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【受賞作品・書籍化中】私、もう興味がありませんのーー虐げられた愛し子は隣国でお店を開く事にしました  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第三章 王国編

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21、弱音と感謝

 あの後、私はいつの間にか寝ていたらしい。

 ふと気づくとベッドの中で寝ていた。服を見ると寝巻きを着ているので、自分で着替えたはずなのだが……全く記憶がない。


 キッチンの近くのテーブルに座っていた爺に昨日の様子を聞けば、着替えだけでなく、色々と家事もしていたらしい。だが、ずっと上の空でボーッとしていたそうだ。


 今はきちんと意識があるので問題ないが、少しでも考える時間があると、昨日のことを思い出してしまう。

 だから私はその事を頭から追い出すために、休む事なく手を動かしていくのだった。



 無事店終いも終わり、疲れからカウンターで寝そべっていた時だった。

 店の扉が開いたので、顔を上げて声をかけようとした私は、口を開けたまま入ってきたライさんを見つめた。


 ……昨日の今日で、私の心が持たない。


 そう思った私は、視線を合わせる事も気恥ずかしく思い、彼の眉間をじっと見つめてしまう。


 昨日のライさんは何か思い詰めているような表情だったが、今日はその様子がない。きっと心の整理ができたのだろうが……私を見つめてくるライさんの視線が恥ずかしくて、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 


 そんな失礼な事をしてしまった私だったが、ライさんは気にしている様子がない。気まずい雰囲気を払拭するために、私の前にたどり着いたライさんへ声をかけようと口を開こうとするが、喉がカラカラで声が出なかった。

 私の様子に気づいているのか分からないが、ライさんは私に話し始めた。

 


「シアさん、昨日は取り乱してごめん。いきなりのことで驚いたと思う……君が囮になるって聞いて、居ても立ってもいられなかったんだ……」

「ライさん……」


 

 昨日は呼び捨てだったが、今日はさん付けに戻っており、少し心が痛む。

 

 そして彼の行動は私を心配してくれていたからだったのか、と納得がいった。……だが、心配で抱き締めるのは普通なのだろうか、甚だ疑問だ。

 共和国は王国に比べて友好的な人が多いのは確かだ。以前ネルさんも「心配で〜」と泣いて抱きつかれたことがあったので、そんなものなのかもしれない。けど、ライさんは異性だ。同性と同じと考えてもいいのだろうか。


 普通が分からず頭がこんがらがっていると、ライさんとぱっちり目が合う。目が合った彼は私に微笑んだ。

 

 

「昨日の謝罪も兼ねて、になるけれど……良ければこの後、時間を貰えないかな?」



 私はライさんから視線を離す事ができなかった。その瞳はまるで愛しい者を見るような優しく甘い雰囲気が漂っていて……私はその雰囲気に呑まれ、彼の目を見つめながら頭を縦に振った。


 精霊さんたちと店舗奥で気を遣ってくれたのだろうか、お茶を飲んでいた爺にその事を伝え、私はライさんに手を引かれて家を出る。

 

 日が落ちた街は魔法のランプの明かりで彩られ、幻想的な空間となっている。

 昼に比べると周囲の人々は足速に去っていく。手に箱を持っているのを見ると、家で食事をする人が多いのかもしれない。ところどころ昼間のように明るい光を放つ店は、冒険者たちがよく飲み明かす酒場らしい。そこからは陽気な声が聞こえる。


 一方でライさんは無言で歩いている。しかし私の歩くスピードに合わせてくれているのだろう、歩くペースはゆっくりだ。


 大通りを抜け、北に向かう。この街は北側が緩やかな丘になっているため、北に向かうには坂を登らなければならないのだ。

 北はほぼ住居スペースとなっており、日用品を売る店舗等はあるが、大通りに比べると道は暗く静寂だ。


 

 北側のメイン通りを北上し、ある程度歩くとライさんは小道に入っていった。小道の行き止まり部分には一軒の家がある。

 

 その扉の前にたどり着くと、ライさんは私の手を離す。私は思わず手を握り締めて、手に残った彼の体温を感じていた。

 ライさんは扉を開くと、改めて私の方へ向き、満面の笑みで手を差し出してくる。



「お手をどうぞ、シアさん」

「あ……ありがとうございます」



 私は彼にエスコートされながら、お店に入ったのだった。


 

 店内は色とりどりの光があちらこちらに浮かんでおり、落ち着いた雰囲気の店だ。右手にはカウンターがあり、足の長い背もたれのない椅子がいくつか置かれていた。そしてカウンターの奥にある棚にはびっしりと瓶が置かれている。


 黒と白の服を着た男性の店員さんに案内され、私たちは左側へと歩いていく。そして王国の城にあったバルコニーのような場所に置かれているテーブルに案内された。


 初めて来た場所にドギマギしていると、ライさんは私の近くにある椅子を引いて、座らせてくれる。緊張しながらも、何とか座るとライさんも同様に向かいの椅子に座った。



「シアさん、嫌いだとか苦手だと思う食べ物はある?」

「えっと……辛い物は少し苦手です」

「うん、わかった。食べ物は僕が選んでもいいかな?」


 

 了承の返事をすれば、ライさんはすぐに幾つかの料理を頼んでいる。店員さんとも気さくに話しているので、何度も来ているのかもしれない。


 再度ライさんがこちらを向いたと思ったら、飲み物について聞かれたので、私は紅茶をお願いする。紅茶の種類もいくつかあったので、王国でも飲み慣れていた種類を選んだ。



 飲み慣れた紅茶の香りが周囲に漂う。大皿に盛られた食事皿とライさんのワインが届くと、「ごゆっくり」と言われた後、店員さんは扉を閉めて去っていった。


 遠くから微かに人の声が聞こえる。その声はきっと酒場で騒いでいる人たちのものだろうが……それ以外の音は聞こえずあまりにも静かなので、まるでライさんと私しかいないかのように錯覚してしまう。


