おまけ 家畜たちの恩返し 3
ヤクちゃんとリンちゃんは民宿へは戻らず、途中、広場に寄った。
広場は特に何もなく、野原が広がっている。日当たりがよく、日光浴をするために人外たちが良く寝転がっていた。
「ヤクちゃん、蔦をながーく出せるのん? あちきは、白い花を用意するわん」
「わかったです。さっきの本みたいに、蔦に葉っぱも生やした方が良いですか?」
「そうねん。あちきも、さっきの本みたいに大きな花を用意するのん」
そう言うとお互いに蔦を伸ばし、自らの身体に差し込んだ。
目を瞑りごそごそと探っている。しばらくして――二体は一斉に蔦を引き抜いた。
「……どうですか」
「……どうなのん」
ヤクちゃんが取り出した蔓は――葉が少なく、生えていても小さな葉っぱが所々にあるだけの貧相な蔓だった。
一方でリンちゃんが取り出した花は――野原に咲いているような、余りにも小さい花ばかりだった。
「リンちゃん、本のやつと全然似てないです」
「ヤクちゃんも、本の蔓と全然違うのん」
「そもそも僕ら、身体が大きくないから大きな葉っぱや花を出せないと思うです」
「……そうねん。あちきたち……これが限界ねん」
己が出した蔓と花を見下ろしつつ、黙り込む二体。
――本当はもっと、本に載っていたような豪華な花束にしたい。
――豪華な花束を持たせて、ウミを喜ばせたい。
――そんなウミを見て、ライスに喜んでもらいたい。
「……リンちゃん。諦めちゃ駄目です」
「あちき、諦めないわん。絶対あの花束に似てるやつを作るのん! ヤクちゃんも頑張るのん!」
「当たり前です! やるです!!」
そうして二体の努力は続いた――。
◇ ◇
時は過ぎて――陽は沈み、すっかり辺りは暗くなった。
二人で切り盛りしていたウミとライスは、すっかり疲れ果てていた。
ウミは料理の用意や受付をやり、ライスはお客からの用事をこなすため町を走りまわっていた。
が――暗くなっても帰って来ないヤクちゃんとリンちゃんに、怒りを通り越し心配な面持ちとなっている。
「ライス、ヤクちゃんたち遅くない? もう外真っ暗だよ」
「ったく、あいつらがいねぇせいでクタクタだ! どこ行きやがったんだ」
「気付いたらいなかったよね。忙しくて探す暇もなかったし……大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろ。……。……くそ、ちょっと外見てみるか」
そう言ってライスは外へと出ていってしまった。
――すると、まもなく玄関のドアが叩かれた。ライスならば叩くはずはない。
「はぁい、今開けます」
誰だろう――不思議に思いながら扉を開けると、カグラと足元にはヤクちゃんリンちゃんの姿があった。
「ウミさんこんばんは」
「カグラさん! それにヤクちゃんリンちゃんまで! すいません、今ちょうどライスは出て行ってしまって……。もう、ヤクちゃんとリンちゃん! どこ行ってたの!? ライスは探しに行ったんだよ?」
ヤクちゃんリンちゃんはじっとウミを見上げるばかりで言葉を発しない。
代わりにカグラが頬を緩めながら口を開いた。
「それは好都合ですねぇ。少しお邪魔しますよ」
「え? あ、はい……どうぞ」
ニッコリと笑みを浮かべるカグラを少し不審に思いながらも、ウミは招き入れることにした。
見ればカグラは小さな袋を持っており、椅子に腰掛けるとそれを足元へと置いた。
また一緒に入ってきたヤクちゃんリンちゃんだが、普通であれば一目散にカグラから離れるのにも関わらず、今日はなぜか離れなかった。
普段と違う様子に、ウミは思わず首を傾げる。
「……カグラさん、ヤクちゃんたちと何かあったんですか?」
「昼間に彼らがやって来て相談を受けたのです。その内容に私も興味を惹かれまして、少し協力しようかと思いましてねぇ」
「ヤクちゃんたちがカグラさんに相談? ……ヤクちゃんたち、何を相談したの?」
足元にいるヤクちゃんたちに目を向ければ、お互いに顔を見せ合わせ何か決意したかのように頷いている。
