5、爺
「お嬢様、改めてお元気そうで」
「爺も……まさかこんなに早く会えるなんて思わなかったわ」
そう言って私は笑った。爺は恩人だ。その恩人がまさか帝国の諜報員だとは思わなかったが。
「ふふふ、儂もですよ。実は儂はもう引退しようと考えてましてね。本当は、そう主人にお伝えしてから、こちらに顔を出そうと思っていたのですよ」
だが、皇帝はまるでそれを見抜いていたかのように、言い放ったらしい。ザリバーの捕獲と私の護衛を。
そしてそれが終わったら、自由にして良いという事を。
「ですから、お嬢様にはご協力いただかなくてはなりませんが……」
「ええ、皇帝の依頼ですものね。こちらこそよろしくお願いします」
やはり以前からお世話になった爺と顔を合わせる事ができて嬉しい。それがたとえ任務であったとしても。
流石に気は引き締めないといけない、と考えながら爺と話を続ける。
そんな時、ドアの扉が開く音がした。店の扉には、閉店の文字を掲げてあるはずだが、誰だろうか。
「おや、来ましたかの」
爺の様子を見ると、知り合いのようだ。二人で店のカウンターへ足を運ぶと、そこには……。
「おお、シアさん、久しぶりですねぇ」
私の御者として王国内で助けてくれたダンさんの姿が目に入ったのだった。
「ダンさん?!もしかして、ダンさんも……」
諜報員だったのか、と言いそうになって、思わず口を噤む。そんな私の言いたいことなど、彼もお見通しだ。
「ええ、爺さんと同じですよ。と言っても、俺は伝達役が主でしたがね」
「まあ、公爵家は王国の要ですからな。多くいても不思議じゃないと思いますぞ」
確かに言われればその通りだ。ちなみにダンさんは「〜っす」と丁寧語を使い分けることで、御者と諜報員の切り替えをしているらしい。今は諜報員としてのダンさんなのだろう。
「もしかして、私の国外追放も……」
「ああ、実行は俺で、計画は爺さんですね」
そうダンさんがさらりと話したので、爺は笑いながらその時のことを話し始めた。
爺は、私がハリソンと婚約破棄されるであろうことを、私が婚約破棄される日の1ヶ月ほど前から知っていたらしい。
その理由はミラだ。彼女が公爵代理と共に食事中に話していたのを聞いた(聞き耳を立てていた)ためだ。
その際、私が婚約破棄した後のことを公爵代理がミラに話していたらしいのだが、ミラは「社交界で顔を見るのも嫌。どこかでくたばってくれないかしら」と言っていたそう。
その時に、国内外の男性に嫁ぐという線は無くなったのだ。愛し子でないと思われていても、私は公爵家の娘。公爵派のある程度高位の下衆な貴族に嫁がせたとしても、社交界は出なくてはならない。
だから国外追放にしたのだろう。
「その話を聞いて一番可能性が高いのは、身分剥奪からの国外追放だと考えましてのぅ……方向としては、共和国が近いですからそっちに向かうと考えて、計画を立てたのですよ」
そして目を付けたのが、彼とノルサさんが運営する魔石屋だった。
「お嬢様は魔石を4属性分作れますからの。あそこは情報屋もやっておりますから、あの魔石屋でお嬢様の持つ魔石を見せれば、手助けしてくれるのではないかと思いましてね。そこは賭けの部分もありましたがな」
――つまり彼はアレクシアが生きていくために、魔石を販売するだろうと踏んでいたのだ。そして魔石のことを知らない彼女の講師役としてノルサたちを選んだのだ。勿論、ノルサたちはルイゾンの手の者であると把握した上で。
彼女がアレクシアと関われば、きっと愛し子……最低でも加護持ちであることは判断できるはずだ。それが最終的にはルイゾンの元に報告が上がるだろう、と考えていたのだ。
ちなみにグレートウルフ襲撃事件については、流石の爺にも予想が付かなかったが。
「だからダンさんが『魔石を見せてみたらどうですか?』と助言を下さったのね」
あの時、魔石屋に向かう前。ダンさんが進言してくれたのだ。
もし魔石屋の店員さんが信用できそうなら、シアさんの持っている魔石を見せて、商品になるか判断してもらってはどうですか――と。
