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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
5.キリング区画へ
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君を想う(5) ウミの真実

『まず、私がこの世界に来た理由ですが……記憶がすでに曖昧で……よく覚えていません。ですが、真っ白な肌と白髪は生まれつきです。これは間違いありません』

『アルビノ、ですね』


 ウミはいまいちピンとこなかったが、陸が疑う様子もないのでそういうものがあるのだろうと思った。


『降り立った場所はここ――ホテルデッドの敷地にある、人界とを繋ぐ穴、でした。すぐに人外たちに拘束されたのですが、皆、戸惑いつつ困っているようでした……今思えばそうでしょうね。普通の人とは違う肌の色をしていたのですから。結局、どうすれば良いかわからなくなった人外たちは、オーナーたちに相談しました。それから……私の人生は大きく変わってしまいました』


 喉の渇きを潤すように、ポポがコップに口をつける。

 釣られてウミと陸も一口飲み込む。


『……オーナーたちは私を一目見て気に入ったのでしょう。口封じのため、私を連れてきた人外たちを殺し、私をこの最上階へと連れて行きました』

『……何をされたんですか?』

『まず、誰に従うのが正しいのか、ということを教えられました。逆らうことは許されない――彼らはこれをしつけ、と言いました。それが来る日も来る日も続き、段々と私の思考もそのしつけに怯え服従するようになりました』

『……しつけ?』


 眉をしかめウミはポポを見つめる。

 が、ポポは弱く微笑むだけでそれ以上詳しくは語らなかった。


『……こちらの言葉も初めはわかりませんでしたが、死に物狂いで言葉を理解しました。でなければ、しつけを受ける羽目になりましたから。……そして、言葉も考えも彼らに服従する意思が伝わった後……私の長い長い時間の流れが始まりました』

『長い時間の流れ? ……どういうことですか?』

『オーナーたちは私が死ぬことを許さないんです。ですから……冷凍装置を使い、私の寿命が減らないようしているんですよ』


 自嘲気味に話すポポは呆然視線を落とし、何か懐古しているように見えた。

 つまりポポは、人の寿命では考えられないほどの時を刻んでいるのだ。信じられない表情でウミと陸は言葉を失った。


『地下で強制労働をさせられる人たちは、毎日生きるのに必死でした。その一方で、私は労働をさせられることはなく、行動もさほど制限されませんでした。ですが……周りを欺け続ける毎日、奴隷の扱いを受ける人たちへの罪悪感、そしてオーナーたちへの恐怖と逃げられないジレンマ。……私にとっては、死こそ自由への一歩でしたが、それさえも許されない。本当に、生き地獄のような日々でした』


