君を想う(4) ポポ、という名の者
ウミと陸が案内された場所はホテルデッドだった。
有翼人外が立つ正門を抜けると、少し広い庭が広がっている。シャレた石畳の小道を進んで行くと、やがて大きな入口が見えた。
先頭をヴァルが歩いているためか、ざわざわと賑やかなロビーの中でも自然と道ができている。
ウミと陸はなるべく顔を見られないよう俯き、不自然に静まりかえる中を歩いて行った。
「顔を上げなさい」
エレベーターに乗り込み扉が閉まった瞬間、ヴァルがようやく言葉を発した。
「旦那様の前では無駄口は叩かず、素直に従いなさい」
ゆっくりと顔を上げると、冷めた目で二人を見下ろしていた。
ヒトを見る目ではなくまるで物を見る目であったが、ウミは怖々と口を開いた。
「あ、あの……わ、私たちを……どうするつもり、ですか?」
「それは旦那様に会えばわかることです」
ぴしゃりと言い放つと顔を背け、それ以上話しかけることはなかった。
息苦しい空気の中、エレベーターはひらすら上がって行く。
ようやく止まったと思うと――目の前の扉が開いた。
真っ白な空間。壁、床、天井、全て白一色になっている。
エレベーターを降りると、目の前に伸びる通路を進んで行く。途中、いくつかドアがあったが通り過ぎ一番奥の広いフロアへと出た。
丸い円状の広い空間の奥――全面ガラス張りとなっているところに人影が見える。
「……旦那様おまたせしました。連れてまいりました」
ヴァルの足が止まったので、釣られてウミと陸も足を止めた。
するとゆっくりと背を向けていた人外がこちらを向いた。
「……ほう。確かに……似ている」
白い肌、赤い瞳、白髪。見るからに長寿人外であるとわかった。
デッドはじっとウミを見つめたまま、一歩二歩と近づいてくる。
余りにも見つめられるので、ウミは思わず顔を背けた。
「……おそらく気に入るに違いない。そっちは雄のヒトだな」
「はい」
「ヴァル、ご苦労だった。さっそくポポを呼び戻せ」
「かしこまりました」
そう言うとヴァルはさっさと別の部屋へと移動して行った。
ウミと陸は黙り込んだまま、恐る恐るデッドを見る。
デッドはウミと陸の状態を確認するように見ていた。
「……私たちを、どうするつもりですか?」
ウミは勇気を振り絞り声を吐き出した。陸も負けじとデッドを睨みつけている。
一方、デッドは顎に手をやりにやりと笑みを見せた。
「しゃべられるヒトとは珍しい。ポポが気に入らずとも、近くに……いや、やはりいらぬな」
「……ポポ?」
「おそらくお前は関係ある者だろう。答えはポポが教えるはずだ」
「私と、関係ある者……?」
ウミは当然、ポポ、という名の人外は知らない。そもそも、キリング区画に知り合いなどいない。
ポポ、という名の人外はオーナーたちの知り合いなのだろう。呼び寄せて一体どうするつもりなのか。
「……しかし、私を見て驚かないヒトは初めてだ。お前は人外との交流があるせいだろうが、この雄のヒトはなかなか度胸があると見える」
「……」
デッドは陸を見ながらフン、と鼻で笑う。陸は決して目を逸らさずじっと睨みつけていた。
言葉がわからずとも、目の前の人外から滲み出る異常さを陸は感じ取っている。カグラと同じ人外種ながら、カグラよりもさらにひどい冷酷さを感じた。
弱みを見せれば食われる――そんな風に思っていた。
「旦那様。ポポがこちらへ向かっております。もうすぐ着くかと……」
「そうか。……さて、どんな反応を見せるか……楽しみだ」
◇ ◇
少しすると、後ろの通路から忙しく足音が近づいてくる。
誰かが来る――ウミと陸は同時に振り返った。
「……っ!」
そこには、デッドたちと同じ服を着た者。白い肌に白髪、そして目元は包帯で覆われている。
じっと見つめるウミと陸に対し、やってきた者はびくっと半歩後ろへ下がった。
「ポポ、こちらへ来なさい」
この方がポポ――様子を伺うように見つめるウミ。
一方、ポポもデッドに近寄りながらも顔はウミへと向けられていた。
「……その様子は気に入ったようだな。どうだ、少しはしゃべる気になったか? 話してみたいだろう?」
ポポは口を開きかけたが、言葉は出さず堪えるように歯を食いしばった。
ウミを食い入るように見つめながら、一歩一歩前へと出る。
手を伸ばせば届きそうな距離まで縮めるが――それでも歯を食いしばるばかりで言葉は出さない。
「……ふん。まぁいい。お前のその態度で十分わかった。いつまで黙り込むつもりかは知らないが、いつまでもその状態では面白くない。そこで、そのヒトどもを用意したわけだ」
その言葉にウミと陸は視線をデッドへ移した。
にやりと、頬を歪ませている。
「新しいつがいとして雌のヒトを受け入れるか、それとも友として雄のヒトを受け入れるか。どちらか選びなさい」
新しいつがい――?
