番外編 ミラ
ネトコンで二次選考が通過しましたので、記念に書けなかったミラの話を執筆しました。
数年前の話なので、ざっとしたあらすじを。
主人公アレクシアは精霊の愛し子ではない、と言われ彼女を嫌っていた父の手で国外追放となった。縁あって隣国で魔石屋を開き、順風満帆に過ごしていた彼女。だがある日、精霊から「王国で精霊達がいなくなっている」と告げられる。その原因が双子の妹であるミラだと判断したアレクシアは、様々な者の手を借りて王国へ向かい、ミラの暴走を止めようと奮闘する。
ミラ……精霊の愛し子であり、主人公アレクシアの双子の妹。
ハリソン……元は姉アレクシアと婚約していたが、ミラを好きになったため婚約白紙に。
「ミラ、今日の食事だよ」
「ハリソン様、ありがとう」
北の塔の最上階に幽閉されている私。そんな私の元に来てくれるのは、ハリソン様だ。
私は幾度となく告げた言葉をまた口にする。
「ハリソン様……いいのよ? 気を使わなくて。私のことなんて捨て置いてくれて構わないわ」
「僕が君に会いたいから、やっているだけさ」
「まだ私に魅了されているの?」
「まさか、とっくに効果は切れてるよ。さあ、食べて食べて」
いつもこの言葉ではぐらかされてしまう。
彼は私が幽閉された初日から、私の元へと訪れてくれた。
最初の態度は酷いものだったろう……失意のどん底に落ちて、周囲の物に当たっていたから。まあ、ここにはほぼ物がないので、私が当たる物など入り口にある鉄格子くらいだったが。
彼はその間黙っていた。私がどんな暴言を吐いても……。
数日間はそうだったか。その後疲れきって何も喋らなくなった。
でもそこで頭が冷えたのだ。そして冷静に考える事ができるようになった。
冷静に考えたら、私のした事の重大さに気づいた。
精霊たちは私の欲望のために消えていった、その事実が胸に刻まれたのだ。
それから私は無言になった。
欲を出すのが怖くなったから。
私が追放したと言っても過言ではないアレクシアお姉様……お姉様と呼ばせてくれるかは分からないけれど、彼女が私の過ちを正してくれた事に感謝する。
髪につけていた髪飾りはない。あの時お姉様が壊したから。
でも私は自分の言った事が、願った事がまた不幸を呼ぶんじゃないかと思って、何も言えなくなった。
そんな私だったが、いつだか思わずハリソン様に外の様子を尋ねてしまう。
「やっぱりいい」と断った私に彼は目を丸くした。
「どうして? 外の事を知るだけなら、きっと宰相も許してくれると思うよ」
きょとんとする彼に、私は小声で呟いた。
「……私が望んだから精霊は消えた。もう私は精霊を消したくない」
我慢していた涙が溢れ出てくる。あの日から、一度も出なかった涙。
そうか、私は悲しかったんだ。
あの日から消えなかった感情。最初はお父様の事かと思ったけれど、きっと心の奥底ではお父様が私を装飾品のように扱っていた事に気づいていたのだ。あの人は自分が一番だから。
ハリソン様に感情を吐き出したら、悲しみが込み上げてきた。私の瞳からは涙が大量にこぼれ落ち、石畳を濡らしていく。
無意識に鉄格子を掴んだ私は、そのまま力無く座り込んだ。
――精霊の愛し子として、正しい力の使い方をするために学びましょう。
お母様の言った言葉が正しかった。私が力の使い方に対して無知であったから……力を使いこなす訓練をしなかったから引き起こした事件。
私は消えていった精霊たちとお姉様、そしてお母様に泣きながら謝罪を繰り返す。ハリソン様はそんな私を落ち着くまで見守ってくださった。
どれくらい泣いただろうか。
落ち着いたが真っ赤に腫れているであろう私の顔を見て、彼は優しく微笑みながら私に言った。
