君を想う(6) 思い違い
ライスは入れられた牢屋の中で、ただひらすら待っていた。
この牢屋は暴れたところで開かない。それは幼い頃に経験しており、十分理解していた。
今はただ、必ず戻る、と言ったポポの言葉を待つしかなかった。
「……ウミ」
悔しさを拳に込める。
いつもいつも、守ると言っているのに、結局はウミを危ない目に遭わせている。今もそうだ。
ウミの育ての親としてちゃんとできたのだろうか――そんなことを呆然と考える。
「……ライス」
ハッとして顔を上げた。
すぐさま立ち上がり、声のした廊下へ近寄り鉄格子を掴む。
複数の足音が聞こえたかと思うと、ぼんやりと包帯を巻いたポポの顔が見えた。
「ポポ、お前どこへ行って――!」
「ライス!?」
聞き慣れた声にハッとして目をこらすと、闇の中ぼんやりと見慣れた顔が見える。
「ウミか!? 無事だったんだな!?」
「うん! ……よかった、ライスも無事だったんだ」
ほっとするのもつかの間、ガシャンと扉が閉まるような音が響いた。
見るとなぜかポポが牢屋へウミを入れ、続けてライスの隣の牢屋に陸を入れている。
「……おい、何の真似だ」
ウミ、陸、ライス、と横並びに牢屋に入れられた。
ポポはそのままライスの牢屋の前まで歩み寄ってきた。
「ライス。……ウミさんと陸さんは、人界とを繋ぐ穴が開くまでの間、この牢屋の中で過ごしてもらうようになります」
「どういうことだ!?」
「ウミさんたちは、私のために連れてこられたんです。ですが、私がオーナーたちと話をつけました。二人とも、人界とを繋ぐ穴で人界へ帰らせます」
包帯をしているため、どんな目でライスを見ているのかわからない。
「食事もちゃんと用意します。あくまで地下にいるだけですから、労働もありません。ですから、安心してください」
だが、ポポの声は力強くはっきりとした物言いだった。
どこか自信を持った様子に、ライスはガリガリと頭を掻きつつ言葉を吐いた。
「……わかったよ」
その言葉にポポはほっと肩を撫で下ろし、口元を緩め微笑んだ。
「ライス、本当に……ありがとうございました」
「は? 俺は何もしてねぇぞ」
ポポの顔は、思いつめたような苦しそうな顔に見えた。笑っているのにどこか物哀しげなのだ。
首を傾げるライスに対し、小さな声でポポは囁いた。
「ウミさんは……私と美羽の子どもなんです」
「……え?」
「あんな良い子に育ててくれて……本当にありがとうございました。そして、すいません……」
「え、ちょ、ちょっと待て、ウミが美羽とお前の子ども!?」
突然の告白に一瞬頭が真っ白になった。
「……私はあまりここへ来ることができません。今更父親ぶるつもりはありませんが……どうか人界とを繋ぐ穴が開くまでの間守ってください。お願いします」
そう言って、ポポは深く頭を下げた後、その場を去って行った。
ライスたちはそれぞれ鉄格子で仕切られているが、声が届く範囲だ。
ウミとライス、丁度真ん中の陸の牢屋に近寄るように座り込んだ。
「ウミ、ポポ――いや……お前の父さんから、話、聞いたのか?」
どこか寂しげに弱く微笑むライス。
ウミはその姿と言葉に胸がざわついた。
まるでライスが一気に他の誰かになったような、そんな距離を感じる。
ウミとライスを繋いでいた糸が、消えていくような気がした。
「……うん。色々」
幸いなことに、ライスとは陸の牢屋を挟んでいるので顔を覗きこまれることもない。
ぎこちない笑みをなんとか作る。
「ライスが、私の父さんと母さんの知り合いだってことも聞いたよ。やんちゃだったんでしょ?」
「え、あぁ……。ったく、あいつ余計なことを……」
「それに、父さんが色々苦労していることも……とにかく、色々」
どれだけ辛いことがあったんだろう――あの弱々しい笑みを思い出すと胸が苦しくなる。
ウミはずっと両親について気になっていた。
きっと、ポポはウミ以上に寂しい思いを抱えていたに違いない。
「……私、本当の父さんに会えてよかった」
「そうか。……会えてよかったな」
「……あの」
