30、舞踏会入場
またもう一度この場所に戻ってくるとは……私はそう感じていた。
現在、ニンフェ城の大広間のドアに立っている。王族以外の王国貴族は全員広間の中にいるらしく、扉の中から微かな音楽と話し声が聞こえる。
入場は国内の貴族、来賓、王族の順に広間へと入る。現在は、私たち来賓の入場待ちの時間だった。国外追放になった私の初めての社交が共和国の来賓としての参加になるとは、誰が思っただろうか。
隣には婚約者のライさんが、前にはルイゾンさんが控えており、私たちの後ろには皇帝陛下とルイさん、ディアさんが控えている。
私は現在共和国に戸籍を置いているので、名前はシアで呼ばれるらしい。姿は変わっていないので、私を見たことのある人であれば、アレクシアだと分かるだろう。
実際、扉の前に居る衛兵は、私の方をチラチラと見ている。たまに護衛の任に就いていたこともある人だった気がする。名前は覚えていないが。
「ウォルトン共和国ブレア領領主ルイゾン様、長男ライナス様、婚約者のシア様のご入場です」
さて、入場である。
目の前の扉が開く。ホールは赤を基調に煌びやかに装飾され、シャンデリアの光を反射している。一瞬目の前が白くなるほどだ。
少しだけ手が震えている。恐怖からだろうか。そんな私にライさんは手を差し出した。
彼の手の温もりに私は落ち着きを取り戻す。そうだ、私は一人じゃない。
ライさんの顔を覗き込めば、彼はにっこりと笑ってくれた。それを見て、もう怖いものはない、と思えたのだった。
入場を促された私たちは、レッドカーペットの上を優雅に歩いた。ライさんもまるで王子様のように、堂々と歩いている。流石ですね、と小声で伝えれば、ライさんは少し照れているようだった。
私たちが広間の中程を歩いていると、周囲が少しだけ騒々しくなる。
「あの男性、格好良いわね」
と声のした方を一瞥するとライさんを見て頬を染めている女性がいた。確かに彼女の言う通り、ライさんの礼服姿はルイさんにも負けないほど王子様然としていると思う。彼の着用しているジャケットとパンツは黒を基調とし、襟や袖口に金色の刺繍を施してある。彼の銀色の髪にとても映えている。
その隣を歩く私が見惚れてしまうほどだ。
やはりライさんの姿を讃える声が多かったが、その傍らでヒソヒソと私の事であろう話し声も聞こえてきた。
「ねえ、あの方って……」
「どこかで見たことが……」
表に出ていなかった娘なので、顔を知っている人は少ないだろうが、それでも全くいないわけではない。それに私は祖母に似ているのだ。彼女のことを思い出す人もいるだろう。
不思議な空気の中を歩き、私たちは来賓が座る席へと向かった。宰相様のお気遣いで、私たちは王族から見にくい位置に席を用意してもらっている。私はそこで静かにミラたちを待った。
ちなみに公爵代理は右側にいたため、右側にいたライさんが私を見せないようにと気づかれない程度に隠してくれた。そして私たちが丁度彼の目の前を歩いている時に、公爵代理と大公様が話していたので、大公様も公爵代理が私を見つけないよう、目を逸らさせてくれていたのかもしれない。
そのため、公爵代理が私に気づくことはなかった。
全員の入場が終わり、国王陛下が壇上に立つ。その横には白をベースとした服を着ているハリソン様と、ウエディングドレスのようなドレスを着ているミラが幸せそうな顔で壇上に立っていた。
二人とも自分たちが目立つ事が好きだったな、と思ったほど目立っている。それとミラがあの顔をしているときは、自身が注目を浴びている事に酔っている時の顔だろう。
「本日は、ご足労感謝する。本年は、王太子であるハリソンが成人を迎える年であり、婚約者のミラ嬢が仮成人を迎える年になる。それを祝して、今年は最大規模の舞踏会を催すこととなった――」
満面の笑みで発言をした国王陛下だったが、彼も含めミラやハリソンも自身が注目されている事に酔っていて気がつかない。ある一部の招待客……帝国も含めた他国の貴賓たち、そして王国側でも数人の貴族たちは、目を細めて壇上のヴィクターたちを見ていた事を。
「それではしばし御歓談を」
長々と笑顔で感謝の言葉を述べていた国王陛下は話し終えると、満足げに壇上の椅子に座った。ミラもハリソン様も彼と同じような顔をしているので満足しているように見える。だが、その幸福がこの後壊されるとは、思いもしていないだろう。
その後、王国貴族たちがこぞって国王陛下やハリソン様、ミラに挨拶へいく様子が窺えた。彼らの挨拶が終わった後、貴賓客には彼らが直接挨拶に来る予定になっている。
国王陛下、次にハリソン様とミラの元へ挨拶をする彼らの顔は、もはやこびへつらっているようにしか見えない。そんな彼らと話をするハリソンとミラも上機嫌だ。予想では挨拶に来た貴族からおべっかを使われているのだろう。ニヤニヤが隠せないほど、口角が緩んでいる。
これがミラの求める幸せなのだろう。誰もが彼女に注目して、褒め称える。そしてその隣には王国で陛下の次に権力を持つハリソン様。
私の求める幸せとは正反対だ。早く立ち位置を変えていれば良かったのだろうか……と考えて、頭を振った。立ち位置を変えたところで、ミラは私を虐げただろう。
そんな事を考えていた私の元に、ルイさんとディアさんがやってくる。二人は彼らに見えないように、少しだけ眉を寄せていた。
「あいつらの顔が気持ち悪いんだが」
「……注目されて上機嫌なのでしょう。彼らは注目される事に喜びを感じるようなので」
返答が思った以上に冷たい声だった。その声の低さに出した自身が驚く。隣にいたライさんも、ルイさんも、こちらを見て目を丸くしている。
慌てて笑えば、ライさんは私の腰に手を回し、にっこりと笑いかけてくれる。
そしてそんな私の目に入ったのは挨拶を先に終わらせたのか、壇の下でミラに一番近い場所にいるのがベルブルク公爵代理だ。彼も満面の笑みでミラとハリソンを見つめている。
彼には何の感情も感じない。そのためぼーっとその様子を見ていたが……そこでふと思い出したことがあった。以前爺が話した時に、父が言ったとされる……「そんな愛し子の授業など受けなくていい」という言葉。
そして思い通りになったとニヤけている顔を見て、怒りを募らせた。
「……愛し子の事を理解しようとせず、娘を甘やかし。過去の感情を優先し、実の娘を捨てる。なんと愚かなこと」
「上に立つ者としては失格だね」
私の声が聞こえていたらしいライさんが、ため息を吐きながらそう話す。本当にその通りだ。
笑っていられるのも今のうち、と思っている時点で、もう私は彼を父とすら思っていないのだろう。私の家族は、母と精霊さんだけだ。
その精霊さんを助けるための舞台は、着々と迫ってきていた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
本日より投稿再開します。
よろしくお願いします!