「過去に起こした事は変えられない。けど、未来なら変えられる」
それが救いの言葉だと思った。
無知だからこんな事を引き起こしたのだ。ちゃんと自分の持つ力を把握できればいいのだ、と。
そこから私はハリソン様に色々と教えてもらっていた。
例えば、あの事件後、国はどうなったか。
お父様は処刑を待つ身、だそう。牢屋内で泣きながら助けを乞うているらしい。私はお父様に祈りを捧げる。
また生活に必要な器具が使用できなくなった、と言っていた。前国王の発明した新型器具は、精霊の魔力が周囲に満たされている事が前提で作られている。そのため、一番力の強い愛し子である姉がいなくなる事で、精霊達も世界へと散らばっていったらしい。それでもこの国はまだ比較的精霊が多い方ではあるが、昔に比べれば天と地との差があるようだ。そのため器具が使用できなくなり、多くの者達は旧式……魔石が必要な器具へと買い替えたそうだ。
お姉様はあの後、共和国へと帰っていったらしい。私やお父様に追い出されてから、隣国で魔石屋を開いて暮らしていたと言う。ハリソン様が彼女から聞いた話によればお父様の様子を見て、「何が起きても良いように」と思っていたらしく、以前から爺と出掛けて市井を見て回っていたそうだ。
私はその時、きっとお父様と王城を尋ね、ハリソン様の元へ会いに行っていたのだろう。
――ハリソン様の話を聞き始めてからどれくらい経っただろうか。
私の目の前には、一冊の本。
ハリソン様が持ってきてくださったその本は、お姉様が書いたもの。
お姉様が精霊の愛し子について……お母様から教わった事を書き記したものだ、と彼は穏やかな表情で告げた。
「良いのですか……?」
「勿論。ミラに今一番必要な物だろう?」
「ありがとうございます……」
私は本を胸に抱きしめる。そんな姿をハリソン様は、いつも以上に暖かく見守ってくれた。
あの日――私が精霊を消している、と知った日。
そして父の愛はまやかしであった事を知った日。
私は絶望のどん底に落ちた。
今までそばに居てくれた人が何を考えているのか、知らなかったことに。
今までそばに居た精霊達が実は、私のせいで消えていたことに。
最近、ハリソン様の手助けもあり私は古参の執事から話を聞いた。
私のお祖母様がお父様に厳しくて嫌っていた事。それを姉に重ねて私を溺愛していた事。
よくよく話を聞けば、お祖母様が言っていた事は正しい事しか言っていない。元々の婚約者であったお父様のお兄様と比べられるのも、仕方ないとは思う。だって、精霊の愛し子がいる事でこの国に恩恵を受けているのだ。その精霊の愛し子の夫が遊んでばかりいる男だったら……傀儡として利用されてしまえば……私でも理解できる。
でも、お父様だけを否定するつもりはない。
私も辛い事を放り投げて、やりたい放題してきた。あの時に辛いからとお母様の元を離れなければ……いや、過ぎ去った事はどうしようもない。
私は昔から精霊たちが大好きだった。
いつもそばに寄ってきてくれて、ふわふわ浮かんでいる。見ていたら綺麗だったから。
私はそんな彼らを踏み躙った。自分の欲望に溺れ、消し去ってしまった。その罪は消えない。
「ねえ、だから私の元から去っていってもいいのよ?」
そんな私の側にいてくれる精霊が一人。
私の言葉を理解しているのか……その精霊は私に寄ってくる。そして頭の上でくるくると回りだす。
この子だけは私のそばを離れず付いてきてくれた。
願わくは、願わくは。
この精霊さんとずっと一緒にいられるように……静かになった牢屋の中で私はお姉様の書いた本を手に取った。
読んでいただき、ありがとうございます。
後一話、更新予定の話がありますので、それまでは連載中表示にさせていただきます。




