別れの言葉
【モール王国】の王族全ては潔く毒酒を呷って自害した。
幼い子供を含む全ての王族の族滅と【勇者】の処刑を以て、この狩を終了させた【暴虐ベアトリス】はモール王国全ての版図を魔人の領土とすることなく放棄してしまった。
彼女の部下達からは疑問の声が上がったが、彼女はそれらを無視した。元モール王国はベアトリスに【モール自治領】として認可され、定期的な貢物を納めるだけで良しとされる事となる。
しかし、魔人の支配下にある土地が増えた事実には変わりはない。ライオネル王国は西の【怠惰シンクレア】だけでなく、新たに北から【暴虐ベアトリス】の脅威を受けることとなった。
モールに援軍を送らなかった国王に対しての不満が高まっていき、ますます民を今生の【英雄】であるフランク・オットーに傾かせる結果となる。
一国の滅亡が大陸全ての人間達に不安と絶望を与えることとなったのである……
「ベアトリス様、【怠惰シンクレア】との約定通りこれにて私は辞去させて頂きます」
隆之とベアトリスはベアトリスの居城である【アスディアナ宮殿】に戻っていた。
季節は春を迎え、この北の大地にも雪解けが始まっている。隆之は身支度を整え、南のスフィーリアに帰還する事にした。
準備も終わったので彼はベアトリスに挨拶をしている所である。
「相も変わらず釣れない男よな、タカユキ。もう少し、名残惜しそうにした所で罰は当たるまいに……そうか、南に帰るか。本当ならこのまま此処に留まって欲しいが、そうもいかぬな」
ベアトリスは彼の挨拶を謁見の間ではなく、彼女の寝所で受けている。謁見の間では正装をせねばならず、彼に新調した服を見せることが出来ないからだ。
白いドレスは彼女の褐色の肌と合い、良く彼女の魅力を引き出していると言えた。
「ふむ、やはり堅苦しいのはそなたの悪い所だ、タカユキ。これから言うことは命令ではないが、私からのお願いだから聞いて欲しい……その代り、貴方の望むことも一つ聞く……貴方のありのままの言葉で別れを言って欲しい。これで、最後だから……」
隆之にはベアトリスの表情が良く分からない。彼女が笑っているのか、泣いているのか、それとも照れているのか、もしかしたらそれら全ての感情なのかもしれない。
彼は息を吐き、目を瞑(つむ)る。隆之が本当の自分をベアトリスに晒け出し、遠慮を捨てた。
目の前にいるのは彼の忌むべき魔人【暴虐ベアトリス】ではあったが、彼女の想いに対しての礼儀は尽くすべきだと隆之は考えた。
「さよなら、ベアトリス……ありがとう……」
彼の言葉と同時にベアトリスが彼の胸に飛び込んでくる。その瞬間に傍仕えのメイドが陶磁器製のカップを落とし、辺りに乾いた音と破片が散らばった。
隆之は思いの外小柄なベアトリスを優しく抱きしめ、黙って彼女の髪を撫でている。
「お願いごとは言わなくて良いの?」
ベアトリスは彼の心音が好きだった。今日は少しだけその鼓動がいつもよりも速い。
「うん、俺の願いは俺自身が叶えるものだから……」
隆之の口調は優しくもその内面の決意の強さを秘めているものだった。
「そう……」
ベアトリスは悲しそうに答え、そしてゆっくりと身体を隆之から離した。
彼女に立礼して、彼は部屋を出ていく。ベアトリスはもう彼を見送ることはしなかった。
傍仕えのメイドも下がらせ、彼女一人となった寝室は今までよりも広く感じられる。
「嘘吐き……生まれ変わったら嫁にしてくれるって言ったのに……酷い人……」
ベアトリスが呟いた言の葉は彼に届かず、俯いた彼女の表情は伺い知ることは出来なかった。




