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【受賞作品・書籍化中】私、もう興味がありませんのーー虐げられた愛し子は隣国でお店を開く事にしました  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第三章 王国編

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37、暴走

本日、長めです。

「連れていってくれ」



 放心状態の陛下の代わりに声を上げたのは、ハリソン様だった。公爵代理は衛兵に両手を掴まれて、こちらに背を向けた。だが、退場させられそうになっている公爵代理は、最後の足掻きを見せる。



「俺は何にも知らなかった!悪いのはミラだろう?!手を離せ!俺はミラが望むから、そうしただけだ!俺は悪くない!」



 その醜悪さと身勝手さに呆れて物が言えない。

 勿論、ミラにだって悪いところはあっただろうが、それを助長したのは公爵代理だ。ミラを甘やかす事なく、母や祖母の話をしっかりと聞いていたら、こんな事にはならなかった。

 

 そう喚いても何も変わらないと気づいた公爵代理は、次にこちらを見る。嫌な予感がした。



「ならアレクシア!俺はお前の親だろう?!俺はミラの魅了魔法に掛かって、お前を蔑ろにしたんだ!俺のせいじゃない!」



 先ほど私を殴ろうとした人間が何を言う。彼の言動に座って頭を抱えそうになったが、流石にそんな事はできないので代わりに俯く。

 それを良い方に捉えたのだろう、公爵代理は語り続けた。



「悪いのはミラなんだろう?!なら俺は――」

「ふざけるな」



 言い終わる前に、私は不快から公爵代理の言葉を遮った。驚きからか言葉を失う公爵代理に、私はこう告げる。



「公爵代理、確かに私を嫌いという感情はミラによって増幅させられたものかもしれません」

「だったら――」

「で、す、が。元々嫌っていなければ、そこまで嫌悪の感情を出せるはずがないのです。私の容姿は嫌悪している祖母に似ているから、私の事を嫌いなんでしょう?それを全てミラに押し付けるのは、人としてどうなのかしら?」



 最悪でしょうね――とは言わない。後は周囲の目を見れば、いやでも理解するだろうと思う。


 項垂れた公爵代理はそのまま引きずられ、彼らが広間の中間にたどり着いた――その時。


 

「どうして?どうして?」



 そんな声がミラから聞こえてきたのである。



 ミラは真っ青な顔で父親の背中を見つめている。体は小刻みに震えており、目には涙が溜まっていて、今にも溢れそうなほどだ。そしてふらふらと彼の背中に手を伸ばして歩き出す。



「お父様は私を愛してるって言っていたじゃない。それは嘘なの?」

「何を言っている?!あんだけ愛情を注いでやっただろう?!親の愛情を疑うのか?!そもそも、親に対するこの仕打ちはなんだ!お前にはがっかりだ!」

 


 ミラを愛したのは自分に似て可愛いから。そして、自分に懐いているから。都合が悪ければ、それが憎しみに変わる。これを愛と呼ぶのか甚だ疑問だ。

 そう眉間を寄せていると、隣でライさんがぼそっと呟いた。

 


「彼にとって、娘は自分に利益をもたらす存在、とでも思っているのかな。彼の中の一番は自分なんだろうね」

「……成程、それだと納得できるわ」



 彼の言葉はしっくりきた。だから先ほども私に声をかけたのだろう。相当な上から目線ではあったが……。その言葉はミラにも届いたらしい。目尻に溜まっていた涙がほろりと床に落ちる。

 私はそもそも愛されてもいなかったので、何も感じる事はないが、ミラからすれば相当な裏切りだと感じるのではないだろうか。

 

 

「……そんな」



 項垂れたミラは、ハッと後ろにいたハリソン様を見るが、彼は困惑した顔でミラを見ている。そして次に陛下を見た。陛下はとっくの昔にミラには興味を失ったのか、彼女の姿すら目に入れようとしない。

 そして父親の公爵代理は憎々しげにミラを睨んでいる。ミラは無意識に気づいていたのかもしれない。相手に愛がない事を。



「……嘘よ、うそうそうそうそ……」



 頭を抱えて床にへたり込む。見ていられず声をかけようと歩き出した瞬間、ふと冷たい空気が流れたような気がした。

 


