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魔王の美酒  作者: 白起
魔王の美酒 奪還編
34/88

虚飾の魔人

 隆之の用意された部屋は【暴虐ベアトリス】の寝室の隣に位置し、彼女の部屋と全く作りが一緒で調度品も全く同じ物が用意されていた。如何(いか)に隆之が【魔王の美酒】と言っても厚遇が過ぎると言う物だった。

 ベアトリスに仕える側近達は元人間に然様(さよう)な厚遇を与えることに理解が及ばなかったが、当の彼女にしてみれば、これでも全然物足りないと感じていた。

 ベアトリスは隆之と同衾(どうきん)することを望んだが、その望みは果たされなかった。

魔王(ビス)美酒(ケス)】と言えども、隆之が元人間であることを考えるならば、彼女の精神が可笑しくなってしまったと側近たちが考えたのも無理も無い。流石(さすが)にこれには(いさ)める者が続出した。しかも、当の【魔王(ビス)美酒(ケス)】である隆之が(かたく)なに固辞した為、彼女も諦めた。

 隆之は自分に用意された部屋のバルコニーから城下を見下ろしている。そこには異形の軍団が手に武器を持ち隊列を組んでいた。

 彼がメイドから聞いた話では実に三万以上の下級魔人がこの度の狩に参加するらしく、これは【暴虐ベアトリス】がモール王国を滅亡させることを意味していた。

 魔人達の認識はこれから行われることは狩であり、戦ではない。巣に(こも)った家畜の群をその巣ごと破壊し、殺戮(さつりく)し、その肉を喰らうことしか考えてはいない。


壮観(そうかん)であろう、タカユキ」


 背後から声を掛けられ、隆之が振り向く。しかし、声の主は分かっていたので落ち着いて対応することにする。其処(そこ)には数人の配下を連れたベアトリスが満足そうな笑みを浮かべて立っていた。


「これはベアトリス様、ご機嫌麗しく」


 隆之が軍礼を取り、頭を少しだけ下げる。それを見た【暴虐ベアトリス】は彼の仕草に少しだけ不満を持つ。


(堅苦しいのは相も変わらずよ。もう少し砕けてくれた方が良いと言うておろうに……)


 ベアトリスは既に【魔王(ビス)美酒(ケス)】と呼ばれる隆之の血を六回も飲んでいたが、彼の態度が一向に軟化(なんか)しないことに多少の苛立(いらだ)ちを覚えていた。

 されど、そんな苛立ちすらも隆之の顔を見るだけで直ぐに消えて無くなっていく……


「これだけの数の兵が(そろ)っておるところ等は初めて見ますので、少々緊張しております」


「私もこれだけの軍を動かすのは実に百年ぶりになるな。全てはお主の為ぞ、タカユキ。そなたには此度(こたび)の狩で存分に力を付けて貰わねば、そなたを貸し出した【怠惰シンクレア】に申し訳が立たぬよってな」


「重ね重ねのベアトリス様の御心遣い誠に感謝しております。されど、敵は恐らく焦土作戦を取って来ると思われます。兵站へいたんなどの問題もありますれば、僭越(せんえつ)とは承知しつつも、ベアトリス様の御考えを御教え下さいませ」


 隆之の言葉は他の魔人が言えば彼女の逆鱗(げきりん)に触れる行為であった。主人の考えを(さぐ)ろうとする臣下など無礼であり、ましてや元人間が言ったとなれば、その罪に見合う刑罰が咄嗟(とっさ)には浮かんでこない程の考えられない行動である。

 しかし、ベアトリスは彼との会話が少し砕けて来た兆候を純粋に喜んでいる。機嫌を損ねるどころか逆に上機嫌であった。


「ふっ、タカユキは誠に面白いことを申すのう。兵站などそなたが気にする程のことは無いと言うに……我らが兵の食料は狩場に出れば、掃いて捨てる程にあるではないか。一応、必要最小限の兵糧は人間牧場より連れ出すようには申しておるから心配には及ばぬ。この狩で最も気にするべきはそなたと予の寝所の準備と身の回りの世話をする者の選別ではないか。そなたに不便を感じさせることは無いように配慮せねばな」


 ベアトリスは狩の間は隆之と寝所を共にすることが出来る。【魔王(ビス)美酒(ケス)】の暗殺を企てる曲者が居ないとも限らぬので、彼を彼女の寝所に(かくま)うことが一番安全なのだ。このことに対して配下達からの反対も無かった。


「牧場から連れ出した者達の食料は用意されていくのでしょうか?」


 隆之にとっては素朴(そぼく)な疑問ではあったのだが、この質問はベアトリスにとっては馬鹿げた質問に他ならなかった。


「タカユキ、あまり私を笑わそうとするでない。家畜の食料など、その内の何匹かを潰して食わせれば問題なかろうに……」


 人間を殺して人間の食とする異常な発想に隆之は顔を(しか)めたが、この場においては彼の考えこそ異端であり異常であった。

 ここは【暴虐ベアトリス】の治めるルーディアであり、人間はこの地においては家畜としてしか存在価値を与えられない場所だ。だが、その言葉が彼女の本心から出た言葉であったのかどうかを隆之も知らねばならなかったのではなかろうか?

 彼女は王ではない。配下の者達の行動に対して絶対の権限等は持ち得て無かったのだから……

 心の弱さは虚飾(きょしょく)によって隠せば良い。配下に見せる姿は偽れば良い。

 だが、目の前にいる愛おしい人だけには自分を(さら)け出すことは彼女には許されるのだろうか……

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