11、自覚
散々揶揄われた後、ネルさんは「頑張ってくださいっ!」という言葉を残して、私と別れた。私とライさんはそういう仲などではなく、友人だ……だが、心の奥底では、「私には勿体無い」と思っている私がいることに気づいた。
昼時が過ぎて喧騒が落ち着いた道を歩きながら考える。
ライさんには個人的にいつも助けてもらっている気がしている。初めて会った時も、精霊崇拝派の相手から守ってもらった……あの時は緑の……太陽の光に当たった新緑のように綺麗な瞳に釘付けになった覚えがある。そしてその後も昇級試験で、怯んだ私を気遣って逃げるよう言ってくれた。
そして先日、彼は誘拐犯に攫われそうだった私を助けてくれた。その時に呼び捨てで呼ばれたことが嬉しくて……彼の剣筋に見惚れていたっけ。あの時の彼は颯爽と助けてくれたところが格好良くて……。
そこまで考えて、ハッとする。今、「好きだと思った」と考えたのだ。その好きはどのような好き、なのだろう。
「うーん、分からないわ」
「おや、シアさんが独り言とは珍しいな」
思わず声を出して呟くと、後ろから声を掛けられる。見るとそこにはリネットさんが立っていた。用件はルイゾン様からの伝言だった。
私はリネットさんと共に急いで家に帰り、その話を聞くことにしたのだった。
家に戻ると、私とリネットさんと爺とで話をした。
調査の結果、精霊の加護持ちの誘拐は、彼らが街の外に出てから行われたそうだ。全ての加護持ちが、なんらかの理由で住む街を出た後に、行方不明になっているらしい。
現在、精霊崇拝派の影はこの街の周辺にないと判断しているが、彼らには移転魔法がある。そのため、「心苦しい事ではあるが、街の外へ出る事をもう少し控えてくれ」とルイゾン様からのお願いらしい。
私もそれで異論はないので、了承する。
その伝言を受け取った後、爺は「後はお二人でどうぞ」と店を出ていく。最近リネットさんとゆっくり話せていなかったので、その時間をくれたのか……はたまた、帰ってきた時の私の雰囲気が少しおかしかったからか……。
ああ見えて爺はとても鋭い。何か思うことがあったのかもしれない。
リネットさんには紅茶を用意する。そしてふと、彼女は勤務中だ、という事を思い出した。
「ゆっくり話す雰囲気になってしまいましたが、お時間は大丈夫ですか?」
「ああ。今日、私は休憩をまだ取っていなくてな……エイドリー、私の部隊の副隊長の一人なんだが……彼からついでに休みを取るよう追い出されているから、問題ない」
「でしたら、お昼は召し上がっていないですよね。宜しければ、サンドイッチを召し上がりますか?」
「……良ければ貰って良いだろうか」
「ええ!丁度朝の残りがフリッジに入っていますから、出しますね」
そう言って私はリネットさんの前にサンドイッチを出した。
「そういえば、先程会った時に独り言を呟いていたが、何か考え事をしていたのか?」
サンドイッチを食べ終わり、雑談している最中。リネットさんが私の様子を思い出しのか、そう切り出されて、私はライさんの事を思い出し顔が一気に真っ赤になる。そして思わず下を向いてしまった。
リネットさんはそんな私を見て、怪訝な顔をしている。
「どうかしたか?」
「えっと……実は……」
純粋に心配してくれているリネットさんに嘘を言うことができず、私はリネットさんに会う前、ネルさんに会った事、そしてその時ライさんの話をした事を話した。
「その『好き』という感情が友情としてなのか、恋愛としてなのかが分からないのです。恋愛としての好き、という感情を今まで持ったことがないので……」
周囲にいる結婚適齢期の男が、ハリソンだけだったことも影響しているのだろう。そう話せば、リネットさんも難しい顔をして考え込んでいた。
「いや、済まない。私も恋愛をしたことがない人間だからな……何と言って良いか……。そういえば、知り合い――シモーネが『その人の事を、素敵だ。格好いい。そう思ったら、異性として意識している好きに、足を一歩踏み込んでいると思うわよ?』と言っていたな」
