番外編 バイロン
血や死体等、残酷な描写があります。お気をつけください。
人物紹介
・バイロン……元公爵家料理長。実は帝国の影の一人。皇帝の命で、アレクシアの護衛を担当していた。
・シンディア……ダラム帝国第三皇子であるアーノックの婚約者。アレクシアとともにザリバーに連れ去られた。
・ダリウィン・モーズレイ侯爵……精霊崇拝派(過激派)の幹部。ザリバーに命じてアレクシアとシンディアを誘拐した張本人。
床だけでなく、壁にまで飛び散る血。その悲惨な光景に血を見慣れているバイロンでさえ息を呑んだ。
ここはザリバーが精霊崇拝派の幹部と思われる者たちを刺殺した現場である。目の前にはバラバラになった死体が床に並べられている。
バイロンはあのザリバーが何故こんな事をしたのかが理解できなかった。
今まで甚振るのが好きで、なんなら自分が捕まるかどうかの瀬戸際で楽しんでいた奇人である。そんな男が何故あんなにあっさりと捕まったのか。その理由が分からなかった。
現在ザリバーは王国の地下牢にいる。帝国への護送の準備が整うまでの間、そこに留置されているのだ。バイロンは数日前に彼の元へ向かったのだが、黙秘を貫いているのか、誰が来ても口を閉じているのだそう。
そのため、彼は何か手掛かりがないかと現場まで来たのである。
「シンディア様、我儘を聞いてもらって済まなかったのぅ」
「いいのよ。私も見てみたかったから」
ダラム帝国第三皇子であるアーノック、彼の婚約者であるシンディア。彼女はかつてバイロンの仲間であり……ザリバーに殺害された同期の影の弟子である。アーノック自身の戦闘の力量もなかなかのものではあるが、彼女には及ばないと言われるほどの実力の持ち主なのだ。
「あのザリバーが大人しく捕まるなんて……何か理由があったに違いないわ。それを知りたい、と思うのは私も同じよ」
シンディアはそう告げると唇を噛む。そして目には一雫の涙が浮かんでいる。彼女は腕で涙を拭うと、バイロンへと顔を向けた。
「ねえ、バイロン。この現場を見てどう思う?」
昔を思い出すためにここに来たのではない、と言わんばかりに彼女は話題を変える。彼はそんな彼女の心境を感じ取り、話を続けた。
「ふむ、一人はダリウィン・モーズレイ侯爵か」
彼はミラの暴走の前に、アレクシアとシンディアを攫った人物である。彼は顔が残っていたから判断できたが……他二人は甚振ったためか、顔が判別できない状況だ。
そのため、正確な人数を出せないでいた。その中でシンディアは指を差す。
「この人がモーズレイ侯爵なの?」
「ええ、そうですぞ」
「私たちが捕らえられていた時、一度も顔を出さなかったのよね」
「……もしかしたらその時にはもうすでに殺されていた可能性があるかもしれませんな」
「否定できないわね。誘拐しておいて、様子を見にこないなんて不思議だわと思ったけれど……」
そう告げて考え込むシンディアに、バイロンも同意する。そんな時、背後から気配を感じ取る。二人が後ろを向くと、帝国の影……バイロンの後輩に当たる者が屈んでいた。
「シンディア様、バイロン殿にご報告が。モーズレイ候爵の関係者の中で一人行方不明の者がおります。そして風の噂によると、平民で何人か行方不明の者がいるかもしれないと噂が……ですが、貧民街の者であるために、戸籍などがありませんので確認は不可能に近いでしょう」
「なるほど。バイロン……もしかしたら前提が違うのかしら? 幹部たちが殺されたように偽装した、って事はありえるかしら?」
「確かにその線もありますのぅ。ですが、もしそうであっても、ザリバーの捕まる理由が分からないですなぁ」
「そこよね」
二人は再度周囲を見回し、時には他の部屋へと足を踏み入れたが、見落としはないようだ。シンディアがバイロンに「帰りましょう」そう声をかけようとした時だった。
先程とは違う者が後ろに現れる。珍しい取り乱しようだ、何か緊急事態が起きたらしい。
「殿下、バイロン殿!大変です! ザリバーが脱走しました!」
「なんですって?!」
「現在行方を追っておりますが……捕縛は絶望的かと思われます」
「何故逃走したの?」
「それが、どこかに魔道具を隠し持っていたようで……それを使用されて逃走されたようです。牢屋内にザリバー直筆と思われる手紙が置かれておりました」
「手紙にはなんと?」
「『ワレ、やり残シた事アり、またアおう』と……」
そう告げられてバイロンとシンディアは顔を見合わせた。
「これは、まだ何かが起こるかもしれませんのぅ……」
「そうね、警戒しておく事に越した事はないわ」
この部屋に用もなくなった二人は、揃って外へと出る。先程まで晴れていた空は、いつの間にか雲に覆われていた。
番外編は以上です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




