二人の試練(2) ライスの思惑
道はいい加減覚えたが、やはり町中を歩く人外どもにはなかなか慣れない。
皆、陸をヒトだとわからないためか素通りしていく。ライスも特に気にする様子もなく隣を歩く。
「リク、楽しいか?」
顔を向ければ、ひひひっと白い歯を見せ笑っていた。
簡単な質問で聞きとれたので、陸は頷いて言葉を発した。
「……はい」
「おぉ! 少ししゃべられるようになったんだな。よかったな」
よかった、という言葉がわかったことと、ライスが笑っている様子から、歓迎されたのだろうと思った。
人外から襲われたというのに明るいウミの性格は、きっとライスの存在が大きいのだろうと陸は考えた。
この人外は違う、と感じるのだ。
珍しいと言われてもピンと来ないのは、ライスが隔たりなく接するためかもしれない。
「……リク、ウミはいい女だろ? 俺の自慢の娘なんだよ」
名前は聞きとれるが、後がわからない。
どう反応しようかと迷う陸に構わず、ライスは前を見据え言葉を続けた。
「キリング区画に行って、どうやっていいヒトを見つけりゃいいのかって思ったけど……案外近くにいるもんだなぁ」
少しだけ口の端を持ち上げて、どこか嬉しそうに見える。だが、陸はライスの話した内容を理解していなかった。
聞きとれたのは、キリング区画、という言葉だけ。それでもなんとなく、ライスの話した内容を予想した。
キリング区画へ行って人界とを繋ぐ穴に行く、とウミから話を聞いている。
きっとそのことを言っているんだろう――陸は考えながらじっとライスを見た。
が、ライスの頭の中は、どうやって二人がくっつくか、そんな考えを巡らせていた。
髭を摩り小さく唸っている。
「リクの好みは知らねぇけど、俺から見てもウミの見てくれは悪くねぇはずだからなぁ……ただ、ウミの奴がなぁ……ヒトと交流するのが初めてだし……でも親離れさせねぇとなぁ……」
ぶつぶつと言いながら換金所へと歩みを進めた。
換金所へ着くと、看板は仕舞われ店は閉まっていた。
しかし、ライスは構わず扉を開ける。これは店を閉めることで、お客たちを遠ざけるためだった。
入ると、待ち構えていたカグラがカウンター越しに笑みを浮かべていた。
「待っていましたよ」
扉を閉じた音を確認し、陸はようやく仮面とフードを取った。
陸はカグラのことは未だに信用はしていない。食糧は与えられるものの、未だに檻の中に閉じ込められている。
冷めた目でカグラを見る陸の横へ、ライスが歩み寄って来た。にやりと白い歯を見せている。
「……どうしました、ライス。さっさと帰りなさい」
「ひひひっ! 今、ウミがリクに言葉を教えてんだよ」
「言葉?」
「あぁ。……リク、ほら、名前、言ってみろよ」
肘で陸を突き、指で口を示している。それを眺めた陸は首を傾げながらも、言葉を発した。
「……ライス?」
「ほら! こっちは!?」
ライスが指差す方向に、口を真一文字にしながらも目を輝かせているカグラの姿がある。笑うのを堪えているように見えた。
陸はムッと顔をしかめながら、仕方なくボソッと言葉を漏らした。
「……カグラ」
「おお!! 素晴らしい!!」
拍手をして嬉しそうに笑っている。
厭味ったらしく笑っていないカグラに、一瞬、真顔になってしまったライスだがすぐに笑みを作る。
「だ、だろ! で、カグラに頼みがあるんだよ」
「……なんでしょうか?」
「もう少しウミといる時間が増えりゃ、もっと言葉を覚えると思うんだ。で、明日、いつもの時間より早めにここに来てもいいか?」
「……何を考えているのです?」
笑みは消え、流すような冷たい視線でライスを見つめる。だがそれぐらいで怯むようなライスではない。
ひひひっと白い歯を見せた。
「明日、ウミと家畜が買い出しに出るんだよ。それに付き合わせようかと思ってよ」
「買い出し? 君は?」
「俺は水汲みに行かねぇといけねぇからな。あいつらだけで行かせる。……大丈夫、陽が昇る前だ、人外どもはほとんど出歩いてねぇよ」
「……随分と安易な考えですねぇ」
顎に手を当て冷ややかに笑うカグラと、腕を組みにやりと笑うライス。
そんな二体の間、陸は会話を聞きとることができず、視線だけで二体の様子を伺う。
「最近は襲う奴もいねぇし、大丈夫だって。それに朝も早いし、そんな長時間二人だけにするわけでもねぇんだし……いいだろ?」
「しかしですねぇ……」
「毎日じゃねぇだ、明日だけ、明日だけでもいいだろ!? 頼むぜ、カグラ」
カグラは、うーん、と唸り目を閉じ考えている。
正直、カグラは陸の行動範囲を換金所からライスの民宿の間だけにしたかった。ヒトの存在が珍しい故に、起こりうる事態は容易に想像できるからだ。
換金所へよくやってくるお客たちも、たまにヒトの話題で盛り上がっていることがある。
最近は襲われていない、と言っても、いつどこで誰が狙っているかわからない。
仮にリクの存在が他の者たちにバレてしまった場合、近くで飼うことは不可能になるだろう。
命を狙う者がいれば先手を打てば良い話だが、オーナーたちにリクの存在が知られれば、きっと寄こせと言うに違いない。
どんな命令でも主の命令は絶対だ。
「……ライス。私はどんなに小さくてもリスクは負いたくありま――」
「り、リクと会話できるかもしれねぇぞ!」
出かかっていた言葉が引っ込む。
「ウミと一緒ならもっと別の言葉もしゃべるようになるかもしれねぇぞ? ほら……今はこんなに冷めた表情だけど、もしかしたらお前に笑いかけるかもしれねぇぞ? な、いいだろ? 見たいだろ?」
視線を移せば、ジト目で見ている陸がいる。全く可愛げのない顔である。
陸はカグラの前ではにこりともしない。今は目を合わせているが、滅多に顔も合わせないのだ。
「……会話、ですか……いいですねぇ……。この可愛げのない顔が笑う……見てみたいですねぇ……」
「よし! じゃあ決まりだな! じゃ、明日朝いつもより早く来るからな! カグラ、すぐに出られるように檻から出しておいてくれよ。じゃあな!」
押し切るように言い放ったライスは、さっさと換金所から出て行った。
ハッとしたカグラだが、もう遅い。頭を抱えるようにため息を漏らした。
一方陸は、二人の間で交わされた勝手な約束を知る由もなく、ただただ、怪訝そうな顔でカグラを見るだけだった。




