10、ネルとの会話
爺の話とライさんの話を聞いて、二週間程が経った。
あの後から私は一度も街の外に出ていない。家の中では爺とダンさんが交互に護衛をしてくれており、なんだかんだ楽しい日々を送っている。ライさんも2日か3日に一度は様子を見に来てくれ、時にはお茶をする時もあった。
店舗にはまだ魔力を込めていない魔石も多く、今のところ無理して取りに行く必要もない。そのためなるべく私は依頼を受けずに過ごしていた。訓練も警備隊の訓練所を貸してくれる事になったため、そこでリネットさんに接近戦を教わりながら訓練もするようになった。
元々警備隊の訓練所は一般開放している場所があり、ギルドの訓練所と併用してそちらの訓練所で訓練する冒険者も多いらしい。理由は、警備隊の隊員との模擬戦ができるからだ。もちろん、彼らの訓練中、空いている時間であればではあるが。
今日は店が休みだったので午前中は警備隊の元で訓練し、その帰り道だった。
昼の繁忙期はどこも落ち着いているらしく、通りを歩いている人はそこまで多くない。私は大通りを歩きながら、店に入るか、それとも買って帰ろうかを思案していたそんな時――。
「あれ、シアさんですよね?」
そう声をかけられ後ろを振り向くと、そこにはネルさんが立っていた。雰囲気がいつもと違うように見えるのは、服装のせいだろうか。彼女は花柄のワンピースを着ていた。
「お久しぶりです、ネルさん」
狙われたあの件から、私はギルドに足を運んでいない。だからネルさんと話すのも久しぶりだ。
「お元気そうでよかったっ!今日はどこかへ行ってきたのですか?」
「ええ、警備隊の訓練所で訓練をしてきました」
「そうだったんだ!なら、もしかしてお腹空いてません?良かったら一緒に……」
と言われたところで私のお腹が「くー」と鳴り、私は顔を赤くして思わず俯いてしまう。ネルさんは満面の笑みで私の手を取っていった。
「訓練したらお腹空きますよね〜。シアさん、美味しいお店を知っているので行きませんかっ?!」
「……ありがとうございます。私でよければ」
こうしてお休み中のネルさんとご飯へ行く事になったのだ。
私のお腹を考慮してか、ネルさんが案内してくれたのは歩いて数分の、裏通りにあるカフェだった。ここは朝、昼、おやつと提供するメニューが少しずつ変わる店らしい。そして夕方でお店が閉まるそうだ。今は昼食のメニューを選べるらしい。
おすすめはピザとパスタ。この街は小麦の有名生産地であるため、思った以上に安価でこの二つの料理が食べられるのだ。ちなみにネルさんはピザセットを、私はパスタセットを注文した。二人ともトマトゥルのソースを使用している。ちなみにトマトゥルはレムドさんやジョアンさんの育った村で採れたものだそうだ。ネルさんが教えてくれた。
店員に注文した後は、ネルさんが最近のギルドの様子を教えてくれた。
「今日お休みだったのですね」
「そうなんです〜!最近やっと落ち着いたので」
私が狙われた後ちょっとしてから、魔物の動きが活発になってきているそうだ。幸いなのがそこまで強い魔物がいないと言う事だ。強い魔物はライさん、ロゼットさんとシモーネさんが主に担当しているらしい。
特にゴブリンの繁殖力が強くなったのか、多くの冒険者がゴブリンの依頼を受注していたそうな。
「シアさんも事件に巻き込まれたって話を聞きましたし、本当に気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。今のところ依頼はお休みしているので大丈夫かと思います。最悪街の外に出る場合は、ライさんにお願いしますわ」
「それがいいですね!」
手を合わせて笑っているネルさんに微笑みながら、ネルさんと私は丁度届いた食事に手を合わせた。
食事をしつつ会話する。
ネルは話し上手で私を飽きさせることがない。話題は依頼や冒険者のことだけでなく、最近野菜の質がいいと八百屋さんが言っていたなどと街中のことについても詳しいため、とても勉強になった。彼女の人となりが情報収集力につながっているのだろう。
そう感心しながら聞いていると、急に私へ話が振られた。
「そう言えば、シアさんの販売する魔石も評判がいいですよ〜!魔石店が常駐しているお陰で、冒険者の怪我が少なくなりましたね!魔石を購入しておくよう指導した甲斐がありました!」
そう言われて、確かに店舗に訪れるお客さんが多いな、と思っていたことを思い出す。多いのは勿論冒険者だが、レムドさんやジョアンさんのように買い出しに来ている方も増えてきた。ここ最近で一番増えているのは、魔石を装飾品につけて贈りたいお客さんだ。
