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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
5.キリング区画へ
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君を想う(3) 美羽、という少女

 懐かしい話、と言われてもライスは訝しげにポポを見つめる。

 そもそも、なぜ自分と話したがっているのだろう。正門で騒動を起こしてしまって目立ったのだろうが、話をする相手ぐらいはいるはずだ。

 正直あまり足止めされたくはないが、自分の疑問に対しての返答を聞きたい――ライスはため息を漏らし頷いて見せた。


「……わかったよ。でも懐かしい話つっても、俺とお前ができる話なんてこの地下でのことしかねぇぞ」

「それでいいんです。美羽のことを知っているのは、貴方ぐらいしかいないですから」


 そう言って顔を少し俯かせた。

 なぜ自分が話し相手に選ばれたのか、それは美羽のことを話したかったからに違いない。

 ライスはフン、と鼻で笑ってみせた。


「なんだそれ、嫌味か?」

「いいえ。……美羽はなかなか感情を表に出さない人でした。それでも貴方は、美羽との交流を図った。種族が違うのにも関わらず……」


 顔を上げるとポポは真っ直ぐライスに顔を向けた。

 

「なぜですか? なぜ、貴方は美羽のことを忘れられないのですか?」


 なぜ――理由など単純だ。

 ライスは思わず頬を緩め、フッと笑う。


「……美羽を自由にしてやりたかったんだよ」


 美羽は人外語を話せなかった。もちろん、ライスも人界語は話せない。

 だがライスは、牢屋の中、無表情に座る美羽のことが気になって仕方がなかった。

 笑った顔はどんな顔なんだろう――そんなことを思っていると、自然といつも美羽を追っていた。

 当時、まだ幼かったライスだが、ヒトがどんな扱いをされているのかも知っていた。そんな中でも美羽は泣きもしなければ、怒ることもない。

 親から見捨てられたと自覚していたライスにとっては、その状態が信じられなかった。


「どうやったら笑うか、どうやったら言葉が通じるか――当時はそんなことばっかり考えてたな。そんなことばかり考えてたら……いつも美羽を見てたよ」


 作業場で、牢屋の中で――隣に美羽がいれば、じっとその横顔を見つめた。変わることのない表情。それでもライスにとっては幸せだった。

 淡い気持ちは膨らむ一方で、言葉の壁は大きく立ち塞がる。


「……なのに、てめぇはあっさり美羽に話しかけやがった」

「それはまぁ……仕方ありませんね」


 美羽はポポと話す中でも表情が和らぐことはなかった。

 ライスも負けじと美羽に話しかけるが、やはり通じない。それでも美羽は一生懸命話を聞こうとしていた。嬉しかった。


「……一方的でも、俺は美羽と約束したんだ。絶対に自由にしてやるって。けど……美羽は目の前から消えた」

「……そうですか」


 再び顔を俯かせるポポに対し、ライスは睨みを利かせる。


「おい、今度はてめぇが話せ。俺が知りてぇのはそこから先だ。お前、知ってるんだろ、美羽がどうなったかを」


 耳が痛くなるような沈黙が流れた。

 何か考えるように俯くポポを、ライスはひたすら待った。


「……知ってます。ですが、知り得たところで……貴方はどうするんですか?」

「別にどうもしねぇよ。ヒトが俺たちより短命なことは知ってる」


 会いたい、と願っているわけではない。が、ほんの少しそんな願いがあったのも事実だ。

 だが、今更その願いを叶えたいと思っているわけではない。


「……美羽は人界へ帰られたのか、幸せに暮らしたのか……俺はただ知りてぇだけだ」


 ポポはゆっくりと顔を上げた。見定めるかのように、じっと見つめてくる。


「話すことによって……私は貴方に殺されるかもしれませんね」

「何……どういうことだ!」

「美羽は……私に殺されたも、同然ですから」


 考えるよりも早く――ライスはポポの胸倉を掴んでいた。

 力を込め、顔の目の前まで持ち上げる。


「説明しろ!」


 机と椅子は倒れ、ポポの足は宙に浮いていた。

 苦しさに顔を歪めつつも、ポポは腕を動かし、巻かれていた包帯に手をかけた。


「……っ!」


 ひらひらと包帯が床へと落ちていく。

 ずっと今まで隠されていたポポの顔が、ライスの目の前に現れた。


「瞳が……赤じゃない!?」


 長寿人外は瞳が赤いことが特徴だった。それが、ポポの瞳は色素の薄い灰色。

 予想だにしないことに、ライスは力を抜いた。

 解放されたポポは床に四つん這いになり、激しく咳こんだ。


「お、お前……なんで……」


 瞳が赤くない長寿人外などいない。

 考えられることは一つ。だが、今日この日まで生きていることは、それさえも否定する。

 意味がわからず言葉を失うライスを、ポポは息を整えつつ見上げた。


「……私は、人なんです。これを告白するのは……貴方が二人目です」 

「二人目? ……じゃあ一人目は」

「……美羽ですよ」


 ポポは立ち上がると、倒れていた椅子を元に戻し腰掛けた。


 一方で、ライスはガリガリと頭を掻きつつ視線を彷徨わせている。無理もなかった。

 ずっと長寿人外だと思っていたのだ。

 ポポがヒトだとするならば、また別の疑問が沸き起こる。


 ――どうして今まで生きているのか。

 ――どうして長寿人外として生きているのか。

 ――どうやってキリング区画で生きてきたのか。


 が何から追及すれば良いのかわからない。軽いパニック状態となっていた。

 そんなライスを見上げ、ポポは真っ直ぐ見つめた。


「美羽が貴方の目の前から消えた頃、美羽の身に危険が迫っていました。私も、どうにかして美羽を救いたい――そこで、ある方法で脱出を試みました。ですが……結果を言えば美羽は人界へ帰ることはありませんでした。美羽は……私と生きる道を選んでくれたんです」

