表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
3.民宿、始めました
24/47

お客たちと家畜たち(6) カグラと陸 前編

 民宿の前に看板が出ているが、張り付いている紙には大きくこう書かれている。


『本日、臨時休業』


 それを見た露店風呂を目当ての人外たちは、残念そうにその場を去っていく。

 

 一方で、ライスとウミは家を出ていた。

 ライスは肩に大きな袋を担ぎ、ウミは小さな袋を手に持ち、心なしか上機嫌に歩いている。

 袋の中には、お客たちからもらった品物と、バルドベアとスイミーからもらった品物が入っている。

 それらを売るため、換金所へと歩みを進めている。


    ◇    ◇


 しばらく通りを歩くと、ひときわ白い建物が目に飛び込んだ。

 真っ白の外壁と、建物の前に置かれる小さな看板。

 

「ここが換金所だ」


 店の前に立ち止まり、ウミは建物を見上げた。

 それほど大きく建物ではないにしろ、真っ白な外壁は嫌でも目立つ。

 

「真っ白な建物だね。カグラさんみたい」

「だなぁ。……ほら、入るぞ」


 入ると目の前にはカウンターがある。カウンターの後ろには、のれんがあり奥の部屋へと続いている。

 左手にはテーブルと椅子が何組か置かれ、見れば今日は先客が数組いるようだ。

 そのほとんどが獣人で、入って来たライスとウミを睨みつけている。こそこそと耳打ちしながら睨んでくる者もいた。

 そんな視線に気が付きながらも、ライスとウミは絡むようなことはせず、ひたすら店主が出てくるのを待った。

 すると――ようやく、のれんから店主が姿を現した。


「おや……お久しぶりですねぇライス」


 換金所の店主――カグラである。

 タキシードをビシッと着こなし、白髪の色白の顔と際立つ赤い瞳。その目を細め、ニッコリと微笑んだ。


「評判が良いようで、私も広報活動した甲斐がありましたよ」


 本当に広報活動してたんだ――そう思ったが、ウミは口には出さず笑ってみせた。

 脅したのか、命令したのか。どんな方法であれ、民宿にお客が増えたのは間違いない。


「おや、珍品が集まったようですねぇ」

「あぁ。俺が持ってる袋はありきたりかもしれねぇけど、ウミが持っている袋は気に入ると思うぜ」

「ほう。それは楽しみですねぇ」


 さっそく袋をカウンターの上に乗せようというとき――座っていた獣人たちの気配が変わった。

 身体を伸ばし、盗み見ようとしている。ほとんど全員が同じような動きをしていて、こっそり見ようという気はないらしい。

 イラッとしたライスが叫びそうになった、が――。


「さっさと失せなさい」


 空気を切り裂くように、カグラの声が響き渡る。

 ライスは口を閉じカグラを見れば、やれやれと首を振りながらカウンターから出ていた。


「二束三文の品を売ってここへ居座ろうなど……虫が良すぎるでしょう? さらに、私の仕事の邪魔までするとは。君たちは……私に己の肉を捧げたいようですねぇ」


 カグラは顔の半分を手で覆い、口元だけ笑って見せる。

 赤い瞳は冷たく獣人達を睨みつけながら、手から白い鱗が生え始めた。爪は鋭く伸び始め、まるで龍の手のように変化し始める。

 手だけにしても、カグラが初めて本性を見せる光景にウミは唖然とした。怒らせると本当に危険な人外なのだ。

 獣人たちは顔を青くさせ、皆一目散に店から出て行った。


 それを見届けると、カグラの手があっという間に元のヒトの手へと戻る。

 そしてその足で入口の鍵をかけ、カグラは振り返った。

 先ほどの殺気だった表情ではなく、いつもの飄々としたカグラの顔だった。

 ライスも驚いた様子もなく平然と笑っている。


「わりぃな」

「良いのですよ。後で飼っているヒトの通訳をお願いしたいですしねぇ。どちらにしても、部外者はいない方が都合が良いですから」


 口の端を持ち上げながら、カグラは再びカウンターへと入った。

 ライスは一度目にしたことがあるが、この換金所の奥の部屋にヒトが捕らわれている。

 ウミはそのヒトに会うのが楽しみだった。


 が、その前に袋の中身の鑑定と換金が先である。

 ライスとウミは改めて、大きな袋と小さな袋をカウンターの上に置いた。

 が、置かれた拍子に大きな袋の口から葉っぱが数枚出てしまった。大小様々な葉。が、価値があるとは思えない。

 案の定、カグラは出てきた一枚の葉っぱを摘まむと、小さくため息を漏らした。


「……この大きな袋はこういった物ばかりですか?」


 あからさまに落胆している。

 取り繕うように、ライスは頭を掻きながらぎこちなく笑って見せた。


「ま、まぁいいじゃねぇか。金持ってねぇ奴らは、だいたい葉っぱとか牙とか毛を持ってくるんだよ。でも一応食糧として使えるんだぜ? 少なくてもかまわねぇから換金してくれよ」

