31、追及開始
王国貴族たちが国王陛下への挨拶が終わる頃。ギルグッド十七世とルイゾン様が話しているところへ、彼らがやってきた。
「本日はお越しいただき、感謝する」
皇帝陛下とルイゾン様の後ろに隠れている私たちは見えていないようだ。
挨拶に来たのは国王陛下と、ハリソン様、そしてミラ。一歩後ろには宰相様と大公様もいらっしゃった。
気づかれるか……と身構えた私だったが、陛下は皇帝陛下とルイゾン様へ話しかけるのに忙しいらしい。長い長い感謝の言葉を二人にかけている。
会話の途中で乱入してきたからだろうか、皇帝陛下の機嫌があまり宜しくないようだ。
一方でルイゾン様は喋り続ける陛下に愛想笑いで対応する。その顔に陛下が安堵したのか、更に話は長くなっているようだ。ここで帝国と共和国の重鎮とのパイプを繋ぎたいと思ったのだろうが、これだと逆効果だと、私は思った。
ちなみに、ハリソン様とミラはルイさんとディアさんに話しかけていた。静かにミラの顔を見ていたが、彼女はルイさんに話しかけようと必死になっていた。
……ミラは面食いなのだろうか。
ルイさんは彼から目を離さないミラと視線を合わせるのが嫌らしく、ディアさんとハリソン様のどちらかに視線を送るようにしていた。それに不満を持ったのか、「私ともお話しして下さい」と粘っている。
未来の王妃が顔に釣られていて良いのだろうか……頭が痛い。
そんな時、陛下とルイゾン様たちの話でハリソン様たちのことが出たのだろう。彼らをルイゾン様たちの前に連れていくと、紹介が始まった。
「こちらは王太子のハリソンと婚約者であり愛し子のミラだ」
「お初にお目にかかります。ハリソンと申します。こちらにいるのが、婚約者のミラです」
陛下の言葉で、ハリソン様とミラはカーテシーを披露した。
外野からは「ほぅ」と二人のお辞儀の綺麗さに息を呑む人たちの声も聞こえるが、それはおべっかを使う王国貴族たちの声だろう。
実際、ルイさんとディアさんは少しだけ眉を顰めている。二人の完璧な礼はルイさんたちからすれば当たり前にできることであり、感嘆の声を上げるほどのものではないと思っているのかもしれない。
感嘆の声を上げた貴族たちは、二人の気分をもり立てようとでも思ったのだろう。彼らの思惑通り、顔を上げたハリソン様とミラは得意顔になっていたし、ミラについては自信を更につけたのだろうか、ルイさんににっこりと笑いかけたではないか。
その瞬間、ルイさんにミラの魔力が向かったように感じた。最初は気のせいかとも思ったが、念には念を入れて彼は事前に魅了対策の指輪をしている。その指輪の宝石の色を見れば、魅了魔法を使ったかどうかは分かるのだ。
「……シアさん、変化している」
私からは見ることができなかったが、ライさんからは見えたらしい。宝石の色は青から赤に変わっているということだ。完全に魅了の力ではないか。
そしてルイさんがミラの顔を見ていない瞬間を狙って、ミラはディアさんを睨み付けている。ディアさんは素知らぬふりをして躱してはいるが、第三皇子の婚約者に失礼な態度だ。
「ほぅ、精霊の愛し子にするには勿体ないお嬢さんですな」
顎を撫でながらそう発言する皇帝陛下。隣でルイゾンさんもニコニコと笑いながら頷いている。彼の言葉の裏には「精霊を消滅させておいて」という皮肉が混じっているのだが、その事を知らないこの三人にはもちろん通じない。
「だろう!精霊の愛し子に相応しい令嬢であると儂は思っているよ」
彼の言葉を良い方向そのままにとった陛下はこのように言う始末。ハリソン様とミラも褒められたと感じて顔を赤く染めていた。
「ところで、ライナス殿も婚約者と共に来ている事を聞いていたが、もしや後ろに控えているお二人か?」
「そうです。ご紹介が遅くなりましたね、二人ともこちらへ」
そう言われて私たちが歩いていくと、今まで頬を染めていたミラの顔が一瞬で険しくなった。ついでにミラの様子を見ていた公爵代理も、こちらを見て顔面蒼白になっている。
きっと私だと気づいたのだろう。
一方でハリソン様や陛下は私を見ても、笑顔を崩さない。彼らは私が来る事を知っている側なのだ。
「ルイゾンが息子、ライナスと申します。隣にいるのが、婚約者のシアです」
