23、その頃の王国 その4
「君に兄や甥を押し付けて済まなかった」
宰相であるデイミアンの執務室に訪れたのは、ヴィクターに似た風貌を持つ男だった。少しお腹が出ており、滅多に外を出歩かないため色が白いヴィクターと違い、無駄な脂肪がなく筋肉質で、日に焼けているのか肌は黒めである。
その男は宰相の元を訪れると、開口一番頭を下げて謝罪したのだった。
「フィリック様!頭を上げてください!」
そう、その頭を下げた男こそ、キャメロンの弟である大公フィリックだった。現在は帝国に程近い国境付近の領土を治めている。
彼はダドリックの正妃の息子として誕生する。側妃の息子であるキャメロンと、正妃の息子であるフィリックだ。
そこでダドリックは側妃を寵愛していたことから、殊更キャメロンを可愛がり、長子だからと勝手に継承権一位であると宣言してしまったのである。
継承権については、本来国王や正妃を含めた上位陣が集まり決定するものだと決められている。そのため、貴族内では勝手気ままに行動する国王に不満を持った者が、フィリックを王太子にしようと画策し始めたのだった。
ただ、その計画はフィリックが早々に王位継承権を放棄した事で鎮火する。画策した者たちを宥めたのも彼だ。
それにより、フィリックはダドリックに王都から離れた精霊の加護が届きにくい辺境の領地を与えられ、その領地の発展に力を注ぐことになる。ここ五年ほどは経営も安定していたため、のんびりと領地を見回っていたらしい。
「いや、そもそもキャメロンが亡くなった後の話は、私のところにも来ていたが、介入すべきなのか……と躊躇するべきではなかったのだ。アレクシア嬢が婚約白紙にされた時点で、私がここに出向くべきだったのだろう。彼らに物を申せるのは、私しかいないからな……そもそも宰相よ。本当に、アレクシア嬢はミラ嬢を害したのか?私はそれが信じられん。国外追放になるほどのものなのか?」
「殿下と婚約する以前については分かりませんが、彼女が王宮に暮らしている時は、あり得ませんね。キャメロン様より与えられていた予定は分刻みで、ミラ嬢を虐めている余裕などありませんでしたから。それはキャメロン様が亡くなった後も続いておりましたので」
アレクシアは当時、キャメロンに言われて公爵家の領主の仕事を一部受けていたらしい。それだけではなく、婚約者だからと言ってハリソンから押し付けられた仕事もこなしていたのだそう。
現在ハリソンが残した仕事とヴィクターが残した仕事は、最終的に宰相の元に集約されており、期日の近いものだけは宰相が処理をしていた。
「そうか……兄の意図を知らなかったヴィクターは、彼女をそのまま放置していたのだな」
「アレクシア嬢の件については、王家預かりというのもあり……私も迂闊に手が出せなかったのも問題でした。ですが彼女は現在、共和国のブレア領内で魔石屋を営んでいるそうです」
「……彼女にも悪いことをしてしまったな。彼女の国外追放を取り消せるように私が動こうではないか」
「ですが……領地は……?」
「信頼のおける者に任せてある。数ヶ月は此方にいても問題ない」
こうして宰相と共に大公が動き始めた頃、そこにやってきたのはまたポールだったのである。
「お久しぶりでございますねぇ〜、大公殿」
「おお、ポールか。久しいな」
目の前にいる男が大公でも気楽に挨拶する男、それがポールである。宰相に対する言葉よりは一応丁寧だ。
「ポール、もしかして以前の件で何か進展があったのか?」
彼が来たということは、何か分かったのだろう。宰相は彼に顔を向けてそう尋ねる。
以前来た時は、国境付近の精霊が少なくなり、王都に精霊が集まっていること、何らかの理由で精霊たちが消えていることが伝えられた。
ちなみにポールは元々皇帝お抱えの筆頭魔道具研究者だったのだが、ある日突然「旅に出る」と言って辞職し、新たな魔道具のアイディアを求めて王国や共和国を周っていた魔道具大好き人間である。
現在彼は皇帝の元に戻っていることをデイミアンも知っている。それでも受け入れるのは、王国に危機が迫っていると感じているからである。デイミアンとフィリックは彼の協力者なのだ。
「そう。結論から言えば、私たちの仮説が正しいと証明されましてね。精霊姫の一人、エアル様が仮説を認めてくださったのですよ〜」
「「精霊姫……?」」
「失礼。此方では精霊四天王という呼び方でしたねぇ〜。精霊の間では、精霊王の次に魔力の多い精霊たちを精霊姫、精霊王子と呼ぶらしいですよ。ちなみにアレクシア様は風の精霊姫様をエアル様と名付けたと聞いていますよっ」
「つまりアレクシア嬢は精霊四天王様……いや、精霊姫様と話すことができるということか」
フィリックにそう聞かれて、ポールは無言で頷く。
「そして精霊が消えている原因もエアル様のお陰で分かりまして〜」
ポールからその件について説明を受けたデイミアンとフィリックは、眉を顰める。まさかハリソンの婚約者が原因だとは思わない。
口をあんぐりと開けている二人に、ポールは口角を上げる。これなら問題なく協力してくれるだろう。
「ちなみに、私たちが彼女の髪飾りを彼女から取り上げることは……できるだろうか?」
彼女がいつも身につけている髪飾りは宰相も知っていた。遠くから見ると赤い球がまるで血の色を現しているように見え、どこか不気味な印象を植え付けられた記憶がある。
「残念ながら、それはできないとアレクシアさんは言っていたかな〜。僕らも最初、それを考えたんだけど……あの髪飾りは特別製で、精霊の愛し子でないと触れることが出来ない髪飾りと言われちゃいました」
これもアレクシアの母の形見である本に書かれていたことを、ポールがダンに教わったのだ。
「だから、暴走を止めるには彼女の力が必要な、の、で!」
「そうか、我々が彼女の追放を取り消す必要がある、ということか」
「流石大公殿!話が早いですねぇ〜。今のところ、共和国のルイゾン様からのご協力で、アレクシアさんがかの長男の婚約者として出席しようと計画していまして」
「ほう、確かルイゾン殿の息子はライナスと言ったな」
「ええ、ええ!彼の婚約者として王宮に招待できるように手配をお願いしたく」
そう述べた彼は、大袈裟に頭を下げる。これは彼が重要な依頼をする際のポーズなのだ。過去、幾度とそのお辞儀を見てきたデイミアンは、ポールのその姿を懐かしく感じた。
「ポール、その件は任せてくれ。フィリック様、申し訳ございませんが、ご協力をお願い致します」
「此方も全力を尽くそう。取り消し次第、また連絡を……」
「ミッチャドに私との連絡手段を預けておきますので、何かありましたら彼に言って下さいね〜。あ、あともうひとつ言わないといけない事があるんだけど……」
デイミアンとフィリックはポールからその話を聞き、頭を抱える。
「この件については、即断即決できないと思うので改めて返事をくださいね〜」
そう言って爆弾を残したまま、ポールは去っていったのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ちょいちょい恋人同士の触れ合いは入ってくるとは思いますが、次話からラストに向けてこのまま突っ走る予定です。
(話のストックがなくて、お休みをもらうかもしれませんが、そのときはすみません)
あと何話で終わるのか……未だ不明ですが、是非お付き合いいただければと思います。




