2、不穏な空気 その2
遡ること数時間前。
休日である今日、私はギルドに来ていた。
久しぶりに採取依頼を受けようと思ったからだ。向かう場所は最初にライさんと依頼へ向かった「静寂の狭間」と呼ばれている場所。そこで私も幾つか採取をしたい薬草があったことが大きい。
いつものようにネルさんに依頼票を渡した後、私はそこまで歩いて向かった。
今日は何を採ろうか、と狭間に着いたその時――。
殺気を感じて防御結界魔法を展開するのと同時に、カツンと結界に何かが当たった音がする。振り向くとそこには、黒いフードを被った人がいた。
その姿を見て、一度どこかで似たような姿の人を見たことを思い出すが、残念ながらその記憶は思い出せない。
フードを被った相手の顔は、ほぼ見えないと言って良いだろう。大部分が隠れているのである。見えるのは鼻の半分と口のみ。相手は歯を見せて笑っているのだが、なんとも不気味で悍ましいと感じる笑みが湛えられている。
相手を見つつ足元を一瞥すると、そこには小型のナイフが落ちており、よく見ると刃先は何かの液体で濡れている。
毒か、痺れ薬か……だが、良い効果のものではないだろう。
私は再度その人を睨みつける。だがその瞬間、その人は私の視界から消えていた。だから思わず私は叫んでいた。
「どこ!?」
『シア!上よ!』
エアルが叫んで教えてくれた事もあり、私は見上げる。すると、そこには刃物を振り下ろそうとする人の姿が。刃物、たぶんナイフであろうものを振り下ろされるも、その刃は結界に阻まれる。
エアル仕込みの結界に感謝するしかない。このままある程度の時間は防御結界魔法で受け切れるだろう、と安堵していると……。
『シア、避けて!』
エアルの一声で私は咄嗟に後ろへ避ける。すると、結界の隅がまるでチーズを切るかのように、さらりと切れて消えてしまったのだ。エアルの一言がなければ、私に刃が届いていただろう。
「何故、結界が?!」
思わず叫ぶも、相手が教えてくれるはずがない。相手は私の敵なのだから。
流石に魔物と人では勝手が違う。しかも、相手は相当の手練れなのだろう。魔法を使用しても、避けられてしまう。
それならと、拘束魔法を使うのだが……相手に土が巻き付いたと思ったら、その土は跡形もなく消えていく。
私はその光景に目を見開いた。
『シア、あいつは魔力を吸収する魔道具をつけているわ。それも結構な魔力を吸収できる』
なるほど、それならば完全に相手に魔法が効かないと考えた方がいいだろう。
そう考えていると、唯一見える相手の口元がまたニヤリと動く。何だろうか、悪い予感しかしない。そう思った瞬間、目の前には二桁はある土塊が。
『あいつ、吸収した魔力を放出しようとしている!防御結界魔法を張って逃げて!』
エアルの言った通り、数の多い魔法が私に飛んでくる。数個は当たってしまうが、流石にこれで壊れるほど結界は柔ではない。だが分はこちらが悪い。
魔法を使えば相手に吸収され、その魔力を利用される。多分相手は魔道具が壊れるまで、延々とそれを繰り返すことができる。
私には魔法以外の攻撃方法がない。打つ手がないのだ。
魔力と魔法の効力を上げる事に尽力していたため、接近戦を疎かにしていた。これからはそこも、どうにかしていかなければならない。
まずは、ここから逃げる事が先決だ……と思い、逃走を図ろうとするが、そこも相手の方が数段早い。
街の方向へ逃げようとする矢先に道を塞がれる。それが数度繰り返され、私は逃げ道を塞がれていた。
相手は逃げようと焦る私の姿が面白いのだろうか、先ほど見えた笑みが更に深くなっている。
後は木々が生い茂る山、逃げるための道は敵の後ろ。
口角を更に上げた相手が、私の首元に手を伸ばそうとする。私を殺すつもりなのだろうか。そう思い通りにはさせない、そう思って後退りした時、相手の背後から殺気を感じた。
それは相手も気づいたようで、咄嗟にナイフを後ろに振り翳す。すると、カキーンと甲高い音が周囲に響き、私の目の前では刃物がぶつかり合っていた。
私を狙っていた相手は相当驚いたらしい。歪んだ笑みではなく、口が半開きになっている。
