おまけ 家畜たちの恩返し 2
ヤクちゃんとリンちゃんは、昼間にこっそりと民宿を抜け出した。
きっとウミやライスにバレているだろう。帰ったら怒られるに違いない。それでもカグラに会わなくてはいけなかった。
が、その肝心のカグラに会うこと、がヤクちゃんたちにとっては一番の恐怖だ。
「……リンちゃん、先に入ってくださいです」
「……ま、まかせろねん」
換金所の前に到着した二体は、閉じられた扉を開けるのに怖気づいていた。
まかせろ、と言った割りにはなかなか近寄ろうとしないリンちゃんと、前に受けた恐怖を思い出しているヤクちゃん。
もたもたと二体は扉を睨みつけるだけだった――が。
「……何をしているのですかねぇ」
扉は勝手に開いた。
ビクッと身体を震わせ葉っぱや花を散らした二体を、カグラは冷たくニヤリと笑みをこぼす。
「丁度私も暇でしたからねぇ。話を伺いましょうか」
運が良いのか悪いのか。
ヤクちゃんとリンちゃんは、誘われるように換金所の中へと踏み込んで行った。
カグラが暇と言ったように、中は珍しくお客の姿はなかった。
がらんとする待ち合いスペースの椅子に腰かけ、カグラはテーブルの上を軽く叩く。
どうやら乗れ、ということらしい。指示通りにヤクちゃんとリンちゃんは飛び跳ね、テーブルの上へと移動した。
「……で、何の用でここへ来たのでしょうかねぇ?」
カグラは少し顔を傾け、にやりと笑みを見せる。
二体はその笑みにビビりながらも、じっと見上げた。
「ぼ、僕たち、ライスとウミをくっつけたいです……」
「カグラにも……協力してほしいのん……」
「私が、君たちに、協力しろ、と?」
わざとらしく誇張する言い方と、冷たく見下ろされる赤い瞳に、ブルッと二体は震えた。
テーブルの上に葉っぱと花びらを撒きちらすも、なんとかその場に踏み止まる。
「……ぼ、僕たち、ライスとウミがつがいになってほしいです」
「ウミ、ライスからまだ好きって言われてないねん……だ、だから……なんとか言わせたいのん」
「ほう。それは意外ですねぇ」
カグラは頬を緩ませながら、顎に手を当て何やら考えている。
ヤクちゃんたちは内心ハラハラしながら、ただ黙ってカグラの言葉を待った。
「……そうですねぇ。ライスの慌てる姿も興味ありますし……ウミさんから生まれる子はヒト型できっと美しいんでしょうしねぇ。私も早くつがいになってほしいと思っていますよ」
子、という発言に思わず首を傾げる家畜たち。
カグラはニヤニヤと笑いながら、ぶつぶつと独り言を続けた。
「完璧なヒト型ではないにしろ……きっと見た目は美しいに違いありません。生まれた時から手懐ければ……リクのような失敗にはならないでしょうねぇ……」
家畜たちは首を傾げたままじっとカグラを見つめ続ける。
一方で、その視線に気づいたカグラは、ごほんと咳払いをして見せた。
「……良いでしょう。私も手伝って差し上げましょう」
「本当ですか! ありがとうです!」
「助かるわん! ありがとうねん!」
「で、君たちはどういうやり方を考えているのですか?」
すると、ヤクちゃんは口を大きく開け、リンちゃんは口の中に蔦を伸ばした。
そこから取り出したのは、人界の一冊の雑誌だった。
リンちゃんは器用にページを開くと、カグラへ見せつける。
「これねん! この真っ白の服をウミに着せたいのん。着飾ってライスに見せつけるのん。絶対ライスはイチコロねん」
「……これはヒトの本ですねぇ。なぜこの服を? まぁ、私もこの色合いは良いと思いますがね……」
「真っ白で良いとあちきも思うねん。それにヒラヒラしてる服、ウミ着てるの見たことないのん。着させてみたいねん」
「ほうなるほど。……白い生地ですか。探してみましょう、待っていなさい」
カグラは立ち上がると、のれんの奥の部屋へと姿を消した。
残されたヤクちゃんとリンちゃんは、改めて雑誌のページをじっと見つめる。
「……白いです」「白いのん」
「……キラキラしてるです」「キラキラしてるのん」
「……作れるですか?」「作るのん」
「……僕、頑張るです」「あちきも頑張るねん」
二体が見ているのは、白い服――ウェディングドレスだった。
