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【受賞作品・書籍化中】私、もう興味がありませんのーー虐げられた愛し子は隣国でお店を開く事にしました  作者: 柚木(ゆき)ゆきこ@書籍化進行中
第三章 王国編

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4、不穏な空気 その4

「どこから話しましょうか……まず儂は皇帝に仕える()の一人でして」


 

 まるで今日の天気を話すかのように、彼は言う。しかしそれは隠さなければならない事実である筈だ。あまりにも自然に話された言葉に、私は混乱した。いや、ルイゾン様以外の全員が混乱したに違いない。



「白銀級冒険者は儂の表の身分を証明するために、取ったものですな……勿論、忖度させず自力で取りましたよ。そしてある程度その仕事が落ち着いた頃に、ベルブルク公爵家に料理人として送り込まれていたのですよ」

「爺が……帝国の影?」

「ええ、お嬢様もご存じでしょう」

 


 王妃教育で帝国については学んだので知っている。現皇帝であるギルグッド十七世の命令のみを聞き、世界中の情報を収集する諜報員……それを『帝国の影』と呼んでいる。


 王国では以前彼らの足取りを掴もうと足掻いた事があるらしいが、全く掴む事ができなかったようだ。まあ、諜報員なので足取りを掴まれるようなヘマはするとは思わないのだが……そのため、王国の貴族の中には、眉唾な噂では?と話す者もいるらしい。


 

「公爵家に居た時の儂の主な仕事は、『公爵家にいる愛し子についての情報収集』でしての。当時、愛し子であったお嬢様の母カロリーナ様の様子を報告しておりました。本当は、お嬢様が生まれると同時に帝国に戻るよう命じられておりましたが……お嬢様たちが双子だったため、儂はそのまま情報収集のために残ったのですぞ。今思えば、公爵家に残る判断は英断だったと思いますがね」



 確かに、あの時爺に仕事を辞められていたら、私は生きていなかったかもしれない。それは本当にありがたかった。

 だが、諜報員なのにスラスラ思い出話のように話すのは本当にいいのだろうか。眉を顰めて首を傾げれば、爺はなんてことないように話す。



「この件については話しても良いと、皇帝から許可を頂いておりますからの。話して良い者は、お嬢様が愛し子であると知っている者たちに限られておりますがな……証拠はルイゾン様の手元にある現皇帝ギルグッド様の直筆の手紙ですな」


 

 その言葉で全員が一斉にルイゾン様の手元にある手紙へと視線が向く。



「ああ、彼の言う通りだ。この手紙には皇帝のみが使える印も押されている」

「ええ、この件に関してはルイゾン様に知られていた方が、儂の仕事がやり易いのですよ。……儂は『公爵家の長女(お嬢様)を護衛するように』と命じられて、この街に来たのですから」

「私の、護衛ですって?」



 何故、対面したことのない現皇帝が私を守る必要があるのだろうか。しかもここは共和国……越権行為になる可能性もある。だから、爺はルイゾン様に手紙を渡したのだろうけれど、そこには何が書かれているのだろうか。


 

「簡単に言えば、お嬢様の護衛をする事が、儂ら皇帝の悲願に繋がる可能性が高いからでしょうな」

「その悲願というのが、ここに書かれているある男を捕まえることなのだろう」

「その通りですな。精霊崇拝派に属する暗部、『切り裂きザリバー』と呼ばれる男の捕縛……」


 

 切り裂きザリバー……初めて聞く名前だが、暗部と聞いて何となくピンと来た。それはライさんも同じだったらしく、私より彼の方が先に口を開く。



「それはもしかして、僕と戦った相手のことではありませんか?」

「如何にも。あやつの事ですな」


 

 爺の声にあった優しさの欠片は、どこへ行ってしまったのか。そう思うほど冷たい声だった。



「これは帝国の恥と呼ばれている部分ですな。あやつは以前……と言っても十年ほど前に、暗部で働いていた人間でしての。禁忌である人殺しを行い、捕らえられていた人間でした。その後隠し持っていた薬を飲んだらしく、自死したのです」

