故郷へ
目の前にある白壁の家はあの時と変わらず、月明かりに照らされてぼんやりとその姿が彼らの目に映る。
人の住まなくなった家の傷みは早い。それにも関らず、手入れは隅々まで行き届いていた。
村の人達が何時か帰ってくるこの家の住人の為に手を掛けてくれていたのだろう。そのことを理解した時、隆之は彼らの優しさに触れた思いがした。
隆之とエリーナとヴァンの三人は家の前で唯、泣き叫ぶ。子供のように、無様に、それだけが今の彼らの心を代弁するかのように……
村人達に自分達が帰ってきたことを伝えなければならない。きっと、村の人達は彼らが帰ってきてくれたことを心から喜び、祝ってくれるのだろう。
此処が、この【ヨルセンの村】こそが、隆之達の帰ってくるべき故郷だった。
隆之は思い、誓う。
(エリーナ……この世界に連れて来られて以来、結局俺は与えられただけだった。この力の使い方も、この家も、君との出会いも全ては他の誰かが俺に与えてくれただけのものだった……だからだろうな……俺には本当に大切な物が守れなかった……君を奪われて初めて気付いたよ……状況に流されるままにしか生きられない俺には掛替えの無い人を守る資格すらなかったんだろうね。でもね……もう俺は逃げないよ……君を守る為に戦う……その為に俺はこの命を懸けて戦うよ……そして、必ず君を守りきってみせる。君を置いて死んだりなんかもしないから……これからも一緒に暮らそう……二人で……皆で……生きていこう……)
家の前で座り込み、三人が抱き合って大声で泣いている。その声に釣られて、村人達が様子を見に来る。
村長のバルパスを始めとした村人達は隆之達の姿を認めると、一斉に駆け寄って来た。
「タカユキ! エリーナ! ヴァン! 本当に帰ってくれたんだな! 良かった……本当に良かった……」
村の大人達全員も涙し、喜びのあまり咆哮し、彼らに次々と抱きついていく。
「みんな……ただいま……待たせてごめんね……本当にありがとう……」
涙で顔を歪めながら、隆之は村人一人一人に声を掛けていく。村の子供達は眠そうにはしていたが、エリーナの姿を見つけると、彼女に抱きついて離れない。
「お姉ちゃん……もう何処かに行ったりしないで……また一緒に遊んでよ……」
女の子の言葉にエリーナはその子を優しく抱き締めて答える。
「もう何処にも行かないわ……また私と一緒に遊んで頂戴ね……今度、美味しいお弁当を作るからタカユキと一緒に遠出をしてみましょう……あやとりも教えてあげる……それから……それから……」
エリーナは嗚咽を零し、最後まで言葉を続けられない。女の子はエリーナの言葉に嬉しそうに「うん!」と頷いた。
「タカユキ……お帰り……もう二度と手放すなよ……俺達のことは良いから、お前はお前とエリーナの幸せだけを考えて生きろ」
エリックが隆之に声を掛ける。
「エリックさん、貴方の言葉は今でも忘れられない。【男なら自分の誓いに責任を持て】とおっしゃったでしょう……俺は守るよ。エリーナも、皆も……」
隆之の返ことにエリックは「そうか……」とだけ答え、エリーナとヴァンに声を掛けていった。
東の空の雲が橙色の明るみを帯びて、この【ヨルセンの村】に漸く朝が訪れようとしていた。
長い夜が明け、希望に満ちた今日が始まる……




