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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
5.キリング区画へ
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君を想う(1) 出発

軽くおさらいと登場人物紹介。


下半身馬、上半身ヒトの身体を持つ『ライス』とヒトである『ウミ』。

二人は種族は違えど親子関係。

二人はある目的のために、民宿を開きお金を儲けキリング区画を目指していた。あることがきっかけで、ヴァルという人外に目をつけられ、ウミとリクはキリング区画へ行くことに。ライスもその後を追ってキリング区画へと向かう――。


【ライスの民宿】


ライス……下半身馬、上半身ヒトの身体を持ち、背中には白い羽根の翼を持っている人外。ウミの育ての親。

ウミ……正真正銘の女のヒト。ライスに育てられ人外語を使いこなし、人界の言葉も読める。出生不明。


【家畜】


ヤクちゃん……マグカップから生えた植物系人外。葉っぱまみれ。頭のてっぺんにある三本の葉っぱが特徴的。

リンちゃん……マグカップから生えた植物系人外。花まみれ。頭のてっぺんに大きな赤い花が特徴的。

ツベちゃん……ピンク色のテカテカ光る触手系人外。見た目は小さなタコの姿。


【換金所の人外とヒト】


カグラ……タキシードを着こなし、真っ白な肌と白髪と赤い瞳が特徴的な長寿系人外。

グルン……真っ黒のつなぎをすっぽりと着て、フードの下からは真っ白の触手がうじゃうじゃ。カグラの僕。


長谷川陸……人界から人外界に紛れ込んでしまったヒト。


【キリング区画の人外とヒト】


デッド……ホテルデッドのオーナー。長寿人外。

ヴァル……デッドのつがい。長寿人外。

ポポ……ライスの古い知り合い。


美羽……ライスの古い知り合い。

 ホテルデッド――キリング区画で一番煌びやかな建物である。

 様々な人外種が集まり、食事や娯楽、宿泊など全てが楽しめる空間だった。

 それを創設したのが、長寿人外である『デッド』とそのつがい『ヴァル』である。


 彼らの住まいはホテルデッドの最上階だ。彼ら以外に、誰も近づくことは許されない。

 ――ただ一人を除いて。


「……では旦那様、迎えに行ってまいります」

「あぁ」


 地上へ繋がる直通のエレベーターの前、挨拶を終えたヴァルは背を向け乗ろうとした。

 が、思い出したように頭を上げると、再びデッドと正対する。


「そういえば……ポポはどこへ?」

「外だろう。呼べば戻る、心配ない」


 デッドは長寿人外特有の白い肌、赤い瞳と白髪。短い髪で、ヴァルと同じくゆったりとしたローブ着ている。

 見た目年齢をヒトで例えるならば、中年の男性といったところだろう。

 

「さようですか。これで以前と変わらず、私たちに接してくれれば良いですね」

「全くだ。……では待っているぞ」


    ◇    ◇


 出発を祝うかのように、すっきりとした青空が広がっている。

 前日から泊まりに来ていたカグラと陸とともに、ライス一行は関所へと向かっていた。


「くれぐれも失礼のないよう、お願いしますねぇ」


 先頭を歩くカグラはにやりと笑い振り向く。


「ヴァル様は大変素晴らしい方です。ですが、少々冷静すぎる面もあるお方。機嫌を損ねてしまえば、命の危険もあるかもしれません。ですから、無駄口を叩くことなく、素直に従いなさい」


 どこか勝ち誇ったように胸を張るカグラ。

 先日、ヴァルの目の前でひたすら跪いていた姿とは大違いだった。


「……何が素晴らしい方だ」


 と、ウミの隣を歩くライスは苦々しく舌打ちをした。

 ウミと陸は頭からすっぽりと、姿を隠すようにローブを羽織っている。

 二人とも俯き加減でヒトとバレなよう進んでいるが、カグラのせいで大体の人外がこちらを見ていた。

 

