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人外界で民宿始めます  作者: ぱくどら
3.民宿、始めました
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お客たちと家畜たち(1) スイミーとバルドベア

 町は様々な人外が住んでいるが、そのほとんどを占めているのは獣人といっても過言ではない。

 獣人の中でも様々な種類があるが、その身体の作り方はほとんど変わらない。全身毛に覆われ、顔や手足がそれぞれの動物の特色になっている。共通するのは、二本足で立っている点だろう。また彼らは、気候等に左右されることなく常に行動することが可能である。

 だが、獣人以外の中には、昼のみまたは夜のみ行動する人外や、晴れの日または雨の日、どちらかを好んで行動する人外もいる。


    ◇    ◇


 椅子に腰かけ肘をつき、ウミはボーっと外を眺める。

 今日は雨だった。ざぁざぁと雨が打ち付ける音が家の中にも響いている。


 ――暇だなぁ。


 普段ならば露店風呂の利用が少なからずある。が、今日は雨のせいか朝からお客が誰として来ない。

 ライスも待ちくたびれ、屋根裏の自室で寝てしまった。

 ヤクちゃんとリンちゃんも、家の前で雨に打たれはしゃいでいる。

 ――と、突然玄関の扉が開かれた。


「……ウミ、お客です」


 ひょっこりと顔を覗かせるリンちゃんとヤクちゃん。お互い水滴が滴り落ちている。

 すると、そのお客がゆっくりと姿を現した。


「……今、営業されていますか?」

「は、はい……」


 そこには水色の半透明な女が立っていた。

 服は着ておらず裸なのだが、透けているので見えない。ただ、胸のふくらみや顔立ちから女だと、ウミは直感した。

 髪と思われる透明な部分は一つにまとめられ、背格好がほとんど自分と変わらない。


「……あの、上がってもよろしいでしょうか?」

「え、あ、どうぞどうぞ」


 半透明な女が家の中へ進んで行く。

 その後ろから、リンちゃんとヤクちゃんも続けて家の中へと入って来た。

 二体ともびしゃびしゃだった。


「リンちゃんヤクちゃん! もうすっごい濡れてるじゃない!」

 

 床が広い範囲で濡れている。


「違うです。僕らだけじゃないです。あれのせいです」

「あれは濡れスライムなのん。形状を変化させてヒトのように見えるだけなのん」

「……え?」


 濡れスライム、と言われた半透明の女の足跡を辿ればたしかに床がびしゃびしゃに濡れている。

 女は椅子に腰かけているが、椅子もすぐに濡れていた。流れる水が床に落ち、水たまりができ始めている。


「なっ、何か拭く物もってきましょうか?」


 このまま水が流れ出て行けば床が抜けるかもしれない。

 そう思い部屋にあるタオルを持ってこようと、すれ違う時だった。

 急にウミは手首を掴まれた。ひんやりとする手だった。


「……申し訳ございません。少し相談を受けていただきましたら、すぐに出て行きます。なので少し……お話を聞いていただけませんか?」


    ◇    ◇


 この濡れスライムは、スイミー、と名乗った。

 表情こそ読みとれないが、顔を俯かせ元気がないように見える。

 それをテーブルを挟んでウミが対面に座り、テーブルの上にヤクちゃんとリンちゃんがじっと見つめていた。


「スイミーは相談をしに来たですか?」

「……はい。ヒトがいると聞きまして……今日は日も良かったので伺いました」


 日が良い――雨がざぁざぁ降っているが、どうやら雨の方が都合が良いらしい。

 ちなみに、床は濡れっぱなしでウミの足元まで水が染み込んでいる。

 床の濡れ具合に顔を引きつらせながら、ウミはスイミーを見つめた。


「それで、その相談というのは何でしょうか?」


 スイミーは顔を俯かせたままなかなか言葉を発しようとしない。

 恥ずかしそうに見える――が、その間にも床のシミは広がっている。


「じ……実は、気になる方がいて……どうすれば良いかと思って……相談に、きま、した」

 

 消え入りそうな声で言い終えると、半透明な身体が余計に薄くなっているように見えた。

 いや、確実に薄くなっている。身体の縁の部分しか色が見えなくなっていた。


「ちょ、ちょっと! 消えないでください! 大丈夫ですから!」

「……スライムが恋なんて……馬鹿だと思いますよね……」

「思いません、思いません!」


 ぶんぶん頭を横に振った。

 それを見たスイミーの身体に水色のが少しずつ戻って来る。が――。


「僕らにつがいなんて必要ないです」

「あちきは馬鹿だと思うわん」


 家畜の容赦ない言葉に、せっかく戻った色素が再び薄れていく。

 床もびしゃびしゃである。

 埒が明かないと踏んだウミは、ヤクちゃんリンちゃんを近くにあった手提げ袋に入れると立ち上がり、スイミーの手首を掴んだ。


「と、とにかく……その気になる方がどんな方か見に行きましょう! ここにいても……ほら、何の解決にもならないですし。……とにかく行動です! その方のところへ行きましょう!」