「やれやれ……」


 ため息を吐きながら、カグラは袋の中を手で払いながら確認している。

 その中身は言う通り葉っぱや花や牙や爪、毛皮などがほとんどだった。


「……多く見積もっても千グルですねぇ。食糧として使えるのであれば、そのまま君たちが使った方がいいのではないですか?」

「いや、金に換える。食糧自体は、家畜がいるから困ってねぇんだよ」

「そうですか。……何だかゴミ処理をさせられているようですよ」

「ま、まぁそう言うなよ」


 カグラはカウンターの下から一枚のグル紙幣を差し出した。

 あれだけ大きかった袋の中身が、一枚の紙切れに変わった――思わずウミもがっくりと肩を落とす。


「では……この小さな袋の中身、拝見させていただきましょう」

「あ、は、はい!」


 カグラは小さな袋の中に手を入れ、中身を取り出し、カウンターの上へと置いていく。

 一つは小瓶に入った水色の半透明な液体。もう一つは、手のひらほどの木箱である。

 それらを見た瞬間、カグラの目つきが鋭さを増した。真剣な眼差しのまま手を伸ばし、まず小瓶を手に取った。


「……これは、スライムの液ですねぇ」

「知り合いのスライム系人外さんにいただいたんです。何でも万能の液だって……」

「えぇその通りです。全てのスライムから取れるわけではないですから、とても貴重な品ですねぇ」


 満足そうに微笑んで、次に木箱を開ける。

 そこには、手のひらサイズの緑色の肉があった。

 一目では何の肉かわからないものだが、カグラはそれを一瞬で見抜いた。


「ほう。これは珍しい……」


 目を少し見開くと、再びニッコリと笑みを浮かべた。


「人魚の肉ですねぇ。山奥の湖に生息しているという噂で、大変珍しい肉ですよ」

「……カグラさんよくご存じですね」

「千年も生きていると、知識が豊富になりますからねぇ」


 カグラは機嫌が良さそうに微笑んだまま、丁寧に二品を袋の中に仕舞い込んだ。

 それを大事そうに抱え、ライスに視線を向けた。


「……これらの品は、我が主様もお喜びになると思います」

「そりゃ良かったな。で、いくらもらえるんだ?」

「……そうですねぇ。思った以上の品でしたし……十万グルでいかがですか?」


 ライスとウミの顔色が一気に変わる。

 目を見開き、口をあんぐりと開けた。


「じゅ、十万グル!?」

「じゅ、十万グル!?」


 同時に叫び、お互いの顔を見合った。

 まさかの金額だった。二つで十万ということは、一つ五万グルである。

 ライスとウミは段々と頬を緩ませ、にんまりと笑い合っている。

 一方カグラは、首を少し傾け不思議そうに眺めていた。


「何をそんなににやついているのですか? 気味が悪いからやめなさい」

「え、い、いや……予想以上の値段だったから……思わず顔が緩んじまった」

「たかが十万グルでしょう? ……ほら、受け取りなさい」


 そう言うと、カグラはカウンターの下から分厚い札束を取り出した。

 これが十万グルの厚さ――ライスとウミはごくんと唾を飲み込む。

 じっと見つめ、まるで頭に焼き付けているようだった。

 