「大丈夫だ、ウミ。……それにリク」


 ぽん、と大きな手のひらが頭の上に乗った。温かい手。

 俯き加減だった二人は、少しだけ顔を上げ視線をライスへと向けた――優しく微笑んでいる。


「行ったことのない場所で不安かもしれねぇ。けど……お前らは一人じゃない。お互いが助け合えば、きっと大丈夫だ。それに俺が必ず、人界へ帰してやるからな。約束する」


 じっと見上げるウミの横で、陸は小さく「はい」と声を漏らした。

 しかし、ウミは何も言わずじっと見上げた。

 あの夜以降――ライスとウミの間で、どこかぎこちなさが生まれている。ウミは、ライスが自分を避けている、と感じていた。

 嫌われたのでは――そう思うが、こんな風に以前と変わらない仕草もする。原因がわからなかった。


「……なんだよ、ウミ。大丈夫か? びびってんのか?」


 ひひひっと笑いかけるライスに対し、ウミは黙ったまま首を横に振る。そして目を再び伏せた。

 ――どうすればいいのかわからない。

 人界へ行くことが正しいこと。そう思っていたウミだったが、その考えが揺れている。

 本当の親に会えば変わるかもしれない――それが唯一できる解決方法だった。


    ◇    ◇


 関所へ入ると、ひそひそと人外たちの声が漏れている。

 それはカグラたちを見るとより一層大きいものとなった。原因は見るより明らかだった。


「ヴァル様がもういらっしゃってますねぇ。……私が先に行きましょう、待っていなさい」


 と言うと、キリング側のカウンター付近に立つヴァルの元へと小走りで向かった。

 ヴァルは、前回同様、白いロープをすっぽりとかぶり身を隠している。――前回の騒動でバレバレではあるが。


「ウミ! リク! ライス! 僕たち寂しいです!」

「そうなのん! あちきたち、まだまだお手伝いしたいわん!!」

「……!」


 ライスの背中に乗っていた家畜たちが、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「これからカグラ、グルンが近くにいるなんて嫌です! 恐怖です!」

「気持ち悪いねん! ウミがいいのん!」

「……」


 見る見るうちに、しょんぼりと俯き黙りこんでしまった。

 ウミはクスッと微笑んで、それぞれの頭を撫でていく。


「ヤクちゃん。買い出しとか色々、本当にありがとう。カグラさんの言うこと、ちゃんと聞いてね」

「はい、です……」

「リンちゃん。グルンさんに棘のある言葉言っちゃだめだよ」

「……気をつけるねん」

「ツベちゃん。あ、そうだ……餌がないね。待ってね」


 包丁を抜くと、横髪を少し長めに切った。

 髪が少しガタガタになってしまったが、気にすることもなく笑顔で差し出す。

 

「大事に食べてね。私、触手系人外は苦手だったけど……ツベちゃんは好きだよ。今までありがとう」

「……! ……!」


 ツベちゃんは髪を受け取ると、全身を使ってふにゅふにゅと動いていた。

 すると、話していたカグラが再び戻ってきた。


「ウミさん、リク。行きましょう。ヴァル様が支払いを終え、お待ちしています」

「……わかりました。じゃあね、みんな。元気で」

「ウミぃぃ!! 僕、寂しいですー!」

「絶対元気で過ごせのん!!」

「……!」

 