 

 無理やり立ち上がらせると、ウミの熱意を感じ取ったのか再び薄い水色が浮かび上がって来る。


「ありがとうございます。……では、歩きながらお話いたしますね」


    ◇    ◇


 相手は熊獣人の『バルドベア』という名の人外らしい。

 温かい日のこと、スイミーが干からびそうになった時に、近くを歩いていたバルドベアが水を掛け、命拾いをしたらしい。

 それ以来、バルドベアの滞在場所を突き止め何とか交流を図ろうとしたものの、勇気が出なかった。


「……スライムの格好は駄目だと思い……通りで宣伝をなさっていたウミさんの姿を参考に、ヒトの形を模ってみました」

「あ……それで背格好とかほとんど一緒なんですね……」


 雨は相変わらず降り続けている。

 ウミは手提げかばんを掲げ傘を差し、隣にはスイミーが歩いていた。

 手提げかばんからは、ヤクちゃんとリンちゃんが仲良く並んで顔を出している。

 スイミーは雨に打たれているものの、家にいるときより水色がはっきり見える。

 通りは雨のせいか、ほとんど人外たちは行き交っていない。


「……確か、植物系人外とか触手系人外とかは、分身で数を増やすからつがいはいらないって聞きましたけど……スライム系は違うんですか?」

「いいえ、一緒です。でも稀に……私のように恋をしてしまう者もいるんです」


 胸を抑え再び顔を俯かせた。半透明なので表情までは伺い知ることができないが、恋に苦しんでいるようだ。

 ウミは同情の眼差しを送るが、ヤクちゃんとリンちゃんは冷たく言い放った。


「恋しても意味ないです。僕らは分身で数を増やすです。不必要です」

「姿を変えたって、スライムはスライムねん」


 すると、スイミーはヒト型の姿があっという間に崩し、元の水色の半透明の球体になってしまった。


「わっ! ちょ、ちょっと!」

「そうですよね……どうせ私なんて……」


 プニプニと球体を動かしながら進んでいる。水色の半透明な大きなボールに見えた。

 ウミは慌てて口を開く。


「受け入れてもらえるかなんて……相手に聞かなきゃわかんないですよ! ……もう! ヤクちゃんリンちゃん!」


 かばんを持ち上げ、二体を目の前に睨みつける。


「どうしてさっきからひどいことばっかり言うの!? かわいそうでしょ?」


 怒っている顔を目の前にしても、二体は顔を出したままじっとウミを見つめていた。


「スライムのくせに生意気です」

「理解不能ねん」


 どうやら二体は恋をする気持ちがわからないらしい。

 ウミはがっかりとため息を漏らした。


「……あ、あの方です!」


 すると、スイミーが歩みを止めた。

 前方を見ると、雨が降りしきる中、一体だけ台を組み立てている者がいる。

 オレンジ色のツナギを着ている熊獣人。黒い毛に覆われた頭には、小さく丸っこい耳が立っている。

 組み立てている手は毛に覆われ、そこから鋭い爪が見えていた。腕や足も太く、図体が大きい。


「お、思ったより……怖そうな方ですね」


 笑顔が引きつる。

 熊獣人と聞いて、絵本に出てくるような可愛らしい姿を想像していた。

 まさか、あんなに大きく凶暴そうな図体とは思っていない。


「見た目はそうかもしれません。ですが……親切な方なんです」


 球体になってしまったため、どんな顔で言っているのかわからない。

 けれど、スイミーはじっとしたまま動かない。雨に打たれているのに、段々と色素が薄くなっている気がした。

 緊張して火照っているようだ。


「……あのスイミーさん。恥ずかしがらず、声かけてみましょうよ」

「え……ええ!」


 ウミは驚きの声を上げたスイミーを、後ろからぐいぐいと押す。

 半透明の水色のぼよぼよとしたスライムは、ひんやりとして気持ちが良い。

 大して重くなかったので、押しながらどんどんと進んだ。


「すいません! バルドベアさんですよね?」


 ウミの呼びかけに、バルドベアは屈んでいた状態から背を伸ばし振り返った。

 そして、すぐに顔をしかめ訝しそうにウミたちを見下ろした。


「……何か?」


 一回りも二回りも大きな身体を目の前にしても、ウミはニッコリと微笑んで見せた。

 

