お客たちと家畜たち(3) ロンロンとライス 前編
露店風呂がある良い民宿――そんな噂も流れ、ライスの民宿は反響を呼んだ。
だが時折、ウミを目当てとした危ない輩もやって来る。そういう時、必ずライスが守っていた。
そんな姿を度々目撃され、ライスの評判もうなぎ昇りだった。
前のように悪い噂ではない。逞しく強い、そしてかっこいい人外――そんな噂である。
そうなると……野次馬のように女のお客も自然と増える。
◇ ◇
「ライスさん、応援していますね」
「あぁ、みんなありがとな。また来てくれよ」
「はーい!」
朝、泊まっていた猫獣人たち――全員が雌――をウミとライスが立ち並んで見送る。
が、お客たちの視線はライスに集まっていた。
笑顔で手を振るお客に、ライスもまた笑顔で手を振り返した。
お客たちはきゃーきゃーと言いながら、民宿から離れて行く。
そして後ろ姿が消えた後――ウミはふんと鼻息を漏らし背を向けた。
「……何よ、嬉しそうな顔しちゃってさ」
ウミはそう吐き捨てると、ツンと澄まし顔で家の中へと戻っていく。
ライスは首を傾げながらも、後に続いて家の中へと入った。
見れば、ウミはその足でテーブルの元へ行き、広がっていた食器を重ね台所へと運んでいた。
が、心なしか扱いが雑なようで、ガシャガシャと食器が悲鳴を上げている。
「そんな雑な扱いしてると割れるぞ」
「どうせ私はガサツだもん!」
「……何怒ってんだ?」
意味がわからない――ガリガリと頭を掻きながら思案する。
なぜ機嫌が悪いのか見当もつかない。ただお客を見送っただけだ。
少し考えてみたが――埒が明かない。まぁいいか、とライスは背を向けた。
「……俺は露店風呂の準備するから、何かあれば声かけろよ」
そう言い残し、廊下を進みその場を後にした。
一方、その言葉にウミは手を止める。
視線だけ動かしライスを追うが――本人は全く気にしていないようだった。
「うぅぅ……もう! ライスの馬鹿!」
バン、とテーブルを叩く。大きな音だったが、ライスはすでにいない。
代わりに、ヤクちゃんとリンちゃんが飛び跳ねながら近づいてきた。
「ウミ、どうしたですか?」
「怒っているのん?」
「別に……イライラしただけだよ」
何とか落ち着こうと大きく息を吐く。
お客だから、ライスも愛想が良いのだ。女とか男とか関係ない。お客、だからなのだ。
頭では理解している。理解していても……最近の女の多さには、いい加減うんざりしていた。
「……僕には怒っているように見えるです」
食器を台所へ運び洗うウミの背中を見つめながら、ヤクちゃんとリンちゃんが呟く。
「ウミ、イライラしても駄目なのん。顔がすっごく怖いわん」
「です。もうすぐいつものお客も来るです」
ピクッとして動きを止める。
ヤクちゃんが言った『いつものお客』――この存在がウミを一番苛立たせている原因だった。
すると――。
「おはよー!」
勢いよく玄関の扉を開け、入って来た人外――名前を、ロンロン、と言う。
彼女が『いつものお客』である。
このアナザー区画では珍しい、手羽人外、と呼ばれる人外種だった。
手羽人外とは――顔や身体の作りはヒトと似通っているものの、肩の付け根から腕が鳥の翼のようになっている。
ロンロンはヒトでいう腕が黄色の翼になっており、ボブカットの黄色の髪と垂れ目の黄色の瞳が特徴的な人外だった。
「ウミ、ライスさんはどこかしらー?」
入るなり、目を輝かせライスの姿を探している。ピンク色のタンクトップと黒のスキニ―パンツ。
胸元は身体の中央部分を除きもふもふとした羽根で覆われている。ウミは自分よりも大きな胸元に目が行く。
「……露店風呂の掃除です。でもロンロンさん、今は準備中なのでおまち――」
「わかったわ! ありがとう!」
ウミの言葉を遮ると、ロンロンは廊下を走って外の露店風呂を目指して行った。
呆然と見送るウミだが、今日始まったことではない。このところずっとこんな状況である。
「……何なのよ、もう」
ウミはふんと鼻を鳴らすと、音を立てながら乱暴に皿洗いを再開するのだった。
◇ ◇
露店風呂は外に大きな桶を置いているだけなので、直接火で水を沸かすことができない。
そこでライスが考えた方法が、全体の四分の一ぐらいのスペースの中に、火で熱した石を投入する方法だった。
これならば、石を投入するスペースを仕切っておけば、安全に湯を沸かすことが可能になる。
ただ、石を時間もかけて焼く必要があるし、その焼けた石を桶へ入れる作業は危険だ。集中しないとライスでも怪我をする可能性がある。
炎の中の石を火箸でつついていると――。
「ライスさん!」
突然の呼びかけに、しかめっ面で振り返る。
怒鳴ろうかと思ったが、相手が悪い。お客のロンロンである。
怒鳴り声の代わりにため息を大きく吐いた。