「え……お前と生きる?」

「貴方にとっては良い話ではないでしょうが……私たちはつがいとなりました」


 胸に鈍痛が小さく響く。

 だが、ポポがヒトだと分かった今――少し冷静に受け止めることができた。

 美羽がポポに懐いたのも、自然な成り行きだったのかもしれない。


「そう、か……」

「……私も嬉しかった。ずっと……一人で生きてきましたから」


 どうやって生きてきたのか――そんな疑問を口に出しそうになったが堪える。

 今は話を聞く時だ。


「幸せな時でした。きっと美羽も……幸せに感じていた、そう思います。ですが、私の力不足故に……」


 微笑んでいた顔が一変――涙を堪えるように目を閉じ、握られる拳は震えていた。

 その姿になんとなく察したが、尋ねずにはおれなかった。


「……美羽は死んだのか」

「……はい。これから……幸せに暮らしていける……そう思っていたのに……!」


 声が震えている。一体何があったのか。

 ポポの言い方は、まるでつい最近あったかのような言い方だった。


「お前がヒトなら、どうやって今まで生きてきたんだ? ヒトは寿命が短いはずだろ?」

「……私は長寿人外たちによって、生き長らえてきたんです」

「長寿人外たちって……まさかデッドとヴァルか!?」

「えぇ……私は長寿人外と見えるように、敢えて目元を包帯で覆い、多くの人外たちの目を欺いているんですよ」


 いつか聞いた、オーナーたちがヒトを匿っているという噂――あれは本当だったのだ。

 そうなると、浮かんでいた疑問が全て解決する。

 生き長らえさせるための道具をオーナーたちは持っており、生きるための食事や場所を与えていたのだ。

 

「じゃあ……最近まで美羽は生きていたのか……?」

「はい……ですが、もう……」

「なんで美羽は死んだんだ? 何があった? 殺したも同然って……お前は何をやったんだ?」

「それは――」


 潤ませた瞳をライスへ向け、言葉を吐こうとしたとき――ドアのノックが響いた。


「……ポポ様、デッド様がおよびです」


 二人の間に一瞬沈黙が流れた。

 ポポは言葉を飲み込み、大きくため息を吐いた。


「時間切れです」


 そう言うと落ちていた包帯を拾い上げ、目元を隠すように巻き始める。


「私は彼らの玩具なんです。彼らを喜ばせるために生きている、そう言っても過言ではありません」

「……どうにかならねぇのか」

「無理ですね。彼らからしつけを何度も受けて、私の頭と身体は服従するようになりました。……貴方も無茶をしないでください。……そもそもなぜホテルデッドへ?」


 巻き終えたポポは立ち上がり、ライスを見上げる。

 包帯をすれば長寿人外と言われてもわからない。


「ヴァルに俺の娘を連れていかれてな……その後を追ってきたんだ」

「お気の毒ですね……どんな子ですか?」

「……そうだな……丁度……」


 美羽の顔とウミの顔が、重なって見えた。

 きっと、美羽が笑った顔はウミの顔と同じだろう。眩しい笑顔だ。

 思わず頬を緩ませる。


「美羽、に似てるんだ。……拾ったヒトの子を娘みたいに育ててな。もう一人、男のヒトも一緒に連れていかれて……」

「拾った……ヒト、の子、ですか……?」

「あぁ。ヴァルが本当の親について何か知っているらしいんだ……それを知ることができたら、あいつにとってはいいのかもしれねぇ。俺はウミが幸せに、できれば人界へ帰られればいいって思ってるんだけどな……。あ、ウミって言うのは娘の名前なんだ。良い名前だろ?」


 ひひひっと笑うライスの前で、ポポは少し口を開けたまま考えを巡らせていた。

 まさか――生きているのか、と。


「……ライス、その子は一体どこで――」



 が――ポポの言葉を遮るようにノック音が響く。



「ポポ様! 大丈夫ですか!? 開けますよ!」


 そんな声と同時にドアが勢いよく開かれた。

 そこには武器を持ち鋭い視線を向ける有翼人外が二体立っている。

 が、臆することなくポポは目の前に立ち塞ぎ見上げた。


「私が出るまで待てないのですか?」

「い、いえ……ただデッド様がお待ちですので……お早目に行かれた方がよろしいかと……」


 背丈的にも有翼人外が優位に見えるが、やはり長寿人外にしか見えないポポは恐ろしいらしい。

 一方で、後ろに立っていたライスに対しては、鋭い眼差しを向けてくる。


「貴様! いつまでポポ様の手を煩わせるつもりだ!? さっさと来い!」

「は? ……え、おい! 何すんだよ!」


 有翼人外たちはライスの両脇を抱えると、無理やり部屋から出そうとする。

 抵抗を試みるものの、力が強く叶わない。


「ライス……すいません、しばらく牢屋の中で待っていてください」

「はぁ!? てめぇ……どういうつもりだ!」

「……必ず戻ります」


 そう言うと、ポポは部屋から出て行ってしまった。

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