「私は、ウミと言います。初めまして。そして、こちらはスイミーさんです」

「こ、こ……こ、こんにち、は……」


 スイミーの身体が薄くなったり濃くなったりしている。

 一方でバルドベアは、自分を恐れず毅然とした態度のウミに面食らったようだった。


「はぁ……どうも……」


 ウミは笑顔のまま言葉を続けた。


「突然なんですが、今日はスイミーさんからバルドベアさんに伝えたいことがあって来たんです」

「……伝えたいこと?」

「はい! ……さ、スイミーさん。頑張ってください!」


 軽くスイミーの身体を叩く。

 スイミーの緊張がひどいのか、薄くなったり濃くなったりと忙しく濃淡が変わっている。


「あ、あの……!」


    ◇    ◇


 帰り道。雨はすっかり上がり、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせている。

 結局、スイミーはバルドベアの近くにいることとなった。

 スイミーの感謝と純粋な想いは、見た目で判断されてきたバルドベアにとって嬉しいものだった。

 言葉が少ないながらも、バルドベアはスイミーが近くにいることを許した。


「あの熊獣人、頭が変です!」

「そうなのん! スライムなんかつがいになれないのん! 意味ないのん!」


 るんるん気分で帰っているウミを余所に、かばんに入っている二体の機嫌はすこぶる悪い。

 頭を出して、ブーブー言っていた。


「そばにいてくれたら嬉しい、って……馬鹿です! 一緒に干からびればいいです!」

「いくらヒトの姿を似せたって、中身はスライムなのん! 熊獣人は騙されてるのん!」

「もーいいじゃない。それに、そんなこと言ったって、妬んでいるようにしか聞こえないよ?」


 ふふ、と笑ってやると、二体ともぴたっと言葉が止まる。

 同時にウミの顔を見上げた。


「……別に妬んでなんかないです」

「妬んでないわん」

「ふふ、はいはい」


 ふふっと小さく笑いながら、ウミはスイミーからもらった小瓶を空に掲げた。

 水色のねっとりとした液体。これは、スライムの液体だった。

 なんでも使える万能の液になるらしい。ライスに相談する必要があるが、おそらくはカグラのところへ持って行くような品物になるだろう。


「……お土産もできたし、今度バルドベアさんがお肉を持って民宿に行くって言ってくれたし……告白のお手伝いして良かったね」


 話を聞くと、バルドベアは旅をしながら野生の人外を狩り、その肉を売って生活をしているらしい。

 つまり、定住する家がない、とのことだった。

 ウミが「民宿をやっている」と言うと「近いうちに出向く」とバルドベアは約束してくれた。


「新しいお客と肉が手に入るのは良いことねん。……でも、あちきたちは、スライムの恋心が納得できないのん!」

「です! どうして意味ないことをするですか!」


 また始まった、とウミはがっくりと肩を落とし、ため息を漏らした。

 恋愛というものがわからない二体にとって、今回のスイミーの行動が不満らしい。

 このままだと家でも同じ調子かもしれない――そう思ったウミは少し考えると、にこやかに二体に目を向けた。


「……つがいになれてもなれなくても、一緒にいたいって思うことない? 例えば、ヤクちゃんとリンちゃんだって一緒にいるけど、どうして?」

「僕らは友達です」

「何かあったら助け合うのん」

「そう。きっとね、スイミーさんもそれと一緒。ううん、もっと強い想いだね。友達以上だけど、つがい未満。つがいにはなれないって頭ではわかっているんだけど、一緒にいたいんだよ」


 よく分からない、そう言いたそうに、二体はウミを見上げながら頭を傾げた。

 その様子に微笑みながらも、ウミは少し目を伏せる。


「……私も、すごくわかるんだ。種族も違うし、時の流れも違う。けどね……それでも、一緒にいたいんだよ」

 

 優しい眼差しでヤクちゃんとリンちゃんを見つめる。

 二体は傾げていた頭を戻すと、一旦ウミから視線を外し、ヤクちゃんとリンちゃんが見つめ合う。

 何か言葉を交わしているように、何度か頷き合った後、再びウミを見上げた。


「ウミもライスに恋しているです」

「恋愛はわからないのん。でも、ウミがライスと一緒にいたいことは、わかったのん」


 そう言われ、ウミの顔がみるみる赤く染まっていく。

 恥ずかしくなり思わず顔を背けた。

 

「そ、そうだね……そうだよ……」

「僕ら、ライスとウミを応援するです!」

「あちきたち、死ぬまでお世話したいのん!」


 二体は身体をゆっさゆっさと揺らした。頑張る、というアピールしているらしい。

 恋愛がわからないのにどうやって応援するのか――思わずウミはクスッと笑った。

 それでも純粋な気持ちが嬉しかった。


「ありがとう、ヤクちゃんリンちゃん。じゃ、ライスが待ってるから急いで帰りましょうか」

「です! 帰るです!」

「帰るのん!」


 何はともあれ、スイミーの恋愛については、もう不満が漏れることはなさそうだ。

 ふふ、とウミは笑うと急ぎ足で民宿へと戻って行った。


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