「……ロンロンさん、頼むから仕事の邪魔はしないでくれ」
「わー。露店風呂の準備ですかー。石を焼くんですねー」
話を聞いていないのか、ライスの元へ近づくと興味深そうに炎を眺める。
屈み翼の上に顎を乗せ、じっと見つめていた。
そんな炎の間近にいられると、ライスの作業が進まない。
「……わりぃけどさ……」
「どれぐらい待てば露店風呂に入れますかー? 私、一番風呂に入りたいですー」
上目づかいで見上げられ、ニッコリと微笑む。
わざとなのか、タンクトップからは谷間が見える。
すると――タイミングよくドアが開かれた。
勢いよく開かれたドアから、険しい表情を浮かべたウミが現れた。
「ロンロンさん! 紅茶入れましたから、座って待っていてください!!」
そう叫ぶと、ウミがズカズカと歩み寄った。
そして、ロンロンの後ろの首元を掴み引っ張る。
「さぁ! どうぞこちらへ!」
「……え、ちょ、ちょっと! ……もー! ライスさんも来てくださいねー」
ウミに引きずられながら、ロンロンは笑顔で手を振った。
◇ ◇
その後ライスは熱した石を風呂の中に投入し、良い湯加減にすることができた。
やれやれと思いつつリビングへ戻ってみると、異様な雰囲気だった。
ウミ、ロンロンは黙ったまま紅茶を飲み、その様子をじっと家畜たちが見守っている。
ライスが戻って来た、そう気付いた両者が一斉に立ち上がった。
「ら……」
「ライスさん! もー待ってましたよー!」
ウミの言葉を遮って、ロンロンがいち早くライスの元へ駆け寄った。
すると、ライスに寄り添い上目遣いでじっと見上げる。
「ライスさん、親子でつがいになるって……どう思いますかー?」
「な、なんだよ、いきなり……」
「どう思います?」
「どう思うって……親子でつがいは……ありえねぇんじゃねぇの?」
一瞬、その場の雰囲気が凍りついた――ような気がした。
だがすぐに、ロンロンが満足そうな笑みを浮かべ腕を絡ませる。
一方後ろでは、ウミが視線を落としどこか暗い顔を浮かべていた。
その姿が視界に入り、口を開きかけたライスだったが、ロンロンがグッと身を寄せる。
「お代はちゃんと二名分支払いますからー、一緒にお風呂に入りませんかー? 」
「え? い、いやいや! できねぇよ」
「どうしてですかー? お風呂でマッサージ、してあげますよー?」
ライスは笑顔が引きつりながら、ちらっと後ろに立っているウミを見た。
が先ほどとは打って変わって、鋭い視線でこちらを睨みつけている。周りに邪悪なオーラが見える気がした。
ライスも恐怖を覚え、慌ててロンロンの身体を引き剥がす。
「ろ……ロンロンさん! あんたはお客だ。それにもうじき別のお客も来る。ゆっくり浸かりたいなら、俺に構わず入ってくれ」
「つれないなーライスさん。……わかりましたー。じゃあ、お風呂いってきまーす」
そう言いながら、翼を振り、機嫌が良さそうに露店風呂へとロンロンは行った。
やれやれ、とため息を漏らすライスの後ろに、ウミが歩み寄る。
「……モテモテですね、ライスさん」
びくっとして後ろを振り返れば、不機嫌そうに睨みつけているウミがいた。
腕を組み、頬を膨らませている。
「……何怒ってんだよ。顔がこえぇぞ」
「別に」
プイッと顔を逸らし、テーブルの上にあるカップを片づけていく。
何をそんなに機嫌を損ねているのか――わけがわからない様子で、ライスは首を傾げてその様子を眺めた。
すると、ヤクちゃんとリンちゃんがぴょんぴょんと近寄って来る。
「全部ライスが悪いです」
「そうなのん」
「はぁ?」
ライスは顔をしかめたが、家畜たちは容赦なく言葉を続けた。
「はっきりしない態度が悪いです」
「鈍感過ぎだわん」
「……お前ら、単に俺の悪口言いたいだけじゃねぇだろうな」
舌打ちしながら睨みつけられても、家畜たちは逃げる素振りを見せなかった。
というのも――ライスが来る少し前――。
◇ ◇
「紅茶、どうぞ」
椅子に腰かけたロンロンに紅茶を出し、ウミは対面に座った。
ロンロンは出された紅茶の香りを美味しそうに味わった後、一口ごくんと飲む。
「おいしー! ウミ、これおいしーわ」
「ありがとうございます」
釣られてウミも一口含む。
香り豊かな紅茶が鼻に抜けて、少し気分が落ち着く。
「……ロンロンさん、最近よくいらっしゃっていますけど、民宿が気に入っていただけたんですか?」
努めて笑顔で聞いてみる。
本当の理由など薄々感づいていたが、とても素直に聞く勇気がない。
一方でロンロンはそんなウミの気持ちを知ってか知らずか、ニッコリと笑って答えた。
「民宿って言うよりも、ライスさんが好きかなー。とっても強いし逞しいし!」
「そ、そうですか……」
「半端者だけどかんけーないわ! 強いつがいがほしいのは、みんな共通だし。あーどうやったら振り向いてくれるかなぁ」
