36、彼らの罪 その3
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「私……?」
「お前の言う事を信じられるか!むしろ原因はお前ではないのか?!それをミラに擦りつけているのではないか?!」
顔から更に血の気が引いていくミラと、取り押さえられながらも唾を飛ばしながら吠える公爵代理。
公爵代理は取り押さえられた時点で退場させるべきだったのだろうが……陛下が牢へ送っていない事を良いことに、宰相様が取り押さえたまま、そこに居させているようだ。
「どういう事だ?ミラは愛し子なのだろう?愛し子なのに精霊を消すなんて聞いたことがないのだが……」
まるで餌を欲している魚のように口をぱくぱくと開けている陛下に代わって、ハリソン様が私に尋ねてくる。
「いえ、ミラ自身も消そう、と思ってやっていることではありません。いくつかの偶然が積み重なって、今の状況に陥ってしまっているのです」
「その状況とは……?」
「ミラが無意識に発している魅了魔法を維持するために、その髪飾りが周囲の精霊を魔力として分解し、魔法の維持に充てている、という状況です」
「……なに、それ……どういうこと……?」
ミラの声は弱々しい。そして周囲も、質問したハリソン様も私の言葉を理解できていなかった。流石にこの言葉を聞いて一度で理解する人はいないはずだ。
その詳しい説明は、私ではなくエアルが担当することになっている。精霊から言えば、全員納得するだろうという魂胆からだ。
『そもそも、愛し子は精霊の寵愛を受けることで、魅了魔法を常時発動した状態で生まれてくるのよ。だから、早いうちに魅了魔法を制御できるように、訓練や節制を学ぶの』
『魅了魔法も私たちの力の一部なの〜。だからこれが制御できなければ、私たちの力も制御できないのと同じなんだ〜』
「……つまり、ミラは訓練をしなかったから、今も魅了魔法を無意識に発動している、ということだろうか?」
『その通りよ。ちなみにシアは幼い頃、既に魅了魔法を制御しているわ』
ハリソン様が彼女たちの話を纏めてくれたことで、周囲の人間も何となく察したらしい。そして、その中には顔を顰めている者もいる。その筆頭がハリソン様だった。
「……先ほどエアルが節制と言いましたが、愛し子は『自らの欲望のままに力を使うな』と教えられます」
『魔法は人間の欲が大きいと、その影響を受けやすいの。特に他者に好かれたいと願う魅了魔法は、その筆頭ね。特にミラの
魅了魔法は幼い頃より、より強力な魔法となっているの』
どうやらそう思う節があったらしい。ハリソン様が「もしかして……」と呟きながらエアルたちに話しかけた。
「では、彼女の言うことは根拠もなしに全て正しいと思ったり、彼女の隣にいると靄がかかったように頭がぼーっとしたり……シア嬢の事に嫌悪を感じたりすることも、そうなのか?」
『あ〜、それは典型的な魅了魔法だね〜。シアに嫌悪を抱くのは、ミラがそう願っているからじゃないかな〜?』
「ディーネ殿、横入り失礼する。魅了魔法は、他の人間に嫌悪を抱かせる事もあるのか?」
皇帝陛下が驚いた顔をして、彼女に質問する。私もその事については知らなかったので、思わず「そうなの?」と呟いてしまったくらいだ。
『ん〜っと、魅了発動者が例えば「姉よりも愛されたい、姉なんて嫌われればいい」というような想いを抱えていると、嫌悪を感じさせることができるかな〜』
「そうだったのか……正直な話をすると、シア嬢のことは苦手ではあったが、嫌いではなかった。だが、ミラと会ってから嫌悪が増した気がしたのは……」
『魅了魔法によって否定的な感情が増幅させられたのでしょうね。ちなみに最近はどう?』
エアルがハリソン様の周囲を飛びながら尋ねる。私とミラへの感情のことだろう。
ハリソン様は「そうだな……」と考え込み、一呼吸置いてエアルたち精霊を見据えた。
「今の話を聞いた上で考えてみると、やはりミラの事は好きだという感情はあるが、少し気持ちが乖離している部分もあるようだ。シア嬢についての嫌悪感は、以前よりも少ないと思う」
『今まではミラの隣にいる度に魔法の影響を受けていたのだと思うわ。ただ、一ヶ月前くらいから髪飾りが使えないように細工をしておいたの。だから今は魅了魔法の影響が以前よりも少なくなっているのではないかしら?』