 ヤクちゃんたちは涙こそ流せないが、葉っぱや花をぷるぷると震わせていた。

 ウミも寂しさを押し殺し、笑顔で手を振る。

 ――もう、家畜たちには会えないのだ。


「みんな……ありがとう」

「さぁ行きましょう。……リクも行きますよ」


 顔を俯かせていたリクに対し、カグラは背中に手を回し進むよう促す。

 すると、陸は顔を上げしっかりとカグラを見上げた。


「世話になった。……さようなら」


 一瞬真顔になったカグラだったが、すぐにククッと笑いを堪える。


「……人界へ帰られず、主様に飽きられたら私が拾ってあげましょう」

「……なめんじゃねぇよ」


 ジロっとカグラを睨みつけ、手を払いのけた。

 が、カグラは何とも思っていないようで、口元を手で押さえ笑いを堪えている。


「……君とは早く打ち解けてみたかったですねぇ……まぁいいでしょう。行きますよ」


 家畜たちはその場に留まり、ライス、カグラ、ウミ、陸はカウンターで待つヴァルの元へと歩み寄った。



 カウンターの横には、柵で仕切られたゲートがある。

 その横には武器を持つ有翼人外が警備しており、ゲートはすでに開いていた。

 ゲートの向こうに、ヴァルは立っていた。以前と一緒の白いローブを頭からかぶっている。


「……おまたせしました、ヴァル様」

「……お前たち、名前は何と言いますか?」


 目元は見えないが、じっとこちらの様子を伺っているように思えた。

 言葉を聞くだけで、否応なく緊張感が漂う。


「……リク」

「私はウミと言います」

「……そうですか。来なさい」


 そう言うと足早にその場から立ち去って行く。慌ててその背中を追うためにゲートを通る。

 が、陸とウミは足を止め一度振り返った。

 二人とも不安げな眼差しを向けている。


「……大丈夫、俺もすぐ行く」


 不安を和らげるように笑うライスと、薄らを笑みを浮かべていたカグラ。

 そんな二体を名残惜しそうに見つめながらも――二人はヴァルの背中を追った。


「……よし、俺もさっさと金払って行くか」

「君……本当に大丈夫なんですか?」


 通行料を支払いに行こうとするライスに対し、カグラが静かに言い放った。

 振り返ると、カグラは顎に手を当てじっと訝しそうに見つめている。


「……ったく、信用してねぇな。ちゃんとリクのことも守ってやるって」

「違いますよ。私は君のことを心配しているのですよ」

「……は?」


 予想外の言葉にぽかんと口を開けた。

 が、そんなライスを気にする様子もなく、カグラは真剣な眼差しだった。


「通行料が足らないと言うぐらいですから、君は一文無しでキリング区画へ行くつもりなのでしょう?」

「あぁ」

「……君、キリング区画がどういうところなのか、忘れたわけじゃないでしょう? 所持金を持たずに行ってしまえば、間違いなく野垂れ死にますよ」


 そう――キリング区画とはそういうところだ。ライスも忘れているわけではない。

 煌びやかな区画の一方で、その影となる部分の闇は深い。

 金を持つものは贅の限りを尽くし、一方で金を持たないものは路頭に迷い朽ちていく。


「……知ってるさ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ。また奴隷でもやってやら」

「再びホテルデッドへ舞い戻る、と――。……前のように私がそばにいない、その意味が君は理解できますか」

「あぁ……何を言われようが関係ねぇよ。あいつらを人界へ帰す、これが叶えば何だって耐えてやるさ」


 にやっと笑って見せると、ライスはカウンターへと向かって行った。

 そして――支払い終えると、足早にウミたちの背中を追う。


「……うまくいけば良いですがねぇ」


 見えなくなるまで見送ったカグラは深いため息を漏らし、待っていた家畜たちの元へと戻って行った。


    ◇    ◇


 一足先に関所を出たウミと陸の目の前に現れた町――それはアナザー区画とは全く違う風景だった。

 木材を使った家々が並んでいたアナザー区画とは違い、キリング区画の家はほとんどが石材でできている。

 また、道路は綺麗に舗装されており、着飾られた看板が目を引く。

 一番の違いは町を歩いている人外たちだった。

 皆、ほとんどヒトのような顔や身体を持っている――が、完璧なヒトらしい者はいない。

 下半身が別の生き物の形をした半身人外や、頭から獣の耳がついている獣耳人外、背中から翼を生えている有翼人外など――ヒトのように見えて、ヒトではない者たちだった。


「……アナザー区画と、全然違う……」

「……触手なんかが見えないな」


 アナザー区画でよく見られた、触手系人外や全身毛に覆われた獣人などが一切見当たらない。

 皆、見た目が綺麗に整われた人外たちばかりだった。


「……何をしているのです。来なさい」


 ハッとして前を見れば、ヴァルがじっとウミたちを見ていた。

 白いローブに包まれるヴァル――それを周りの人外たちがちらちらと見ている。

 この区画でも、ヴァル、という人外は目立つ人外のようだ。


『……一体どうなるんだろうな』


 ぼそっと呟いた陸と一緒に、ウミは再びヴァルの背中を追う。

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