そして、一斉にウミを見上げた。
「ウミ! 僕ら、ウミがもっと綺麗になってほしいです!」
「だから、あちきたち用意したものがあるねん! 受け取れねん!」
そう言ってリンちゃんの口から出てきたのは、小さな花が束になりそこから蔓が伸びている変わった花束だった。
花束、というには花が余りにも小さい上に量もなく、蔦も長いばかりで葉も少ない。
けれど、ヤクちゃんとリンちゃんがその花束を大事そうに掲げウミをじっと見つめる。
「わぁ……綺麗だね。ありがとう」
ニッコリと微笑み、ウミは花束を受け取った。
見た目は少し不格好でも、ヤクちゃんとリンちゃんが一生懸命作ったことは明らかだ。それだけ嬉しい。
「ヤクちゃんとリンちゃんで作ってくれたの? すごいね! でも……どうして?」
「きっとウミが綺麗になれば、ライスが好きって言うと思うです!」
「……え?」
「だからあちきたち、花束だけでも用意したのん! ウミが綺麗になれば、ライスはイチコロねん!」
ぴょんぴょんと跳ね跳ぶヤクちゃんたちを、ウミは頬を染めて見つめていた。
まさかそんな理由だとは思わなかったのだ。
固まるウミをよそに、カグラが持ってきた袋の中からある物を取り出した。
「ウミさん。これを身につけなさい」
そう言って手渡されたのは、薄い布でできた白い生地だった。その薄さは手が透けてみるほどだ。触ればサラサラとしていて気持ち良い。
少し広げてみると予想以上に大きく、布の縁は綺麗に装飾されている。
「あ、あの……カグラさんこれは……」
「それはこの冊子にある、これを元に作らせました」
と言ってカグラは袋から本を取り出し、あるページを開いた。
指差すところに、白い衣装に包まれたヒトがいる。その手元には白い花と蔓で作られた綺麗な花束と、頭から薄い布が流れるようにふんわりと乗っている。
余りの美しい姿にウミは目を奪われた。
「これは……」
「家畜たちが持ってきましたよ。おや、ウミさんは初めて見るのですか」
「はい……私、この衣装は初めて見ます」
すると、家畜たちが飛び跳ねるのをやめカグラを見上げた。
「それはライスの本棚から借りたです」
「ページに印がついていて、あちきたちもそれを見たのん」
「……ほう。それは興味深いですねぇ」
ニヤリと笑みをこぼすと、カグラは再びウミを見た。
「ウミさん、冊子と同じようにその布を頭から被ってみなさい。同じように作らせましたが、実際はどうなのか装着しなければわかりませんからねぇ」
「……カグラさん、これ……高いんじゃ」
「気にしなくてもよろしい。材料も製作もタダ同然でやらせたものですし、それを売りつけようとは考えていませんよ。ただまぁ……私は早く、ウミさんとライスがつがいになってほしいですからねぇ」
「えっ……カグラさんまでそんなこと言うんですか!」
「……ひとまず、ライスが帰る前につけなさい」
久しぶりに感じたカグラの圧力に、おずおずとウミは半透明の薄い布を頭からかぶってみた。
ふんわりと頭に乗る布は重さを感じず、ただ身につけているだけなのに不思議な気持ちとなる。手に持つヤクちゃんたちの花束を見下ろしつつ、再び本へと目を移した。
この白い衣装を身に纏う美しい姿とは程遠い。
けれど、ヤクちゃんが、リンちゃんが、そしてカグラが、自分をどうにかして着飾ろうとしてくれた気持ちが伝わる。
「……私、すごく嬉しいです」
「そうですか。ウミさん、とてもお似合いですよ」
「僕もそう思うです!」
「あちきも思うねん!」
ぴょんぴょんと交互に飛び跳ねる家畜たちを微笑ましく見下ろすウミ。
カグラは満足そうにウミの格好を眺めていたが、ふと、何かの気配を感じ取り外へと視線を向ける。
「……そろそろライスが戻って来るかもしれませんねぇ。ウミさん、貴方はそのままの格好で待っていなさい」
「え、あ、はい」
「君たちは邪魔ですから、私と一緒に外に出なさい」
「え!? 僕ら、邪魔ですか!」
「えぇ。ものすごく、邪魔、ですねぇ」
ニッコリと笑いながら言うカグラの姿に、全員が息を呑んだ。