真っ白の生地とレース。ドレスのあちこちに施されている装飾。手に握られる蔓の伸びる白い花のブーケ。
人外界ではこんな服装をしている者は存在しない。きっと目立って仕方ないだろう。
「……ありましたよ、白い布生地」
そう言って戻ってきたカグラの腕の中には、白いつるつるとした布の束がある。
テーブルの上に置かれた布を、二体は蔦を伸ばし触れてみる――滑る感じがした。
「……すごいです」
「でしょう? これはとある虫型人外が売りに来たものでしてねぇ……死に物狂いで作ったそうですよ。お金がどうしても必要だったらしく、ここにやって来る時点で倒れそうでしたねぇ。まぁ、今生きているのか死んでいるのか不明ですがねぇ」
「……ものすごい執念を感じるねん」
「ま、それだけ一級品ということですよ。となると……値段が張ることは君たちでも理解できますかねぇ?」
ニヤリと冷たい笑みを浮かべるカグラに対し、ヤクちゃんとリンちゃんはブルッと身体を震わせた。
全然お金のことは考えていなかったのだ。
小さく震えながら、じっとカグラを見上げる。
「い……いくら、ですか?」
「そうですねぇ。五十万グル、ぐらいでしょうか」
ブルッと震え、再び葉っぱと花びらがテーブルの上に散る。
「……その様子だと買い取りはできないようですねぇ。まぁ……それを払うぐらいだったら私への借金を払うでしょうしねぇ。諦めなさい」
そう言って立ちあがるカグラ。
一方でヤクちゃんとリンちゃんは言葉を失ったまま、互いを見合う。どうしてもウミを綺麗にしてあげたい。
「ま、待つです!」
カグラは足を止め、ゆっくりと振り返る。
赤い目が鋭く光っている――ように見えた。
「……何でしょうかねぇ?」
「ぼ、僕たち……どうしてもウミに恩返ししたいです! それを譲ってほしいです!」
「譲る? 先ほど言ったでしょう? これを持ってきた者は死に物狂いだった、と。そんなものをタダで譲るなどできるわけがないでしょう?」
カグラは再びテーブルへと近づき、じっとヤクちゃんたちを見下ろした。
思わず二体は寄り添い、細かく身体を震わせる。
「君たちも他の物に頼らず、自分たちでやれば良いでしょう? 君たちは植物系人外ですよ? 君たちにしか作れないものがここにあるでしょう?」
「……ど、どこにあるのん?」
「やれやれ……見なさい」
カグラは開かれていたページのある部分を指差した。
それは――ヒトが持っているブーケだった。
「……これはどう見ても植物でしょう? これならば余計な費用がかからずとも、君たちで作れるのではないのですか?」
「あっ……そうです、カグラの言う通りです」
「……君たちの気持ちはよくわかりましたが、できることできないことはあるのですよ。おそらく、この貴重な布生地を譲ったところで、君たちはこんな衣装作れるはずがないでしょう。それに、あのウミさんのことですから、この花束だけでも十分に喜ぶのではないですか? むしろ、この布を使ったところで変な気を遣わせてしまうのがオチでしょう。それよりも、君たちができる範囲で一生懸命作ったものの方が喜ばれるに違いありません。……理解できましたかねぇ?」
ニヤリと笑うカグラの顔を、二体はじっと見上げた。
いつの間にか震えは止まっている。
確かにこのブーケならば、ヤクちゃんの葉っぱと蔓、リンちゃんの花を使えば似たような物は作れるだろう。
それが不格好だとしても、ウミは喜ぶに違いない。
「……わかりましたです。僕たち、これを作るです!」
「お金かからない方が良いのん! 使うとたぶんライスに怒られるわん! カグラ良いこと言ったのん!」
「わかったのなら帰りなさい。いつまでも君たちに付き合えるほど、私は暇じゃないですからねぇ」
ヤクちゃんとリンちゃんは同時にテーブルから飛び降りて、ぴょんぴょんと出口の前まで移動した。
が、一旦立ち止まるとカグラの方を振りかえった。
「……カグラ、最近雰囲気が変わったです」
「ずっとそのままがいいのん。ではねん」
そう言うと、家畜たちは逃げるように換金所から去って行った。
「……さて、私も何か用意しておきましょうかねぇ」
テーブルに残る本を見下ろしながら、カグラはにやりと笑みをこぼした。