 ウミは幼い頃から散々ライスに言われてきたことを思い出していた。

 弱みを見せるな、油断するな――ポポの話を聞くとその意味がなんとなく理解できた。昔からヒトはこの世界では弱者なのだ。

 それでも今日まで無事に生きている。全て、ライスのおかげなんだろう――と。


『ですが、そんな中でも出会いはありました。それが……美羽とライスです』


 思わぬ名前にウミはハッとポポを見つめる。


『ライスって……ポポさんご存じなんですか!?』

『えぇ。ライスは幼い頃、地下にいましたから』

『小さい時のライスを知っているんですか!? どんな子でした?』


 目を輝かせるウミに、ポポはふっと表情を和らげた。


『……負けず嫌いでやんちゃな性格でしたが、心優しい人外でした。それは……今でも変わっていないようですね』

『はい。……って、ライスと会ったんですか?』

『えぇ先ほど。聞きました、ウミさんはライスに育てられたそうですね。怖くはありませんでしたか?』


 本当の親ではない、幼心でもそれは理解していた。

 けれど、ライスのことを一度も怖いと思ったことはない。

 強く逞しい人外に、小さな時から憧れていたのだから。


『……そんなこと思ったことありません。自分勝手なところもありますけど、私はそれを含めて……ライスが大好きです』


 ニッコリと笑うウミの顔に見惚れるように、ポポは呆然と見つめていた。

 それはかつて見たことのある、懐かしい微笑みとそっくりだった。


『そう、ですか。ライスは本当に、貴方を大事に育ててくれたようですね』

『……あの、美羽って誰なんですか? ライスも知っているんですよね……?』


 たまに見せていたライスの懐かしむ顔。

 きっと、この美羽というヒトのせいなんだろう――そうウミは考えた。

 しかしウミが名前を口に出した途端、ポポは若干目を見開き一瞬、驚いたような表情となった。


『え……何か私……』


 思わず口元に指をやり、何か悪いことを言ってしまったのか、と不安になった。

 がポポの表情の変化は一瞬で、すぐに首を振りニッコリと微笑んだ。


『いえ……美羽という方は私と同じく、冷凍保存された人なんですよ』

『そうだったんですか』

『……顔立ちが本当に……美羽そっくりだ』


 ポポは目を潤ませながらウミを見つめる。

 一方でウミは、そっくり、という言葉が理解できず呆然とするしかなかった。


『あ、あの……そっくりって……』

『美羽は貴方の母親です』

『……え?』


 母親。

 言葉がじんわりと身体中に広がっていく。

 曖昧な存在だったものが、頭の中に鮮明に浮かび上がるようだった。


『い、今どこに……?』

『美羽はもう……いません。亡くなってしまいました』 

『そんな……! じゃ、じゃあ! 父親は……!』


 ウミはハッとして言葉を飲み込む。

 今までの言葉が頭の中に流れ出す。


 ライス、ポポ、美羽、三人が地下で労働していたこと――。

 冷凍保存された二人――。

 先ほどのオーナーたちの言葉――。

 ポポがヒトだったという事実――。


 辿りついた答えに、恐る恐る言葉を漏らした。


「まさか、ポポさんが……父さん?」


 驚きの表情で見つめるウミに、ポポは悲しげに微笑んだ。


「そうです。……ですが……私は父親と名乗る資格も、呼ばれる資格もありません」

「……どうして?」

「私はただ、オーナーたちに従い、生き長らえているだけ……」


 すると段々とポポは視線を落としていき、眉をしかめてギュっと目を瞑る。

 涙を堪えているようだった。声が震えていた。


「美羽を守ることができなかった……幼い我が子も育てることも叶わず……私は、最低な人なんです。いや……もう人ではないんです。オーナーたちの玩具でしかないんです。そんな者があなたに……」

「そんなことありません!」


 ウミはそう叫ぶと、強張っていたポポの拳にそっと触れた。

 驚いたようにポポは顔を上げた。


「……私、ずっと本当の母さんと父さんはどんな人なんだろうって考えてました。ずっと会いたかったんです。私、小さい頃の記憶が曖昧で……覚えていなかったんです。自分がどこで生まれたのかも、わかりませんでした。でも一つだけ……母さんと父さんが優しく微笑んでいる顔、おぼろげだけどずっと忘れられなかったんです。私、本当の父さんに会えて、すごく嬉しいです」

「ウミさん……」

「……父さんって言うのなんだか恥ずかしいですね。ライスにはどうしても言えなくて……。でも、ポポさんは本当の父さんだから……父さんって呼ばせてください」


 照れ笑いを浮かべるウミに釣られてか、ポポも涙を拭い口元を緩ませた。

 

「……本当に美羽そっくりだ。こんな時にライスの名前が出てくるなんて……」

「え?」

「いえ、気にしないでください。……とにかく、私は貴方がたをつがいにするつもりも、ここに縛るつもりもありません。人界とを繋ぐ穴、へと案内します」


 だが、ポポはすぐに視線を落とした。


「ですが……今、一年に一度しか穴が開いていないんです。おそらくもう少しで開くかとは思うのですが……」


 場所を熟知しているポポにとっては、案内することは容易い。警備している人外たちは一言言えば従う。

 だが、穴がまだ開いていない。その間二人をどうするべきか――下手をすればオーナーたちに殺されかねない。


 それに、諦めかけていた娘との再会。

 ほんの少しの間でも、一緒にいたい。

 ほんの少しの間だけでも――美羽といたこの場所で過ごしたかった。

 ――が、突然叫び声が響いた。


「ポポ! 時間だ! お前の答えを聞こう!」


 デッドの声だった。すぐ近くから聞こえるようで、部屋のすぐ外にいるのかもしれない。

 一瞬で表情を曇らせるウミと陸に、ポポは優しく微笑みかけた。


「……大丈夫。私にまかせてください」


 二人を人外たちの目に晒さず、オーナーたちから守る方法。

 ポポができることは一つしかなかった。


    ◇    ◇

 