「死んだ人間が、生き返ったの?」

「……いえ、お嬢様はご存じないかもしれませんが、奴が飲んだのは仮死状態になる薬だったらしいですな。当時の医師はそれを見抜けず、死亡と判断しました。その後医師は報告に向かうため、衛兵は牢に入るための扉の前で警備していたらしいのですが、その一瞬の隙に奴はいなくなったのです」


 

 その時のことを思い出したのか、爺の眉間に深い皺が刻まれる。



「その後戻ってきた医師と衛兵が驚いて、奴の死体を捜索したのですが見つからず……当時あやつは死亡していると判断していましたからな。半年で捜査は打ち切られたのですが、その数年後に奴が帝国に現れましての。それを知った時には上層部は混乱しましたな……『何故死亡した人間が、生きているのか』とね」



 人間が生き返るはずないのだ。その時の混乱は推して知るべしだと思う。

 


「その時に同じ暗部だった者が、あやつは瓶を持っていて、瓶の中身は水のように透明な液体だったと話したそうです。それを聞いた医師が、『無色透明の毒はない』と……」

「なるほど、それで仮死状態にする薬だと判断したわけか」

「ええ、その通りですな。それからあやつを捕らえるために動いていたのですが、あやつは移転の魔道具を持っているらしく、いつも捕縛目前でこれ見よがしに使うのですよ……あやつは相手のみならず、自分すら甚振るのが好きなのでしょうな」


 

 そう言われると、私もそのように思う。精霊崇拝派に与している、つまり殺害できないとするなら……彼の目的は私の誘拐だろう。だが、彼はすぐ私を捕まえるのではなく、逃げ道を塞いで追い詰められる私を楽しそうに見ていた。


 しかも彼は最終的に私を捉えようとせず、違う人間に任せている。ということは、彼は陽動だったのだろうか。

 そんな人間を操作できる者などいるのだろうか……いや、操作できないから二人体制をとったのか。真意はわからない。

 

 

「あやつはほとぼりが冷めるまで動かないようにと精霊崇拝派から指示されていたのかは分からないのですがね……帝国に現れたのはここ十年で3回のみ。その3回目で奴が帝国ではなく、王国で息を潜めている事をやっと突き止めたのですな」

「王国ね……」

「ルイゾン様、思い当たる事でもあるのですか?」



 ジェイクさんがそう尋ねる。阿吽の呼吸、とでも言うのだろうか。



「ああ、王国で加護持ちが何人か連れ去られた事件があっただろう?あれで不自然な事があってね。その誘拐された人々の暮らす場所を地図で示すと分かるのだが……ある領の周囲で起こっている」



 と言って彼は地図を出す。その中心にあるのはモーズレイ領。モーズレイ侯爵と言えば、公爵派の筆頭だ

 だが、これだとあからさますぎないだろうか。思わず私は聞いてしまった。



「ですが、これだと分かり易すぎると思うのですが……」

「そうだ。これがモーズレイ侯爵を嵌めるための策なのか……素直に考えて良いのか……それが分からないのさ」

 


 そう言ってルイゾン様は頭を捻る。



「儂らもそう思いまして、あやつの跡をつけさせたのですが……」

「ザリバーの跡を?」

「ええ、特に気配の隠蔽が上手い後輩に任せているのですよ。隠蔽に関しては、儂より上でしょうな。ですが捕縛は難しいでしょう。魔法吸収の魔道具を相手が持っているのが、問題ですな。ですが……今回は彼奴を捕らえるのではなく、泳がせております」

 


 そう言って、爺は一呼吸置いた。



「彼奴が転移する可能性の高い場所に諜報員を送っておりますので、後は彼らの報告待ちですな」

「その情報は教えていただけるのだろうか?」

「ええ、報告があり次第、お伝えしますぞ」



 それを最後に、この場は解散となった。ルイゾン様とリネットさん、そしてジェイクさんとライさんはこの場に残って話し合いになるらしい。

 また話し合った上で、何か決まればライさんが教えてくれるとのこと。

 

 私と爺はその部屋から辞し、私の店に向かうのだった。

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

無事に更新できましたので、楽しんでいただけると幸いです。


爺とライの話が入った後は王国編が数話入る予定です。

王国の現状もお楽しみください。


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