 頭では考えることができるのに、私の身体はまだ緊張からか硬いままだった。

 食事も美味しいのだが、如何にせん……彼が目の前でニコニコと笑顔で食べているので、落ち着かない。食事が終わりやっとの思いで紅茶を一口飲んだ私を見て、ライさんは私の名前を呼び、「あっちを見てみて」と言って微笑んだ。


 手の方向を見ると、大通りの店の光だろうか。まるで空に輝く星のように暗闇で光り続けている景色に私は思わず感嘆の声をあげていた。

 ニンフェ城(王国の城)で与えられた部屋も、夜窓の外を見ればこのような美しい景色だったのかもしれないが、勉学などで疲れ果てて寝るだけだった私に、美しいと思う余裕は無かったと思う。


 王国では今まで言われたことだけをこなしていたが、きっとこの街に来て少しは変わる事ができたのだろう。美しい物を美しいと思える心の余裕がある今の生活の方が、私らしく感じる。

 思った以上に目を輝かせて広がる景色を見ていたらしい。向いからライさんのふふふ、と笑う声が聞こえてきた。



「少しは緊張も解れたかな?」

 

 

 そう微笑んだライさんの顔を見て、私は恥ずかしさからか頬が熱くなった。緊張で硬くなっている事を見抜いていたのだろう。彼を見るだけで昨日のことを思い出して赤面してしまうため、必死に思い出さないように気を遣っていたこともあるのだが。



「ええ、ありがとうございます。街の光が星のようで……とても綺麗ですね」

「そう言って貰えて良かった。連れてきた甲斐があったよ」



 話すまでは硬くなっていた私も、話し始めれば問題なく言葉が口から出てきていた。優しく笑いかけるライさんに私も微笑み返す。

 ライさんはワインを一口飲んだ後、一瞬だけ私から目線を逸らす。だが、直ぐに私に視線を合わせてくる。その瞳には強い決心が垣間見えた。

 


「改めて昨日の件なんだけど、本当に申し訳ない……あれは僕の心が弱いせいで、君に八つ当たりしてしまったんだ」

「八つ当たり……?」



 いつも微笑んでいるライさんには似合わない言葉だと思う。



「……シアさんが囮になると言った時、僕は何も言うことができなかった。……僕ではシアさんの役に立てないと思ったから」

 


 胸の内を明かしたライさん。私は彼の言葉に目を見開いた。


 

「……ギルドで初めて会った時は、居場所を守るために気丈に振る舞っているように僕には見えていたんだ」



 確かに、王国では上から言われたことだけをやっていて、自ら何かをすることなどなかった。自分の人生なのに、どこか他人事だったのだ。それが変わったのがあのギルドの一件だったと思う。あの時にやっと自分の人生を歩んでいる実感が湧いたのだ。

 私には居場所がなかった。安心できるところなど何処にも無かったのだ。今思えば、自分が安らげる場所を早く作りたいと焦っていたのだと思う。

 


「シアさんからしたら烏滸がましいかもしれないけれど……その時僕はシアさんを守りたい、そう思ったんだ」


 

 ライさんは哀愁に満ちた顔で私にそう告げる。私は、彼のことを烏滸がましいなんて思っていない。その事を伝えようと口を開く前に、ライさんの言葉が続いた。

 


「でも今は違う。今のシアさんはまるで水を得た魚のよう……その姿が僕には眩しく見えるんだ。勝手に君を守りたい、と思って守った気になって……肝心な時に役に立たない僕は、なんなのだろうって」

「そんなことはありません!」


 

 ライさんの言葉を聞いて、彼が側から離れてしまうのではないか、という焦燥感に駆られた私は、ついつい彼の言葉に重ねてしまった。

 いきなり立ち上がって声を上げた私に驚いたのか、ライさんは目を丸くしてこちらを見ている。私ははしたない事をしてしまった、と思いながら椅子に座った。



「私が今、そう見えているのはライさんのお陰です」



 椅子に座った私は、改めて彼を見据えた。


 

「……私はこの街に来て、やっと自分の居場所を見つけることができました」



 ライさんも含め、ノルサさんやリネットさん、ネルさんも……たくさんの人が私に手を差し出してくれた。それも私の糧になっているし、感謝してもしきれない。

 

 

「私を受け入れてくれた皆さんには、感謝の念が尽きません。ですが、私が安心してこの街に居られる1番の理由は、ライさんがいたからだと思うのです」


 

 私が危ない時には何度も助けてくれ……そして、店舗に訪れては柔和な微笑みと言葉で労ってくれた。ライさんへの好意に気づいたのは最近ではあるが、きっと私はライさんのことが気づく前から好きだったのだ。

 彼の隣はとても心地が良かった。それはきっとライさんの優しさが私に伝わっていたのだろうと思う。


 

「ライさんが今まで私を見てくれていたからこそ、今の自分があると思うのです」



 ライさんはいつの間にか私の心の拠り所となっていた。今回の囮の提案も、彼がいるからこそ出来たのだ。

 

 ――ライさんがいるから、頑張れる。恋の力は偉大だと思う。


 

「本当にありがとうございます」



 好きという気持ちを私に教えてくれて。


 そう言って私は頭を下げ、ライさんに笑みを向けた。

 

 いつも読んでいただき、ありがとうございます。


 異世界恋愛にタグを付けておきながら、今までの作品は恋愛要素が少なかったので、今回は自分の描ける程度頑張りました。

 恋愛要素が終わったら王国での対峙となり、恋愛要素が減ると思いますので、ここで思いっきり恋愛してもらおうと思います(^ ^)


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