君を想う(1) 出発
軽くおさらいと登場人物紹介。
下半身馬、上半身ヒトの身体を持つ『ライス』とヒトである『ウミ』。
二人は種族は違えど親子関係。
二人はある目的のために、民宿を開きお金を儲けキリング区画を目指していた。あることがきっかけで、ヴァルという人外に目をつけられ、ウミとリクはキリング区画へ行くことに。ライスもその後を追ってキリング区画へと向かう――。
【ライスの民宿】
ライス……下半身馬、上半身ヒトの身体を持ち、背中には白い羽根の翼を持っている人外。ウミの育ての親。
ウミ……正真正銘の女のヒト。ライスに育てられ人外語を使いこなし、人界の言葉も読める。出生不明。
【家畜】
ヤクちゃん……マグカップから生えた植物系人外。葉っぱまみれ。頭のてっぺんにある三本の葉っぱが特徴的。
リンちゃん……マグカップから生えた植物系人外。花まみれ。頭のてっぺんに大きな赤い花が特徴的。
ツベちゃん……ピンク色のテカテカ光る触手系人外。見た目は小さなタコの姿。
【換金所の人外とヒト】
カグラ……タキシードを着こなし、真っ白な肌と白髪と赤い瞳が特徴的な長寿系人外。
グルン……真っ黒のつなぎをすっぽりと着て、フードの下からは真っ白の触手がうじゃうじゃ。カグラの僕。
長谷川陸……人界から人外界に紛れ込んでしまったヒト。
【キリング区画の人外とヒト】
デッド……ホテルデッドのオーナー。長寿人外。
ヴァル……デッドのつがい。長寿人外。
ポポ……ライスの古い知り合い。
美羽……ライスの古い知り合い。
ホテルデッド――キリング区画で一番煌びやかな建物である。
様々な人外種が集まり、食事や娯楽、宿泊など全てが楽しめる空間だった。
それを創設したのが、長寿人外である『デッド』とそのつがい『ヴァル』である。
彼らの住まいはホテルデッドの最上階だ。彼ら以外に、誰も近づくことは許されない。
――ただ一人を除いて。
「……では旦那様、迎えに行ってまいります」
「あぁ」
地上へ繋がる直通のエレベーターの前、挨拶を終えたヴァルは背を向け乗ろうとした。
が、思い出したように頭を上げると、再びデッドと正対する。
「そういえば……ポポはどこへ?」
「外だろう。呼べば戻る、心配ない」
デッドは長寿人外特有の白い肌、赤い瞳と白髪。短い髪で、ヴァルと同じくゆったりとしたローブ着ている。
見た目年齢をヒトで例えるならば、中年の男性といったところだろう。
「さようですか。これで以前と変わらず、私たちに接してくれれば良いですね」
「全くだ。……では待っているぞ」
◇ ◇
出発を祝うかのように、すっきりとした青空が広がっている。
前日から泊まりに来ていたカグラと陸とともに、ライス一行は関所へと向かっていた。
「くれぐれも失礼のないよう、お願いしますねぇ」
先頭を歩くカグラはにやりと笑い振り向く。
「ヴァル様は大変素晴らしい方です。ですが、少々冷静すぎる面もあるお方。機嫌を損ねてしまえば、命の危険もあるかもしれません。ですから、無駄口を叩くことなく、素直に従いなさい」
どこか勝ち誇ったように胸を張るカグラ。
先日、ヴァルの目の前でひたすら跪いていた姿とは大違いだった。
「……何が素晴らしい方だ」
と、ウミの隣を歩くライスは苦々しく舌打ちをした。
ウミと陸は頭からすっぽりと、姿を隠すようにローブを羽織っている。
二人とも俯き加減でヒトとバレなよう進んでいるが、カグラのせいで大体の人外がこちらを見ていた。
「大丈夫だ、ウミ。……それにリク」
ぽん、と大きな手のひらが頭の上に乗った。温かい手。
俯き加減だった二人は、少しだけ顔を上げ視線をライスへと向けた――優しく微笑んでいる。
「行ったことのない場所で不安かもしれねぇ。けど……お前らは一人じゃない。お互いが助け合えば、きっと大丈夫だ。それに俺が必ず、人界へ帰してやるからな。約束する」