『ちなみに〜、ミラの魔力だと……彼女の周辺、今王子様が居る位置くらいで数時間が限界かなぁ〜?ちなみに髪飾りを使うと、この広間の半分くらい?の範囲で朝から晩まで魅了魔法は常に発動できるよ〜。ただし足りない魔力は精霊から補うけどね』
ここで話をまとめておくべきだろうと思い、私が話し出す。
「髪飾りは精霊の愛し子の力を増幅させる効果があります。そのため、常に発動している魅了魔法の効果を増幅させたのでしょう……無意識のうちに。ただ、ミラの魔力は先ほどディーネが話した通り、数時間が限界です。ですが、それを常に発動できるように補助をしているのが髪飾りです。そして髪飾りは足りない魔力分を、周囲にいる精霊を魔力として分解……つまり、精霊を消失させることで補っているのです」
『補足ね。人間で言う寿命?のようなものを迎えて消える精霊もいるのだけれど、その場合は大地に魔力が流れてまた新たな精霊を生み出しているの。それは正しい循環ね。だけれどミラの場合、精霊が魔力として分解されて、その魔力が魅了魔法に使われているから、大地に還る事もできずに精霊の数だけを減らすという結果になっているのよ』
正直、髪飾りについては知らなくても仕方がないことだ。私だって、精霊さんたちに聞いたり、形見の本を見たりしたから知ることができた。
だが、もしそれを手に取ったとしても、魅了魔法の制御ができていれば問題はなかったのだ。そこは公爵代理やミラの罪である。
ミラの顔は真っ青で、こちらには声が聞こえないがぶつぶつと小声で呟いている。そんな彼女を心配そうに、しかし複雑な様子でハリソンがチラチラと顔を向けていた。
誰も言葉を発する事もなく、ただただ時間が過ぎる。その空気を破ったのは、公爵代理だった。
「だが!それが何の罪になるというのだ?!精霊が消失したくらいで!」
「精霊の消失くらいで……ですって?」
精霊の消失の意味を知らなかったとしても、精霊の恩恵に与っている側の人間の言うことではないだろう。幼い子どもでも、「この国が豊かなのは精霊のおかげだ」という事を知っている。
あまりにも身勝手で精霊たちに失礼な態度である公爵代理に、私は絶対零度の視線と声を向けた。
「ふむ……精霊の恩恵を受けている国の貴族の発言とは思えんな」
「仰る通りですね」
皇帝陛下やルイゾン様も私と同様の事を思ったらしい。周囲を見渡してみれば、王国の貴族の中でも公爵代理に冷たい視線を送っている者もいる。
皇帝陛下やルイゾン様の声色で、自分が周囲からどのように思われているかを再認識したのだろう。何かを言いかけた公爵代理だったが、その声が聞こえる事はなかった。
「この世界は精霊の魔力によって支えられています。そんな魔力を放出してくれる精霊が一斉に消えれば、世界のバランスが崩れてしまい、最悪の場合……永久に人が住めなくなる荒地と化してしまうのです。つまり、人類は滅亡するかもしれません」
そう私が話せば、先ほどまで静寂だった広間は騒々しくなる。精霊の消失自体も由々しき事態ではあるが、具体的に話した事で精霊が消失する事が何を引き起こすのかが理解できたのだろう。
『そうね。ミラの髪飾りによる精霊の消失数は異常なうちに入るわ。これが後1年続いてしまったら……最悪の場合になる可能性もあるわね』
『その場合、まずは周辺の国々から荒野になっていくと思う〜』
「つまり、王国だけの問題ではないということになるな」
ミラの行動が、まず帝国と共和国に影響を与えてしまうのだ。これは王国だけの問題ではない。だから彼らも協力してくれたのだ。
「なんだと……」
公爵代理の額には大量の汗が滴っている。ミラに愛し子の訓練をさせなかった事が、最悪の場合世界の滅亡まで引き起こす可能性があった事をやっと理解したのだろう。
静かになった公爵代理に声をかけた人物がいた。宰相様だ。
「公爵代理、君には様々な嫌疑が掛けられているよ。愛し子であるシア嬢を虐待した上、前公爵の遺言に従わなかった件……これも心当たりがあるだろう?」
「うぐ……っ」
そろそろこの盛大な茶番の終わりが近づいている。公爵代理はここで退場し、後はミラの髪飾りを回収するだけだ。
――そう思って胸を撫で下ろした私だったが、この後予想だにしないことが起きるのを、この時の私は知らなかった。
そろそろ終わりが見えてきました。
あと数話で完結です。
明日も投稿しますので、お楽しみに!