『不味い!シア!気をつけて!』



 エアルの言葉に私は、冷気が流れている方向……ミラへ顔を向けた。すると、そこには青いオーラのようなものがミラから発せられているのが分かる。



『魔力の流れを見えるようにしたわ!彼女、尋常でないほどの魔力を取り込んでいる……!』

『ミラの「全てを壊したい」という感情が流れ込んでくる〜!』

「そうか!ミラ嬢の魔法の原動力は『愛されたい』という感情!だから、愛されていない事を知った彼女は絶望したのかもしれない!」

 

 

 ライさんの言う通りだ。ミラは今まで培った愛は、偽物だったとでも感じてしまったのだろう。特にミラは親からの愛情を欲していた。その父に拒絶されたから、感情が暴走してしまったのだ。


 

『逃げて!このままでは魔力が暴走するわ!』



 そうエアルが叫んだ瞬間、会場は騒然となり、周囲にいた貴族たちは我先にと広間から逃げ出していく。ちなみに陛下もその一人だ。

 既にグノーとウルの張っていた結界は破られており、髪飾りは周囲の精霊たちを魔力に分解して吸い込んでいる。精霊たちは光の結晶となり、髪飾りに吸い込まれているところが私には見えていた。



「ミラ!」



 私は大声で彼女に向かって叫ぶが、ミラは頭を抱えたまま耳を塞いでいる。喧騒もあって、私の声は聞こえないだろう。そして近づこうにも、ミラが周囲を拒絶しているからか、ミラへ近づくことすらできない。そしてミラの頭上には魔力の塊が現れ、どんどん周囲の魔力を取り入れ、肥大化し始めていた。








 

『……あれは不味い。城が吹き飛ぶ!』

『主人!俺たちの結界も吸い込まれたぞ!』

「何か手は……エアル!魔力を吸収しているのは、髪飾りだけでいいのよね?!あの魔力の塊は吸収していないように見えるけれど……!」

『ええ!だから髪飾りがどうにかなれば……最悪あの珠さえ誰かが壊せれば』



 遠く離れたところにいるのは、護衛の方を除けばルイゾン様に皇帝陛下、ルイさんとディアさん。そして宰相様と大公様、父であるバート公爵代理が魔力の大きさに圧を感じているのか、震えながら床に倒れてミラを見ている。

 そして隣にはライさんがいる。


 その後すぐに開けっぱなしの入場の扉から現れたのは、リネットさん達だ。彼女たちは護衛だったので参加はせず、別室にいたらしい。そしてその後ろからはハリソン様が現れた。

 ハリソン様はミラの元に駆け寄ろうとするが、やはり魔力の圧で彼女に近づくことができない。だが、それでも彼女に近づこうと必死だ。

 

 

「ミラ!聞いてくれ!」



 そうハリソン様が叫ぶと、なんとミラから漏れ出る魔力の圧が弱まった。彼女がハリソン様の声に反応したのだろう。手で顔を覆って表情は見えないが、ミラが彼の声に反応したという事はハリソン様に心を残しているのだろうと思う。


 

「確かに、アレクシアへの気持ちは君の魅了魔法の影響かもしれない。けれど……僕だって、それがあってもミラのことが好きなのは変わりないと今気づいたんだ!」



 ハリソン様が彼女に一歩ずつ近寄る。まだ魔力の圧があるにも拘わらず、彼の足取りは少しずつミラへ向いている。だが、後数歩のところでまた圧が強くなり、ハリソン様が耐えられず膝をついた。



「きっとミラはその言葉を信じることができないのね……」



 父に裏切られたばかりだ。言葉だけでは信じられないのだろう。一度は止まっていた魔力の吸収も、再度力を増してきている。

 更に近づくことができず途方に暮れていると、隣にいたライさんが私に話しかけてきた。



「シア。僕が髪飾りをどうにかする。だから、君はあの魔力を頼むよ!」

「しかし、この魔法の圧では……」 

「と、思っていたんだけどね?身体が順応したみたいだ」



 確かにライさんは私より受ける圧が少ないのか、順応できているように見える。



『きっとミラの感情に左右されているんだな!主人!俺はライの補助に回るぞ!』

「そんなことが!?」

『できるんだけど、何でかは後で話すな!』



 そうウルが言うのと同時に、ライさんの身体はもっと身軽になったようだ。



「ライさん、危険な役目をごめんなさい!」

「これくらいならお安い御用だよ!シアなら問題なく解決してくれると信じているからね!」



 そう言って彼は音もなく、ミラの背に向かって進み出したのだった。




 