それを聞いて胸がドクン、と鼓動が大きくなったような気がした。つまりシモーネさんから言わせれば、私はライさんの事を異性として「好き」なのだろう。
「後は『あとは、やきもちを焼いたり、相手に触れたいと思ったり……この人じゃなきゃダメ!って思ったら、恋じゃないかしら?』と言っていたな……ああ、感情が昂ることも恋愛では良くあるらしい。私はそのような相手が居なかったので分からないが……」
そういえば、私はライさん関係のことでよく顔を真っ赤にしていた気がするのだが……。これは私がライさんを意識している証拠なのだろう。
そう自覚して、私はピシッと固まった。もう彼とどんな顔をして会えば良いのか分からなくなる。
固まった私に気づいていないリネットさんは、「参考になったか?」と話を振ってきたので、お礼と共に頭を下げた。私がライさんのことを「異性として」好きだと理解できただけでも、よかったと思う。
……でも、ライさんと顔を合わせられそうにない。意識してしまうと、何を話せば良いか分からなくなりそうだ。
その後はリネットさんと別の雑談をしていたが、私の頭からライさんの事が離れなかった。
そんな恋愛の話をして数日。最近の私はライさんの前で動揺ばかりしていた。
まずリネットさんと話をした翌日。
丁度他のお客さんがいない時間帯にライさんが店に訪れ、水と風の魔石を購入してくれた。魔石を購入する場合は、基本お客さんが瓶から魔石を出して、購入する分を私に手渡してもらう方式だ。
勿論、ライさんも同じように水と風の魔石をひとつずつ取り出して、私の手に乗せてくれたのだが……その際、偶然だとは思うが、ライさんの指先が私の手のひらに当たってしまったのだ。
驚いた私が思わず手を握ってしまったため、ライさんの指も思いっきり掴んでしまい……。顔を真っ赤にして謝罪を繰り返したのだった。
そしてその2日後。
丁度お客さんの足が途絶えた頃、店の外を掃こうと箒を持って外に出ようとしたドアノブに手を回した瞬間、ドアが思った以上の力で開いたのだ。ドアノブに手を掛けたままだった私は、そのまま引っ張られてしまい、床の段差につまずいてしまった。
箒で支えることもできず、倒れていく私。
「危ない!」という声を聞いた後、私は地面にぶつかると思い目を瞑ったのだが……。
私の考えに反して、ポスっと何か温かいものに当たって止まったため、私は地面にぶつからず済んだようだ。恐る恐る目を開けて、上を見た私の目に入ってきたのは、心配そうにこちらを見るライさんだった。
彼の顔が今までで一番近くにあることで、私の顔から火がでそうだ。
「大丈夫だった?シアさん」
そう言われて固まっていた頭が動き出し、口を開けたり閉じたりするも……そこから声はでない。不思議そうにこちらを見ているライさんと顔を真っ赤にしているであろう私。
そこで気づく。私はまだライさんに抱きついている状態だと言うことに。慌てて立ち上がりお礼を伝えたが、ライさんに触れたという事実で、私の鼓動はとても早い。
なんとかライさんへの接客を終え、私は早めに店を休憩にする。
一息ついて落ち着くと、不意にリネットさんが言っていた言葉を思い出した。
――『あとは、やきもちを焼いたり、相手に触れたいと思ったり……この人じゃなきゃダメ!って思ったら、恋じゃないかしら?』と言っていたな……ああ、感情が昂ることも恋愛では良くあるらしい。
やきもちは分からないが、ライさんに対して感情が昂っているのは事実だ。そして先ほど彼と触れていた部分――頬や肩や腕など――が、ほんのり熱を持っている気がする。
(……私が触れてほしいと思っているのは、ライさんだけだ)
そのことに気づいた私は、ライさんへの恋心を自覚して、店のカウンターに突っ伏すのだった。
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