ウミは言葉の意味が理解できなかったが、目の前に立っていたポポは違った。
素早く振り返りデッドと正対した。拳に力が入り震えているが、その様子を満足そうにデッドとヴァルは微笑んだ。
「……その雌、よく似ているだろう? その雄はなかなか度胸がありそうだ。好きな方を選べばいい」
「この子は……まさか……!」
ポポはようやく声を発したが、その声は震えていた。
「きちんと調べていませんからわかりません。ですが、可能性は高いでしょう。よく生き伸びたものです」
「全くだ。……しかし、幸運だった。似たヒトを探す手間は省けた。元々予備として手元に置いておけば、ヴァルがあちらへ行くこともなかったが……」
「良いのです。気にする必要はありませんわ」
デッドとヴァルは微笑み合っている――が、ウミには話の内容が全く理解できなかった。
――生き伸びた? 予備?
呆然とデッドたちを見つめていると、その視界を塞ぐようにポポの背中が立ち塞がる。
「ふざけないでください!!」
広い部屋に叫び声が響いた。
怒りのためか拳が震えている。が、オーナーたちの表情は変わらない。
「何を怒っているのだ? お前が寂しかろうと思って用意したもの。何の不服がある」
「そうですよ。お前が一切口を利かなくなったので、旦那様は心配なさっているのです」
ポポは怒りを堪えるように、唇を噛み締めデッドたちを睨みつける。
が、それは全く意味がなかった。やれやれという風にため息を漏らすと、デッドはゆっくりと近づき始める。
「ポポ。考える時間を与えてやろう。頭を冷やせ。……ヴァル、行くぞ」
「はい」
デッドとヴァルはポポの横を通り過ぎ、通路を進み部屋から去って行った。
それをウミと陸が目で追っていると、目の前のポポはがっくりと膝から崩れ落ちた。
二人は慌ててポポへと近寄る。
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
その時ようやくポポが顔を上げ、真っ直ぐウミを見つめた。
だが、巻かれている包帯のため、どんな表情かわからずウミは思わず首を傾げた。
一方、ポポはウミを見つめたまま言葉を発しない。
「……あ、あの」
なぜか見つめられても嫌に感じない。
目が釘付けになり、この包帯の下はどうなっているのだろう、とふとそんなことを思った。
「……本当に、よく似ています。美羽、そっくりに……育って……」
「美羽?」
先ほどから感じていた、ウミに対する異常な態度。まるで、何かと比べるような――。
ポポは少し口元を緩ますと、包帯に手をかけた。
「……信じられない、と思うでしょう。きっと、私を恨むでしょう。でも……貴方をちゃんとこの目で見たい」
するすると包帯が床へ落ちた。
「……え、目が……赤くない」
隣にいた陸も驚いたように目を見開く。
そんな彼らをポポはニッコリと優しく微笑んだ。
「……私はポポと言います。これでも……人なんです」
◇ ◇
ポポは動揺する二人を連れて、自室へと案内した。途中、通路にあったドアの先だ。
中はがらんと広い部屋と、その横にまたドアがある。
ポポはそのドアを開き、ここが自分の生活スペースだと言った。
「……ご覧のとおり、狭い部屋でしょう?」
椅子に座るよう促され、ウミと陸は腰掛けた。最上階に来て、この部屋が一番狭いだろう。
長テーブルと、本棚、台所、保管庫――それぐらいしかない。
「ウミさん、陸さん、どうぞ。……別に毒も何も入っていませんから、安心して飲んでください」
苦笑いを浮かべながらコップを差し出すと、ポポも二人の前に腰掛けた。
真っ白な肌、白髪――これだけ見れば長寿人外だと思うが、目が違う。赤ではなく、薄い黒色している。
『……さっき人だと言いましたけど、言葉はわかるんですか?』
と、陸は無表情に人界語でポポに問いかけた。
ポポは微笑んで答える。
『えぇわかります。……久しぶりに聞きましたね。こうやって誰かと話せるのは……とても、いいものです』
『美羽、とは誰ですか?』
美羽――という言葉に、微笑んでいたポポの顔はみるみる消え、視線を落とし暗い表情へとなった。
なかなか言葉を発さないポポに、陸は言葉を続ける。
『俺はともかく、ウミは本当の親を知りたくてこっちの区画まで来たんです。ポポさん、何か知っているんでしょう? 教えてください』
『……オーナーに連れて来られたのでは?』
『それは俺です。……ウミは、ヴァルが"似たヒトに心当たりがある"と言ったから自らこっちに来たんです』
『そう……でしたか』
『それに、こっちの区画に人界とを繋ぐ穴があるんでしょう? 俺は人界に帰りたいんです』
静かに言い放っているが、陸の目は真剣だ。
無理もない。何をされるかのかあまり理解していない陸にとって、人界へ帰られるということが唯一の希望だ。きっと藁にもすがる思いなのだろう。
そんな陸の気持ちを察してか、深くため息を吐いた後ポポはぽつりぽつりと、言葉を吐き始める。
『……まず、何から伝えるべきか。……そうですね、ではまず、私自身から説明しましょう』
二人はじっとポポの色素の薄い瞳を見つめる。
弱く微笑む顔は、どこか愁いを帯びているように見えた。