私はノルサさんと精霊の仲が良いのを見て、思い切って魔石を見せたのだが、これも爺の思い通りだったのだろうか。
そう考えながらじっと彼を見つめていると、爺は私に笑いかけた。
「ええ、お嬢様なら彼女に魔石を見せるだろうなと思いましてな」
その理由は教えてもらえなかったが、爺の手の上だったというわけだ。
「ですが儂としては、ここまで早く魔石店を開くとは思っておりませんでしたからなぁ。最後に話した時に、『ギルドで販売できますぞ』と話したでしょう?ギルドに販売すれば、ある程度稼げるでしょうから、そこからお金を貯めて……早くて数年後くらいにとは思っていましたが……まさか、ルイゾン様がお嬢様に便宜を図っているとは、いやはや思いませんでしたぞ」
「ええ、お陰で魔石は順調に売り上げが伸びているし、爺に以前借りたお金も返せるの。後で返すわね」
「ほっほっほ、受け取らせていただきますわい」
まさかここまでお膳立てされていたとは。でもそのお陰で今があるのだ、本当に爺……様様である。
「しかしシアさん、聞いたところによると、公爵代理からは銅貨一枚、しかも投げつけられたと聞きましたよ?酷い父親ですねぇ……銅貨一枚なんて宿にも泊まれないじゃないですか」
顔を顰めて言ってのけたダンさん。だが私はその言葉に違和感を感じた。
「銅貨一枚ですか?」
「ええ、そうですよ。爺さんの後任の諜報員が言ってたそうですよ。醜悪な笑みと共に『あの娘は銅貨一枚で追い出した、今頃どこかで野垂れ死んでいるだろう』とね」
まあ、公爵代理の発言などいつも通りだから良いとして……私が投げつけられたのは金貨一枚。つまり公爵代理は銅貨と金貨を見分けられない人間だと言うことになる。
どう返答するか困惑していると、周囲をふわふわ飛んでいたエアルが『そういえば』と話し始めた。
『そういえば、あの時グノーが私に頼んだ事、最終的にはシアの役に立っていたみたいねぇ』
「……グノーが?」
『うん!グノーがね、エアルに「銅貨が金貨に、金貨が銅貨に見えるように幻惑魔法をかけてくれ」って頼んでたんだよ〜』
『最初は何の意味があるんだ、と思ったが、最終的には主人の役に立っていたな!よかったな、グノー』
『……人間の貨幣の価値は知っていたからな』
なるほど、エアルによる幻惑魔法が掛かっていたので、公爵は私に銅貨を投げつけたと勘違いしたのだろう。
幻惑魔法は触れば見抜かれるものではあるが、金貨も銅貨も大きさは僅かに異なるだけ。当時公爵代理は激昂していたし、硬貨は握りしめて投げつけていた。気づかないのも無理はない。
そう納得していると、爺がこちらを楽しげな目で見ているではないか。
「お嬢様は精霊と話す事ができるようですな。確か以前は姿だけだったとお聞きしていますが」
「共和国に来てから、彼らと話す事ができるようになりまして……銅貨一枚の件は精霊さんの悪戯だったらしいですわ」
「悪戯?」
どういう事だ、とダンさんは首を傾げている。
「私に投げつけられた硬貨は、実は金貨です。公爵代理は精霊さんの悪戯に気づかず、私に金貨を投げてくださったのですわ」
そう言えば、彼も理解したようだ。
「何というか……シアさんには失礼を承知で言いますが、あの方の目は節穴なんですね。その事といい、愛し子のことといい……」
そう呟いたダンさんは口を閉じ、無言の時間が続いた。
お知らせ
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
私事で恐縮ですが、本日朝より体調が悪化してしまいました。
本日はなんとか投稿できましたが、少々投稿が厳しいため、数日お休みさせていただきます。
本日は書き上げたものをそのまま上げております。
推敲等行っていないため、落ち着いたらまた修正します。
楽しみに読んでいただいている皆様には申し訳ございませんが、今しばらくお待ち下さい。
今後もアレクシアたちをよろしくお願い致します。