肘をつき嬉しそうに考え込むロンロンの前で、ウミはがっかりと肩を落とした。
正直なところ「ライスが好き」なんて聞きたくない。モヤモヤと胸の中が苦しくなる。
そんなウミを心配してか、足元にはヤクちゃんとリンちゃんがやって来ていた。じっと見上げる家畜たちに弱く微笑む。
「ウミって……ライスさんに育てられたんだよねー? ライスさんの好きなものとか知らない!?」
「……え? 好きなもの?」
一瞬顔を上げるが、すぐに視線を落とし、顔を背ける。
ライスに特に好き嫌いはない――けれど、それさえも言う気にはならなかった。
「さぁ……」
「あー隠してるでしょー? 教えてよー」
「か、隠してません」
「嘘だー。教えてよー」
すると、ヤクちゃんとリンちゃんが床からテーブルの上に飛び跳ねてきた。
丁度ウミとロンロンの間で、壁を作るように立ち塞ぐ。
「僕ら知っているです」
「知りたいのん?」
突然目の前に現れた家畜たちに、目を丸くしつつも、ロンロンはニッコリと微笑んだ。
器用に腕の翼をテーブルの上に重ねて顎を乗せ、首を傾げる。
「知りたいな―。教えてー?」
あざとい仕草にウミは少々ムッとする。
あんな仕草絶対にしない――そんなことを思っていると、家畜たちはとんでもない発言をした。
「教えてやるです。ライスが好きなものは、ウミです」
「間違いないわん。一番、大切にしているのん」
一瞬、沈黙が流れた。
ウミもロンロンも、目を見開いたまま家畜たちを見つめる。
「……なっ、何言っているの、ヤクちゃんリンちゃん! そんなわけないじゃない!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、家畜たちはくるりと身体を回してじっとウミを見上げた。
「そうですか? 僕らには、ライスが一番大事にしているのはウミだと思うです」
「そうなのん。大事にしているから、きっと、ウミのことが好きねん」
「ち、違う違う! ライスは、私のこと、娘だから大切にしているだけだよ! 大切にしていることと、好きは、違うんだよ!」
「……理解不能です」
両者が睨み合っている一方で、ロンロンからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
見れば、翼で口元を隠し目を細めていた。
「……ウミそんなに恥ずかしがらなくても良いのにー」
「べ、別に……!」
「あたしもウミと一緒の考えだから大丈夫! ライスさんは娘として大切にしているのであって、つがいとしては見てないわよねー」
クスクスと笑っている顔を見ながら、ウミの顔の熱が引いていく。
家畜たちも黙ってじっとロンロンを見つめていた。
「だってー人外とヒトがくっついた話って聞いたことないしー。でも、優しいよねーライスさん。ウミのこと、ちゃんと家族と思って接してくれているなんて!」
目を輝かせながら微笑みかける顔に、ウミは引きつった顔で応えるしかなかった。
悪意があるように思えない。おそらく本当にそう思っているんだろう。
彼女の中では、人外とヒトがくっつくことはあり得ない。だから、悪びれる様子もなくウミに笑いかけてくる。
「どうすればいいんだろー……あ、そうだ! ウミ、協力してよー!」
「……え?」
呆然とするウミに構うことなく、ロンロンは翼でウミの両手を包み込んだ。
が! 次の瞬間、ヤクちゃんとリンちゃんがその翼に向かって体当たりをした。それに驚いたロンロンは思わず翼を引っ込める。
「な、何すんのよー! びっくりするじゃない」
「ご、ごめんなさい! ……ヤクちゃん、リンちゃん! ロンロンさんはお客さんなんだよ! そんなことしちゃ駄目だよ」
ウミの言葉に振り返ることもなく、二体はまるでウミの手を守るように前に立ち並び、キッとロンロンを睨み上げていた。
ロンロンも怪訝そうに見下ろしている。
「……君たち植物系人外のくせに、結構暴力的なんだねー」
「僕たちはウミとライスを応援するです」
「邪魔する奴なら、お客だろうと関係ないわん」
両者が激しく火花を散らしながら睨み合う。
さすがにまずい――そう思ったウミは、ひとまず家畜たちのコップを掴み、この場から離そうと試みる。
が、コップに手を掛けた時、再び家畜が言葉を発した。
「ライスが一番大事にしているのは、ウミで間違いないのん!」
「絶対そうです! 大事にしているということは、絶対にライスはウミのこと好きです!」
言われたロンロンも負けじと、垂れ目の目尻を釣り上げ叫ぶ。
「違う! 人外とヒトがくっつくはずなんてないわ! ……第一、ライスさんとウミは親子なんでしょー? 親子なのにつがいになろうなんて、普通考えるかしらー」
「それは……ライスに聞かないとわからないです!」
「ライスが戻ってきたら、聞いてみればいいねん!」
◇ ◇




