8、事情聴取と申し出
本日は少々短めです。
馬上での聴取は簡単なものだった。リネットさんの質問に対して、私が答えていく方式である。
リネットさんは礼儀正しい女性だった。私が気になった些細な事にも耳を傾けてくれる。彼女の周囲に精霊は居なかったが、部下や乗客、御者からとても信頼されているのだろう、とそれぞれの話し方で感じ取れるほどだ。
共和国は精霊の数が王国に比べて少ない。もし、彼女が王国にいれば精霊が近くに居ただろうと思う。
ちなみにリネットさんは、私が話した内容に、首を捻りながら聞いていた。
「目が赤いだと?何故グレートウルフが怒っている状態だったのだ……?誰かが群にちょっかいをかけたのか。しかし、彼らは温厚なはず……」
彼女は後ろでぶつぶつ呟いており、私はその言葉を聞いていた。私も実はリネットさんと同じような事を考えており、そこで一瞬父や妹の関与を考えていたのだが、流石に無いと首を振る。
そもそも彼らは私がいない者として考えている。いない者として考えている彼らが、本当にいなくなった人間に構うのか……、そもそも殺すなら馬車に乗っている時でも、宿に一人でいる時でも良く、むしろ不確定要素が多い魔物ではなく暗殺者の方が効率良いはずだ。
その可能性を捨てると私は考える事を止め、気分転換に周りを見回した。すると、はるか遠くに建物が見えている。あれがフェルヴァの街だろう。森の出口に差し掛かると、目の前には馬の足の半分まであるだろう細長い草……麦が所狭しと生えており、まるで金色の草原にいるような雰囲気を醸し出していた。
「このくらいの距離なら一刻も掛からないだろうな」
「もうそんな場所まで来ているのですね」
「ああ、あそこに大きな門が見えるだろう?あれが街の入場門となっている。シアさんは一度馬車に戻ってもらう事になるかもしれないが、大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
そんな会話から数十分後。目の前には入場門がそびえ立っていた。門に施された繊細な装飾……どこかで見た事があるなと思ったら、小麦をモチーフにした装飾らしい。
目の前にある小麦畑――ブレア畑と名付けられているらしいが、ここを見る事を目的とした旅行者も案外多いそうだ。そのため、この街は観光関係の店舗が多いとのこと。勿論、ダンジョン等も近くにあるため冒険者関連の店舗もあるのだが、共和国の中でも辺境に当たる場所のため、共和国の首都と比べてしまえば品揃えは少ない。
リネットさんに馬から降ろしてもらい、私は行列の最後尾にいる馬車に向かおうと一歩踏み出そうとした時。
「貴女様がシア様でしょうか?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには燕尾服を着た白髭と白髪の男性が。格好から見ると執事のようだが……誰方だろうかと首を傾げていると、その声に気づいたリネットさんが声を上げていた。
「ジェイク殿!如何致しましたか?」
慌てて駆けつけた彼女の様子を見る限り、彼の職場はここではないのだろう。ジェイク殿と呼ばれた男性は、彼女をまるで孫を見るかのように優しい目で見つめた後、ニコリと笑いかける。
「旦那様よりシア様宛に伝言がございます」
「旦那様からシアさん宛に……?」
「はい。我が領民を守って下さったシア様にお礼を述べたいと旦那様が申しております」
つまりブレア領の領主がアレクシアに会いたいと言っているらしい。つまり、彼は……
「申し遅れました。私、ブレア領領主ルイゾン・フェルヴァ様の執事を務めております、ジェイクと申します」
まさかこんな事になるとは思いもよらなかった私は、「……はい」と慌てて返したのだった。
「では明日、お待ちしております」
門前から門横にある空き部屋に場所を移した私とジェイクさんは、明日の面会時間調整を行っていた。いくつか候補の時間を挙げてもらい、その中から選ぶ方式だ。丁度昼過ぎの時間が提示されていたので、その時間を選ぶ。
そしてこの街の地図と招待の手紙を貰った上、私の名で宿の手配もしてくれたらしく、その宿も紹介され……それだけではなく、予約した宿から領主の城への行き方までも丁寧に教わった。最初は「迎えに……」と言われたが、宿に面する大通りを入場門と反対に進むだけである。迷いようが無いため、辞退した。
まさか共和国に来た翌日に、領主に会うとは思わなかった私は緊張で顔が強張る。いくら王都で国王や王太子と関わり場数を踏んできているとは言え、今や追放された一般市民。しかも他国の領主なのだから緊張するのは、仕方がない。
それ以上に自分のボロが出ないかが心配である。この国を訪れた理由を突き詰めておかなければ、と思い直した私が立ち上がると、扉からリネットさんが顔を覗かせていた。ジェイクさんから話し合いが終了したと聞いたらしく、ノックしても反応が無かったので顔を覗かせたらしい。
「話は聞いている。良ければ二葉亭まで送ろう」
「いえ、そこまでは……」
「恩人には礼を尽くせと指導されているからな、これも感謝の一環として考えて欲しい」
「それでしたら……お願いします」
リネットさんに連れられ、二葉亭へと向かう。街の人の視線がこちらに向いている気がするが、きっとリネットさんがいるからだろう。そう思い直し、私は視線を気にする事なく歩いていった。
二葉亭は今まで泊まった宿より二倍ほど大きな建物だった。そして案内された部屋も王国の宿の部屋よりもひとまわり大きいもの。最初にこの部屋に入った時は、呆然としたものだ。実家だった公爵家の私室よりも家具が豪華な気がする……あれ、これ高めの部屋ではないか……と私がハッとして後ろを振り向くが、既に部屋には誰もいない。
まぁ、ダンさんや爺のお陰で金銭はあるから大丈夫だろう、多分……と思いつつも、疲れた身体を癒やすためにベッドに入ろうと近づくと奥に扉を見つけた。なんの扉だろうか、不思議に思い開けると、そこはシャワー室になっている。
(あれ、この部屋の料金、私は払えるのかしら……)
顔が引き攣りつつも、シャワーを浴びたあとベッドに寝転がる。すると疲れからか、そのまま夢の中へ旅立っていった。
読んで頂き、ありがとうございました!
そしてブックマーク、評価もありがとうございます、嬉しいです。
以前はここから半年程(?)時間軸が飛びましたが、今回は飛ばす事なく、アレクシアがお店を開くまで執筆しています。
ここからは以前の物語とは異なる内容になるので、楽しんでいただけると幸いです。
まだ数話分のストックがあるので、明日も投稿します。