 三人はオーナーたちの前に立っている。デッドとヴァルは、冷めた目でポポを見つめていた。

 ウミと陸はその目から顔を背け、床に視線を落としていたがポポは違う。


「デッド様、ヴァル様。せっかくご用意していただいた人たちですが……私はどちらも必要としません」


 嫌に響いた声色に、デッドとヴァルの目つきがより一層鋭くなる。

 ポポは沸き上がる恐怖心を堪えながらも、決して目を逸らさず言葉を続けた。


「必要とせずとも……私は一生、デッド様とヴァル様に従うことを誓います。この度のご無礼をお許しください。今まで通りの忠誠を、お約束いたします」


 ポポは深々と頭を下げた。

 長い沈黙が流れ、ウミと陸はただ黙って様子を伺った。

 耳が痛くなるほどの静寂さの中、自分の心音がはっきりと聞こえる。

 固唾を呑んで見守る中――デッドとヴァルの口元がゆっくりと緩んだ。

 

「……今まで通り、か」

「……はい」


 喜びを堪えるように笑うデッドたちに対し、ポポは表情を崩さなかった。


「それならば良い。むしろお前だけの方が、何かと都合が良いしな。……ならば、このヒトらをどう処分するか」

「おそらくポポの秘密も知っているでしょう。……旦那様、いっそのことここで処理されますか?」


 ヴァルの冷たい鋭い視線がウミたちを射抜く。

 その瞬間、悪寒が身体中を駆けめぐったがすぐにポポが言葉を発した。


「二人は人界へ帰したいと思っています」

「……人界?」


 デッドの顔がぴくっと動く。

 息を呑むウミと陸だったが、ポポは動揺せず言葉を続ける。


「デッド様ヴァル様の手は煩わせません。彼女はここで彼は地下で、人界とを繋ぐ穴が開くまで私が面倒を見ます。……数週間だけの間です。その間でも、私はお呼び出しがあればすぐ参ります。デッド様、ヴァル様が望まれる行動をとります。ですからどうか……どうか、彼らを人界へ帰させてください」


 ポポは再び腰を折り、頭を深々と下げた。

 その様子をじっとオーナーたちは眺め、お互い見合った後再びポポを見下ろした。


「……良いだろう。ただ、ここへ住むのはお前だけで十分だ。何の役にも立たんヒトはまとめて地下へ移せ」

「そうですよ。またお前の気が変わるかもしれません。以前と変わらない生活ならば、いない方が確実でしょう?」


 冷たい笑いを見せるオーナーたちを前に、ポポは頭を下げたまま考えを巡らせた。

 下手に言えば人界へと繋ぐ穴へさえも行けないかもしれない。


 ――数週間我慢すれば人界へ帰せる。


 グッと拳を握り締め顔を上げると、努めて明るい表情でオーナーたちを見た。


「……わかりました。ではさっそく、地下へと移動させます。……二人ともフードを被って私についてきなさい」


 ポポはデッドたちに背を向けると、エレベーターに向かって歩み始めた。

 その後ろをウミたちが慌ててついていく。

 廊下を歩いていると、ポポの部屋へ通じるドアが開いていた。

 それを横目で見ながら通り過ぎたとき――ポポの頭の中、懐かしい声と笑顔が再生された。


『幸せに暮らそうね』


 美羽の最期の言葉。

 と同時に、脳裏に焼きつく美羽の最期の姿が蘇り――ポポは苦しさに思わず胸を押さえこんだ。

 苦し紛れに、ふと、後ろをついて歩くウミの姿を覗き見る。


 まるで――そこに美羽がいるように見えた。

 

 一瞬、目を奪われつつも、ポポは再び正面に向きなおした。

 そして、今度こそ無事に美羽を人界へと送り届けるのだ、と思うのだった。

余談なんですが、実は美羽とポポの話を『迷い込んだ少女、連れ添う者』というタイトルで上げております。

お察しの通り、大変暗い内容です。

よろしければそちらもどうぞ<(_ _*)>

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