相手を驚かせたのは、ライさんだった。彼は憤怒の表情で、周囲に魔法で作られた火を纏っている。
「彼女に手を出すな」
そう言って彼は相手を睨みつけたまま、双剣を振るったのだった。
「ライさん!」
気がつけば私は叫んでいた。その声には、恐怖と安堵が混じっている。きっと知らぬうちに極限状態が続いていたのだが、彼が助けに来てくれたという事実に心が落ち着き始めていた。
彼は火を纏わせた双剣を手に攻撃を仕掛けるも相手のナイフに防がれてしまう。その隙に私が魔法を放つが、サラリと躱されてしまった。
ライさんと腕が互角以上の上に、相手に隙がない。いや、あるのかもしれないが、戦闘経験の浅い私では見つけられないと言った方が正しいか。
打つ手はないか、改めて考えていると、ライさんから指示が飛んだ。
「シア!君は下がって防御結界を張って!」
ふと呼び捨てで呼ばれたことに鼓動が高まるも、今はそんなことを気にしている場合ではない。
暗殺対象なのか、誘拐対象なのか……まあ相手の顔を見ると、暗殺対象だったのかもしれないが。その私が近くにいるのは、ライさんにとって不利になる可能性もある。
そう考えた私は打ち合いの邪魔にならない場所まで離れると、ライさんの言う通りに防御結界を張る。そして落ち着いて戦況を観察し始める。するとライさんは双剣に火を纏っているが、その火が吸収される様子はない。
つまり、私の魔法を吸収していた魔道具はナイフではないということか。ライさんは剣に火を纏わせているのだ。魔道具で防ごうとしたら壊れてしまう可能性があるのかもしれない。
私相手には問題なかったが、まさかここでライさんが助けに入るとは思わなかったのだろう。
だが、様子を見ていると若干ライさんが押され始めている気がする。先程よりも動きが鈍くなっている……可能性としては、知らないうちにナイフの刃がライさんに当たり、毒薬が効き始めているのかもしれない。
彼を支援すべく、私は後ろで殺気を出しているエアルたちに確認した。
「ライさんに支援魔法をかけたいの!手伝ってもらえる?」
『任せて。……あの野郎に一泡吹かせましょう』
『あたしも〜!手伝う〜』
『主人!あいつは許せねえな……』
『……私も武器強化を』
彼らもやる気満々らしい。私はライさんに支援魔法を掛けた。
「身体強化魔法」「継続回復、状態異常回復」「魔力譲渡」「武器強化」である。火の精霊さんの魔力譲渡は、文字通り相手に魔力を渡すものだ。ライさんは火属性に適性があるので、うまく利用してもらえれば良いのだが。
それを施せば、ライさんの動きは格段によくなっていく。
本人も最初は目を開いて驚いていたが、私の支援魔法だと理解したのだろう。次の瞬間には、間合いをとったライさんは鋭く相手を睨みつける。相手も間合いを取り、私はその背中を見つめていた……そんな時。
『シア!逃げて!』
『こいつ何〜?気配を感じなかったよ〜!』
私の後ろにはライさんが対峙している相手と同じような格好をした男が。ライさんの相手と違い、こちらはフードを被っているが、顔がほぼ隠れていない。
その男は瞳孔を思いっきり開いてこちらを見ている。そして口からは涎と思わしきモノが垂れており、それが光を浴びて光っている。どう見ても異常者にしか見えない。
その手はあと数歩のところで私に届くだろう。そのため逃げようとしたのだが、私は何故か足が動かなかった。何か大きな力で地面に縫い付けられているような……そんな気味の悪い力を感じながら。
相手の男がこちらへ歩いてくる。そして私の手首を掴もうとした、その瞬間。
「儂の目の前でお嬢様に手を出そうなんぞ、百年早いですな」
その言葉と同時に、黒いフードの人は地面に叩きつけられる。
そして彼は……爺は、腕輪に付いていた魔石と、指に嵌められていた何個かの指輪を壊すと、懐かしい声で私に指示を出した。その視線に鋭さを残しながら。
「お嬢様、今のこやつには魔法が効きます。束縛魔法を掛けてください」
今までに見たことのない爺の雰囲気に飲まれた私は頷いて、気絶している相手に魔法を掛けたのだった。
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