カグラは背を向けると、玄関へと進んで行く。ヤクちゃんたちも、それ以上反論することもなく黙ったまま後ろをついていく。
「……ではウミさん。お邪魔しました」
「あ、ありがとうございました!」
「報告、お待ちしていますねぇ」
そう言い残すと、カグラは民宿から出て行った。
カグラと家畜たちは会話もないまま、ゆっくりと民宿から離れて行く。
――すると、前から見覚えのある姿が急ぎ足でこちらに近づいてくる。
ライスだった。片手に何か掴んでいる。
ライスはカグラの姿を見て表情を和らげたが、そのすぐ後ろにヤクちゃんたちの姿を認めると、途端眉間に皺を寄せた。
「……てめぇらどこ行ってたんだ!? 今日、俺とウミがどれだけ忙しかったのか知ってんのか!?」
ビクッとして家畜たちは思わずカグラの影に隠れる。
一方でカグラはニッコリと微笑みかけた。
「ライス。ただ探しに出たようではないようですねぇ。その手の中にあるものは何でしょうかねぇ?」
全てお見通し――そんな表情で目を細めるカグラに対し、ライスは咄嗟に手に握る物を後ろへと隠す。
「な、何のことだよ……。てか、なんでカグラがここにいるんだ」
「別に。ただの散歩ですよ」
「はぁ? 俺の家畜を連れてか?」
「そうですよ? その方が君にとって都合が良いでしょう、違いますかねぇ?」
ライスは何かを言おうと口を開くが、声は出さず代わりに唇を噛み締めカグラを睨んだ。
どうやら都合が良いのは間違いないらしい。見透かされていることに悔しさを滲ませているようだった。
「……わかってんなら俺はさっさと民宿に戻る。適当な時間に家畜たちを返せよ」
「ふふ……まぁごゆっくりとどうぞ。さぁ、ウミさんが待ってますよ」
ライスはチッと舌打ちをした後、再び民宿へと走って行った。
その背中を見つめた後――ヤクちゃんとリンちゃんはカグラを見上げた。
「……カグラ、僕らはいつ民宿に帰ればいいですか?」
「そうですねぇ……まぁ……今晩ぐらい私の家に招待しましょうかねぇ」
「え!? 帰っちゃダメなのん!?」
「えぇ。……それとも、私の家では不服とでも?」
冷たい眼差しに、ヤクちゃんたちは慌てて首を横に振った。
フッと表情を和らげたカグラは、ライスが過ぎ去って行った暗闇を見つめながら顎に手を当てる。
「……それにしても、一体何を取りに行っていたのでしょうねぇ。君たち知らないのですか?」
「……リンちゃんが知っているです」
「ほう。……君、教えなさい」
しばらく沈黙したリンちゃんだったが、観念したのかカグラを見上げた。
「……キラキラ綺麗な鉱石を使った、指輪なのん。ライスに口止めされてたわん。あちきがお金持ってたから連行されたのん」
「ほう……鉱石を使った……」
カグラは、ライスにしてはなかなかシャレたことをするな、と思った。
おそらくあの本のページを見て思いついたのだろう、と。
「……まぁこの際、購入費用については目を瞑りましょうかねぇ。五十万グルなどすぐ貯まるでしょうし。さて……君たち、行きますよ」
機嫌が良さそうに歩いていくカグラを見上げた後、ヤクちゃんとリンちゃんはお互いを見合わせる。
「……よくわからないですが、明日、ウミとライスに聞くです」
「そうねん。あちきもよくわからないけど、きっとうまくいったと思うのん」
「僕らのおかげですか?」
「そうなのん。あちきたちのおかげなのん」
お互い満足そうに頷いた後、遠のいていくカグラの背中を追いかけて行った。
最後の最後までお読みいただきましてありがとうござました!!
きっとライスとウミは幸せに暮らしていき、新しい命も宿ることでしょう。
その子がカグラに狙われるのは間違いなさそうですが……。
ちなみに、ツベちゃんは家にいたままでした。
ライスとウミのイチャイチャを目撃したかもしれません。
何はともあれ、ハッピーエンドのおはなしでした。
ここまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!




