軍でも占領地でそうしたことをしているのを見てきたセシリーは、最初にナンシーと連絡が取れなくなったという時に、死亡と凌辱の心配をしたのである。

 そんな心配をよそに、幸せそうなナンシーを見てしまったから、余計に腹が立ったというのもあった。


「そうしようと思いませんでしたか?」

「考えたこともなかったよ。あっ、情報通り敵を見つけた。会話はここまでだね」


 鷹の目が帝国軍を捉える。広い平原に帝国軍が展開していた。そちらに近づいて行って上空から虫たちを落とした。そこで敵兵の会話を拾う。

 そこで、エース・オブ・ソードという言葉が聞き取れた。スティーブは不思議に思い、セシリーに訊ねる。


「なんか、エース・オブ・ソードが指揮を執っているみたいなんだけど、後任って決まった?」

「私がいるときは決まっていません。顔を見ればわかるかもしれませんが」

「ちょっと待ってて、今幻術で作り出すから」


 そういうと、スティーブはセシリーに自分が見ている光景の幻を見せた。セシリーはそこでみたエース・オブ・ソードに見覚えがあった。


「これはキング・オブ・チャリスですね。私の所属していたチャリス騎士団のキング、デービット・ダニングです」

「ふーん、すると出世したってわけだ」

「空いたポストを与えられたのでしょう」

「能力はどうかな?」

「剣術は私以下ですが、火属性の魔法を使います」

「特に脅威ではないかな。他に見知った顔はあるかな?」

「いえ、おりません。多分ですが、閣下に捕まって捕虜となっていたソード騎士団がそのままデービットの配下になったようですね。この程度であれば蹴散らすことも可能でしょう」


 セシリーはそう判断した。


「まあ、これは虫の視点だからね。鷹に切り替えるよ」


 そう言うとスティーブは鷹による空からの光景をセシリーに見せた。そこにはおよそ一万の軍勢がいる。


「事前に聞いておりましたが、見えている敵だけに気を取られておりました。やはりこの軍勢を敵として目の当たりにすると圧巻です」

「でも、強いのはキング・オブ・チャリスだけでしょ。さて、行こうか」

「え、待ってください」


 偵察して発見した敵のところに行こうとするスティーブをセシリーは止めた。心の準備ができていなかったのである。しかし、スティーブはそれを勘違いした。


「あ、ごめんごめん。身体強化10倍と視覚を2倍にしておくのを忘れていたよ」

「そうではなくて、あの軍勢の中に飛び込むのですか?」

「そうだよ。とりあえず全員を無力化してから近衛騎士団を呼ぶから」


 スティーブにしてみればいつも通りの作戦だった。敵の中に魔法で転移して拘束。驚くようなことではなかった。しかし、セシリーはそうではない。如何にエース・オブ・チャリスだといえども、一万人の兵士を相手に戦うことは出来なかった。精々が転移を駆使してある程度攪乱するくらいである。

 スティーブが支援魔法を使ってセシリーを強化した。この時やっとセシリーが震えているのに気づいたのである。


「怖い?」

「はい」

「正直でよろしい。じゃあ、僕だけで行ってくるよ」


 スティーブはセシリーに微笑んだ。怒るでもなく、呆れるでもなく、例えるなら困難な仕事に二の足を踏む部下を見守る上司のような態度だった。

 それを見せられたセシリーは思いなおす。


「大丈夫です。行けます」

「じゃあ行くよ」

「はい」


 そう言うと、スティーブはセシリーを連れてデービットの眼前に転移した。


「なっ!???」


 驚くデービットが固まっているうちに、スティーブは帝国軍を土魔法で作った鎖で拘束する。虫や鷹の目で捉えたすべての兵士を一瞬で拘束して無力化した。

 やっとデービットが事態を理解したときは、質問をするしかできなかった。


「セシリーじゃねえか。いなくなったんで心配していたんだぜ。この拘束を解いてくれ。仲間だろう。どうしてこんなことをするんだ?」


 なれなれしく話しかけるデービットをセシリーは睨みつける。


「逆賊にしっぽを振って、エース・オブ・ソードの座を手に入れたか」

「俺がエース・オブ・ソードになったとよく知っているな。しかし、逆賊というのは間違いだ。今の皇帝陛下は俺たちのことを理解してくれている。スートナイツが文官よりも上になっているんだ。国は軍なしには成り立たない。陛下はそこをわかってらっしゃる。それを理解していなかったヘンリー皇太子こそ帝位にはふさわしくないだろう。それともルイス殿下に惚れたか?」