じっと見上げるウミの横で、陸は小さく「はい」と声を漏らした。
しかし、ウミは何も言わずじっと見上げた。
あの夜以降――ライスとウミの間で、どこかぎこちなさが生まれている。ウミは、ライスが自分を避けている、と感じていた。
嫌われたのでは――そう思うが、こんな風に以前と変わらない仕草もする。原因がわからなかった。
「……なんだよ、ウミ。大丈夫か? びびってんのか?」
ひひひっと笑いかけるライスに対し、ウミは黙ったまま首を横に振る。そして目を再び伏せた。
――どうすればいいのかわからない。
人界へ行くことが正しいこと。そう思っていたウミだったが、その考えが揺れている。
本当の親に会えば変わるかもしれない――それが唯一できる解決方法だった。
◇ ◇
関所へ入ると、ひそひそと人外たちの声が漏れている。
それはカグラたちを見るとより一層大きいものとなった。原因は見るより明らかだった。
「ヴァル様がもういらっしゃってますねぇ。……私が先に行きましょう、待っていなさい」
と言うと、キリング側のカウンター付近に立つヴァルの元へと小走りで向かった。
ヴァルは、前回同様、白いロープをすっぽりとかぶり身を隠している。――前回の騒動でバレバレではあるが。
「ウミ! リク! ライス! 僕たち寂しいです!」
「そうなのん! あちきたち、まだまだお手伝いしたいわん!!」
「……!」
ライスの背中に乗っていた家畜たちが、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「これからカグラ、グルンが近くにいるなんて嫌です! 恐怖です!」
「気持ち悪いねん! ウミがいいのん!」
「……」
見る見るうちに、しょんぼりと俯き黙りこんでしまった。
ウミはクスッと微笑んで、それぞれの頭を撫でていく。
「ヤクちゃん。買い出しとか色々、本当にありがとう。カグラさんの言うこと、ちゃんと聞いてね」
「はい、です……」
「リンちゃん。グルンさんに棘のある言葉言っちゃだめだよ」
「……気をつけるねん」
「ツベちゃん。あ、そうだ……餌がないね。待ってね」
包丁を抜くと、横髪を少し長めに切った。
髪が少しガタガタになってしまったが、気にすることもなく笑顔で差し出す。
「大事に食べてね。私、触手系人外は苦手だったけど……ツベちゃんは好きだよ。今までありがとう」
「……! ……!」
ツベちゃんは髪を受け取ると、全身を使ってふにゅふにゅと動いていた。
すると、話していたカグラが再び戻ってきた。
「ウミさん、リク。行きましょう。ヴァル様が支払いを終え、お待ちしています」
「……わかりました。じゃあね、みんな。元気で」
「ウミぃぃ!! 僕、寂しいですー!」
「絶対元気で過ごせのん!!」
「……!」
ヤクちゃんたちは涙こそ流せないが、葉っぱや花をぷるぷると震わせていた。
ウミも寂しさを押し殺し、笑顔で手を振る。
――もう、家畜たちには会えないのだ。
「みんな……ありがとう」
「さぁ行きましょう。……リクも行きますよ」
顔を俯かせていたリクに対し、カグラは背中に手を回し進むよう促す。
すると、陸は顔を上げしっかりとカグラを見上げた。
「世話になった。……さようなら」
一瞬真顔になったカグラだったが、すぐにククッと笑いを堪える。
「……人界へ帰られず、主様に飽きられたら私が拾ってあげましょう」
「……なめんじゃねぇよ」
ジロっとカグラを睨みつけ、手を払いのけた。
が、カグラは何とも思っていないようで、口元を手で押さえ笑いを堪えている。
「……君とは早く打ち解けてみたかったですねぇ……まぁいいでしょう。行きますよ」
家畜たちはその場に留まり、ライス、カグラ、ウミ、陸はカウンターで待つヴァルの元へと歩み寄った。
カウンターの横には、柵で仕切られたゲートがある。
その横には武器を持つ有翼人外が警備しており、ゲートはすでに開いていた。
