17、母の形見
「そう言えば、お嬢様は公爵家に伝わる髪飾りをご存じですか?」
ふと思い出したのだろうか、爺が私に話しかけてくる。
「髪飾り?私は知らないわ」
そもそも公爵家に代々伝わる物があることすら、私は知らない。爺から貰った母の形見の本、これが代々伝わっているものだと知っているくらいだ。
「いえ、カロリーナ様がお亡くなりになった後、バート殿がミラ様と見つけたらしいのです。古株の執事曰く、その髪飾りは代々伝わるものだという話でしたが……」
「……そんな話は聞いたことないわ。もしかして記憶にないだけかしら」
母との記憶を思い出しながら首を傾げていると、肩で寝ていたディーネがむくりと起き出した。
『ねえ〜、おじいさん。どんな髪飾り?』
彼女の目はいつになく真剣だ。そしてフワフワ飛んでいたグノーとウルまでもが、テーブルに座って爺の方を見ている。その視線に圧倒されたのか、爺は少したじろいだ。
「チラッと見ただけですからのぅ……確か真ん中に赤い球型の宝石が埋め込まれていた気がしますな」
『……グノー。ウル。どう思う〜?』
『……判断に迷いますね』
『だが、可能性は高いんじゃないか?』
爺の言葉に三人は考え込んでいる。なんだろうか、嫌な予感しかしない。
『ねえ、シア〜。カロリーナから渡された本、持ってる?』
「本?あ、爺から渡された本の事かしら?ちょっと待ってね」
そう言って私は、本棚に入れておいた本を手に取り、テーブルへ置いた。
最初は王国を思い出すため、なかなか手に取れなかった本だ。その後は色々な出来事があったため、今ディーネに言われるまで忘れていた本。母には申し訳ないのだが、それだけ多忙だった証拠だと思う。
開いてみると、その本は白紙だった。
「……白紙だね」
「ディーネ、この本白紙よ?」
『あ〜シア、魔石に魔力を込める時のように、この本の表紙に魔力を込めてみて〜。私の魔力を使っていいから』
本を閉じて言われた通りに、表紙に手を翳し魔力を込める。すると、真ん中に埋め込まれていた石が反応し、その石が発光する。まるで晴れ渡った日の美しい青空のような水色の光だ。
全員で見惚れていたが、その光はすぐに収まっていく。完全に光が収まったところで、私は再度本を開いてみたところ……。
「え?字が書かれている……?」
先程まで白紙だったページにはびっしりと字が書かれており、その字は心なしか青く発光しているように見える。
「これは……魔道具なのかな?」
『人間の作る魔道具と似たようなものねぇ〜。これは精霊王様が作られたモノよ』
「精霊王様が……?」
『ええ。さっきエアルが「精霊は万能ではないわ」と言っていたと思うけど〜、精霊王様は違うのよ』
精霊王様は世界のバランスを整え見守る存在であるが、精霊姫であるエアルやディーネよりもできる事が多いらしい。
『この本もそのひとつね〜。アイディアは初代愛し子が出したらしいわ』
「そうだったの。これには何が書かれているのかしら……?」
『公爵家に代々続く愛し子とは何か、その条件等が書かれているわ〜』
「……つまり、公爵家の秘密が書かれているという事ですかのう?」
『そうねぇ、そうなるかも〜』
私はページを捲っていく。内容は後でゆっくりと読ませてもらうとして、まずはざっと一通り目を通そうと、どんどんページをめくっていたその時。
ある一つの挿絵が目に入った私は、テーブルに本を置いて指を指す。
「もしかして、爺の見た髪飾りってこれのことかしら?」
そこには、真ん中に赤い球状の宝石が埋め込まれ、両側にカサブランカの花が彫られている髪飾りの絵が描かれている。じっと見つめるが、私はこのような髪飾りを見た事がなかった。
爺も私が指差した先に書かれている絵をじっと見つめた後、顔を上げた。
「……多分、これですなぁ。お嬢様が王宮に行った後から、よく着けられてましたのぅ」
『なんだって?!グノー、ディーネ様、まさか……』
『エアルが帰ってこないと分からないわ。けど可能性はあるかも〜』
『……だとしたら不味いですな』
その言葉を疑問に思い尋ねるも、『エアルが帰ってきてから話す』の一点張りだ。精霊さんたちから詳細を聞くのを諦めた私は、最後のページまで捲る。すると、最後のページに挟んであった封筒が、床にぱさり、と落ちたのだ。
落ちた白い封筒を拾おうとすると、ライさんも丁度手紙を拾おうと手を伸ばしていたらしく、彼の手首に私の手が触れてしまった。
思わず手を引っ込めた私の顔は、きっと真っ赤だろう。頬が熱い。
その間にライさんは手紙を拾ってくれて、私に手渡してくれた。お礼を言いつつ受け取ると、封筒の裏に文字が書かれていることに気づく。その文字を読んでみると……。
「カロリーナ・ベルブルク……お母様の名前だわ……」
そう、母の形見に入っていたのは、母直筆の手紙だったのだ。
「お嬢様、見てみたら如何ですかのぅ?」
爺も手紙には驚いたようだ。元々預かっていただけなので、中身を開いたこともなかったらしい。そのため、母からの手紙にも今気づいたようだった。
「ええ、そうね……」
母の手紙を持つ私の手が震えている。これは喜びなのか、不安なのか……色々な感情が入り混じっており、なんとも形容し難い感情だ。
顰めっ面で手紙を見つめていると、ふと隣に座っていたライさんが目に入る。そのことに気づいた彼は私に微笑んだ。
ふと気づくと手の震えは止まっていたので、気を取り直して私は封を開ける。
中には便箋が2枚入っていた。1枚目は、母の手紙であろう。先に一枚だけ取り出して、流暢に書かれた文字を追っていく。
そこに書かれていたのは、先程爺が話してくれたハリソンとの婚約についてだった。
「ハリソン様との婚約の件は、爺の話してくれた通りだったわ。この手紙にもそう書かれているの」
机に置いて手紙の内容を二人に見せると、爺は「カロリーナ様の字ですなぁ……」と感慨深いようだった。
一方で最後まで読んだと思われるライさんが、眉を寄せている。
「ねぇシアさん。最後に書かれている部分、読んだ?」
「え?」
最後に追伸で書かれている部分は、まだ私も目を通していない部分だ。慌てて私も最後の部分に目を通す。すると、そこにはこう書かれていたのだ。
『バートはアレクシアを次期公爵とは認めないでしょう。私がそう遺言証を残しておいても、怒って破り捨てる可能性が高いと私は考えています。そのため、アレクシアにこの遺言証を託します』
私は急いで、2枚目の紙を取り出す。すると、そこには母の遺言証。
「これは……遺言証ですな。ここに公爵家の印と、カロリーナ様だと思われる魔力が込められておりますなぁ……王家の持つ魔道具にカロリーナ様の魔力は登録されているはずですから、それが証明されれば、これは正式な遺言証だと認められるでしょうな」
「これが正式なモノと認められれば、シアさんは次期公爵だと認められるということですか?」
「まぁ、そうですなぁ。引き継ぐかどうかはさておき……次期公爵と指名されていた証明にはなりますな」
……母はどこまで将来のことを読んでいたのだろうか。
そう不思議に思いながら、私は遺言証と手紙を丁寧に折りたたんで、封筒へ戻した。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
エアルが戻ってきた後から、恋愛要素とざまあ要素が強くなる予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