「下衆な考えを!」


 セシリーがルイスとのことを茶化されて怒る。デービットは慌てて謝罪した。


「悪かったよ。怒るなって。実はこれは演技だ。エースのお前がいない時にあんなことになって、俺たち南部軍区は従うしかなかったんだ。隙を見て裏切るつもりだったんだが、セシリーが無事なら話が早い。この拘束を解いてくれ。ゆっくり話し合おうじゃねえか」


 デービットの言葉にセシリーはスティーブを見た。


「デービットだけ拘束を解いてくれはしませんか。話をしてみようと思います」

「わかったよ」


 スティーブはデービットを拘束する土の鎖を消した。デービットは頭を下げて礼を言うとセシリーのところに歩いてくる。

 そして握手を求める動作をみせたので、セシリーも右手を差し出す。

 その刹那、デービットは自分の剣を抜いてセシリーに斬りかかった。


「甘いんだよ!」


 と言ったデービットだったが、彼のふるう剣はセシリーに素手で掴まれた。差し出していた右手でそのまま掴んだのである。

 デービットは振り払おうと力を入れるが、剣は微動だにせず額に汗が浮かぶだけに終わる。


「昔の仲間だからと信じた私が愚かだった。全ては敵だな」


 セシリーはそう言うと掴んでいたデービットの剣を手放し、即座に自分の剣を抜いてデービットを斬った。

 そこまで手出しをせずに見ていたスティーブだったが、デービットが死んだのを見てセシリーの隣に立つ。


「治療するから右手を見せて」

「はい」


 セシリーはスティーブに右手を差し出した。身体強化しているとはいえ、皮膚が硬くなるわけではない。素手で剣を握れば斬れもする。その手のひらにはまっすぐな傷と、その傷に沿って流れる血が見えた。

 しかし、すぐに治癒魔法で傷が治る。

 そして、スティーブに質問した。


「閣下はこうなる事をわかっていたのですか?」 

「わからないよ。ただ、セシリーなら何があっても負けないとは思っていたけど」

「確かに、強化された視覚でデービットの動きがゆっくり見えましたし、剣を掴んでの力比べでも負けませんでした。私の支援魔法よりも高い倍率ですから当然ですが、私の魔力量ではここまでは出来ません。スートナイツが揃って閣下に負けたのも当然ですね」

「魔力量が多いくらいしか取り柄が無いんだけど」

「そんなことはありません。同じ魔力量だったとしても、これだけ多彩な魔法を使える者はおりません」

「そうかもね。この後また違う魔法を使うし」


 その言葉にセシリーは驚く。


「まだ別の魔法を?」

「そうだよ。味方を増やさないとね」


 スティーブはそういうとソード騎士団の騎士たちに命令強制の魔法を使った。


「ルイス・イソ・イエローに忠誠を誓え」


 そう言って次々と命令を下していく。およそ百人の騎士がその命令を強制された。セシリーはすでに驚くのを諦めて、その光景を眺めている。


「流石にこの魔法は魔力量を消費するからね。他の一般兵と徴兵された人たちは家に帰ってもらうようにお願いするだけだよ。近衛騎士団を呼びに行って、武装解除をやらせようか」


 スティーブは直ぐに屋敷に転移し、待機していた近衛騎士団を連れて戻ってくる。そして、拘束されている兵士たちから武器を取り上げる仕事をさせた。

 その間に、収納してある野営用の物資を亜空間から取り出す。


「騎士たちには今夜ここで野営してもらうからね」


 現場に到着して状況を把握したダフニーがスティーブにソード騎士団の扱いを訊く。


「閣下、こちらの味方にしたソード騎士団の騎士たちはどうされますか?」

「明日、フォレスト王国の王都まで転移させるよ。今日はもう戻るだけで魔力が終わるから」

「閣下の魔力切れなど珍しいですね」

「初めてラーメンを作った時以来かな。今日は打ち止めだから、ダフニーの指示が終わったら教えて。一回戻ろう」


 こうして初戦は無事に勝利に終わった。



いつも誤字報告ありがとうございます。

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