ゲートの向こうに、ヴァルは立っていた。以前と一緒の白いローブを頭からかぶっている。
「……おまたせしました、ヴァル様」
「……お前たち、名前は何と言いますか?」
目元は見えないが、じっとこちらの様子を伺っているように思えた。
言葉を聞くだけで、否応なく緊張感が漂う。
「……リク」
「私はウミと言います」
「……そうですか。来なさい」
そう言うと足早にその場から立ち去って行く。慌ててその背中を追うためにゲートを通る。
が、陸とウミは足を止め一度振り返った。
二人とも不安げな眼差しを向けている。
「……大丈夫、俺もすぐ行く」
不安を和らげるように笑うライスと、薄らを笑みを浮かべていたカグラ。
そんな二体を名残惜しそうに見つめながらも――二人はヴァルの背中を追った。
「……よし、俺もさっさと金払って行くか」
「君……本当に大丈夫なんですか?」
通行料を支払いに行こうとするライスに対し、カグラが静かに言い放った。
振り返ると、カグラは顎に手を当てじっと訝しそうに見つめている。
「……ったく、信用してねぇな。ちゃんとリクのことも守ってやるって」
「違いますよ。私は君のことを心配しているのですよ」
「……は?」
予想外の言葉にぽかんと口を開けた。
が、そんなライスを気にする様子もなく、カグラは真剣な眼差しだった。
「通行料が足らないと言うぐらいですから、君は一文無しでキリング区画へ行くつもりなのでしょう?」
「あぁ」
「……君、キリング区画がどういうところなのか、忘れたわけじゃないでしょう? 所持金を持たずに行ってしまえば、間違いなく野垂れ死にますよ」
そう――キリング区画とはそういうところだ。ライスも忘れているわけではない。
煌びやかな区画の一方で、その影となる部分の闇は深い。
金を持つものは贅の限りを尽くし、一方で金を持たないものは路頭に迷い朽ちていく。
「……知ってるさ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇよ。また奴隷でもやってやら」
「再びホテルデッドへ舞い戻る、と――。……前のように私がそばにいない、その意味が君は理解できますか」
「あぁ……何を言われようが関係ねぇよ。あいつらを人界へ帰す、これが叶えば何だって耐えてやるさ」
にやっと笑って見せると、ライスはカウンターへと向かって行った。
そして――支払い終えると、足早にウミたちの背中を追う。
「……うまくいけば良いですがねぇ」
見えなくなるまで見送ったカグラは深いため息を漏らし、待っていた家畜たちの元へと戻って行った。
◇ ◇
一足先に関所を出たウミと陸の目の前に現れた町――それはアナザー区画とは全く違う風景だった。
木材を使った家々が並んでいたアナザー区画とは違い、キリング区画の家はほとんどが石材でできている。
また、道路は綺麗に舗装されており、着飾られた看板が目を引く。
一番の違いは町を歩いている人外たちだった。
皆、ほとんどヒトのような顔や身体を持っている――が、完璧なヒトらしい者はいない。
下半身が別の生き物の形をした半身人外や、頭から獣の耳がついている獣耳人外、背中から翼を生えている有翼人外など――ヒトのように見えて、ヒトではない者たちだった。
「……アナザー区画と、全然違う……」
「……触手なんかが見えないな」
アナザー区画でよく見られた、触手系人外や全身毛に覆われた獣人などが一切見当たらない。
皆、見た目が綺麗に整われた人外たちばかりだった。
「……何をしているのです。来なさい」
ハッとして前を見れば、ヴァルがじっとウミたちを見ていた。
白いローブに包まれるヴァル――それを周りの人外たちがちらちらと見ている。
この区画でも、ヴァル、という人外は目立つ人外のようだ。
『……一体どうなるんだろうな』
ぼそっと呟いた陸と一緒に、ウミは再びヴァルの背中を追う。