と、目を伏せていた陸がじっとライスを見た。
「俺は、人界に家族や友達がいる、だから帰りたいです。でも、ウミは違う」
ライスとウミは同時にピクッと眉をひそめた。
「ウミは、この世界で生まれた。友達もいる。親もいる。人界へ行く理由がないです。……違いますか?」
「……リク」
ウミはギュっと鉄格子を握り締めた。
まさしく陸の言う通りなのだ。初めは親は人界にいると思っていた。
それが違う。親はこの世界で出会い、ウミはこの世界に生まれ落ちた。
全て、この人外界にある。親も友達も、好きな者も――ウミにとって大事なものが全部ある。
それがわかった今、ウミが人界へ行く理由はない。
「ライス……私もそう思う。私、人界へ行きたくな――」
――が、ウミの言葉を遮るように、ライスがはっきりと言葉を口にした。
「行く理由はある。ここよりも人界の方が絶対に安全だからだ」
ライスの目は真剣そのものだった。
「ここはな、ヒトを物や奴隷としか思わねぇやつがほとんどだ。けど、人界はヒトしかいねぇ。お前らと同種だ。絶対に襲われることはねぇはずなんだ。それだけでも行く価値がある」
「けど、危険なことは一緒です。ウミは、人界へ行けば一人ぼっち。知り合いはいません」
陸は当然、人界と呼ばれる場所がどういう場所なのか知っている。
確かに、考えられないような姿かたちの者はいない。
だが、それだけだ。襲われない世界と、断言できるような世界ではない。
それを言おうと口を開きかけたが、それを阻むようにライスがにやっと頬を緩めた。
「何言ってんだ。お前がいるじゃねぇか」
「えっ」
思わぬ言葉に呆然とする陸に対し、ライスはひひひっと笑みを向ける。
「リク、お前はウミのことを知ってる。ウミは悪い奴じゃねぇだろ?」
「え、えぇまぁ……」
「だったら、面倒みてやってくれよ。頼む」
いつも通りのライスの笑顔に見えた。が、何か違和感がある。
陸はなんと返して良いかわからず、すぐに言葉が出なかった。一方で、後ろで聞いていたウミはたまったものではない。
「ちょっとライス!! 何勝手なこと言ってるの!?」
「……リク、まだ時間はある。俺は邪魔しねぇから、あいつとよく話してやってくれ。俺はお前を信用してる。頼む」
そう言うとライスはその場を離れ、二人から離れた牢屋の隅っこに座り込んだ。
「ライス! 聞いてるの!? どうしてそんなこと言うの!? 答えて!」
ウミの叫びにも、ライスは背を向け反応を示さなかった。
なぜそんなことを言うのか――リクは訳が分からず、呆然とライスの背中を見つめる。
ウミの必死の呼びかけにも、ライスは背を向けたままだった。
――埒が明かない。そう思った陸は立ち上がり、ウミの近くで腰を下ろした。
『ウミ、落ち着いて座りなよ』
「でも……!」
陸を見下ろすウミの顔は、今にも泣きそうな目をしていた。
何か訴えたいのか口を開きかけたが、ぐっと唇を噛むと力なく座る。
『……本当に自分勝手。私のことなんて……考えてくれない。私を……見てくれない』
膝を抱え込み、顔を俯かせる。
その様子をじっと見つめた後、後ろを振り返りライスを見る。
背を向けたまま、ぴくりともしていない。本当に気配を消しているようだった。
『……ウミ。そんなことはないと思う。きっと……ウミのことを考えて言ったんだ』
『だとしても、私の話を聞いてくれてもいいじゃない。……聞いてもくれないなんて』
陸も正直、どうすれば良いのかわからなかった。
もちろん、陸は人界へ帰りたい。だが、そこへウミも連れて帰るのは違う気がしている。
親はここにいるのだし、人界へ行ったところでどこへ行くのか。
そもそも、本当の親であるポポも人界へ行かそうとしているのが、どうも腑に落ちなかった。
『……とにかく、ライスさんがあれじゃあどうにもならない。たぶん、ポポさんがいつか顔を覗かせに来るはずだから、話してみよう。俺もさ、ウミはここに残った方がいいと思ってる』
「リク……」
『ウミは俺を助けてくれた。今度は俺の番だ』
陸はそう言って優しくウミに微笑みかけた。




