35、彼らの罪 その2
「さて、そろそろ言いたい事は言い終えた頃か?」
そう皇帝陛下が唖然としている陛下に尋ねる。彼は皇帝陛下の問いに答えることができないほど、混乱の真っ只中にいるようだ。
再度周囲を見渡してみる。離れた場所で捕らえられ、膝をついて俯いている公爵代理、顔色が真っ青なハリソン様と少し離れたところで俯いているミラ。そして不躾な提案をする陛下。
「ヴィクター殿、ひとつ聞きたいのだが。もしヴィクター殿が王国で、冤罪で除籍、国外追放にされた上に、監禁されたら……王国に戻りたいと思うかね」
皇帝陛下の問いに周囲の人間が呆けている。いきなり何のことだろうか、と思ったのだろう。
「……私は思わないかと……これは……?」
「それは王国がシア嬢にした仕打ちだ」
「それは本当ですか?!」
「陛下、その件については一昨日報告書を上げておりますが……」
宰相の言葉に顔を真っ赤にする陛下。それはそうだ。自分の無能さをひけらかしているのだから。
「その事も知らずにシア嬢を王国に呼び戻そうとしたのか……」
予想できた事なのでそこまで驚きはしないが、皇帝陛下は為政者として思うところがあったようで、不快感を顔に出している。
彼の顔を見た陛下はまるでか弱いウサギのように、ブルブル震えているだけだ。
そして爆弾は落とされる。
「本当は、これを言うつもりはなかったのだが……モーズレイ侯爵の手の者によって、ここにいるシア嬢と、我がアーノックの婚約者であるシンディア嬢が攫われた件も知らないと?」
皇帝陛下の声が広間に響く。そしてその後少しの間静寂が訪れた。
「それは本当ですか?」
静寂な空気を遮ったのは、陛下だった。だが、彼は知らなかったのか、顔色が悪い。
「陛下、昨日私が内密に、と資料をお渡ししたではありませんか……あの資料を読んでいなかったと?」
大公様曰く、私たちに危害を加えることがないように、と大公様が資料を作成した後に、陛下の執務室で人払いした後、読んでもらうように渡したらしい。
盗聴のことも考え、口頭で話すことをせず、資料を見てもらうよう依頼したのだが……読まずに大公様に返したのだろうか。
「この資料は王国の将来に関わることだと、必ず読むように話したと思うが」
「……だが、私が読まなくても叔父上や宰相がどうにかしてくれるだろうと……」
「やはりそうだったか……」
大公様は陛下の言葉に頭を抱えている。何も知ろうとしない罪に陛下も加えられるかもしれない。
そんな自分の父を信じられない顔で見ているハリソン様。彼から見ても、父の行動は驚愕に値するものらしい。
「知るべきことを知ろうとせず、他人任せとは……聞いて呆れる」
そう皇帝陛下が呟いた言葉に同調する人々が多く見られる。たまに顰めっ面をしている貴族もいるが、彼らは陛下辺りを傀儡にして裏で権力を握ろうとしていた人間だろうか。
それにしても、王家に対する……正確に言えば陛下に対する求心力がこの数分の間で、愕然と下がったと思うのは気のせいでないだろう。
「では、今日の本題だが、シア嬢がここに来る要因となった……『精霊消失』の件についても、知らないと?」
「……」
「成程な。宰相殿、この件はここにいる参加者にも知ってもらうべき案件だと思っている。説明をお願いできるか?」
「承知致しました」
そして宰相様の口から、精霊たちが王都に集まり消失している説明がなされるのだった。
「なんてこと……」「だから先代様の魔道具が使えなくなっていたのか……」「何が原因だ?」
宰相様の説明が終わると、反応は十人十色だった。特に国境付近を治めている貴族たちは、新型魔道具の故障の件もあったため、彼の話に納得する者が多い。
領地が王都に近い貴族は半々だ。領地に足を運んでいた貴族は理解している者が多く、王都で暮らしている者にはピンとこないらしい。王都は精霊がまだいるので、新型の魔道具が使えるからか実感が湧かないのだろう。
それが信じられないのか、ミラはほとんど悲鳴のような声で宰相様に話しかけた。
「ですが宰相様!この王宮にはまだまだ多くの精霊がいますわ!私の周囲にだって……」
「ミラ、その周囲にいる精霊さんたちが、同じ精霊さんであることを証明できるのかしら?」
「……!?」
思わず口を挟んでしまい、皇帝陛下や宰相様を見る。すると二人とも頷いてくれたので、ホッと胸を撫で下ろす。むしろ「もっと言ってやればいい」と言うような顔で皇帝陛下が見ているので、私はミラに向き直った。
「精霊さんは、属性によって髪色や瞳は変わるけれど、実は個々によって姿が違うの。ただし、それは人型の場合。光の球の場合は、その姿を見ることができないのよ」
「でも私の周りにいる精霊の光の球の大きさはいつも同じよ!」
「精霊さんの光の球の大きさは、その精霊さんが持つ魔力量によって変わるのは知っているわね?これはエアルたちから聞いたのだけど、生まれてから百年ほどの精霊さんは魔力量がそこまで変わらないらしいのよ。今、王都にいる精霊さんたちの多くは、百年ほどの若い精霊さん……つまり、光の球の大きさで同じである事を証明する事はできないのよ」
ミラが何を言おうとも、精霊が消失していない、という証拠にはならない。青い顔をして黙りこくってしまったミラは、もう反論ができないようだ。母の授業を受けていない彼女ではあるが、精霊の愛し子として何か思うところがあるのかもしれない。
そう思って、彼女を見つめていれば他のところから声がかかった。
「アレ……いや、シア嬢。先ほど宰相は言っていなかったが、精霊が消失している原因はわかっているのだろうか?」
ハリソン様だ。小さく手を挙げながら、済まなそうにこちらを見ている。
気合を入れるためにも、一呼吸する。そんな時、ライさんから贈られた腕輪が目に入る。そして私の肩に彼の手が置かれている。それだけではあるが、背中を押されたような気がした。
「はい。原因は分かっております」
「そうなのか?!その原因を取り除けば、また以前のように元に戻るのか?」
今まで静かだった陛下がハリソン様を押し退けて私に質問を投げかけてくる。だが、私はその答えを持ち合わせていない。そのため、首を傾げてエアルに尋ねた。
『そんなの、分からないわ。シアがどこに行くかによって変わるんじゃないかしら?』
「そんな……」
エアルの冷え切った声に膝をつく陛下。エアルだけでなく、周囲の貴族も……あまつさえ息子のハリソン様さえも冷え切った視線を送っていることに気づかない。
彼は元に戻ることだけを考えているのだ。仕事は全て宰相様に取り仕切らせ、自分は優雅に豪遊しているだけで民から賞賛を貰えるあの日々に。
「それよりも、シア嬢。その原因を教えてもらえないだろうか?」
むしろハリソン様の方が事の重大さを理解しているようだ。婚約破棄された時は、短慮で人の意見を鵜呑みにする人……よく言えば素直な人なのかと思ったが、そうでもないようだ。
もしかしてミラの魅了の力から解放されつつあるのだろうか。
私も心を鬼にして……この悪循環を終わらせなければ。
「その原因は……ミラ、貴女よ」