彼らはトビー君の鍛冶屋で装飾品の作成を依頼した後こちらに来て、魔石にどのような魔法を込めればよいか、という相談に来る。一般の人から見れば、防御結界魔法と言ってもどんなものか想像が付かないのだ。だからこちらでどのような魔法があるのかを説明することが多くなっている。
そんな話をすれば、「成程、一般の方に売れると説明が大変ですねぇ……」と考え込むネルさん。その合間に喉が渇いた私は一口紅茶を飲んだ。
カップをソーサーに置いた丁度その時、ネルさんも顔を同時に上げた。
「なら、紙に書いてそれを渡すのはどうですか?一般の方がよく購入されるのは、防御結界魔法と治癒魔法あたりだと思うんです。絵も入れて魔法の説明を書いた紙を渡しながら説明する方が手間がかからないかと思って!」
「良いかもしれません!」
確かに、言葉だけだとどうしても時間がかかる。それなら魔法のイメージ絵が描かれている紙を見ながらの方がわかりやすいだろう。早速帰ったら作ってみようと思う。
お礼を言えば、ネルさんは嬉しそうに笑ってくれる。
そんな会話を続け、最後のデザートが届いた頃。
ネルさんはシフォンケーキを食べながら、ふと思い出したかのように話し始めた。
「そうだ、シアさん!見ましたよ!ライさんの腕輪!ついに渡されたのですね!」
「え、ええ……」
そう言えば、「腕輪が良いのでは?」とお薦めしてくれたのは、ネルさんだ。あの時のお礼を再度伝えようと口を開くが、その前に彼女が話し始める。
「どうやって渡したのですかっ?ちなみにライさんとは恋仲への進展ありました?」
「え、えっと……渡したのはお店ですが、ライさんと……恋仲?」
彼女の勢いに圧倒されつつ、言われた内容に困惑する私。腕輪を渡したからと言ってそんな雰囲気にならなかったし……そもそもその事を知らなかったのは、ライさんも承知の上だ。
「ネルさんは腕輪がその……愛の告白である事を知っていたのですよね?」
「それは勿論!ですが、誤解しないでくださいね?一番は使いやすさを重視したので推しましたっ!それに……腕輪を渡すことが愛の告白を意味する、と言われていますが、正確に言うと少し違うんです。告白したい異性に腕輪を渡して、晴れて恋人同士になったら、渡したのと似たような腕輪をもう一人が贈ること、これが正しいですね」
それが正確な慣習だったらしい。今では男性側(もしくは女性側)がお揃いの腕輪を購入して渡す、腕輪を渡さず告白が成功してから買いに行く等々……色々あるらしい。
「ちなみに愛の告白をする時の腕輪は、あまり彫りなどの装飾の多くないものが一般的ですね。逆に恋人のいない人が装飾多めの腕輪をしていることもありますよ〜」
「装飾……少なめ?」
「そうなんです!なので、ライさんの腕輪を見た時、とてもシンプルなものだったので……てっきりシアさんから言われたのかと思ったのですが……」
穴があったら入りたいくらいだ。そんな私の周りを精霊さんたちが飛び回り……。
『シア、貴女今顔が真っ赤よ?』
『本当だ〜!アッフルみたいにまっかっか〜!!』
その言葉でどんどん追い詰められていく。そして私を面白そうに見ているネルさん。
居た堪れない。そんな私に、ネルさんは更に私を慌てさせる話を振ってくる。
「まぁ、腕輪の件は置いておきましょう。実際シアさんはライさんの事、どう思っているんですか?」
「ぇえ!?」
彼女のニヤニヤが止まらない。そして私は混乱しながらも、ライさんのことについて考えていた。
ライさんはいつも私を助けてくれる……特に誘拐犯から助けてもらった時は、格好良かったと思……そこまで考えて私は頭を思いっきり振った。
「お、何か思い出しましたか?顔真っ赤で可愛らしいですよ〜、シアさん」
そう言われて、私はネルさんに揶揄われていることに気づき、彼女を少し睨みつけたのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
誰だっけ、となりそうなので、レムド・ジョアンについて載せておきます。
*レムド・ジョアン
魔石店の常連。近くの村から出稼ぎに来ている幼馴染の二人で銅級冒険者。
村は農村で、小麦や野菜などを育てている。
週に一度は村に帰省するらしく、その際シアの店で購入した魔石を渡している。
出てきたのは、第21部と第22部の「初めての討伐依頼」