 ミラが暴走して数十体の若い精霊たちが魔力の塊に吸収されてしまった頃。ライさんがミラの後ろにたどり着く。


 だが、あと一歩のところで無意識に張られている結界に阻まれ、髪飾りの珠を壊すことができなかった。エアルによると、ウルだけの力ではあの結界を破る事は難しいらしい。私なら可能かもしれないが、ウルは私を通してライさんに力を貸している状況だ。全力が出せないのだ。


 しかしこう着状態に陥るかと思われた中、立ち上がったのは魔力の圧により膝をついていたハリソン様だった。ハリソン様は再度立ち上がり、またミラの元へ歩き出す。彼は強風を身体全体に受けているかのように、顔を腕で隠し、彼女の元へ一歩一歩着実に歩いていく。


 ハリソン様が歩き出してどのくらいの時間が経ったのだろうか。そこまで時間は経っていないだろうが……彼はやっとのことでミラに辿り着き、彼女の肩に手を触れる。

 そしてそれと同時に結界が割れ、ライさんがナイフで髪飾りの珠を切り付けた。



 髪飾りの珠は割れ、床に零れ落ちていく。そしてそれと同時にミラの髪飾りも彼女の髪から落ちていった。



「ライさんハリソン様!伏せてください!」



 これで魔力を吸収する事は無くなったが、まだミラの頭上にはドス黒い魔力の塊が残っている。髪飾りの制御が外れたことで、今にも暴走しそうなほどだ。

 だが、私とて手をこまねいていたわけではない。この魔力はエアルとディーネの魔力を制御できる私にしか処理できない事は分かっていた。この時のために、私はエアルとディーネとともに魔法の構築をしていたのだ。


 私の言葉で、ライさんはその場に伏せ、ハリソン様は気を失っているらしいミラに覆いかぶさって伏せる。


 

 そしてすぐに私はディーネの魔力を借り、魔力の周囲を癒やしの力のある水で囲ったのだ。


 

『あれはミラの感情を受けて、精霊の負の感情が集まったもの(魔力)なの〜。だから私の力を使えばどうにかなるはず〜!』

 

 

 ディーネの言う通り、あの塊は精霊が分解されたもの。だから、上位であるディーネの魔力で負の感情を癒やそうというわけだ。

 黒い塊はだんだんと色が薄くなっていった。負の感情が水に吸収され、行き場のない精霊だったモノが落ち着きを取り戻したように私には見えた。


 その頃には、ライさんとハリソン様、ミラも私の後ろに移動させた。何が起こるか分からないので、ウルに彼らを守ってもらっている。

 ちなみにリネットさんたちはルイゾン様達の元におり、そちらはグノーが守っている。



「後は、この魔力を大地に還すだけ。エアル、よろしくね!」

『勿論!シア……これで最後よ!』



 白い魔力の塊にある周囲の水を消し去り、エアルの力を利用して周囲に風を吹かせた。すると、魔力の塊は外側から魔力の粒となって崩れていき、魔力の粒は風に乗っていく。そして魔力の粒は空中に、大地に吸収されていく。

 外を見れば、まるで雪が降っているかのように、月明かりが魔力の粒に当たりキラキラと光っていて幻想的だった。

 

 

 塊が無くなると先程感じていた圧はなくなり、身体が軽くなっていた。周囲を見回せば、ミラが気を失って倒れている以外、問題はなさそうだ。


 ホッと胸を撫で下ろすと、急に眠気が襲う。きっと緊張が途切れた事と、魔力切れが原因だろう。

 分かっていても身体が言う事を聞かず、対処が覚束ない。足に力が入らず、床にへたり込みそうになるところを抱き止めてくれたのはライさんだった。


 助けてくれたライさんの腕の暖かさを感じながら、私は意識を失った。


 

いつもありがとうございます。

前話で感想をいただいていましたが、予想の通りミラの暴走回です。

そして完結まで後二話となりました。最後までお付き合いいただけると幸いです。


また、現在短編と長編を一作ずつ書いております。

この物語が完結するまでに書ければ、更新する予定なので、是非そちらも読んでいただけると嬉しいです。

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