声に出さずカーテシーを披露すれば、陛下やハリソン様は満足そうに頷いた。
「息災で何よりだ。今は共和国で店を開いていると聞いたが、愛し子の訓練は順調か?」
「はい、順調です」
元々国外追放となっていた私だが、実はこの件はあまり知られていないらしい。
宰相様曰く、公爵代理が公爵家の醜聞を避けて、表向きの理由は私が愛し子の力を行使できるよう他国で訓練している、としているそうだ。
ミラたちの婚約発表の時にも、陛下はそう話したらしい。まぁ、勘の良い人なら私が「シア」という名前でここに来ている意味はわかるかもしれないが。
「お姉様、国外追……国外に出られていたのではありませんか?どうして此方へ」
顔を真っ赤にしてぷるぷると小刻みに震えているミラは、感情を抑え何とか声を出ているように見える。きっと怒りを抑えているのだろう。
答えようとした私より先に話し出したのは、ハリソン様だった。
「ああ、それは私と陛下が是非、と招いたのだ」
ミラはハリソン様を驚きの表情で見ている。何故このような事をしたのか全く理解できないようだ。彼女の一方的な話によると私は、物を隠したり壊したり、罵倒したりする虐め女らしいが……ハリソン様の中では私の立ち位置が少々変わったようだ。
「そもそもこんな大勢のいる舞踏会で何かすることもないだろうし、彼女だって婚約者がいるんだ。もう君が怯えることもないだろう」
ハリソン様は小声で、「それに警備をつけている。大丈夫さ」と言っているため、ミラは頷くしかないらしい。
その間に公爵代理がこちらにやってくる。そして陛下に小声で話をしているようだ。近くにいたグノーによると、「何故国外追放の私がいるのか」を問い詰めているらしい。
蒼白な公爵代理とミラ、そしてサプライズに沸く陛下とハリソン様。この微妙な空気を破ったのは、皇帝陛下だった。
「そこに居るのは、ベルブルク公爵代理か?」
「は……はい」
更に皇帝陛下に呼ばれたことで、固まる公爵代理。
「そこまで固くならずとも良い。ひとつ聞きたいことがあるのだが。そもそも、公爵代理はミラ嬢が精霊の愛し子だと確信しているようだが、その根拠は何なのだ?」
これが攻める合図だ。思った以上に早い合図だが、もう覚悟は決めている。こちらを一瞥した皇帝陛下は口角を上げて笑っていた。ここからは傍観者として楽しもうと思っているのだろう。
「こ、根拠ですか……」
「ああ。シア嬢とミラ嬢は双子だろう?同時に誕生したのであれば、二人とも愛し子である可能性が高いと我は思うのだが」
公爵代理はしどろもどろである。まさかミラの話だけ聞いてミラを愛し子とし、私の話は切り捨て愛し子でないと判断したなどと皇帝陛下に言えるだろうか、いや言えないだろう。自分が無能であると晒しているようなものだからだ。
答えられずに額から汗が噴き出ている公爵代理と、それを見て楽しんでいる皇帝陛下。公爵代理も彼に遊ばれていることに気づいていない。
陛下は「どうしたのだ、公爵?」とせっついている。
ふと気づけば音楽は鳴り止み、周囲の貴族たちは喋ることもせずに此方を見つめている。会話している者もいるが、こちらを見ながら話しているので、私たちのことだろう。
周囲の貴族たちが話し出さない公爵代理に、違和感を覚え始めたのか首を傾げ始めた頃、痺れを切らしたように見せた皇帝陛下が、ミラと私に視線を送った。
「なら、余興代わりに今ここで愛し子かどうか、証明してみせるのはどうだ」
「それは……どういう事でしょうか?」
「なに、簡単よ。公爵代理がミラ嬢を愛し子だと認めた時と同じような事をすれば良いのではないか?それが愛し子であるという証明になると思うのだが」
簡単に言ってのけるが、公爵代理がミラを愛し子だと判断したのは彼女の発言だけである。証拠としては不十分だ。それが分かっているからこそ、公爵代理とミラの顔色は既に病人かと間違えそうなほど、白くなっている。
先程と同じように、気不味い時間が続く。そして。
「では、シア嬢は可能か?」
私の番がやってきた――。
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