「君たち……金儲けをしているのでしょう? たかがこれぐらいの札束で、何を驚いているのですか」

「……俺たち金の管理は家畜どもにやらせてるからさ……こんな綺麗な札束は初めて見たんだよ」

「は? 馬鹿ですか? お金の管理ぐらい自分でしなさい。……先が思いやられますねぇ」


 ため息を吐きながら、カグラは背を向けるとのれんに手を掛けた。


「とにかく、仕事は終わりましたよ。さぁウミさん、通訳をお願いしますよ」

「は、はい!」


 微笑むカグラの顔は威圧感があり、思わずウミは背筋を伸ばす。

 今から初めて自分以外のヒトと会うのだ。おまけに通訳までお願いされている。

 自分が知っている人界語が通じるのか、そんな不安もよぎったがもう引き返せない。


「……大丈夫だ。きっとウミならうまくやれるさ」


 耳元でぼそっとライスが呟いた。そして、カグラに続いて奥の部屋へと進んで行く。

 その背中を見つめながら、よし、と気合いを入れ直し、ウミも奥の部屋へと進んで行った。


    ◇    ◇


 少し薄暗い部屋を抜けて行く。持ち込まれた様々な物が置かれている部屋で、倉庫のように見えた。

 目移りしながらも、ウミはライスの後ろを歩いていく。

 と、先頭を歩いていたカグラの足が止まった。目の前にまた扉がある。


「ウミさん。一応忠告しておきますが、このことは誰にも言ってはいけません。……よろしいですか?」


 口元は笑っているが、視線がウミを射抜く。


「……はい。誰にも言いません」

「よろしい。では……どうぞ」


 扉が開かれた。

 ライスに続き、入ったウミの目に飛び込んだものは――檻である。

 薄暗い部屋の真ん中に、大きな檻が置かれている。そして、その中に――膝を抱え座り込んでいるヒトがいた。

 頭を俯かせ顔まで見えない。黒髪で髪は短いのか、ボサボサになっている。カグラと同じようにタキシードを着せられているが、汚れと皺だらけだった。


「……ウミさんどうぞ前へ」


 部屋に入った直後から立ち尽くしていたウミに、カグラが手のひらで示し隣に来るよう促す。

 丁度カグラとライスの間――檻の真ん前に位置する場所である。 

 正気に戻ったウミは慌ててそこへと歩み寄った。

 ウミが近くへ寄ってもヒトは俯いたままだった。寝ているのか、石像のように固まっている。


「ライスのおかげで肉は食べるようにはなったのですが……それ以外はこのように身を縮めていましてねぇ。意思疎通を図ろうにも、全く見向きもしない。肉の匂いが漂えば、顔を上げるといった感じですねぇ」

「まぁ、生きている分まだマシだろ」


 カグラとライスが普通の声量で話しているのに、ヒトは全く反応を示さない。

 寝ているのでは――そんな考えがウミの頭をよぎった。


「カグラさん、このヒト寝てるんじゃないですか?」

「いえいえ、そんなことはありません。では……餌付けでもして見せましょう」


 そう言うと、檻の横に置かれていた箱の中から干し肉を出した。

 それを皿に乗せ、カグラは檻の隙間から中へと差し出す。


「見ていなさい」


 皆が注視する中――動かないと思われていたヒトが、ゆっくりとぎこちなく頭を上げ始める。

 徐々に上げられる頭から見えた顔は、頬がこけた少し釣り目の男のヒトだった。

 

「……っ!」


 ウミと目が合った瞬間、ヒトの動きが止まった。目を見開き、信じられないと言った表情を浮かべる。

 ウミもウミで、初めて見る全く身体の構造が同じヒトに釘付けとなっていた。


「おやおや……さすがに動揺しているようですねぇ。面白い」


 カグラは満足げに笑みを浮かべた。ここまで驚いている表情を見るのは初めてだった。

 一方で、ライスはウミと男のヒトを見比べながら、真剣な表情で様子を伺う。


「ウミ……何か人界語でしゃべってみろ」

「え……あ、うん。やってみる……」


 何をしゃべろうかと、ウミが視線を落とした。

 すると――。


『あんた、人間か?』


 低い声が短く響く。

 すぐに視線を檻へと戻すと、鋭い視線を向けるヒトの姿があった。


『……人間なのか? 答えろ』


 敵意をむき出しにするヒトに、ウミは唾をごくんと飲み込む。

 初めてヒトと会話をする――ドキドキとする胸を落ち着かせるように一息つき、口を開けた。


『は、初めまして……私、ウミです。ヒトです』


 ぎこちない言葉遣いだったかもしれない。ヒトはすぐに言葉を返さず、じっとウミを睨み上げる。

 通じているのか――不安がよぎった時だった。


『長谷川陸だ』


 ぶっきらぼうな言い方だった。ずっとウミを睨み上げ、警戒心も解かれていない。

 それでも――初めて人界語で会話した。初めて、自分以外のヒトと出会えた。自分以外のヒトがいる。

 それだけでウミは嬉しくてたまらなかった。


「……ライス、ライス! 言葉が通じたよ! このヒト、ハセガワリクって言うんだって!」


 嬉しそうな顔でライスを見る。満面の笑みだった。

 それには強張っていたライスの顔も緩み、ウミの頭を撫でてやった。


「よし! よかったな! ……ほら、こっち見てるぞ、話し相手になってやれ」


 そう言われて視線を戻せば、呆然と見上げている陸の顔があった。

 先ほどの警戒する顔ではなく、呆気に取られているように見える。

 それにはカグラも、笑いを堪え切れずククッと声を漏らした。


「……見たことない反応ばかりで面白いですねぇ! ウミさん続けなさい。会話が終わった後、通訳をお願いしましょう。今は表情の変化だけでも面白い。あれだけ仏頂面だったのに、この反応とは……」


 と、再び笑いを堪えている。

 ウミが苦笑いを浮かべていると、陸はプイッと顔を背けた。どうやら笑われているのがわかったらしい。


『……あんた人間じゃないんだろ』

『違う。私、ヒトだよ。一緒だよ』

『じゃあ、なんで人外どもと一緒にいる? 怪しすぎるだろ』


 ウミが物凄く怪しまれていることなど、ライスとカグラは知る由もなかった。

次でこの章は終わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