19、協力者
最初に反応してくれたのは、ルイゾン様だった。
「君の決意は理解した。だが、どうやってミラ嬢に近づくのか……そこは考えているのかい?」
「そうですね。王国内を移動する際は幻影魔法を利用して変装しつつ移動しようかと考えております。幸いなことに、現在ミラは通いで王妃教育を受けていることを教えていただいたので、公爵家で使用人として働きながら、その機会を狙おうかと考えておりました」
公爵家が使用人を常に募集しているのは、爺の情報網によるお陰で知る事ができたのだ。ミラのわがままにより、結構な人数が屋敷を追い出されているらしい。
この件に関してはエアルたち精霊さんも力を貸してくれるので、最終的には成功する可能性が高いと考えている。
「成程。だが、私としては長期間敵陣にいれば君の正体が暴露る可能性もある。だからその方法はお薦めしないな。これを利用するといい」
ルイゾン様はそう言って、机に入っている手紙を取り出し、私の目の前に置いた。
「これは……」
「三ヶ月後にある王族主催のパーティの招待状だ。私は共和国の代表として参加することになっているのだが、その際シアさんをライナスの婚約者として連れていこう。シアさんには変装してもらうことになるが、どうだろうか」
机の上に置かれた手紙を私はじっと睨み付ける。確かにこれを利用した方が、短期で解決できる可能性が高い。だが、失敗すれば、ルイゾン様にご迷惑をお掛けしてしまうのだ。
「しかし、この事が明るみに出れば、ルイゾン様は国外追放を命じられた私を王国に入れた重罪人となってしまいます!そんな危険な橋を渡らせることはできませんわ!」
そう言って拒否した私に話しかけたのは、ルイゾン様ではなくルイさんだった。
「なら、王国に入国する許可を貰えばいいだけだ。バイロン、可能だろう?」
「ええ、彼に頼めば可能でしょうな」
「なら、その件は任せた」
「承知いたしました」
爺は部屋から姿を消した後、すぐに戻ってくる。この件を誰かに伝えて戻ってきたのだろう。
「予想では、一ヶ月程度もあれば許可が出るはずだ。それまで待っていろ」
彼は何てことのないように話す。それを見て笑いだしたのは、ルイゾン様だった。
「流石は帝国の諜報員ですね。協力者の当てがある、と言うことでしょうか」
「ああ。シア嬢の追放に納得していない者がいるからな。彼らなら協力してくれるだろう」
協力者の存在を明かされ、もしかして……と想像がつく。帝国の諜報員の能力が素晴らしいのか、王国の情報管理が駄目なのか、はたまた両方か……。
「それにしても……ここまで情報が帝国に筒抜けとは……国としてどうなのかしら」
私がぼそっと呟いた言葉に、ルイさんが反応する。
「前国王時代は情報を集めるのが大変だったらしいが……今は楽だとは言っていたな。むしろ情報が手に入り過ぎて、精査するのが大変だと言っているくらいだ」
それだけ王国が平和ボケしている証拠だろう。いや、精霊の愛し子がいるから、問題ないと思っているのかもしれない。あまりにも王国の上層部の危機感のなさに頭を抱えていると、ライさんが真剣な顔でルイさんに向き合っていた。
「ところでルイ。モーズレイ侯爵の件で、進捗はあったの?」
「ああ、その件に関してだが……現在ベルブルク公爵家に、シア嬢の動向を見張るよう命じているそうだ。それで裏ギルドを使って、公爵代理はお前を探している。その時に契約を持ちかけたのが、モーズレイ侯爵だ。そいつはお前の動向をこちらで見張る代わりに、全てが終わったらお前を引き取るらしい。一生表に出ない形でな……ミラ嬢がいなくなれば、ベルブルク公爵家に愛し子がいなくなる。その隙を狙って、侯爵家で精霊の愛し子を誕生させられないか、と考えているのだろう」
成程。つまり私に子どもを産ませて、次代の精霊の愛し子を侯爵家で誕生させようという考えか。次代の愛し子がモーズレイ侯爵家で生まれれば、公爵家と同じ立場になれる可能性がある。それを狙っているのだと思われる。
そう納得していると、ふと隣にいたライさんの拳が目に入る。その拳は強く握り締められており、わずかに震えていた。心配した私が声をかける前に、ルイさんが話し始める。
「後はモーズレイ侯爵のところにいるザリバーを捕獲するだけなのだが……」
「でしたら私が囮になりましょうか?」
間髪入れずに手を上げて言った私に、全員の視線が集まる。そんな視線を感じながら、私は話し続けた。
「先程の話からすれば、私は囚われたところで酷い扱いはされないと思うのです。魔力封じの腕輪を使われる可能性は高いと思いますが、多分今の私なら壊せると思うので、連絡は取れると思いますし。それに最悪、エアルたちの力を借りれば逃げられると思います」
「成程、茶番か。予定調和にお前が連れ去られ、婚約者役のライと我らが助けるという。ふむ、諜報員を含めた腕のある人間を何人か見繕っておこう」
「ついでに何人かモーズレイ侯爵家に潜入させておきましょう。そうすればシアさんの安全が少しでも保証できるかと」
ルイさんとディアさんの間では、今後の予定について話されていた。彼らは私の意見を取り入れてくれるようだ。二人が私の安全のために、どう人員を配置するかを話し合っている中、ルイゾン様がこちらを心配そうな顔で見ている。
「シアさん、本当にいいのかい?君がわざと攫われる必要はないと思うのだけれど」
「はい。ルイさんたちに協力していただける分、私がお返しできるのは、これくらいだと思いまして」
そう決意の籠もっているであろう瞳でルイゾン様を見つめれば、彼はひとつため息をついた。
「分かった。君の意志を尊重しよう。だが、何かあった時には必ず自分の身を守ってくれ」
『そこは私たちもいるから大丈夫よ』
エアルやディーネは私の顔を見て、にっこりと笑っている。ウルもグノーも、真剣な顔で私を見ていた。精霊さんたちの顔を見て、私は勇気が湧いてくる。今ならなんでもできそうだ。
気遣わしげにこちらを見ているリネットさんやジェイクさんに視線を合わせ、私は頷く。そして最後にルイゾン様に視線を向けた。
「ルイゾン様、私はまたこの街に戻ってきても宜しいですか?」
そう告げれば、最初は驚いた顔をしていたルイゾン様だったが、次第に孫を見るような優しい顔になる。
「勿論だ。全てが終わったら、また一緒にこの街に戻ってこよう」
そう言われたことが嬉しくて、私は満面の笑みをルイゾン様に見せたのだった。
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